第3怪 愛の力とオカ研誕生秘話
僕こと才谷勇児が水川瑠璃子と付き合うことになったその日の夜のことだ。
瑠璃子と連絡先の交換を忘れていたことに気が付いた。
ついでに今週の『週刊大丈夫』の購入も忘れたことに気が付いた。そっちはどうでもいいか。
「まあ、明日会った時に聞けばいいか。それにしても僕も彼女持ちか。ちょっとこわいのも、そのうち魅力に感じるよね。感じるといいな。感じますように。感じろ」
よし、言い聞かせた効果が出たのか、恐怖心は薄れてきたぞ。
そこへ、スマートフォンが震えた。
緑のSNSに知らない人物からのメッセージが届いていることを知らせている。
『水川瑠璃子です。これからよろしくね。好き』
ポロン
『好き』
ポロン
『あ、明日の朝は五分くらい早めに家を出てね』
ポロン
『あと、お弁当作って持っていくから、お義母さんには断っておいてね』
ポロン
『(ハートのスタンプ)』
「えっ。こわ。僕、瑠璃子に連絡先教えてないんだけど」
友達の誰かから聞いたということにして、無理やり納得し、わかった、とだけ返信した。母親に翌日の弁当は不要だと告げ、早めに眠りについた。
ちょっとこわいのも、魅力に感じますように。感じろ。
翌朝、瑠璃子の指示通りに五分早めに家を出ると、玄関の先に瑠璃子が待っていた。
母親は、あらあら、かわいらしい彼女さんね、などと言っていたが、僕は恐怖に駆られていた。
瑠璃子の家までは送ったが、僕の家については、住所も最寄りの建物も教えていないはずだった。
そして、普段家を出る時間も教えていない。
なぜ僕の日常を完全に把握しているのか。
早めに家を出るように言ったのは、どこかで待ち合わせるためかと思っていた。
まさか普通に家の前で待っているとは。
「おはよう瑠璃子。今日もかわいいね。ところで、僕、昨日住所教えたかな?」
「おはよう勇児。愛の力だよぉ」
僕は、冷や汗をたらしつつも、愛の力なら仕方ないか、と無理やり思い込みながら、自転車のカギを外して登校の準備をする。
なお僕が瑠璃子をほめたのは、毎朝姉に自分をほめるよう強要されているためであり、瑠璃子は同じシャンプーの匂いがするからか、完全に無意識の行動である。
マジかよ、やっちまったな。
瑠璃子と二人、自転車で学校に向かう。
道は混んでおらず、早めに家を出たおかげで時間的に余裕もある。広い道では並走して、狭い道では信号で止まる度に、瑠璃子と話しながらの通学である。
話題は、好きな食べ物、嫌いな食べ物、趣味、好きな音楽、好きな小説、漫画、ゲーム、動画配信者、動物、得意な教科、苦手な教科、得意な人の殺し方、理想の死に方、など多岐にわたった。
前日の帰宅時に話した内容と被ることも多かったが、互いを知るのに大いに役立った。まあ、一部健全な女子高生とは思えない話題があったが、触れるのはこわかったので無難な回答をしている。
得意な人の殺し方って何? 殺しのライセンスでも持っているの?
いつもより早く学校に到着した僕は、駐輪場に自転車を止め、べったりくっついてくる瑠璃子とともに2階の教室に向かった。
通学中に、一通りの趣味嗜好の会話を終えていたため、部活の話を振る。
「そういえば、オカルト研究会ってもともと文芸部なんだよね? 瑠璃子はどうして文芸部に入ろうと思ったの?」
「えっと、それはね」
瑠璃子がオカルト研究会の結成秘話を語る。
教室についてからも話は続き、ホームルームの直前まで話は弾んだ。
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漫画研究会で黙々とデッサンに励む無口な少女がいた。
名前は円子多恵という。
多恵は人と話すのが苦手であり、漫画研究会でもあまり口数が多い方ではなかった。
多恵はマンガが好きで、同人誌を作って即売会にも参加することはあった。
多恵が描いているジャンルの愛好者は社会人が多く、人と話すのが苦手な多恵でも気を使ってもらい、何とか活動できていた。
ただ、同好の士を求めて入った漫画研究会では、マンガを描くよりは会話の場所を求めて所属しているライトな層が多く、同年代では話せる友人ができなかった。
会話する相手がいない多恵は、ひたすらデッサンをし続けることになり、マンガを描こうとしない部員たちとの溝が広がっていった。
四月下旬となっても、漫画研究会になじめずにいた多恵は、漫画研究会をやめることにして、同好の士を求めて、他の部活動を探していた。
美術部を見てみようと思い、顧問の先生に見学を願い出ようと職員室を訪れたとき、文芸部顧問の女性教師、韮沢と瑠璃子が会話しているところに遭遇する。
「オカルト研究会がだめなら、文芸部に入ります! 文芸部は会報に何を書いても問題ないって言っていましたよね? ね、いいですよね?」
「うん? ああ、それならいいか。文芸部は部員がゼロになって、今月中に新入部員がいなければ廃部だったから、私も別の部活動の顧問をさせられるところだったんだ。ちょうどいい」
多恵は、病弱そうな見た目に反して気の強い少女に見とれていた。好きなことに一途そうな彼女となら、うまくやれるかもしれないと思った。
意を決して、彼らに話しかける。
「あ、あの、文芸部ってマンガを描いてもいいですか?」
「え?」
病弱そうな少女、瑠璃子が、急に話しかけてきた多恵に驚き、目をぱちぱちとさせている。
韮沢も意外そうな表情をしていたが、多恵が漫画研究会で孤立していることは教師の間で共有されていたため、すぐに納得して回答する。
「ああ、構わないよ。円子さん。水川さんも部員一人では寂しいだろう。今日は二人とも見学ということで、文芸部部室に案内してあげよう。話してみて気が合いそうだったら、円子さんも文芸部に入部してくれ」
漫画研究会の顧問が優秀だったこと、韮沢が姉御肌のおせっかい焼きだったこと、そして多恵の少しの勇気により、瑠璃子と多恵は出会った。
文芸部部室で、自分たちの境遇を話し合った瑠璃子と多恵は、方向性こそ違うものの、好きなことに熱中するタイプであり、互いの趣味が理解できなくても、尊重しあって良い友達になれそうだと感じていた。
また、瑠璃子は多恵に、話すのが苦手なら、好きなキャラクターの真似でもして、キャラ付けしてしまえば良い、とアドバイスをした。
そのまま文芸部に移籍した多恵は、瑠璃子と過ごすうちに、ござる口調のオタクキャラとしてならば、徐々に人並みに会話ができるようになっていった。
こうして、文芸部は二人の空間となった。
もともと瑠璃子が先に入ろうとしていたこともあり、多恵のやりたいことよりも瑠璃子のやりたいことをメインに打ち出して、実情はオカルト研究会になった。
その代わり、部長としていろいろな権限を握ったのは多恵の方である。
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「いい話だなぁ」
ホームルーム開始のチャイムで瑠璃子が自分の席に向かった後、ボソッと呟いた。
瑠璃子はその積極性が魅力なのかもしれない。
思い込んだら一直線すぎるきらいはあるが。
ホームルーム前に仲良く長時間話していたこともあり、次の休み時間には、隣の席の男子、座間鉄心から、声をかけられた。
「朝から勇児が女子といるの、珍しいよな。水川さんと付き合い始めたのか?」
「隠してもしかたないから言うけど、そうだよ」
「勇児って、か弱い系が好きだったのか。意外だな。あ、ちょっと男子ー、恋バナしようぜ!」
座間は他の男子グループにさっそく広めていた。お前、歩くスピーカーか何かなのかよ。
お、座間はさらに別のところに拡散しに行ったぞ。
ちょっと男子、恋バナ好きすぎない?
口止めしなかったこともあり、昼休みまでには、クラスメートにカップル誕生が伝わっていた。
軽く囃されながら、自席で瑠璃子と昼食を共にする。
瑠璃子の手作り弁当は、バランスを考えつつも、僕の好物ばかりで構成されていた。今朝の通学時に初めて教えた好物が含まれているように感じたが、気のせいだと思うことにした。
……いや無理だわ、怖えよ。
うすうす気づいているけど、確認しないと。
「瑠璃子は料理が上手いね。そうだ、二人で話したいことがあるから、今日の放課後、部室開けてくれない?」
「ん、いいよぉ」
甘い卵焼きを頬張りながら瑠璃子は言った。
続く