第2怪 世界滅ぼしたい系ストーカー彼女
都市伝説の男、「『世界滅ぼすぞ』おじさん」と遭遇してから、水川さんは毎日のように世界滅亡計画とオカルト研究会に誘ってくる。
別にオカルトに興味ない僕は、断り続ける日々である。
少し心苦しい。
水川さんに勧誘され続けて半月がたった。
僕こと才谷勇児は、友人の相模金剛と「太鼓の鬼退治」を二人プレイした後、金剛の家である寺の入り口で少し話し込んでいた。
「今日は、小生の家に寄っていくか?」
金剛は一人称が「小生」の硬派な漢である。
とても高校生とは思えない。
もし、金剛の普段の一人称が「拙僧」とかだったら、さすがの僕も友達になっていなかったとは思っている。
渋い一人称、「小生」は同格相手の一人称であるため、金剛も教師相手には「私」を使っているらしいけど。
後で、寺の仕事をするときは「拙僧」を使っていると後で知ったのだが、まあ、それはそれである。
「悪いな、今日は『週刊大丈夫』の発売日だから、スーパーに行くよ」
毎週木曜発売の『週刊大丈夫』は、歴史の長いゲーム雑誌で、最近始まったゲームセンターの連載が面白く、ここ何号か買い続けている。
寺の入り口で金剛と別れた僕は、『週刊大丈夫』を買いにスーパーへ向かった。
****
いつも立ち寄るスーパーで、特に問題なく雑誌を買い終わり、すぐ家に帰ろうと思ったが、入口付近で困った様子のツインテール少女に遭遇した。
水川瑠璃子である。
困っているクラスメートは放っておけず、僕は話を聞いた。
水川さんはスーパーの特売対象になっているトイレットペーパーを買いたいらしい。
激安のためか、一人一個の制限がある。
買いだめのためにもう一周する必要があるそうで、先に買った分のトイレットペーパーを持っていてくれる人を探していたらしい。
「あぁ、それなら、僕が買ってくるよ」
女の子を歩かせるより、待っていてもらった方がいいと思うので、水川さんには入口にあるフードコートだった場所で待ってもらい、トイレットペーパーを走って買ってくる。
フードコート自体は、消費税対応で面倒なクレームが多発して以降、閉鎖されていて座れないんだけど。
水川さんにトイレットペーパーを手渡すと、お礼を言われた。
「ありがとう、才谷……。ところで一緒に世界を滅ぼしてくれる気になった?」
「『世界滅ぼすぞ』おじさん」遭遇事件以降、学校でもたまに声をかけられていたのだが、ここでもまた勧誘を受けてしまった。
トイレットペーパーを買うという頼みを聞いてしまった手前、無碍に断りにくいため、歯切れの悪い回答になってしまう。
「またその話? 百歩譲って、オカルト研究会に参加するのはいいとして、世界は滅ぼさないよ?」
「やった! 入部届書いておくね!」
水川さんはトイレットペーパーを受け取り、代金を渡して、ツインテールを揺らして嬉しそうに駆けて行った。
「え、いや、え? あっ、しまった」
ああ、ついにやってしまった。
オカルト研究会への所属が決まってしまった。
これが彼女の策略であり、フット・イン・ザ・ドアというテクニックであることは、後で友人たちと会話した時に知った。
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オカルト研究会は、円子多恵と水川瑠璃子がつぶれかけの文芸部を乗っ取って作った研究会である。
オカルト研究会は教師受けが悪かったので、名義上は文芸部のままであるし、年1回の会報の発行を主な活動としている以上、活動もほぼ文芸部のままである。
宵ヶ浜北高校では、部活動は3人以上の所属が必要である。
この度の僕の|(半ば強制的な)加入により、オカルト研究会は無事に部活動に昇格した。
名義は文芸部のままである。
スーパーで水川さんと出会ってから一週間後の本日は、3人そろったオカルト研究会の1回目の会合である。
部室の入口から向かって右側の席に僕、左側奥に水川さん、左側手前に円子さんが座り、細長いテーブルをはさんで向かい合っている。女子二人の後ろにはホワイトボードがある。
病弱少女に見える水川さんとは違い、おかっぱで活発そうな、普通の女子高生っぽい見た目の円子さんがホワイトボードに「祝! 部活昇格!」と書き始めた。
「勇児も加入したことだし、オカルト研究会らしく、世界を滅ぼす方法を一緒に考えようか」
いつの間にか水川さんから下の名前で呼ばれているが、それよりもツッコミを入れるべき点を指摘した。
「世界を滅ぼす方法は、考えないから」
「えっ」
水川さんが顔面蒼白にして今にも倒れそうな演技をする。
円子さんが支えるそぶりを見せる。
もともと色白病弱少女の見た目でそれをやられるとシャレにならない。
水川さんは自分が病弱に見えることを利用する強かな面があるな。
僕はため息をついて、冷静なツッコミを入れる。
「水川さんの見た目でそれをやられると、マジで心配になるから演技でもやめて。そもそも、オカルト研究会って呼んでいるけど、書類上は文芸部なんだろ? 世界滅ぼす方法を考えても仕方なくない?」
演技をやめて、けろっとした顔で水川さんが返事をする。
「瑠璃子って呼んで。文芸部は会報を発行しているから、SF小説とか言って、考えた手段を載せればいいじゃん。ね、多恵?」
「そうでござるよ~。我々オカルト研究会は、書類上文芸部だから、何を考えても小説のネタだと言い張れるでござるよ~。まあ、拙者は会報には薔薇を書くでござるが~」
普通の女子高生だと思っていた円子さんも案外キャラが濃くて、めげそうだった。
冷静に考えて、何かと世界を滅ぼしたがる水川さんとつるんで、オカルト研究会をやっている時点で、普通なわけがないのだが。
こうして僕は世界を滅ぼすことになった。
ついでに流れで、女子二人を下の名前で呼ぶ権利を得た。
うれしいと言えばうれしいが、二人とも変わり者だからな。
****
文芸部での世界滅亡談義が終了し、帰宅の時間となる。
自転車置き場に向かう途中、水川さん、もとい、瑠璃子から一緒にスーパーに行こうと提案を受けた。
多恵はバス通学であるため、さっさと高校の目の前にあるバス停に並びに行ってしまった。
「今日は週刊大丈夫の発売日でしょ? スーパーに一緒に買いに行こう?」
「みずか……、瑠璃子がなんでそれを知っているんだ?」
名字で呼ぼうとすると睨まれたので、下の名前で呼ぶ。
週刊大丈夫を買っていることは、友人の金剛くらいしか知らないはずだ。
「都市伝説から助けてくれた勇児のことは何でも知りたいからね。実は先週、スーパーで出会ったのも偶然じゃないんだよね」
「えっ、こわ」
こわすぎない?
おっと、うっかり声に出してしまった。
「こわくないよぉ。好きな人のことを全部知りたいのは普通だよぉ」
にしし、と笑いながら、瑠璃子が腕を組んでくる。
柔らかい感触に、健全な男子高校生の部分が反応すると同時に、あ、僕死んだわ、と悟りを開いた。
一応、確認をしておく。
「みず……、瑠璃子はそんなに僕が好きわけ? 知り合ってそれほど経ってないけど」
瑠璃子は、はっとした表情を浮かべ、勇児から離れる。
瑠璃子は慌てて弁解する。
「あ、そういえば、思い込んだら一直線すぎるから、もっとゆっくり距離を詰めた方が良いって、多恵にも言われていたんだった。気をつけていたんだけど。ごめんね。びっくりしたよね」
案外話が通じそうで、ほっとした。
これは心理学的には、ハイボールテクニックと呼ばれる手法だろうか。
吊り橋効果かもしれないが、この場合、吊り橋も彼女自身である。
小首をかしげながら、瑠璃子は続ける。
「ね、勇児は私が彼女だと嫌?」
彼女だと嫌かと聞かれてノーと言うほどでもないんだよな。彼女の術中にはまってしまったという可能性も否めないが。
吊り橋効果で吊り橋に惚れるってのもどうかと思う。
「嫌じゃないけど……。じゃあ付き合おうか」
健全な帰宅部男子高校生は押しに弱かった。
若干ストーカーされたらしかったことは忘れよう。
「やったぁ。浮気しない限りは何もしないよぉ」
「やっぱこわ」
なお、今週の『週刊大丈夫』は買いそびれた。
続く
大丈夫、ヤンデレ気味の彼女だよ。
1~2話の怪異
世界滅ぼすぞおじさん:特に害はないが、世界を滅ぼす仲間を集めて日々声掛けしていて不審者扱いされている45歳の太ったおじさん。実際、不審者ではありますけどね。