第12怪 宵ヶ浜掃除おじさん(文化祭準備回だよ)
宵ヶ浜掃除おじさんを知っているだろうか。
海に面した宵ヶ浜市に住む学生の間でささやかれる、都市伝説的存在である。宵ヶ浜のいたるところで掃除をしている姿が目撃されているらしい。
宵ヶ浜の都市伝説は、大体がただの不審者情報なのだが、もうこれ、ただのボランティアのおじさんじゃないかな、都市伝説扱いはかわいそうじゃないかな、と僕と友人の相模金剛は話していた。
瑠璃子は、今回の都市伝説は、世界滅ぼすどころか救いそうだね、と興味がなかった。
オカルト研究会で取材をしたところ、正体は、ハーレーダビッドソンを華麗に乗りこなすイケオジだった。ハーレーダビッドソンで宵ヶ浜掃除に精を出すのは理解不能なので、都市伝説になるだけあった、とは僕こと才谷勇児の言である。
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さて、都市伝説巡りをしてきた結果、ある程度の記事がまとまったので、僕はオカルト調査報告書を会報に載せるため、パソコンと向き合っている。
文芸部として伝統的に発行されてきた年一回の会報は、伝統に従って、近く開催される文化祭で販売される予定である。
「ね、一緒に世界を滅ぼす計画書を書こうよぉ」
彼女である水川瑠璃子に後ろから抱きつかれながらも、僕は作業の手を止めない。
背中に感じる女子高校生特有の柔らかい感触を楽しんではいるのだが、会報用の文章の編集に忙しいので、彼女に構うことはしなかった。
瑠璃子は構われないのをいいことに、腰まであるツインテールを僕の首に巻き付け始めた。
「一応、文芸部ってことになっているから、それっぽい文章があったほうが良いだろ。多恵は薔薇マンガしか書かないから、文芸部感ゼロだし、瑠璃子も小説っていうか、犯行予告みたいなやつだし」
瑠璃子は髪を巻き付け終わったのか、引っ張ってそのまま首を絞め始めた。
ついに瑠璃子に殺される日が来たか。
「ぐえっ。これ書き終わったら手伝うから。マジでやめて」
「やった。大好き」
僕の首が髪の毛お化けから解放された。
代わりにさらに強く抱き着いているので、あまり意味はない。むしろ状況が悪化している。
瑠璃子に抱きしめられて殺されるなら仕方ない。
オカルト研究会部長の円子多恵は同人誌のファンが都市伝説化するほどに人気のある薔薇マンガ家である。
ナマモノジャンルで活躍しているがゆえに、人に語りにくく、ファンも地下に潜っていて即売会は半ば魔女の集会と化している。都市伝説の一つにもなった。
原稿用に多恵が書いた漫画は、完成度が高かった。
まとわりつく瑠璃子の妨害に耐えつつ、何とか体裁を整えた僕の原稿は、これまでのオカルト調査の集大成ともいえる作品に仕上がった。
ついでといってはなんだが、瑠璃子が挿絵を描いたので、それも載せることになった。
「え、これ載せていいの? 瑠璃子の画力が知られてしまうよ?」
「ん、いいよぉ?」
幼稚園児の落書きのような、怪異の数々が挿絵として掲載されることで、一気にギャグっぽさを増したが、瑠璃子が構わないと言うので、そのまま原稿に載せた。
部室にはこれまでの怪異|(大半が怪異ではないが)の写真を飾ってある。
アジフライの写真、ジャーマンスープレックスババアの連れた犬の集団の写真などである。メリコンドル兄貴は、本物の怪異のくせに写真に写らなかったので、ただストロングなアルコールの空き缶だけが写った写真が残っている。
瑠璃子は世界滅亡計画を書き始めた。
「世界滅亡にはやっぱり核戦争だよね。まず中東と合衆国の関係を悪化させて……」
「リアルなやつはやめろ」
そのまま行くとテロの計画書になりそうだったので、一緒に考える。
瑠璃子の半ば犯行予告のような世界滅亡計画書は、僕が手伝ったおかげで、SF小説と言い張れるだけの体裁を整えた。
三人分の原稿を冊子形式にしたうえで、印刷所に依頼し、あとは文化祭での販売を待つだけである。
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オカルト研究会の文化祭準備が順調に進む一方で、クラスの出し物に関してもそれなりに準備が進められていた。
ホームルームが準備にあてられて、クラス全員で作業をしている。クラスメートから配慮されて、僕と瑠璃子は同じ班で作業をしている。
クラスの出し物は郷土調査の展示なので、当日の店番はほぼ不要である。飲食系は場所が優先的に与えられる2年生、3年生がメインであり、お化け屋敷などの出し物も、可能な教室が抽選で外れてしまった。
瑠璃子は展示用のテーブルクロスなどを作成するグループで作業をしている。
女子グループなので、自然と恋バナになっているらしい。
普段あまり話さない瑠璃子も、今回は話題に加わっているようだ。
一通り盛り上がったところで、瑠璃子は、展示案内用に段ボールで矢印を作っている僕に近づいてきた。
「ね、仲が良いところを見せてほしいって言われたから、チューしようよ」
女子グループでは普段どのくらい仲が良いかという話で盛り上がったらしく、瑠璃子の普段のイチャイチャを見せてほしいと頼まれたそうだ。
人前でキスする趣味はない。
「そういうことではなくない? 抱き着きながら作業するとかでいいんじゃないかな?」
「ん、わかった。ぎゅー」
後ろから抱き着いてきた瑠璃子の手を握って、胸の前で組ませて、そのまま作業を進める。
囃し立てられて気分が良くなった瑠璃子が髪に顔をうずめた。ぐりぐりと顔をこすりつけた後、気分が乗ってきたのか、首筋にキスをしてきたので、僕は顔を赤らめた。
瑠璃子も衆人環視の中でいちゃつくのが恥ずかしかったようで、双方顔を赤くしていると、のぞき見していた女子が冷やかしてきた。
「へぇ、ウチのクラスのラブラブカップル、思ったより初々しいんだ」
「意外だね」
なぜかクラスメートに手が早そうに思われていたことに傷つきつつも、初々しいという点には反論しなかった。
クラスメートは瑠璃子のこわさを体験しておらず、また、あえて説明することでもない。しばらくは初々しいカップルを継続したいものだ。
ちなみに彼女のいない男性陣は、その様子を見て、錯乱している。
「あれが人前で平然といちゃつくカップルとかいう都市伝説か……」
「クッ、静まれの俺の右腕と嫉妬心……」
「俺も彼女ができたら、あれくらいいちゃつくんだ……」
「あれくらいで心が乱れるとは小生も修業が足らんな。はんにゃーはらーみったーしんぎょー……」
「金剛は般若心経で精神の平静を保つのやめろ。やめろ」
阿鼻叫喚である。
割とマジでゴメン。
僕もそっち側だったら同じ反応を返す自信がある。
一部の男子が錯乱する中、元凶である僕らカップルに声をかける者がいた。
「っていうか、あれやって見せてよ、体育祭の鬼お姫様抱っこ。なんならアタシもやってほしい」
クラスの男子で人気投票をやるとダントツで一位だとひっそり語られる、長尾愛である。
宵ヶ浜高校の1年生の中では派手な方で、性格は竹を割ったような、という言葉が似合う女子生徒だった。
鬼お姫様抱っこが何かはよくわからない。
「いや、瑠璃子にするならいいけど、長尾さんにやるのは、瑠璃子に怒られ……、え、いいの?」
瑠璃子はOKサインを出して頷いている。
「心変わりしたら少しずつ削ぎ落して魚のえさにするけど、別にそのくらいならいいよ」
「削ぎ落されたくはないなぁ……。じゃあ、瑠璃子からね。よっと」
僕は瑠璃子を抱えて、教室の端の空きスペースを軽く移動する。
女子と筋肉フェチの男子からは、きゃあきゃあと歓声が飛ぶ。
いや筋肉フェチの男子、喜びすぎだろ。
何なんだよ。
瑠璃子を下ろすと、長尾はうれしそうな顔をする。
「次アタシな!」
僕は仕方なく長尾を持ち上げ、軽く歩き回る。
長尾愛は比較的背が低いこともあって、瑠璃子と変わらない軽さである。特に問題なく終わった。
「にゃはは。たのしー!」
「俺だってそのくらいはできるぜ。俺にもお姫様抱っこされてみない?」
水泳部の瀬尾洋が声をかける。
しかし長尾はつれない返事を返す。
「水泳部は目つきがいやらしいからイヤ」
瀬尾は即座に撃沈し、なんでだよおお、水泳部は関係ないだろおおおお、と叫びながら男子トイレに駆け込んでいった。
かわいそう。
わいわいがやがや、と郷土調査の展示の割には、クラスが盛り上がっている。
非日常のお祭り感で普段より教室に喧噪を感じられる中、宵ヶ浜高校の生徒たちは、ゆっくりと、しかし、着実に準備を進めていく。
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オカルト研究会、もとい文芸部の会報が完成し、段ボールが届くと、季節は夏の終わり、小春日和と言ってもいい気候になってきた。
明日は宵ヶ浜高校で初めての文化祭である。
続く




