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「ありがとう、みんな。お茶を入れるからゆっくりしていてくれるかな」
「あ、それなら俺がやりますよ」
「ん、そうかい?それじゃお願いしようかな」
「わたしも手伝うー♪」
資料室の整理がようやく終わり、部室に戻って晴れ晴れとした様子のハジメ先輩。
そしてくたくたのアギトやほくほく顔のミナギの分のお茶を姉貴と俺で入れに行く。
「姉貴も待っててよかったのに」
「らっふぇりぁみゃんれふぃにぁふぁひぁんりゃみぉん」
「いきなりそれかよ!?ったく、あんま学校でそういうことすんなっつの」
「はいひんひぉんにゃにふぁっひぉうれゎにぁみぇれにぁいよー」
「最近学校ではなめてない?一昨日くらいになめられた気がするのは俺の気のせいか?」
「ひにぉひぇい」
「んなわけねぇだろ!?姉貴のせいで俺まで変態扱いされるから恋人もできやしねぇし」
「ゆぅひゃんほいふぃほふぁほひぃにぉ?」
「そりゃまぁ俺も男子高校生だからな。憧れたりはする」
「ふぉみぇんにぇ、ふぇんにぁぉねぇひゃんれ……」
「いや、ガチで落ち込むなよ。そんなに本気では言ってねぇ」
恋人がほしいのは事実だし、姉貴のせいで変態扱いされるのは確かに勘弁願いたいことではある。だが、だからと言って姉貴が他のやつの指をくわえたりしたらまずい。
それに姉貴は姉貴だ。俺の姉貴であることは変わりないし、俺の指を気に入っているのだって変わらないだろう。
それを理由に俺たちを避けるようなやつだったらこっちから願い下げだ。
これが俺たちの普段の姿なわけである。家ではいつもこうなんだ。
それを嫌がられたって変わるわけがない。
だったら、在りのままのオレたちを受け入れてくれるような相手でないとやっていけるわけがないし。それに、姉貴を否定するような狭い心の持ち主なんて俺自身が好きになれない。
だから、まぁ、いいのだ。これでいい。今のままで満足だ。
友達がいないわけでもない。
悪友とは言えアギトと言う友人もいるし、偏見も何もなく俺たちを楽しいと言ってくれるミナギもいる。それで十分じゃないか。
「お待たせしました」
「どぞどぞ~」
「ありがとう、二人とも」
「うぃ~、サンキュー」
「ありがとねー」
お茶と買い置きのお菓子をお茶請けにみんなで一息吐く。
「今日はありがとう。本当に助かったよ」
「いえ、楽しかったですし」
「ですよ~」
「ユウリにこき使われすぎてぼくちゃまくたくた~」
「アギト君自分で言ったんじゃん、力仕事やるって。あたしは掘り出し物いただけちゃったし満足~♪」
「アギト君も助かったよ。なんだかんだでぼくらはインドア派だから力仕事はあまり得意ではなくてね」
「あー、いえ、お役に立てて幸いーですよー。つーかぼくよりユウリのが力はあると思うけどー?」
「お前がやるって言ったんだろうが。まぁ純粋に力で言えばそう変わらないだろうが」
「挑発に乗ったお昼の自分を恨むよ……」
「挑発なんて全くしてないけどな?お前から言い出したじゃねぇか」
「そうだっけなー?てか最近力比べしてないけどどうなんだろうな?体格的にはぼくのがよさげだけど」
「お前なんで運動部でもないのにそうでかくなるんだ。肩幅どんどん広くなってないか?」
「運動はしてるからかなー。成長期だしでかくはなる」
「アギトくんの場合成長激しすぎだと思うよー」
「去年から背とがたいが一気に良くなった気はするね。もうユウリより大きいし!」
「てかお前運動とか何をやってるんだよ」
「んー?あぁ、うちの道場で柔道やってるだけだけどね」
「そういやお前んち道場だっけ」
「そだよー。子供の頃からやってる。だから大きくなったのは関係ない気がするけど」
「筋肉はつくかもな。てかならお前絶対俺より力あるだろ」
「どうかなー。なんだかんだでユウリってなんか力あるしわかんなくね?」
「久々に腕相撲でもやってみるか」
「うし、その勝負乗った!」
「自信満々だな、おい」
「そういうわけでもないけど面白そうじゃん?」
二人で笑いながら腕まくりして手を組む。審判は姉貴がやってくれた。
「じゃあ二人ともおっけー?」
「おぅ」
「おっけーですよ」
「れでぃー、ごー!」
「ふっ」
「うりゃっ」
「おぉお、さすがに強いな悪友1よ」
「だから2以降あんのかよって、もうそのネタいい加減飽きない?」
「毎度毎度同じツッコミでつまらんぞ、たまにはひ、ね、れっ」
「ふぉおおっ、お前やっぱ強いじゃねぇかよっ」
「接戦だねぇ。ほとんど動かないってすごいすごい~」
「すごい力はいってるねー。なんか男の子って腕相撲好きだよねぇ。なんでかな?」
「力比べが好きなんじゃない?」
「勝負事が好きって感じ?」
「そうかも?」
「うらぁっ!」
「ぬぉっ!?」
接戦ののち勝負が決まる。勝負を仕掛けてきたアギトに押される形で俺の負けだった。
「いい勝負だったぜっ」
「まぁそれは否定しない。結局お前の勝ちかよ」
「まぁちょんちょんって感じだったね」
「ゆぅちゃん負けちゃった~」
「ユウリ君の負けかぁ」
「なんで二人ともユウリ支持!?ぼくが勝っちゃダメでしたか!?」
「いやいや、真剣勝負だったんだからわざととかはダメだよ~。でもゆぅちゃんに勝ってほしかったかなー」
「そうは言われても力勝負だしな」
「いい勝負だったねー」
「それはそうなんですがどうも納得がいかないよぼくちゃま!ミナギちゃんもユウリ応援してたの!?ぼく応援してくれてた人いないわけ!?」
「え?あたし別にどっちかを応援してたなんてことはないけど」
「いや、さっき明らかに残念そうだったことね!?」
「そ、そんなことはないと思うよ?」
「日ごろの行いだろ、アギト」
「納得いかねー!?勝負には勝ったのにユウリには負けた気分だぜ!」
「アギト君、男として君みたいに男らしい人は普通に憧れるよ」
「いやいや、部長殿に憧れられるようなほどのものではアリマセヌよ、はっはっはー」
「ぼくは力がないから誰かを守ったりできないしね」
「力は使い方次第ですからねー。いくら力があってもちゃんと使わなきゃ意味ないっス」
なんだ、今一瞬ハジメ先輩表情が曇った?気のせいじゃなかったな、間違いなく。
と言うことはやっぱり朝のアレも見間違いなんかじゃない、な。誰かを守れなかった、のか?
仲が良いのが羨ましい。弟が、いた?そこか?そこなのか?そういうことであっている?
だとすればそこに先輩の原点が、ある?
いや、あまりに情報が少なすぎるし早計かもしれない。
少しだけ、調べてみようか。先輩の力になれるかもしれない。
いや、知られたくないのだとすれば失礼になるかもしれないか。
しかし知られたくないなら口にはしない。
と言うことは先輩は知られたい、もしくは何かを言ってほしい、のか。
どこに繋がる?何をすればわかる?何をしてあげればいい?
とにかく一度時間が必要だな。今すぐできることはない。またゆっくり調べていくことにしよう。今はここで楽しくおしゃべり。それを崩すような意味はない。
「――いや、でも戦いたいわけではないからね」
「まぁでも、ちょっと考えてみてくださいよ。うちの親父は心を強くするためにも戦う力を身につけるのは重要な意味合いを持つとか言ってたし。親父はやっぱ精神も強いんで」
「うん、ありがとう。少し考えてみるよ」
「ハジメ先輩が柔道とか始めたらみんなびっくりしますねー」
「あんまりそういうイメージないもんね~。ゆぅちゃんならなんとなくわかるかも」
「あー、確かにユウリ君なら似合いそうかも」
「俺はやらんけどな。つか似合う似合わんの問題じゃねぇ。やりたいかやりたくないか、だろ。ハジメ先輩もイメージとか気にせずやりたいならやってみてもいいと思いますよ」
「そう、かな。そう、かもしれないね」
他人のイメージに縛られる必要はない。結局のところ、すべて自分自身の責任でやるべきだし。
自分で決めなければならないことだ。
誰かがこう思うからこうしなければならない、なんてことはない。
俺たち姉弟だって、ハジメ先輩だってそうだ。
他の人から見て変だからやめなければならないわけがないだろう。
そうやって周りに従うのは楽だけど、それではどんどん自分がなくなってしまう。
たとえどれだけ周りに否定されようと、俺は自分を見失いたくないと思うのだ。
だから、俺は姉貴を絶対に否定したりしない。
たとえ変態でおかしな性癖があろうとも、俺にとってはアレでも大切な姉貴なのだから。
他の誰もが誰かを否定する権利なんてないんだ、と。