6.
6.
「あ、ハジメ先輩だー、おはよーございまーす」
「おはようございます、ハジメ先輩」
「あぁ、おはよう、二人とも。今日は早いんだね」
登校途中の先輩と出会うのはそう珍しいことでもなかったりする。住んでる街は同じなのだ。
ただ、俺たちはあんまり出る時間が定まっていないためいつも会うわけではなかった。
原因は主にこの変態のせいなのだが。
なんかの拍子にくわえたくなるともう我慢できなくなるらしい。
そして暴走してこの前みたいにベッドに侵入したりしてくるわけだ。
全く、困った姉貴である。
「今日は発作が起こらなかったのかい?」
「発作って……、なんかの病気じゃないんですから」
「今日はならなかったですよー」
「衝動的に出てしまって自分では抑えられないなら発作ではないのかな」
「うーん、間違ってはないような気はします」
「私じゃ抑えきれないもんねー」
「抑える努力はしろよ……」
「だってゆぅちゃんの指おいしそうなんだもん♪」
「おいしそうなんだもん♪じゃねぇよ!はぁ、言っても無駄なのはわかってるけどなー」
「君たち姉弟は仲が良くて羨ましいなぁ」
「え、仲、良い、ですかね?ってかハジメ先輩って兄弟とかいましたっけ?」
「あぁ、弟がいたよ」
「へぇ~。けど羨ましいってことは……」
「あぁ、いや、別に仲は悪くないよ。むしろ良すぎるくらいだ」
「ならいいじゃないですか」
「そうだね」
何故か先輩は少し沈んだ表情をしていた。ケンカでもしてるんだろうか?だとしたら力になれないだろうか。
なんて考えてるうちに学校に着いてしまう。
「ではまた放課後にね」
「あ、はい、また」
「またですー」
軽く手を上げて去っていくハジメ先輩の表情に先ほどのような暗い色はなく、ただ普通に笑っていた。気のせいだったのか?いや、そうは思えないんだがなぁ。
あまり表情を崩さないハジメ先輩があんな風な表情を見せるのは初めてだった。なんだかすごく心配になってくる。何かあったとしか思えないのだが。
「って俺が考えてる間に指くわえてんじゃねぇええええ!!」
「ふぇ?りぁっれゆぅひゃんゎひぁひにぉひょうにゆふぃひゅひりゃひゅんらみぉん」
「俺はただ突っ立ってただけだ!指を突き出した覚えなどない!」
「らひりぇりゃよぅ」
「れろれろすんな!?」
「ゆぅひゃんゎひゃぇりゃひぇりゅひぁりゃひぉーにぁりゅにぉ」
「なら俺もしゃべらないからお前もしゃべるな!」
「ゎひぁっりゃー」
仕方がないので黙ったままでくわえさせておく。
「ってお前は約束を一瞬たりとも守れないのか!?なめ回してんじゃねぇかよ!?」
「りぁっふぇぉいふぃんりぁみょん」
「あ、またやってるー。おはよ、二人ともー」
「ミナギか……、おはよう」
「ぉひゃよぅ、みゅにゃににゃん」
「相変わらずだねー」
「すべてこの姉貴に言ってくれ……。俺に非はない……」
「でもユウリ君も喜んでなめさせてるよね」
「そんなつもりは全くない」
「じゃあなんで抵抗して外せる程度の力しかないしぃちゃんを無理やり外さないの?」
「お前、わかって聞いてるだろ……」
「気持ちいいから離したくないんだー?」
「ちげぇよ!?ほっといて俺以外の男子のをなめたりしたらそいつに襲われるわ!男はケモノなんだぞ!?」
「なんだかんだでしぃちゃんの心配してるユウリ君ツンデレ」
「そんなつもりはない!」
「いひゃりよひゅみひょみぇひゃぇゎぃいにょにぃ」
「そんなの認められるわけがないだろ!?」
「よくその状態で会話通じるよね」
「にぇー、みにゃりひゃん。ひにょうゆぅひゃんっれみゃゎひゃひにょふひょうひゅりゅっれいっれふりぇひゃんひゃよー」
「ごめん、しぃちゃんが何言ってるのか本気でわからない。ユウリ君通訳お願い」
「無理だ!!言えるわけがない!!」
「あ、顔真っ赤。え?ちょっと待って、もしかしてユウリ君ついにしぃちゃんに……」
「オイ待てコラ、何勘違いしてやがる!?」
「なら教えてよー」
「無理だ!それは絶対に無理!」
「それじゃあたしが勝手に解釈しちゃうからいいよーだ」
「もう勘弁してくれ……」
「あ、ごめん、わかっちゃったけど言わないでおくね?男の子だもんしょうがないよね、うん」
「なんか無駄な気の使い方されてね!?」
「大丈夫、あたし理解のあるほうだから!」
「その反応は理解ねー!」
「んぷちゅっ」
そこでようやく姉貴が俺の指から離れる。自分から離れるなんて珍しいな。
「ゆぅちゃんも男の子なんだよ、ぽっ」
「もじもじしながらぽっ、ってどう考えても誤解される動きだ!もうマジでやめれ!?」
「いやぁ、不肖ミナギちゃんとしてはまだまだ修行不足だったとしか言えませんな」
「いきなりどうしたんだ、お前」
「そんなに手が早いとは思わなかったゾ☆」
「早くねぇよ!?何を勘違いしたんだお前!?」
「ゆぅちゃんヘタレだからそんなにすぐには手を出してくれないよー?」
「手を出してほしいのかクソ姉貴が!?」
「え?」
「ユウリ君」
本気で真っ赤になる姉貴とにやりとしたミナギに注目されて俺は今自分で言った言葉を反芻する。やばいことを口走った気がする。
「いや待て勘違いだ!そういうつもりじゃなくて言葉の綾っつーかなんつーか!?」
「でもその願望はあるってことだよねー?しぃちゃんはユウリ君のお姉ちゃんなのに」
「なんでお前はそんなに生き生きとしてるんだ!?」
「楽しいからっ」
「すっげぇ嬉しそうな顔だよ!お前がそこまで嬉しそうな顔したの見たことねぇよ!?」
「ゆぅちゃんなら、いいよ?」
「姉貴は姉貴で何勘違いしてやがる!?いいよってなにがだ!?正気に戻れクソ姉貴!」
「照れ隠しにしか見えないよねー」
「見えないよねー」
「声合わせんじゃねー!」
「まぁなんだかんだでユウリ君ってお姉ちゃんのことが本当に大好きなんだよね?」
そこに至って結構真面目な表情になるミナギ。切り替えのうまい奴だからなぁ。
恐らく今までのおふざけではなく、ガチの質問なんだろうが。
「嫌いでは、ないな」
「それって大好きってことだよねー?」
「あーあー、わかった、合ってるよ!」
「ユウリ君ってかわいいよねー」
「ゆぅちゃんかわいすぎるよー」
「ぜんぜん嬉しくねぇ……」
「からかってごめんねー?」
「まぁいつもの問答だろ。気にすんな」
「なんかしぃちゃんが自信なくしてるって言うか元気なかったからユウリ君のその言葉を引き出したかったの」
驚いた。なんだよ、そのためなのか、今の。
こいつすごいな、本当に。姉貴はかなり完璧にいつも通りに装っていた。
それなのに看破したってことだしな。
やっぱり昨日のが響いているのか俺にしかわからないくらい微妙に沈んでいたのだ。
「みぃちゃん、ありがとね?」
「ううん、だってあたし二人とも大好きだから」
「サンキュ。そんなことだとは思わなくて言い過ぎたよ」
「いつものことだし、ちゃんと言ってくれたからいいのです」
「あー、その。俺もお前のこと大好き、だぞ」
「――なっ!?」
瞬間ミナギが真っ赤になって突っ走って行ってしまう。
「ちょ、なんだ!?」
「みぃちゃん!?」
「ばかー!!」
「いや意味わかんねぇって……」
「みぃちゃんどうしたんだろー?」
「自分でも言ったくせに俺が言うと照れるのか?」
「言われ慣れてないのかも?」
「変な奴だな」
「でも良い子だよ」
「そうだな、それは間違いない」
二人で笑い合ってミナギを追いかけ始める。
あんな風に俺たちを心配して見てくれている人がいるって言うのは本当に幸せなことで。
もしあいつが困ってるなら俺たちはすべてを投げ出してでも助けに行くんだろう。
なんて、そんなことを恥ずかしいとも考えないで思うことができていた。