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「ユウリー、帰ろうぜー」
「俺、実は部活に入っているんだよ」
「改まって言わなくても知ってるって」
「毎日部活に出ているんだよ、幽霊部員のお前と違ってな」
「えー、別にたまにはサボったっていいじゃんよー?」
「毎日サボってんじゃねぇか」
「いやいや、ぼくがサボるのはデフォだし」
「デフォじゃねぇよ部活出ろよ」
「だって部活は全員入部義務があるから入ってるだけだし。出なきゃいけないって決まりはないんだからいいじゃん」
「屁理屈こねてんじゃねえよ。別に運動部でもないんだからたまには顔を出しやがれ、人にサボれと求める前にな」
「気が向いたらね☆」
「☆じゃねぇよ。気が向くことなんてないくせに」
「なくはないよー、あるかもしれないじゃん?」
「ないんだろ」
「今のところないけどね。だってさ、神秘論研究会って何?オカ研と何が違うの?」
「なら入るんじゃねぇよ……」
俺と姉貴は神秘論研究会という部活に所属していた。オマケでアギトもついてきたわけだが一週間もせずに来なくなったのだ。飽きたのだろうがだったら人についてくるなよ。
神秘論研究会はセカイに満ち溢れている『神秘』について議論する部活。ほとんど会話するだけの部活だった。
しかしそのメンバーの中から民俗学研究などの分野で活躍する教授などになる人もいるらしく、割と知名度は高い部活になっている。活動そのものはほとんど個人による研究と言うか調べたりする点にあるようなものだった。議論自体はその知識を他人に話してみて、自分だけの意見に固執してしまわないようにするため、という一見無用な様でいて重要な意味を持つ。現在活動しているメンバーは俺たち二人以外に五人ほど。
個人で研究しているのみで知名度を利用するためだけに入った研究家やアギトのような幽霊部員、知名度に惹かれただけで実際に神秘論自体には全く興味がなくて幽霊部員になったものなどもいるので学校に報告されている部員数は二十八人とのことだった。
しかし、この七人以外とはほぼ会ったことがない。
まぁそんなメンバーなのでいつも会話していたりして結構仲は良かったりする。
「ゆぅちゃーん、部活行こうよー」
「わかった、今行く」
「ホント行っちゃうのかよー。遊びに行こうぜー?」
「また今度な」
「いつもそう言ってここ数週間遊びに行ってないんだけどー?」
「独りで行ってろ」
「それひどくね!?ってか無視していかないでよ!?」
「なら一緒に部活に来ればいいだろ。どうせ暇なんだろ?」
「暇じゃないし、ぼくチョー忙しいし。あー、忙しい忙しい、部活なんて行ってられないくらい忙しいぜー!」
その場で駆け足し始めてくるくると回ったのちそのままかばんを持ってどこかへ去っていってしまった。なんて奴だ。そこまで行きたくないのかよ。
「アギトくんは絶対に懲りないよねぇ」
「あいつの辞書には懲りるという文字が載ってないんだろ」
「あはは、そうかもねー」
否定できないところが悲しいところ、なのかも知れない。どうでもいいけど。
この学校は文化部専門の文化部棟がある。運動部はクラブハウスと呼ばれる部室の集合体があるのだけど、基本更衣室だった。それに比べると文化部は部室には恵まれているといえるだろう。
普通の教室ほどの部屋を一つの部活ごとに与えられているのだ。文化部が結構栄えるのもうなずける。しかも空調整備もあって非常に過ごしやすいし。残暑の残る季節だがクーラーのおかげで快適に過ごせていた。
そしてその中でも知名度が高く、大所帯、ということになっている神秘論研究会はその校舎で三つ目だけある大きめの教室を使わせてもらっている。
ちなみに他に大きめの教室を使っているのは吹奏楽部と文芸部だった。神秘論研究会並んでいいのか微妙に疑問。割と部活に力を入れている学校なので吹奏楽部もコンクール等でかなりいい成績を残しているし、文芸部も様々な方面で活躍しているらしい。
確かに神秘論研究会メンバーの中にはその研究成果で在学中に結果を出す生徒もいるとか。広いところを使わせてもらえるのはありがたく、昔から多くの本棚が設置されている。
「こんにちは」
「こんにちはー」
二人で部室に入ると部長が何かを読んでいた。
「あぁ、こんにちは、二人とも」
ふとこちらを見て一度微笑みながら挨拶を返してから再び本に目を落とす。本が大好きで読み続けていくうちに物語という神秘に魅入られた人だった。名は体を現すとはよく言ったもので、彼の名前はハジメと言う。創るという意味を持つその名前を彼に付けられたのは必然だろうと思っていた。
他には誰も居らず、まだ集まってくるまでに時間があるようだった。
姉貴と顔を見合わせると姉貴のほうは首をかしげて何かをねだるような表情を見せる。
「なんだよ、またか」
「だってー、せっかくゆぅちゃんがいるのになめれないのヤ」
「わがままなやつめ」
ため息を吐いて指を差し出す。
「あむっ。んー、みゅるりぇりゅっ」
舌がうごめいて指をなぞって行った。何故か背筋がぞくりとして顔をしかめる。
「やいはあっふぁー?」
「なんもねぇよ。みんなが来る前に終わらせろよ」
「うんーっ」
返事だけはいいんだよなぁ。聞いたためしがないが。
しばらくしてやってきた三人組。仲良し三人組の二年生の先輩たち。
遅れて副部長でハジメ部長の親友、カエリさんがやってきた。カエリさんが来ると大体いつも全員そろうのだが今日は一人遅れてきている。まぁ日直だからしょうがない。
「遅れてすみませんでした、日直でしたっ」
濃紺の髪に意志の強そうな顔をした少女、ミナギだった。
これで神秘論研究会主要メンバーはそろう。特に個人個人の研究内容の発表なんかがないときはただ雑談しているだけなのだが。まぁそれでも、というかそれだからこそかもしれないがやっぱりかなり楽しい部活だった。
特に決まりはなく、自由時間、と言うことになっているのだが基本集まって会話する。
大体ハジメ部長とカエリさんが並んで座って本を読んでいて仲良し三人組が会話、俺たち姉弟とミナギが一緒に会話、と言う感じ。おかげでミナギとはずいぶん仲良くなれていた。
「アギト君また来てないの?」
「いつものことだ。あいつは来ないだろ」
「不良さんだからね~」
「ユウリ君の方が不良っぽく見えるのにね」
「なんだそれ。てか姉貴も笑うなよ」
くすくす笑いながら言ったミナギと釣られて笑う姉貴に俺は少しむっとする。そんなに俺って不良っぽいか?
「だってユウリ君髪の毛紅いし目つきすごいし口調もツンツンしてるのに意外とやさしくてかわいいんだよ」
「待て、それ褒めてんのかけなしてんのかどっちだ」
「褒めてるよー」
「みぃちゃんはゆぅちゃんのことよくわかってるねぇ」
姉貴は姉貴で嬉しそうにミナギを撫で始めるし、ミナギはそれを気持ち良さそうに受けているしでなんか毒が抜かれてしまった。
なんつーか、天然で空気を和らげてしまうやつらなんだよなぁ。
「そう言えば前スーパーで二人が買い物してるの見たけどもしかして二人暮しなの?」
「そだよー。みぃちゃんはー?」
「いや、なんか二人暮しって響きが俺としてはすごくイヤなんだが……」
「あたしは一人暮らしだよー」
「ん、そうなのか。ちゃんと鍵とか防犯のしっかりしたとこに住んでるか?」
「うん。その辺はお父さんがすごく心配してくれていい部屋を借りさせてもらってるよ」
あぁ、そうか。そりゃそうだよな。親ってそういうとこ心配してくれるよな、たぶん。うちはいないからよくわからないが。
いや、死んではないけど会ったことがないからよくわからない。
なんだかなぁ、いつも親のことを考えると少しだけ、心の奥がもやもやした。いい親だったんだとは思う。家の中に在るいろいろな物からそれは見て取れるんだ。
子供のためにいろいろと用意していた。成長していく子供のために、いろんなものを作っておいてくれていたんだ。そこにすごく愛を感じる。
けど、そこで違和感を感じるのだ。
だって、それじゃなんで今ここにいない?それだけ大切に思ってくれてるならここにいてくれたっていいじゃないか。せめて連絡くらいくれたっていいじゃないか。写真くらいおいていってくれたって、いいじゃないか。
どうして俺たち姉弟二人の写真しかないんだよ。どうして両親が写ってる写真がない?父さんも母さんも、どの写真にだって写っていない。二人の部屋だって探したけど写真一つ残っていない。
それって、おかしくないのか?なんでここまで徹底して両親の影が残っていないんだろう?そういうものなんだろうか?
いつも、そんな風に考えて胸が締め付けられてしまう。