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H×H!  作者: 霧間ななき
14/14

Final

14.

「待て、それはどういう意味だ?」

 電話がかかってきて開口一番、ミナギのセリフに俺は戸惑いを隠せなくなった。

どういうことなんだよ?ハジメ先輩の自殺が俺たちの両親と関係ある?

なんの冗談だってんだよ。


『ちょっと詳しくはそっちで説明するから待ってて』

「あ、いや、俺たちは図書館からもう出てるぞ」

『え?じゃあどうしよう?今どこにいるの?』

「図書館の近くのファミレスを出たところだが」

『あぁ、お昼ね。図書館に戻ってこれる?今向かってるとこな――』

「わかった。それじゃ一旦戻ることにする、ってなんだ?ミナギ?どうした?」

「みぃちゃんがどうかしたの?」

「いやわからん。今変な音が聞こえた気がしたんだが」

 スマホの通話だがノイズがひどい。ただの聞き間違いならいいんだが今何か人の声と重いものが落ちるような音が聞こえた気がする。

 ミナギの反応もないし何かあったのかもしれない。すぐ近くで何かが倒れたか?



『やぁ、ユウリ君』

「え?ハジメ、先輩?」

『そう、ぼくだよ。こんにちは』

「あ、はい、こんにちは。それミナギの携帯のはずですけど」

 嫌な予感がチリチリと胸を焦がしていく。

どういうことなんだ。何故ハジメ先輩がいる?

このタイミングで現れるのは明らかにおかしいだろう。

 ヤバい予感しかしない。


『あぁ、彼女のスマートフォンを借りてぼくが話している』

「ミナギはどうしたんです?」

『眠っているよ』

「どうして」

『どうして?おかしなことを聞くんだね』

「おかしくはないでしょう。何故ミナギが眠っていて、そのミナギのスマホをあなたが持っているんだ?」

『ぼくが彼女を眠らせてスマートフォンを借りているに決まっているじゃないか。君だってわかっていたんだろう?』

「何故そんなことをしたんだよ、ハジメ先輩」

『彼女は知らなくてもいいことを知ってしまったからね。それを彼女の口から君たちに聞かせるわけには行かないんだよ』

「何故」

『君は質問ばかりだね。少しは自分で考えてみたらどうなんだい?』

 頭を抱えたくなる。いったいどういうことなんだよ。わけがわからない。

何故ハジメ先輩はこんなことをしたんだ?


 ミナギは俺たちの両親とハジメ先輩の自殺が繋がったと言っていた。

しかしそもそもハジメ先輩は生きている。

 ではどういうことだ?死んだハジメ先輩がまだ歩いている、わけがない。

なら死んだのは別人と言う以外ありえないわけだ。


「そうか、自殺したハジメ先輩はあなたの弟なんだな?」

『昔の話をしよう』

 くそ、遊んでるのかこの人!?

しかし、聞く以外ないだろう。ミナギは間違いなくハジメ先輩の手の内にある。

彼の目的がなんであれ、この状況で逆らうのはまずい。

下手に刺激してミナギを傷付けさせるわけには行かないんだ。

 ミナギは俺たちのために動いてくれていた。そのせいで今彼に捕まってしまっている。

そうでなくともミナギは大切な友人。見捨てられるわけもない。



『あるところにひとつの家族があった。父親がろくでなしのどうしようもないやつで酒を飲んでは人に暴力を振るうようなどうしようもないやつだった。

 母親はそんな父親からの暴力を甘んじて受け止めることで自分の息子二人を守っていた。やさしい母親だった。

 二人の息子ももちろん母親が大好きで、最も大切に想っていた。父親には憎しみしか抱けなかった。

 当然だろう?大好きな母さんを傷付けるしかしないクソヤロウだ。いつかこんなやつから引き離して母親を幸せにしたい。それが息子二人の共通の願いだった』

 それがこの人の過去か。普段やさしくて包容力もあり、気遣いのうまくて人をまとめるのもうまいこの人からは想像もつかない過去だった。正直そんな父親がいたら歪んでしまう子供も多い。いや、今の行動を思えば十分すぎるくらい歪んでいるか。何せミナギを、はっきりと明言したわけではないが人質にしているようなものだ。


『息子二人は一卵性双生児だった。外見はとてもそっくりで、ぱっと見では区別が付かなかった。

 しかし中身が決定的なまでに違っていた。兄はとても頭がよく、大人しくてやさしい少年だった。弟は直情家でキレやすい少年だった。

 気に入らないとすぐに苛立ってキレる弟。その姿は父親によく似ていた。

 だから母親は兄に頼んでいた。弟が暴走してしまわないようにお兄ちゃんがちゃんと止めてあげてね、と。

 兄は考えた。自分には力がないから弟を止めることができない。ではどうやって弟を止めればいいのだろう?

 そんな時兄はとある本を見つけた。マインドコントロールに関する本だった。子供の浅知恵だった。

 うまく使えば弟が暴走したときに止められるのではないかと思って学び始めた』

 マインドコントロール?そんなの実際効くわけがないだろう。ただのフィクションだ。

 宗教なんかでたまに洗脳とかそういう力があるようなことが語られたりする。確かにそうとしか思えないくらい狂信的な人間と言うのはいるわけだ。

 しかしそういう人は大抵まず初期の段階から追い詰められていたり、何かにすがらずにはいられない状況下にある人のほうが多い。宗教そのものの力というよりは状況によって追い詰められてしまった人の藁にもすがる気持ちを利用しているだけで洗脳する力などがあるわけがないはずだ。洗脳なんてフィクションの世界の話。


 それはさておき、さっきからこの人の話を聞いていて気になる点が一つ。この人は誰なんだろう。ハジメというのは自殺した少年だとするとこの人はハジメではない。

 つまり、どっちだ?兄なのか弟なのか。いや、答えはもう明白だった。


『そしてそれは成功した。兄は弟が暴走しかけたときにマインドコントロールに成功することができた。

 他人に殴りかかった弟を鎮めることができてしまった。兄はそのことに驚喜を覚えた。

 そして同時に快感を覚えてしまった。弟を操ることができてしまった。自分は特別な存在なのだ。

 力では敵わない相手を意のままに操れるようになった。実際は止めるだけしかできなかったが兄にとってはそれで十分だった。

 それからことあるごとに兄は弟の暴走を止めた。しかし、兄は気付いていなかった。

 暴走を止めたことにより弟にどんどんストレスがたまっていることに。行き場のない怒りがどんどんたまっていた。

 そして弟はあるとき爆発した。それまでの怒りをすべて吐き出すかのように人を傷付けた。殴り続けた。怒り狂った。

 何故自分がこんな風に虐げられなくてはならないのか、わからなくなった弟は兄がどれだけ止めに入っても止まらなかった』

「そうして兄はそのことに責任を感じて自殺したんだな、弟のオワリ先輩?」

 頭のいい兄、ハジメさんはきっと精神年齢もそれなりに高かったはずだ。話を聞いている限りではそう受け取れる。

 しかし今話していること人はあまりにも幼すぎた。まるで子供の日記のように滅裂な説明。こんな人がマインドコントロールなんて思いつくはずもない。


『そう、その通りだよ。ようやくわかったかい?』

「あぁ、大体すべてのことが繋がったよ。アギトが何を言ってたのかわからなかったがあいつ、気付いてたんだな。だからあなたに力の使い方の話をしたんだろ。そして、名前を呼ばなかった」

『どんな嫌味かと思ったよ。彼はニコニコ笑いながらぼくを責めてきた。嫌われていたらしいね』

「ははは、あいつ、親友に格上げだよ。気付かなかった俺のほうが悪友だ」

『それで、全部わかった君はこれからどうするんだい?』

「あなたに会いに行く」

『そうかい。ぼくも君たちを呼ぼうと思っていたんだ』

「決着をつけよう」

『図書館に二人で来てくれるかな?誰かを呼んだらどうなるかはわかってるよね?』

「わかってるよ。そんな無粋なことはしない」

『じゃあ、待っているよ』

「あぁ」

 そうして電話は切られる。


 姉貴が物言いたげにこちらを見ていた。

「話は聞こえていたよな?」

「うん。けど、どういうことなのかわたし、よくわかんない」

「簡単な話だよ。俺たちはすべての決着をつけに行くんだ」

「ん、そっか。それでみぃちゃんは助かるんだよね?」

「必ず助け出す」

「なら、行こう」

「あぁ、話はそれからだ」

 もう答えは出揃った。あとは答えあわせだ。

 そして、決着をつけてやろう。俺たち姉弟とあなたたち兄弟の、因縁に。


15.

 通り過ぎていった様々な過去。多かれ少なかれ誰しもその過去に影響されて今を生きている。俺たち姉弟、そしてハジメさんとオワリ先輩の二人もまた、過去に大きく影響されたものたちだ。

 鍵は出揃った。答えはもう出ている。さぁ、それじゃあ答え合わせを始めようか。


「こんにちは、オワリ先輩」

「こんにちは」

「こんにちは、二人とも。ようこそ、オワリの場所へ」

 クスクスと笑うオワリ先輩の指定した場所は図書館の敷地内にあるがほとんど人通りのない場所だった。罠があるかもしれない。

 可能性はないとは言えないのだが直感的にその可能性は低いと思っていた。何故ならこの人は『暴力的な弟』の方のオワリ先輩なのだ。

 力でねじ伏せられる相手なのにわざわざ策を弄す必要がないだろう。ミナギは先輩のそばの木の根元に寝かされている。見たところ特に何かをされたようには見えなかった。

 しかしミナギを『眠らせた』手はまだわからないので正直油断はできない。できるだけ早くミナギを取り返さなければ。

「彼女なら大丈夫だよ。危害を加えるつもりもないしこれ以上何かをするつもりもない。君たちがここに来てくれればその時点で用済みだからね。心配ならそちらを先に確認してくれても構わないよ」

「姉貴」

「あ、うん。じゃあわたしが見てくる」

「それで、ユウリくんがぼくの相手をしてくれるのかな?」

「そういうことだ」

「じゃあまずは君がここに何をしに来たのか教えてくれるかな?」

「真実を確認するために」

「おやおや、探偵ごっこかい?それとも神秘論かな?」

「探偵ごっこの方が近いな。まぁそんなものどうでもいいんだ」

「そう、どうでもいいよね。君はぼくに確認したいんだね?」

「そうなるな」

「ぼくはそうやって君から来てもらいたかったんだよ。だから彼女に無粋な真似をしてほしくなかったんだ。彼女が知らせてしまったら君は自分でたどり着いたわけではなくぼくにたどり着いてしまう。それは面白くない」

「だからミナギを『眠らせた』のか」

「手っ取り早いだろう?そうすれば君は必ずぼくにたどり着く」

「捕まえてほしかったのか?」

「ぼくはハジメ兄さんに頭が悪いと思われていたんだ」

 また突然話が変わるな。この人は本当にお遊びみたいに会話する。気分が悪いな。

 まぁ、わざとやっているのだろうが。


「だからハジメ兄さんはぼくを操っていると思っていた。単純な人間ほど操りやすい。

 けれど、実は違ったんだよ。それはハジメ兄さんの力じゃなかった。

 ぼくの意志だったんだよ。ぼくは頭がいいんだ。兄さんよりもずっとね。だから兄さんが優越感に浸っているのを見て憐れに思いながら陰で笑っていたんだ。

 なんてバカなやつ。騙されているとも気付かないで。あはは、だってそうだろう?自分が頭がいいとか思い込んでいるバカほど面白いものはないよ!

 まぁそれはどうでもいい。ぼくが殴るのをやめたのは母さんのためだった。兄さんは母さんが悲しんでいるから、ぼくが父さんに似ているから、と言う点をきっかけにぼくを操ろうとしていた。

 まぁ結局、狙いはわかっていたけどね。ぼくはそれに気付いていたけど、自分の意志で母さんのために殴るのをやめたんだ。何より大切な母さんだった。母さんのためならなんだってできる。

 あぁ、母さんを愛していたんだよ!あんなクソったれのせいで虐げられ続けてきた母さん!ぼくが母さんに手を上げるわけがない!

 けど母さんはぼくが暴力を振るうことを嫌っていた。なら従うさ。暴力なんて振るわない。自分の想いに誓った。

 そう、だからぼくは誰も殴らず我慢し続けた!だって言うのに!お前たちの両親のせいで!ぼくの母さんは死んだ!お前たちの両親が殺したんだ!!」

「あっそ」

 一言。肩をすくめて笑った。

 瞬間俺の方へ飛び掛ってくるオワリ先輩。しかし怒りに任せた軌道は簡単に読める。

 俺だってずっと成長していなかったわけじゃない。

 その拳を避けて彼の背中を押してやる。そのままオワリ先輩は勢いを殺せずに地面に滑り込んだ。そこへすかさず座り込む。

 うつぶせに寝転んだオワリ先輩の背中へ俺が座り込んだ形だ。両腕は背中で固定してしまっている。

「クソ!なんだよ!?なんで動揺しない!?」

「動揺するわけないだろ。俺たちの両親のせいでアンタの母親が死んだ?違うよ。お前たちの父親に俺たちの両親が殺されたんだよ」

 姉貴の息を呑む声が聞こえた。姉貴はまだ思い出せていないみたいだな。

 まぁ仕方ないだろう。何せ俺たちはその場で見てしまっていたのだから。思い出したくない思い出になってしまうのも仕方がない。

 しかし、今から思い出させてしまう。思い出さなくてはならない。俺たちは確かに愛されていたのだから。

「思い出しやがったのか?今まで都合よく忘れていたくせに!」

「そこに関しては否定しないよ。俺たちは忘れてはいけないことを忘れてしまっていた。俺たち家族はとても仲の良い家族だったから休みの日によく出かけていたんだよ。その日もいつものように出かけていた。公園に向かう最中だったんだ。姉貴と俺ははしゃぎながら父さんと母さんの周りを走り回っていた。どこにでもある、ありふれた幸せな家庭。それを崩したのはオワリ先輩たちの父親だったんだ」

 姉貴の眉間に深いしわが寄っていく。あぁ、姉貴もだんだん思い出してきたようだ。

 そう、あの日は前の週決着が付かずに持ち越しになっていたちょっとしたゲームの続きをやろうと公園に向かっていた。ゲームの内容はもう覚えていない。まぁきっと、だるまさんがころんだとかそういう、大したことのないゲーム。

 けれど両親が大好きで、一緒にいるのが嬉しくて仕方のない俺たちは毎週休みの日に両親と思いっきり遊べるこの時間が本当に大好きでたまらなかった。

 その家族に一台の車が突っ込む。当然予想だにしない事態だった。けれど、両親は俺たちを守ってくれていたんだ。二人ともそれぞれ母さんは姉貴を、父さんは俺を守ってくれていた。車は縁石を乗り越えて飛び込んできたため速度は落ちていたとは言え人間なんてひとたまりもないような衝撃。身を挺して俺たちを守った両親は救急車が到着したときにはすでに息を引き取っていた。


 飲酒運転だったらしい。犯人の男は悪態ばかりついていた。そこら中を蹴ったり殴ったりしながら。集まった人々のせいで逃げられなくなってしまっていたためだろう。

 程なくして到着した警察によって男は拘束される。目撃者も多く、写真を撮っていた人までいたため言い逃れもできず、彼は逮捕された。

 悪質な事件として新聞にもその本名が載ることとなる。

 その当時俺たちはまだ小学校二年生。新聞もよくわからず、ただただ両親の死に呆然としていた。うまく受け入れられなかった俺たちにやさしくしてくれたのがその事件の担当をしていた刑事のリキヤおじさんだったのだ。

 生活する術を教えてくれて、週末にはいつも遊びに来てくれた。

 本当にやさしい人で、いつも心配ばかりしてくれる。ただ仕事で会ってしまっただけの俺たちの後見人にまでなってくれて、今でも世話をしてくれているなんてどれだけ礼を言っても足りないくらいだ。

「そうだよ、あのクソ親父は飲んだくれて暴力を振るうばかりか二人も殺していきやがった。そのあとどうなったかわかるか?俺たちはひどいいじめを受けたよ。人殺しの子供、人殺しの嫁ってな!?ふざけんな!ぼくたちが何をした!?全部あいつが勝手にやったことだよ!俺たちのせいじゃない!」

「だから言ったやつを殴ったんだな、アンタは」

「そうだよ、当然だろ?だって俺たちは何もしていないのに虐げられる。冗談じゃない。けど、それを責めるやつもいた。やっぱりお前は人殺しの子供だ、ってね。なんでお前らが振るう暴力は許されてぼくが振るう暴力は悪になるんだ!?お前たちのどこに正当性がある!?ぼくたちだって痛いんだよ!お前たちと同じ、人間なんだよ……」

「どちらにしろ暴力は正しいとは言えない」

「こんなことをしておいてよく言えるな」

「こうしなきゃあなたは俺を殴るだろう?」

「当然だ。身の程を知らせてやる」

「なら離せないに決まってるだろ」

「母さんはよく泣いていたよ」

 本当に唐突に切り替えるな。ずいぶん情緒不安定なんじゃないだろうか。


「近所の人にいろいろ言われるしゴミを家の前に積まれたりひどい罵倒が塀に書かれていたりもした。電話も匿名でたくさんかかってくる。

 母さんはだいぶ心を病んでいってしまった。そりゃそうだろう?なんで何もしていないのに、そいつによってずっと今までも苦しめられていたのに、解放されたと思ったら今度はもっとひどい仕打ちをたくさんの人からされなくてはならないだなんて。冗談じゃない。

 仕返ししてやりたかった。けど兄さんがそれを毎回止める。母さんが悲しむって。従うしかなかった。我慢し続けた。

 警察の勧めで引っ越したよ。中学に入ると同時にね。それまでとは学区が違う地域だったから大丈夫だと思っていた。

 けど、そんなことはありえないんだと思い知らされたよ。君たちがいる学区だった。小学五年生の君たちは普通に笑って暮らしていた。

 なんでぼくたちはこんなに惨めな暮らしをしているのに君たちはそんなに幸せそうなんだよ。ふざけんなよ!お前たちの両親のせいでぼくら家族はめちゃくちゃになったんだ!冗談じゃない!殺してやる!殺してやる!!」

 めちゃくちゃだな、本当に。言ってることが全く筋が通らない。確かに哀れだし、彼らだけが悪かったとは言えない。周りも間違いなく悪かった。

 けど、この人も悪いだろう?俺たちも悪いよ。みんなが悪かった。誰が正しいなんて、ない。みんな正しくない。

 そういう、世界なんだ。


 その責任を誰か一人に押し付けるのは間違いだ。この人は苦しんできたんだろう。この人の家族も。辛かっただろう。耐え難いほどだったんだろう。


「けどさ、それを他に当ててたらアンタはアンタを責めた人たちと同じだよ」

「何を言ってるんだ?ぼくがあいつらと同じ?そんなわけがないだろう!?」

「アンタは確かにいろんな人に傷付けられたかもしれない。それによって苦しんだんだろう。自分自身の責任だけではない理由で責められて、理不尽な世界に対する怒りを抱いたんだろう。それなのにアンタは俺たちに何をした?」

 俺たちを恨んでオワリ先輩は俺たちの家に殴りこんできた。俺を殴り続けるオワリ先輩と、それを止めようとして止められず、殴られたハジメさん。

 そして泣きじゃくりながらやめてと言い続ける姉貴。姉貴がこちらへ寄ってきて、俺はそれを止めようとして逃げろと指を扉の方へ指す。

 姉貴は首を振った。オワリ先輩は指を姉貴に突き出し、下に向ける。その瞬間に姉貴のおなかに叩き込まれる拳。彼が得意とするケンカの手法。

 一瞬だけ意識を指に向けさせ、その瞬間に拳を死角から叩き込む。崩れ落ちる姉貴を見たのが俺が意識を失う前に見た最後の映像。姉貴と俺の性癖と性質はすべて、この人によって植え付けられたものだったのだ。


 姉貴は見たくない指先を隠すために、指先をくわえる。俺は殴られるという恐れから気分が悪くなり、先端恐怖症になった。

 そして、相手に強く迫られるとオワリ先輩に殴られ続けた記憶がよみがえり、何も言えなくなってしまう。


「……ぼく、は」

「俺たちはあなたに対して何もしていなかった。もちろん俺たちの親だって何もしていない。むしろどちらも被害者なだけ。なのにその俺たちにあんなことをしたあなたはそれを否定できるのか?」

 オワリ先輩の身体から力が抜けていく。もう抵抗するような気力を感じられなくなった。

「あなたのお母さんはまだ生きているんだろう?」

「母さんはずいぶん病んでしまったがまだ生きている」

「なら、大切にしてやりなよ。失う前にな」

「ぼくは、いったい、何をしていたんだ……。ごめん、兄さん……」

「悔やむなら、隠してる遺書、警察に届けろよ」

「何故、わかったんだ」

「電話で話してた内容、ハジメさんの遺書で見たんだろ?」

「そうだよ。兄さんはぼくを止められなかったことを本当に悔やんでいた。君たちを恨んではいなかったみたいだ」

「良い人だったんだな」

「もっと早くに気付くべきだった。そしたら兄さんを失わずに済んでいたかもしれないのに」

「なんでアンタはハジメさんの振りをしているんだ?」

「あぁ、簡単なことだよ。母さんが安心するだろう?それだけの話だよ」

「バカだな」

「なんだと?」

「バカだって言ったんだよ。大バカだよ、アンタ」

「あまりぼくを怒らせるなよ?いくら気付いたからと言ってバカにされてばかりで黙っていられるほどぼくは大人しくないぞ」

「我慢できるようになったよ、って母さんに伝えればよかっただけじゃないかよ。なんで誰かの振りして自分を隠しちゃったんだよ?アンタはアンタのままで母さんのそばにいればよかっただけなのに」

「……そう、なのか」

「当たり前だろ」

「君は不思議なやつだな」

「いや、普通だろ」

「ありがとう」

「いきなりどうしたんだよ、アンタ」

「ぼくは君たちにあんなにひどいことをしたのに、こんな風に話してくれて。今日だって君は君自身のためと言うよりぼくの目を覚まさせるために話をしに来たように思える」

「俺たちは俺たちが正しいと思うことをするだけだよ。アンタのためじゃなくて、俺たちの心の整理のため。アンタがわかってくれれば俺たちもようやく、すっきりできるようになるからな」

「そうか。それでも、ありがとう。感謝している」

「ん。まぁ、もうバカなこと考えるなよ。大切なこと忘れて目をそらしてる時間はもう、終わりだろ?」

「そう、だね。全部、終わりだ」

 そうして、今回の騒動は終わりを告げた。いつが始まりだったのか、それはよくわからないが。それでも終わりはここだろう。


 そして、ここからはまた新たな始まりだ。

 騒々しくも楽しい、日常がまた、待っている。









「原因もわかって先端恐怖症とヘタレ、改善したみたいなんだ」

「そうなんだ、よかったね。それじゃしぃちゃんのくわえ癖も治ったの?」

「だといいんだがな。あれも結局原因はオワリ先輩だったわけだし」

 オワリ先輩は未だ神秘論同好会の部長をやっていた。文化部連盟の方は他人に席を譲ったようだが。性に合わないらしい。

 そして、結局アギトの家の道場に通い始めたのだと言う。性格もずいぶん前とは変わり、素のままのオワリ先輩で過ごすことにしたようだ。

 ざっくばらんでクスクスとよく笑うオワリ先輩を周りは最初驚きの視線で見ていたがもうみんな慣れたようで普通に仲良く過ごしている。

 そんなものだろう、人間ってのは。移り変わろうとも順応していく。少しだけ俺たちには遠慮しているような部分もあるがそれもだいぶ和らいできていて、もうそろそろだろうなと思いつつある感じ。


 あのあとアギトと話してみたのだが思いっきりとぼけられた。しかし問い詰めてみるとやっぱりオワリ先輩が俺の家に襲いに来たことを知っていて、それでかなり嫌っていたらしい。わかりづらいけどこいつかなりいい奴だったんだなと今更ながらに思い知らされた。

 そこまで心配されていたと言うことが少しだけ照れくさかったが嬉しい思いもある。あいつが困ったときには助けにいってやりたいと思えるようになった。



 そしてオチ。

「ゆぅひゃんにぉゆふぃうぉふゎえゆにぉゎわひゃひにぉあいにぉひりゅひにぁにぉ」

「そんな愛の印はいらない」

「結局治ってないんだ……」

 とのことだった。恐らく原因は俺があの時逃げろと扉を指差したのが姉貴を心配してのことだったため、そこからどう発展したのか指に愛が詰まっているという感覚を覚えてしまったらしい。

 俺のせいかよ……

「いっひぉうにぁみぇひゅひゅひぇりゅっ」

「一生なんてなめさせ続けるわけないだろ!?いつか指離れさせてやるから覚悟しろこの変態姉貴め!」

「やりぇりゅみぉにぉにゃりゃやっふぇみりょー」

「あぁ、やってやるとも、やってやろうじゃんかよ!」

「あたしも付き合うよー」

「りゃ、りゃいやりゅひゅひゅひぇん!?」

「ライバルってなんだよ」

「そ、そんなんじゃないよ!?」

 まぁ、こんな感じで今日も俺たちは騒がしくも楽しく暮らしている――


(了)

長らくお楽しみいただき、ありがとうございました。

これで本編は終了となります。

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