11.
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今日はミナギと部活中の会話でずいぶん自分たちの核心に迫ったような気がする。
俺たち姉弟はきっと同じ要因で両親からの影響を受けて指フェチと先端恐怖症にヘタレだということ。
そして、両親が恐らくすでに亡くなっていることと、愛されていたと言う事実。
俺たちの性癖と性質はともかくとして両親が亡くなっていることはほとんど間違いないだろう。
そして愛されていたのは確実だった。
それがわかっただけでもものすごい収穫で。
家に帰ってから姉貴に俺たちの両親がどうなってしまったのかを調べる決意をしたと告げた。
ミナギとの話を詳細に語るとやはり姉貴はその辺に関しては核心を持っていたようで二つ返事で承諾。
感極まったのかなんかその後一時間近く指をくわえられたがまたそれは別の話。
まるで小説みたいな話だと思った。現実なのかわからなくなってしまうほどに。
だって、両親はすでに亡くなっていて、その愛が詰まった家にずっと暮らしていただなんて。
そんなの泣かないわけがないだろう。まぁ、フィクションだとしたらあざとすぎるか。
紛れもない現実。だからこそ、両親の行方はそんなに不可思議と言うわけでもなく判明するのだろう。
現実にはミステリー小説みたいなエンドは待っていない。きっと事故や災害とかで亡くなっているはずだ。
明日から部活中にミナギと協力して三人で町の図書館にある新聞で調べようと思っている。
とは言え、まぁ俺たちがいつごろからいないのか記憶がないので正直見当も付かないし適当に調べるしかないだろう。
時間はかかるかもしれない。
それでも、調べずにはいられないから。知らなければならないんだ、俺たちは。
「ゆぅちゃん、まだ起きてるの?」
「なんだ、寝れないのか?」
二段ベッドの上から姉貴の声が届いた。子供の頃からずっと使っている二段ベッド。
かなり頑丈なつくりで大きくなった俺たちでも普通に使えている。
いやまぁ、上の姉貴が軽いと言うのも大いにあるんだろうが。俺が上に行ったらさすがにきしむだろう。
「なんかねー。お母さんとお父さんのことわたしだけじゃやっぱり調べられないと思ってたから諦めてたの」
「まぁさすがに一人じゃな。適当に探すしかないから三人で調べてもかなり時間がかかるだろうし」
「んー、それもあるんだけど。あのね、やっぱり、怖いんだよー」
「あー……」
それはわかる気がした。俺も確かに一人だったら調べる勇気はないと思う。
二人の死がわかってしまったら俺たちはもう本当にたった二人の家族だ。
帰ってくるかもしれない、本当に信じていなかったとしてもそういう希望は支えになる。
独りは耐えられない。家族がどこかにいるかもしれない、そういうほんのちょっとの希望が生きる力にもなっていたから。
姉貴がいるから、もし亡くなっていたことがわかってもたぶん、生きていける。
そうでなければ恐ろしくて知りたくなかっただろう。
自分がたった一人だなんて、認めたくない。
「けど、今はゆぅちゃんも二人がわたしたちのことをどれだけ想ってくれてたかわかってて、その上で調べようって言ってくれる。それが嬉しくて」
「真実を知りたい。知ることは恐ろしいかもしれないけどな。それでも、俺たちの両親だから」
「うん、そうだね」
「その上で会いに行こう。お墓があるなら、そこに。きっとリキヤおじさんは知ってる」
「あはは、うん、間違いない」
「教えてくれって言って教えてくれるかわからないし、教えてくれたとしても、なんかそれより自分たちで調べた方がいいと思うんだよ。その方が気持ちの整理がつく気がする」
「ん。ね、ゆぅちゃん」
「なんだ?」
「大好きだよ」
「いきなり意味がわからん」
「ゆぅちゃんがいるからわたしはここにいるよ。ゆぅちゃんがずっとそばにいてくれたからわたしは生きてるよ。ゆぅちゃんがいなかったらわたしはわたしじゃなかった。全部壊れちゃって、たぶんここにいない」
「どうしたんだよ、姉貴」
がたん、と大きな音がして床が振動する。
そしてそのまま俺の布団に姉貴がもぐりこんできてすがり付いてきた。上から飛び降りたらしい。
「怖い、怖いんだよ。ゆぅちゃんがどこかに行っちゃわないか心配で。お母さんとお父さんがいないことがわかっちゃったらもうわたしにはゆぅちゃんしかいないの。そのゆぅちゃんもどこかに行っちゃわないか心配で心配でたまらないの。どこにも行っちゃイヤだよ?いなくならないでよ?わたしを独りにしないで」
声が震えていて、泣いているようだった。
俺のパジャマを握り締める手が痛いほど強くて、どれだけ本気なのかがわかる。
姉貴は普段取り乱さないし落ち着いていてぽやぽやしているようなタイプだ。
だから、すべて包み込んでくれるような人なんだと思っていた。
けど、違ったんだ。ずっと悩んでたのか。
全部押し隠してずっと寂しさを押し殺していたんだな。
そっと抱きしめる。少しだけびくりと姉貴の身体は震えたがそのまま身を任せてきた。
「大丈夫だよ。俺はどこにも行かない。ここにいる」
「ゆぅちゃんはやさしいから、そうなっちゃうことはわかってるの。それはダメなんだってわかってる。けど、耐えられないの。無理なんだよ。怖くて怖くて、手放したくなくなっちゃう。どこにも行ってほしくない」
「なんで家族が一緒にいるのがいけないんだよ。そんなわけないだろ。俺はここにいるよ。姉貴と一緒にいる」
「違う、違うの。ううん、いや、いいんだよ。それでいいの。それが正しいんだよ」
「何が言いたいんだよ。はっきり言えばいいじゃないか」
姉貴は俺のパジャマを引きちぎりそうなくらい強く握りながら泣き始めてしまう。
わけがわからなくて俺は戸惑いを隠せない。
「だったら、ずっと一緒にいて?ゆぅちゃんはどこにも行かないでここにいてほしい」
「いや、だから俺はどこにも行かない。ここにいるに決まってるだろ」
「うん、そうだよね。うん、うん。今は、それでいいよ」
「どういうことなんだよ」
「……んむ」
それっきり俺の指をくわえて黙ってしまう姉貴。俺はため息を吐くしかなくなってしまう。
ホント、なんなんだよ。よくわからない。姉貴は何を言いたかったんだ?
気付いたら姉貴はそのまま眠ってしまっていた。
っとに、泣くだけ泣いたら寝ちまうとかどうなんだよ。まぁ、いいけどな、たまには。
泣き言も言わずにずっと笑顔でいてくれた姉貴。俺を守るためでもあったんだろう。
ずっとがんばってくれてた姉貴だから、俺もなんだかんだで大好きで。姉貴のためにしてやれることがあるならなんでもしてやろう。
だって俺たちは二人きりしかいない家族なんだから。姉貴だって甘えたいときもあるだろう。
けど親がいないから甘えさせてくれる人もいない。
なら、俺が甘えさせてやれるなら、喜んで甘えさせてやる。それが指をくわえることもなるのだろうか。意味があるのなら、それでいい。
俺たちは二人でこれからも生きて行かなくてはならないのだから。