10.
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「ユウリ君ってさ、本当にヘタレなの?」
「待て、それ俺自身に聞くことか?」
「他に誰に聞くの?」
「知らん」
突然変なことを聞いてくるミナギに呆れるしかない。
正直自分でもそんなのわからん。アギトがそう言ってくるのでそうだと思っていただけだし。
「アギトにでも聞いてみればいいんじゃないか?てかなんでそんな話を」
「なんだかいつまで経ってもヘタレっぽく見えないんだけど」
「そもそもヘタレってなんだ」
「うーん?押しに弱い?」
「俺は押しに弱いが」
「え?そうなの?」
「正確には強く迫ってくるのが怖い。逆らうことができなくなる。まぁネタの範囲なら大丈夫なんだが」
「どうして?ユウリ君って別に意志が弱いとかでもないよね」
「さぁ、わからない。昔からそうなんだ」
「何か理由があったりするんじゃないの?」
「俺もそう思う。そしてそれは恐らく姉貴の指フェチと同じ理由だと思っているんだが」
「え?あれ理由あるの?」
「ただの変態だと思っていたのか……」
「ち、違うよ?身体の一部分が特に好きとかってあることない?あたしだったら唇だし」
「え、お前キス魔?」
「そんなことは一言も言っていない」
ガチですごい顔で返された。本気すぎて怖い。てかそんな言い方されると姉貴の指フェチ嫌がってるようにしか思えないんだが。
「ただ単に唇が動いてるのがすっごく好きなだけだよ。だからあたしおしゃべり好きなの」
「あー、なるほどな。姉貴の唇とかかわいいし」
「だよね!しぃちゃんの唇は最高だと思うよね!あんなにかわいい唇見たことない!」
熱烈だった。激しいまでの主張にたじたじとなる。これは本当に唇フェチらしい。
なんだ、俺の周り変態的なフェチ人間多くないか?
「お前、百合だったのか……」
「そういうことじゃないってば。唇がかわいいの。けどそれは恋愛に繋がるとかじゃなくて愛玩的な意味」
「姉貴をペットに!?お前姉貴のこと全く言えないくらいの変態っぷりだな!」
「そうそう、あたしの指くわえさせてあげる代わりにあたしはその唇を触り放題ー、ってそんなわけあるか!」
「なかなかのノリツッコミだ。さすがミナギ」
「それはドーモ。でも真面目な話そういうフェチとかって誰でもある気がするんだけど」
「まぁな。理由のないフェチもある。しかし、病的なまでの固執ってのはトラウマの可能性があるんだよな」
「まぁ、あたしの観点から見てもその意見にはうなずけるかも」
「姉貴は指が好きすぎてくわえるという行動に走っている、と言うことになっているわけだが」
「本人もそう言ってるしね。ただ、あたしから見てしぃちゃんのあの行動、甘えの行動にしか見えないよ」
「俺もそう思うわけだ。甘え、逃げ、救援信号。指をくわえる条件とかが関係あるんじゃないかと」
「条件かぁ。しぃちゃんが指をくわえるのってユウリ君だけじゃない?」
「たぶんそうだろうな。俺は見たことがない。つかさせないようにしているんだが」
「しようともしてないように見えるよ。ユウリ君の指にしか興味ない感じ」
「俺の指であることに何か意味があるのか。んー、やっぱ親に関係ありそうな気がするんだがな」
「二人の両親って一緒に住んでないんだっけ?」
「まぁ、そういうことになってる」
「どういうこと?あんまり詳しく聞いた覚えがないんだけど」
「俺たちもよく知らないんだよ。物心付いたときから家にはいなかったし。どこにいるのかも知らない」
「え?じゃあどうやって暮らしてるの?」
「生活費だけは口座に振り込まれて来るんだよ」
「ね、ねぇ、ちょっと待ってよ、それおかしくない?」
「おかしいとは思うよ。どこにもうちの両親の痕跡はないんだ。写真も手紙も何もかも」
「戸籍は?名前くらいは知ってるんだよね?」
「まぁな。高校に入るときに調べたし。けど名前だけわかっても意味がない。どこにいるのかもわからない」
「手紙くらい書く、よね普通。お金も振り込むくらいならないほうがおかしいよ」
「わかってるよ。だから調べてはいるんだ」
「ねぇ、親がいないってどうやって知ったの?最初からいなかったならまず親自体の知識がないよね?」
「あぁ、後見人がいる。親戚のおじさんなんだがな」
「ご両親のことはなんて言ってたの?」
「すごく遠くに行っていて帰って来ることができないけれど生活費だけは口座に入金されるから安心して生活していていい。何か問題が起きたりわからないことがあったらなんでも連絡してくれよ、ってな。良い人だよ」
「……?」
ミナギは眉をしかめて首をかしげながらじっとこちらを見つめる。何かを考えているようでもあり、訝しげでもあった。明らかに疑問を感じている顔だ。
「なんだ?」
「そんなおかしな親がいるの?」
「いや、よっぽど帰って来れない事情があるんだろ」
「だとしても、だよ。そのおじさんには事情を話してユウリ君たち二人にはなんの手紙すらないっておかしい」
「おかしいのは俺もわかってるよ。だから悩んでもいるし」
「違うよ。ユウリ君たちのご両親はそんな状態で放っておけるはずがないよ」
「何?」
「二人みたいにこんなに素敵な人たちのご両親が素敵じゃないわけがない」
「お前って本当に恥ずかしいセリフを吐くなあ……。けどだとしたらなんだって言うんだ?」
「そのおじさん、本当に親戚?」
「え?」
「あたしの勘だけど、いい?」
「あぁ、構わない。聞かせてくれ」
一度ミナギは息を整える。目を瞑って深呼吸して二度うなずいた。
そうして再びこちらに目を向ける。その視線には強い意志が備わっていた。
いったい、何を語るというのか。
「その人は親戚じゃないよ。ご両親と交流のあった人でもない」
「根拠は」
「言葉、だよ。まぁ勘だからはっきりとどういう風って言えないんだけど、さっきのその人の言葉にはあなたたちを気遣う心が感じられる」
「そりゃ俺でもわかったよ。とてもやさしい人だった。けど、だったらうちの親と交流あってもおかしくないだろ」
「そうだね。そこだけならそう。けど、言い回しが変なの。帰ってこないって言ってる」
「あ?どういうことだ?」
「ねぇ、遠くに行ってしまってる両親がいるとするよ?そのことを子供に説明するときに、生活して、なんて言う?違うよね。待っていて、って言うよ」
「そんな微妙な差じゃないか」
「そうだよ、微妙な差。けど、どうしてもその人は帰ってこないってことを知っているとしかあたしには思えないの」
「だとすると俺たちの両親はどこにいるんだよ。俺たちを捨てていったのか?」
「しぃちゃんの話を聞く限りではそういうことじゃないとあたしは思ってる」
「姉貴の?」
「簡単なことなんだけど、ね」
「どういうことだ?」
「家、一軒家だよね」
「そうだがそれがどうかしたのか?」
「二人が生まれる前に建てたもの、らしいよね」
「仏壇に入ってた家の計画書みたいなやつにそう書いてあったな。完成日が姉貴の生まれる二年ほど前だった。結婚したのはいつかわからないが」
「うん。最初から子供部屋として二人の部屋作ってあったんだってね」
「そうみたいだな。設計を見る限りではそういうことになる」
「家を建てるときに子供部屋を最初から考えていたご両親がそう簡単に二人を捨てて出て行くと思う?」
「そんなのわからないだろ」
「ユウリ君もわかってるはずだよ。あの家は愛の詰まってる家だったって」
「なんでそんなのわかるんだよ」
「子供部屋が南にあるんだよ」
「え?」
「ユウリ君たちの家の二階は部屋が北と南にあるでしょう?」
「そう言えば、そう、だな」
「明るくてあたたかくなる南側を子供部屋にしてあるんだよ、あの家は。そしてみんなで一緒にいられる居間も南側にあるの。子供のためにたくさん考えられた家だったんだよ」
「そん、な……」
そんなことは考えたこともなかった。部屋の位置なんて気にしたこともなかったんだ。
そんなところにそんな意味があるだなんて。
それは、ミナギの思い込みなのかもしれない。
けれど、俺にはなんとなくそれがわかった。本当のことなんだ、って。
きっと、父さんと母さんはたくさん悩んで、想いを込めて、家を作り上げてくれた。
これから生まれてくる大切な家族のために。何人とかまでは考えていなかったかもしれない。
けれど、自分たちの子供に明るくあたたかい子に育ってほしかったんだろう。
幸せを、願っていてくれたんだろう。
本当に、愛の詰まった、大切な大切な、家。
涙がぽろぽろとこぼれていた。止めることもできないままに。
疑ってごめんなさい。俺は勘違いしていた。
こんなに愛され、こんなに望まれて俺たちは生まれてきたのか。
どうして今まで気付かなかったんだ。
そんなことはもう、どうでもよくて。それより何よりも、幸せで、幸せで。
「ご両親を、探そう?」
涙が止んだ頃、ミナギがそんなことを言い出す。
「どこにいるかわからないんだぞ?」
「行方を見失ったままにしておいていいと思う?」
「それは、嫌だ」
「辛い結末だと思うけど、それでもきっと、知ったほうがいいと思うの」
「はっきり言うな、お前」
「変な慰めなんて言わないよ。あたしは嘘を吐きたくないの」
「そうか、そうだな。俺と姉貴はたぶん、それを知らなくてはならない」
「うん」
「その上で、会いにいかなくちゃな。今までの想い全部連れて」
「うん」
「そして、祈ろう。二人の幸せを」
空の上で、幸せになっていることを、祈ろう。
俺たちの大切な、大切な、家族へ。