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「……ねぇ、ゆぅちゃん。あたしもう……、我慢、できないよ……?」
はぁ、はぁ、となまめかしい吐息が耳元で聞こえる。ぎしりとベッドがきしんで少しずつ俺の頭は一つのことに集中していった。
「はぁ、ん……、もう、いいよ、ね?」
ねっとりとした舌が俺の肌に触れて――
「うぎゃぁあああああああああああ!?」
がばりと起き上がる。
「きゃっ」
跳ね上がった身体に押されて俺の身体から一人の少女が転げ落ちた。
「だぁあああ、てめぇ、また俺のベッドに入ってきやがって!いい加減にしやがれこのド変態が!」
「そんなこと言わないでよー。ゆぅちゃん、ね?いいでしょ?」
「いいわけねぇだろ!ふざけんな!」
「ふざけてなんかないのになぁ。だって、お姉ちゃん本気よ?」
「本気のド変態だってのは物心ついたときから知ってんだよ!」
黙っていれば美少女。
さらりと綺麗で色素の薄いピンクの髪、白磁のように白く美しい肌、青灰色でパッチリくりくりしたかわいらしい大きな目、小さくて桜色をしたかわいい唇。
外見で言えばそんな完璧さを持ち、スタイルも抜群。その上頭脳明晰文武両道、性格も他人受けがよくやさしいとかいううちの完璧すぎる姉貴には残念すぎる性癖があった。
「だってゆぅちゃんの指おいしそうなんだもん♪」
というわけである。満面の笑みで。
キチガイなうちの姉貴は重度の指フェチで、指先を見るとくわえてなめたくなるとか言う凄まじくヤバイ性癖を持っていた。他人だと思いたい。ガチで。
しかもどういうわけか他の誰かの指より俺の指をお気に入りの様子で。
我慢できなくなると止まらない猪突猛進な性格である姉貴はことあるごとに俺の指先をくわえようと狙ってくるのだ。
さっきのもそれである。
寝ている俺のベッドに忍び込んできて我慢できないからと指をくわえてなめ始めるという。度々そんなことしやがるので俺のベッドには侵入禁止だと何度も言っているのだが。
まぁ聞くわけもなくこうやって未だに侵入される。
年子である俺と姉貴、シスカはもう高校一年生。健全な男子高校生であるところの俺、ユウリとしてはそろそろ勘弁願いたいところである。
姉貴は姉でなければ正直男子なら間違いなく誰でも一度は惚れてしまうであろう美少女だ。外見だけならまだしも普段は普通にやさしくていい姉なんだよ。
男子というのはやさしくされるだけで微妙に勘違いしてしまう。
自分だけちょっと違う対応だと惚れているのかもとか勘違いしてしまうような単純であほな生き物だ。そしていろいろ興味が出てくるお年頃なわけで。その上ベッドに侵入されるのはガチでヤバイんだ。男として本気でヤバイラインなのである。
しかも姉貴のなめ方はやたらエロい。
興奮するなというのは無理な話だホント勘弁してくれ助けてくれよ誰か!?
「なふぃ泣ひれりゅふぉ、ゆぅひゃん?」
「泣いてなどおりませんよ姉貴殿。で、満足したか」
「みょーひょっふぉー」
「はいはい、もうちょっとねー」
仕方がないのでいつもこうやって無駄なことを思考しながらなめさせるしかないわけで。
いや、だってこんな姉貴が他の誰かにそんなことしたらガチでヤバイ。だからなめるのは俺だけにしておけと中学のときに命令させてもらった。俺でさえこんなじゃ他の奴なら本気で襲われかねない。つーか、マジで姉貴の将来が心配なわけだが。
しかし人の心配をしていられないのも事実で。
さっき説明したとおり姉貴とは同じ学年なわけだ。故に休み時間のたび俺は姉貴に指をなめられる。
教室でなめられる→みんな見てる→何あの変態姉弟→キモい、関わりたくない
当然帰結である。わかるよ!?気持ちはわかるけどな!?
俺の性癖じゃないのに俺まで変態扱いはヤメテー。
「そろそろいいだろ」
「んみゅーっ、りゅむぷっ」
抜き取ろうとしたらやたら抵抗するので背の届かないところまで手を掲げて抜き取った。なかなかしぶとい奴だ。
「朝からこんなことやってたら遅くなるっつの」
「にへへー」
幸せそうに笑う姉貴を見ているとなんかどうでもよくなってしまうのも事実だったり。
いや、それ認めると俺も変態じゃん……
「朝飯は作ったのか?」
「うんー、ウインナーさんゆでてたら我慢できなくなったのよー」
「俺の指はウインナーから想像されるほどおいしそうなのか……?」
「ゆぅちゃんの指はさいっこうにおいしいよー♪頬がとろけちゃうの、えへへー」
「えへへーじゃねぇよ。顔だけじゃなくて脳みそもとろけてんじゃねぇのか姉貴」
「そんなことないよー」
台所に着くと朝食のいい香りが部屋いっぱいに広がっていた。いい感じに食欲が刺激されてくる。
「顔洗ってくるわ」
「ん、準備してるけど冷めないように急いでねー」
「おぅ」
まぁ今の光景を見てみた人は大体悟っていただけるだろうがうちは両親不在である。幼い頃からいない。よく知らないが遠いところにいってしまっているとかで。
まぁ、食費とか光熱費その他もろもろは払ってもらえてるので見捨てられたとかではないのだろう。しかし会ったこともないし写真も何もないので俺たち姉弟は親というものを知らない。まぁそれでも、あんな変態だがやさしくて頼りになる姉がいるおかげで普通に生活できていた。その辺は本当に感謝している。
「ゆぅちゃん、ぐっどたいみんぐー」
「そか」
そう言って持っていたコーヒーをテーブルに置いて朝食の準備が整う。
「んじゃ、いただきます」
「はいどうぞ、召し上がれー♪わたしもいただきまーす」
「ほい」
目玉焼きにオニオンスープ、ゆでウインナーとレタスを食パンにはさんだ簡単なホットドッグというメニュー。他の家がどれくらい食べているのかは知らないが男子高校生としてはもうちょっと量がほしいかもしれない。と前に言ったおかげかウインナーが増量してパン二枚ではさんであった。姉貴のほうはパン一枚。ありがたいことだ。
こういう風にいい面もあるからどうしてもむげには扱えないんだよな、この姉は。俺の青春めちゃくちゃだけどなー。
「何贅沢言ってるんですかこの幸せものがぁああ!!」
魂の叫びだった。マジでうるさい。
「そりゃありがたい部分もあるけどさー」
「けど!?けどナンデスカ?何を言いやがりますか!?あんな美少女の姉とか普通ありえんし!お姉さまと二人で一つ屋根の下!燃える!俺は燃え上がらずにはいられないゼ!」
「静まれよ、悪友1が」
「え、悪友1?2がいるの?って言うかぼく名前も決まってないんですかね!?」
「えーと、なんだっけ?アゴだっけ?」
「いや、確かにそういう意味もありますけどね!?ガチで覚えてないのですか何このひどい人!?もう人生の半分以上ささげてきたぼくってものがありながら姉にうつつを抜かして名前まで忘れてしまうだなんてひどいわっ!?」
「なんかキモい、黙れよアギト」
と言うことで悪友1、アギトというちょっとオツムの弱い変人だった。オタクらしい。
「あ、名前覚えててくれた、嬉しい!けど対応ひどくね!?」
「一瞬喜ぶお前がすごいよ」
「そうかぁ?照れるなぁ」
単純でいいなぁ、こいつ。人生楽そうだ。
「ってそれ褒めてなくね!?」
「今頃気付いたのか」
「お前最近ひどいなぁ。冷たくなったことない?」
「変わってねぇよ。つーか姉貴のがお前より付き合い長いからな、当然のことながら」
「あ、ホントだ。そりゃそうだよな。そりゃぼくよりお姉さまを優先させるわけだ」
「そういうつもりはマジでないんだけどなー?」
「そう見えるっつー話だよ。しっかし、もったいない姉弟だよね君らは」
「どういうことだよ」
「いやー、前も言ったことね?美形姉弟で両方文武両道、性格も主人公タイプ。こんなやつらなのに二人して変人とか」
ぴくりと俺の眉が反応する。俺のことよく知ってるのにそういうこと言うわけか?
「変態は姉貴だけだろ。俺は変態じゃねぇよ」
「気持ち良さそうに指なめられてるくせにー。ってごめんごめん、冗談が過ぎたからそんなに怒らないでよ」
「わかればいいけどな」
「そこはわかってるけど、二人とも残念なのは確かだよ」
「根拠というかそう思う点を教えろよ。姉貴関連なら叩き潰してやる」
「め、目が怖い……」
早く言えと目で合図する。さすがに不機嫌にもなろうものだろ。俺まで残念扱いとか。そりゃあの姉貴の変態具合は残念だけどな。
「姉は指先フェチの変態。そして弟は先端恐怖症でヘタレ、って両方残念じゃんか」
けらけらと笑い始めたアギトを叩き潰してため息を吐いた。
そう、俺の欠点は先端恐怖症であることと、相手に強く出られると何も言えなくなってしまう、まぁいわゆるヘタレという奴なのだった――