8 保護者じゃ無いクリスときな臭い噂
王宮の夜会が終わってホッと息を吐く間もなく、クリスは書類を確認していた。昼間見学に行った、お屋敷の資料である。
最近、政敵になりそうな貴族は一掃したので、お屋敷候補は、山ほどある。
まさか、他国の姫君を娶ることになるとは思わなかったクリスは、王宮に近いお屋敷を建て直すつもりでいた。
貴族が長年使っていた、お屋敷なんてどんな仕掛けがあるやも知れないと、クリスは警戒していた。
(実際に、中に入って調べるしか無いかなぁ、これは……)
そう思って、候補を絞ろうとしたときに、寝室の扉が開いたのに気付く。
気にしている余裕も無かったので、知らん顔で書類を確認していたら、ロザリーがソファーの背の方から小さな手でキュッと抱きついてきた。
「クリス様。まだ起きていらっしゃるのですか?」
もう夜も遅い。
夜会の後は、すぐに寝るようにロザリーには言っていたはずだけど……。
「子どもが起きている時間じゃ無いな」
クリスは、スルッとロザリーの手を外し、ソファーに引きずり込んだ。
「最近の態度で、誤解させたかな? 僕は、ロザリーの保護者じゃないよ」
自分でも驚くほど硬い声が出てるなと、クリスは思う。
疲れていつとはいえ、ロザリーを怯えさせてどうする……と。
「あ……あの、ごめんなさい」
ロザリーは、戸惑っていた。
クリスは怒っているようなそぶりをしているのに、その腕は優しい。ソファーに引きずり込んだときも、ロザリーの身体を庇うようにしていた。
今のロザリーの体制は、クリスのお膝に頭を乗せてソファーに転がっている状態だ。
「今日は、嫌な思いしたからね。いいよ、このまま寝ていて。僕が寝るときに、一緒にベッドに運ぶから。おやすみ」
そう言って、クリスはまた、書類に目を通し始めた。保護者じゃないと言いながら、態度は完全に保護者のそれだ。
クリスがロザリーにも保護者の態度になってしまうのは、キャロルの中のユウキが不安定な子どもだった頃の名残だ。
つい最近まで、賢者と自分はユウキの教育係と保護者役をやっていた、その名残……自分の中の矛盾を、クリスは無理矢理そう結論付けた。
それでも、自分の膝の上で、安心して寝てしまうロザリーを見て、クリスはホッとするのだけれども。
数日後、リクドル王国に、アルンティル王国が攻め入ろうと画策している。
そんな信じられない情報が、我が国の諜報部によってもたらされた。
「リクドル王国は我が国と隣接している同盟国だ」
「状況によっては、我が国との戦争も辞さぬと言う事か……」
城内は騒然としてしまっていた。
その様子にも、国王陛下は落ち着いた態度でいる。
「落ち着かぬか。まだ、憶測の域を出ていない情報では無いか」
実は、国王はすでに賢者様に指示を仰ぎ、その情勢を確認している。
賢者様の見解はこのようなものであった。
その情報は、デマである……と。
理由として挙げられたのは、アルンティル王国とリクドル王国の距離。
両国の間は、かなり距離がある。
その間には、小国といえど無数の国が存在している。
実際にロザリーは馬車で2ヶ月もの間旅をして、このハーボルト王国入りを果たしている。
そのハーボルト王国に隣接するリクドル王国。
軍隊で強行しても(近隣国が素直に通したとしても)2~3週間はかかる道のりである。
それを推しても、リクドル王国を落とすメリットがあるならばともかく、海に面した国が故、魚介類が特産というだけの平凡な国だ。
何のうまみも無い。
それと、もう一つ。アルンティル王国がこのデマを飛ばすメリット。
このデマによってロザリー姫を処刑させ、正当な理由で、ハーボルト王国に宣戦布告をする。
この場合、デマに踊らされて、きちんと確認も取らず他国から和平のために寄越された姫を処刑してしまう愚かな国、という烙印をハーボルト王国は押されてしまうことになる。
我が国の周辺諸国への信頼は失墜する。その状態でアルンティル王国と戦闘になっても、どの同盟国も我が国に味方をしてくれないだろう。
今、警戒すべきはデマに踊らされて、行動を起こそうとしている国内の王族・貴族連中だ。
現にもう出ている、一部の貴族連中から『我が国との戦争も辞さぬということか』という意見が……。
賢者は言う。
『敵国と見なされた国の姫がどういう扱いを受けるかなんて、火を見るより明らかだろう?』 ……と。