7 クリス王子殿下とロザリー姫の夜会
クリスとロザリーの婚約発表の夜会を皮切りに、クリスはロザリーをパートナーにして、王宮の夜会に参加するようになった。
いくら忙しい身だとはいえ、婚姻を結び独立するのであれば、社交もおろそかには出来ない。
今夜も王子たちは皆そろって、それぞれの婚約者と一緒に王宮主催の夜会に参加していた。
「ついこの前まで、泣きそうな顔で夜会に出てたのに変わるもんだねぇ。キャロルも」
クリス達が見ている先で、シルヴィアとロザリーを連れて、キャロルはにこやかに社交をしている。
確か、ウィンゲート公爵家の事件から3ヶ月くらいしか経っていない。
最初の頃に比べたら、随分成長したもんだと、クリスは感慨に浸っていた。
「ほとんど、私とクリスの所為だと思うけどな。悪い噂、多かったから。それより、最近のキャロルはロザリーにばかり構っていて、私が捨て置かれている気がするのだけど……」
せっかく、人が感慨に浸っているのに、クラレンスは水を差すようなことを言っている。
「知らないよ。自分で何とかしたら?」
「女性は、小さい子好きだからな。良いんじゃないか? おや、なんか絡まれている」
ダグラスが、遠目に起きてる出来事を見つける。
男性陣がのんきにおしゃべりしている間に、女性陣にトラブルが起きたようだ。
気が付いたら、クラレンスの横にいたクリスがいなくなっていた。
「デビュタントもしていない、お子様が夜会にいると思ったら……。アルンティル王国のスパイ殿でしたか」
少し酔っ払った感じで男性が言ってくる。嫌な笑い方をしていた。
『この方はアルモイダ侯爵家と繋がりのある』、キャロルは頭の中のデータを引っ張り出している。
確か、侯爵家の方はクリス王子に娘を、と打診してたはず……。
シルヴィアは、しっかりロザリーを自分の背中に庇っていた。
いつも一緒にいる令嬢達も、自分たちのドレスを利用してロザリーを隠す。
皆、デビュタントの頃からクリスが守ってきた令嬢達だった。
クリスは側に寄ると、他の令嬢達ににこやかにお礼を言って離れさせる。
中には、相手が不敬と言い出したら太刀打ち出来ない身分の令嬢もいるからだ。
「失礼。私の婚約者が何か粗相でも?」
クリスは、表面はにこやかな顔を崩さず、訊いている。
クラレンスもダグラスも、自分の婚約者を守るように、そばにやって来ていた。
三人の王子に睨まれて、アルモイダ侯爵家の男は、たじろぐ。
優しげな王子たちが、見た目通りでは無いのは、ウィンゲート公爵の一件で充分に知れ渡っていた。
「あ……いえ。あの……失礼」
しどろもどろで、言い訳にもならない言い訳をし、退散していく。
まさか、クリス王子が庇いに来るとは思っていなかったのだ。
所詮、他国からどんな処遇でも構わないと渡された姫。
便宜上、夜会に連れて来ているだけで、捨て置いているものだと他の貴族も思っていた。
周囲にそう思わせるほど、夜会でクリスはロザリーとダンスもしていなければ、一通りの挨拶を済ませたら帰るときまで一緒に行動していない。
クリスがロザリーとダンスをしないのは、パートナーと最初のダンスを踊ってしまうと、他の男性とのダンスも断れなくなるからだし、一緒に行動しないのは、キャロルに社交でのロザリーの教育係を任せているからなのだが。
「ロザリーを庇ってくれてありがとう」
クリス王子は、令嬢達には、そうお礼を言い。ロザリーを軽く抱き寄せ、頭を撫でている。
他の貴族達は、その光景を『仲良いですアピール』かと思ったのだけど。
ロザリーの方もそうされ慣れているかのように、嬉しそうにクリスを見ていた。
実際、目が覚めている時に、こんな風にされたのは今が初めてなのだけれども。
「ロザリー。この曲踊れる?」
クリスが訊いてきた。今流れ始めた曲は、男性に合わせて踊れば良いだけの、女性にとっては簡単な曲だ。
「大丈夫です」
その返事を確認して、クリスは、ロザリーの前で優雅に礼を執る。
「ロザリー姫。私と踊って頂けますでしょうか?」
ロザリーも頑張って礼を執る。最近、ダンスも優雅に見える礼の執り方も学び直したばかりだ。
「喜んでお受け致します」
ロザリーは、初めて夜会でダンスを踊る。クリスのリードに合わせようと必死だった。
「そんなに、緊張しないで。大丈夫、僕がちゃんと踊らせて上げるから」
もっと、難しい曲でもねって、クリスが言ってくる。
「ちゃんと練習して、上手になりたいです。せっかく、クリス様が、他のお姫様と一緒にお勉強できる時間を下さったのに」
ロザリーは、ニッコリ笑ってクリスに言う。
「ありがとうございます。私、クリス王子殿下の婚約者になれて幸せです」
素直にお礼を言われて……幸せだと言われて、クリスは微妙な笑顔になった。