4 キャロルの憤慨 クリスの優しさ
「なんなの? クリスのあの態度、ロザリー姫が可哀想。あんなに幼いのに」
クラレンスの私室で、キャロルが憤慨していた。
食事の間での出来事を思い出す度に、キャロルは腹が立って仕方が無かった。
ご婦人方のお茶会では、何かあったのかと皆様に心配させてしまったくらい、取り繕う事が出来ていない。
「よしよし。キャロル、落ち着いて……」
クラレンスも公務が終わってやっと帰ってきたと思ったら、キャロルの機嫌が最悪状態で、一生懸命なだめていた。
優しくキャロルを抱きしめ、ずっと背中を撫でて上げている。
キャロルは、もうすぐ18歳だけれど、中味のユウキはまだ12歳だ。
愛しい婚約者だと言っても、クラレンスは時々保護者役をしなければならない。
賢者とクリスは、あの事件以降、ユウキの教育係と保護者役を降りてしまっていた。
「だって、私より幼いのに。私だって、来たばかりの頃は、ずっと泣いてたのに」
キャロルは、自分がここに強制的に転移させられた時の事を思い出して、ロザリーに同情していた。
クラレンスは、少し胸が痛い。
知らなかったとはいえ、ユウキが入ったキャロルに辛く当たり、怯えさせ、泣かせていたのは自分だったのだから……。
「うん、そうだね。でもね、キャロルと違ってあの子は仕事をしに来ているんだよ」
「仕事?」
腕の中から、キャロルは無防備にクラレンスを見上げて訊いてくる。
中味の所為か、こういう時のキャロルは壮絶に可愛い。
だけど、今この状況を説明をしなければ、キャロルは思い込みで暴走してしまうだろう。
「そう、仕事。あの幼い背にアルンティル王国を背負って来ているんだ。うちの国もそうだけど、無能な姫を国外に出したりしない。見ず知らずの国で、自分の目で敵味方を見分け、母国との和平を保つための外交が出来ると思われたからこそ、他国に行かされるんだ。そして、母国の為に死ぬ覚悟もちゃんと出来ている。ダグラスの妹も、随分前に8歳で他国に嫁いで行ったよ」
「そんな……」
「そんな世界なんだよ。ここは……。クリスも、今はあの子のことを見極めている最中だと思うよ。ここで諜報活動されても困るしね」
「あんなに幼いのに?」
「あんなに幼いから……だよ。子どもだと周りの大人は油断するからね」
「クラレンスも疑ってるんだ」
怪訝そうにキャロルに言われて、クラレンスは穏やかに笑う。
もう保護者から恋人に戻っても良いよな……と、そう思って。
「疑ってるよ……キャロルは、私なんかよりあの子が大切なのかな? とか、本当はクリスのことの方が好きなのかな? とか」
クラレンスは、キャロルの顔を上に向けさせ軽いキスをする。
もう、これ以上この話をする気は無いって事ね、とキャロルは理解する。
そう理解して、キャロルもクラレンスの背中に手をまわした。
「おやすみなさい。クリス様」
そう言って、ロザリーは一人で寝室に入っていった。
仕事が終わるのを待とうとしたロザリーを、『もう遅いから寝室に行って先に寝るように』と、クリスは促した。
なんだか、侍女達には誤解させてしまったようで、きっちり湯浴みまでさせられていたが……。
まぁ、清潔を保つのは良いことだから、侍女達は誤解させたままでも良いけどね。
だけど、幼いロザリーに、夜伽をさせるつもりは無いから、夜はちゃんと寝て欲しい。こっちも忙しい身なんだし。
クリスは、部屋で書類に目を通している。
幼い身で、他国に嫁いできたロザリーも大変だろうけど、一年で公爵家を起ち上げるのも一苦労だなと、クリスは思う。
次代から『空の王妃』もいなくなると同時に、『空の第二王子』もいなくなるから、これで最後だろうけど。
クリス王子は、結局賢者の能力の劣化版程度の能力は残して貰っている。何かあったときに、対応できるように。
まぁ、そういう能力がなくても、隣の寝室の気配くらいは、丸わかりなんだけどね。
何で、最後の最後にこんな役割が来るかなぁってクリスは溜息が出る。
仕事をすることを諦め、書類を片付ける。
寝室に入ると、 ひっく、えぐ……と、嗚咽を抑えきれず、肩を震わせてベッドで泣いている小さな子どもが見えた。
その横に、スルッとクリスも入っていく。
ロザリーの小さな背中が、ビクッとなった。クリスは、ロザリーの身体を自分の方に向ける。
「ク……ク……リスさ」
「ああ。何も言わなくて良い。おいで」
そう言って、クリスは自分の方にロザリーを引き寄せ、抱きしめた。
震えて泣いているロザリーの頭に口付ける。
「好きなだけ泣いて、疲れたらそのまま、お休み。ロザリー」
そのまま、前にユウキにしたように、背中をポンポンってしてあげてた。
その内に、嗚咽が寝息に変わる。
クリスは、泣き腫らした子どもの顔を見て、ソッと手をかざし泣いた痕を消してあげた。
そして、ロザリーの心の中を覗かせてもらう。そっと、壊さないように気を付けて……。
『してあげたことに対する、対価をもらうね』そうクリスは心の中で呟いた。