10 ロザリー・アルンティルの処遇 差分3
その瞬間、周りの兵士達から殺気が増した気がしていた。
ロザリーは、キャロルに縋って震え出す。
そんなロザリーをキャロルは庇うように抱きしめ直した。
「ロザリー?」
クリスが返事の催促をするように、ロザリーの名前を呼ぶ。
「そ……そんなこと言われても分かりません。わたくしは、嫁いだ国に従順であれと、そう教育を受けて……」
そこまで言うと、ロザリーはキャロルに縋って泣き出してしまった。
ロザリーの、その様子を見て、クリスは少し落胆したようだった。
「そう……。それが、君の答え、なんだね」
そんなクリスの言葉も聞えてないように、ロザリーはキャロルにしがみついて泣きじゃくっていた。
クリスは、しばらくロザリーの返答を待っていたようだったが時間切れとばかりに言う。
「では、我が国の意向に従ってくれたら良いよ」
クリスは軽く片手をあげながら言った。
それを合図と受け取った兵士達が、ロザリー確保に動き出す。
クラレンス達は、動かない。
今のクリスの言葉は、賢者の決定事項と同列だと悟ったからだ。だけど、キャロルは……。
「ロザリー姫は、まだ10歳なのよ。こんな兵に囲まれた怖い場所で、まともに答えれるわけないでしょう?」
キャロルは、ロザリーを庇いながら、一生懸命クリスに言っている。
クリスは、キャロルの声など聞えてないかのように知らん顔をしていた。
そのうち兵士が、ロザリーを捕縛しようと、庇って抱きしめているキャロルの腕を掴もうとした。
「無礼者!」
バシッとその手を払う。キャロルは、怒っていた。
「わたくしを誰だと思っているのです。兵士ごときが触れて良いと思っているのですか」
その気高さは、由有紀が入る前のキャロルそのものだった。
「それとも、わたくしごと牢屋に入れますか?」
殺気立っている兵士達に向かって、キャロルはあくまでも毅然とした態度を取っていた。
「キャロル……。その辺にしておいてくれないか」
放っておくと一緒に牢屋に入りかねないキャロルを、クラレンスが止める。
「でも……」
「キャロル。敵国になるかも知れない国の姫を庇うことは、君の次期王妃という立場では、とてもまずいことになるんだ。わかってくれるね」
クラレンスは、これ以上言わせないでくれ、とばかりに厳しい口調でキャロルに言って聞かせる。
キャロルは、さりげなく周りを見た。ここにいる兵士達は、アルンティル王国の事を快く思っていない派閥の貴族達だ。
そして、クリスは、第二王子の立場では無く……賢者の立場で、ロザリーを見限った。
「失礼致しました。王太子殿下。クリス王子殿下」
キャロルは、クラレンスとクリスに向かって礼を執った。
自分はともかく、クラレンスの立場を悪くするわけにはいかない。
例え、内心ハラワタが煮えくりかえっていようとも。
そんなキャロルのドレスを、まだ縋るようにロザリーが掴んでいる。
『守れなくて、ごめんなさい』キャロルは、決して口に出してはいけない言葉を呑み込んだ。
「ごめんね、ロザリー。君の身柄を牢獄に移すことになるけど……」
クラレンスは、ロザリーに対しては、優しく気遣うように言う。
「いえ」
ロザリーはもう、諦めたようだった。そして、キャロルにお辞儀をする。
「庇って下さって。ありがとうございました」
泣きながらも、ちゃんとお礼の言葉を口にするロザリーに、キャロルは何も言ってあげることが出来ない。
そうして、兵士達に連れられてロザリーはクラレンスの執務室を退出していった。
ロザリーは、兵士達に引き摺られるようにして牢獄に連れて来られていた。
思っていたよりは、無機質では無く。普通の狭いお部屋という感じがする。
ひとしきり泣いた後、ロザリーは落ち着いてベッドに座っていた。
まだ、油断したら涙は出るのだけれど……。
上の方にある、明かり取りの窓から、星が見える。
夜遅くまで起きていたら、クリス様から叱られたっけ『子どもが起きている時間じゃ無い』って、ロザリーは、そんなたわいもない、昨日までは普通にあった日常を思い出して、笑ってしまっていた。
アルンティル王国にいた時ですら無かった、幸せな時間。
「まぁ。よくもやってくれたものだと思うよ」
その声と共に目の前が明るくなる。光が収束して、クリス王子の姿になった。
だけど……。
「どなたですか?」
「もう忘れたの? クリスだよ。君の婚約者の」
ロザリーは、怪訝そうな顔をする。そうして、もう一度同じ質問をする。
「どなたでしょう」
「さすがに分かるか。そういえば、キャロルも見分けるからねぇ。私とクリスを」
目の前で、ぼやいてみせるクリスの姿をした何かを、ロザリーは恐がりもせず見ている。
「この国の賢者と呼ばれる存在だよ。クリスと根元は一緒かな」
「賢者……」
そういえば、この国にはそういう存在がいたんだった、単なる噂じゃ無かったんだとロザリーは感心していた。
「それでね。ロザリー、処刑前に死んでくれないかな」
まるでお使いに行ってきてと言うようなノリで、賢者は言う。
「随分……酷いことを言うのですね」
「酷いのはお互い様だろう? あんな風に泣き続けて、キャロルに縋って。君、キャロルまで道連れにしようとしてただろう? あそこまで愚かな子どもを演じられると、庇うことも出来ない」
賢者は、子どもに対してじゃなく、自分と対等にロザリーを扱っていた。
「殺せば良いじゃないですか。今すぐに」
ロザリーはプイッと横を向いた。
「今回の事は、現政権内で事を収められなかった私のミスだ。申し訳無いと思っているんだよ、これでも」
本当に悪いと思っているのだろうか……と、疑いたくなるような言い方だ。
「だから、もしロザリーが処刑台の方を選ぶのなら、それは仕方無いと思う」
「戦争になっても、アルンティル王国に勝てるという事ですか」
ロザリーは下を向いてボソッと言った。
「いや。和平のために寄越された姫を、簡単に処刑してしまう愚かな国に協力する同盟国は無いだろうからね。もし勝てたとしても、被害は甚大だ。現政権もそうだけど、君の婚約者だったクリスも責任を取らされるだろうね」
クリスの名前に反応して、ロザリーはパッと顔を上げる。
「それを含めて、甘んじて受けるって事だよ。君がそう決めたのなら、処刑までここに結界を張って、他の刺客も入れないようにする」
賢者は真剣な顔をして言っていた。
ずるいやり方だと、ロザリーは思う。クリス様と同じ声、同じ顔で、そんなことを言われたら。
「死に方は、選べるのですよね」
ロザリーのその言葉に、賢者は痛いような顔をした。
そうして、賢者はクリスを呼び出す。
ロザリーは、考えただけでクリスが出て来たことに驚いてた。
クリスに場所を譲って、賢者は部屋の隅の方に退く。
「一応ね。責任上、監視はさせてもらうよ」
クリスは、チラッとだけ賢者を見て、ロザリーの方を見る。
ロザリーは、呆然としていた。もう二度と会えないと思ったから。
「クリス様」
「うん。ロザリー、随分遅くまで起きているんだね。子どもが夜更かしするものじゃ無い」
フワッと暖かくなったと思ったら、いつも着ている寝間着に、着替えさせられていた。ロザリーはクリスに抱きしめられる。
「これが君の望みなの? 母国のためで無く」
クリスが、耳元で言ってくる。ロザリーはそれには答えずに
「私、クリス王子殿下の婚約者になれて幸せでした」
涙の溜まった目で笑って、いつかの時の夜会と同じセリフをクリスに言った。
「僕も……ロザリーの夫になって、幸せだったよ」
ロザリーはクリスに身を預ける。
暖かい光に包まれ、幸せな気持ちで目を閉じた。
「おやすみ、ロザリー」
愛してるよ……とは、口に出さなかった。
その代わりというように、深くロザリーを抱きしめる。
自分も、このまま永眠ってしまいたかった。
『ロザリーは、不逞の輩からの保護中に死んでしまった』と王室から発表された。
ロザリー殺害の首謀者達を処刑することで、同盟国に対するハーボルト王国の信用の失墜はかろうじて免れた。
アルンティル王国側との交渉は、それでも難航したが、同時期にアルンティル国内でも、とある事件※が起き、こちらとの交渉をしている余裕が無くなった。
それによって、こちらにとっては好条件で交渉が終結した。
獄中死してしまったロザリーの遺体は、故郷に帰す事となる。
その前に、キャロルを始めとする女性陣の強い要望もあり、こちらでも略式ながら葬儀を行うことにした。
小さい棺に、ロザリーが横たわっている。
その棺に、王子・王女たちや生前お茶会等で交流のあった女性達が花を手向ける。
「やすらかな。良いお顔をしてますのね」
ぽつんとシルヴィアが言った。キャロルもそれだけが、救いだと思った。
「本当に、どうか来世では幸せになって下さいましね」
祈るように、キャロルも言う。
クリスは、葬儀に参列せず。
ロザリーの遺体が故郷に帰ってしまうまで、姿を見せることは無かった。
おしまい(投獄エンド)
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。
感謝しか有りません。
※アルンティル王国 暴君王側室脱走事件
暴君王時代、ピクトリアン王国から嫁いできたリオンヌ・ピクトリアンが、恋人クリストフ・ピクトリアンの手引きで側室が住まう東の対屋から脱走した事件。
市中で捕まり、リオンヌはその場で近衛騎士団の手により惨殺される。
恋人のクリストフは逃走中、その後20年以上に渡る両国からの逃走、アルンティルに対する復讐を計る。
事件当時、ピクトリアンからの報復を恐れ、アルンティル王国は話し合いの場を持つことになる。
『お姫様の恋 ~アルンティル王国の王妃になった姫君の物語~』より
『第9話 ロザリー・アルンティルの処遇』の分岐点に戻りたい方はこちらです↓
https://ncode.syosetu.com/n4714fz/10/




