10 ロザリー・アルンティルの処遇 差分1(本編)
その瞬間、周りの兵士達から殺気が増した気がしていた。
ロザリーは、キャロルの腕から出る。このままでは自分に何かあった時に、キャロルまで巻き込んでしまうと思って。
「いいえ。わたくしは、アルンティル王国の王女です。自分の国を……何より、我が国民を見捨てる事など、考えたこともございません」
「その国から、見捨てられたかも知れないのに? 君がここにいるのに、我が国にケンカ売るような真似するのは、そういう事だよね」
普段の穏やかさはなく、クリスは厳しい口調でロザリーに向かって言った。
ああ……そういう事かと、ロザリーは理解してしまった。
アルンティル王国から見捨てられたのでは無い。自分は、最初から……。
最初から、このためにハーボルト王国に送り込まれたのだと。
前を向くと、キャロルが抗議の声を上げようとしてクラレンスに制されていた。
まだ自分のために動いてくれようとするキャロルを見て、ロザリーは嬉しくて涙が出そうになる。
そうして、気持ちを切り替え、ロザリーは皆の前で跪いた。
たとえ現場処刑されても、見苦しい死に様にならないように。
「わたくしは、アルンティル王国の為に、ここにいます。国の事情が変わっても、例え本当に見捨てられたのだとしても。アルンティル王国に対する忠誠は変わることはございません」
そう言い切ったロザリーは幼い子どもでは無く、まがいようもなく一国の王女としての矜持を持った女性の態度であった。
もう、ロザリーはキャロルの方も、クリスの方も見ない。
自分がしている行為は、この国を戦争に導くもの……。
今まで、優しく、親切にしてくれた人たちの顔など、とても見ることが出来なかった。幾万回謝罪しても許されることのない事だと、ロザリーは思う。
ロザリーは平然として前を見ている。その様子に、キャロルの方が、泣きそうになっていた。
側にいた兵士達が、ロザリー確保のために動き出す。
「ごめんね、ロザリー。君の身柄を牢獄に移すことになるけど……」
クラレンスは、幼いロザリーを気遣うように言う。
(この国の、王太子殿下は優しい。こんな自分を、まだ気遣ってくれる)
「はい。今までありがとうございました。皆様に優しくして頂いて、幸せでした」
だから、せめて笑顔でお礼を言って別れようと、ロザリーは思った。
「じゃ、行こうか。ロザリー」
クリスは、自分と行くのが当然とばかりにロザリーを立たせ、手を繋ぐ。
「え? あの、クリス様?」
「何? 抱っこして連れて行けって?」
もう、仕方無いなぁって感じで、ロザリーをお子様抱っこした。
ロザリーは、あまりのことに一瞬呆然となっていたけれど、すぐに正気に戻りパタクタ暴れ出した。
「いえ。歩けます。私、自分で歩けます」
皆の前で、抱き上げられてロザリーはただただ恥ずかしく、抵抗しまくっていたのだけれども、クリスは決して降ろさない。
「暴れたら落ちるよ。皆、暇じゃないんだ。いちいち、君の歩調に合わせられないよ」
優しさの欠片も無い言葉だけれども、他の兵士達へのけん制も兼ねている。
この僕がいて、ロザリーに指一本でも触れさせたりはしない。そう言う雰囲気だ。
不意に近付こうとした兵士を、クリスは一瞥しただけで制してしまった。
そうしておいて、自分の護衛兵だけを連れて、部屋を出て行ってしまった。
クリスとロザリーが、執務室を出て行った後、ようやく兵達も引き上げ、人払いが出来た。
「クリスが一緒なら大丈夫よね。ロザリー姫は」
キャロルが、震えながらクラレンスに言ってくる。もう、本当に泣き出す直前の顔になっていた。
リオンもダグラスも、クラレンスさえ、そんなキャロルに対し優しくする余裕は無かった。
「獄中死の事なら、クリスが何とかするだろうな。不逞の輩に手出しはさせないだろうから」
いきなりそんなことを言い出したダグラスの方を、ギョッとした顔でキャロルは見る。キャロルの頬にはもう涙がこぼれ落ちていた。
「他はこれから、私たちが大丈夫にするんだよ」
クラレンスは、キャロルに諭すように言う。
「そうだな。クリスは俺たちを信頼して牢獄に行ったんだ」
「キャロル。泣く前にやることがあるだろう?」
ダグラスと兄のリオンにそう言われて、キャロルは涙を拭った。
「わたくしに、出来ることがあるなら」
そう言って、クラレンス達の話し合いの中にキャロルも入っていった。




