1 国王陛下からの縁談の打診
「は?」
クリスは、思わず聞き返していた。
ここは、ハーボルト王国。国王陛下の執務室である。
「そなたの縁談が決まったと言っておるのだ」
国王は、同じセリフを繰り返していた。
「縁談……ですか」
先日のクラレンスとキャロルの婚礼の日が正式に決まって、クリスが完全にフリーになってしまった影響なのか……。
ダグラスも宰相の娘、シルヴィア・ムーアクロフト公爵令嬢との婚約が決まったばかりだし。
いわゆる、貴族のバランスを取るための政略結婚だ。
だけど、ダグラスが、あまりにもシルヴィアが気の毒だと言って、今後どんな人生になるのか説明をして、拒否しても構わないとまで言ったのに対し、シルヴィアは『平凡な、退屈な人生なんて、つまらないですわ』と言い放ったらしい。
シルヴィアの言ったその一言でダグラスは覚悟を決めた。
できうる限り、彼女を守り一緒に闘っていくと。
確かにね。この流れなら、次は第二王子に……と、なるのだろうけど。
相手が外国の……しかも10歳の女の子じゃあね、とクリスは思う。
「ダグラス王子には、12歳の弟がいたと思ってましたが。年齢的には、そちらの方が良いのではないかと思います。なにせ、私は21歳。もう少しで22歳になります。御年10歳に成られたばかりの姫君からすれば、私などおじさんでしょう。いささか、気の毒な気すら致します」
「あちらは大国でな。アルンティル王国と言えばわかるか? その姫君を側室の王子の下に嫁がせる訳には参るまい」
アルンティル王国。あの暴君王の国か。
気に入らない国、逆らう国とその関係国を蹂躙し滅ぼして領土を奪い成長しているという。
今は、近隣諸国を潰して国土を広げている最中だったな。
あの国の姫君の相手は、確かに12歳の子どもには無理だな。厄介すぎる。
賢者が戻ってきているとはいえ。なるべくなら、戦いたくない相手だ。
クリスは、あれ? っと思って、国王に訊く。
「陛下。こちらからも、姫を嫁がせるのですか?」
王妃は、王子二人しか産んでないから、側室の姫しかいないはずだが……。
「いや。向こうから姫君が来るだけだが……」
「条件は?」
「特に無いな。ああ、こちらに姫君を渡すことを持って、和平としたいとの事だ。姫君の処遇も問わないそうだ。そなたに任せるのは、まぁ保険だな。一応、王妃の子に嫁がせたという」
「……保険」
こちらから姫を嫁がせる訳でなく、アルンティル王国からの条件の要求が何も無い。
クリスが、考え事をして、黙り込んでいたら何を勘違いされたのか、国王がこんな事を言ってきた。
「夜会で女性達を侍らせて遊んでるから、まだ一人に絞りたくないのであろう? 面倒だと思ったら、捨て置いたら良い。向こうがかまわんと言っておるのだからの」
とんだ誤解だ。好きで侍らしているわけではない、クリスは思わず反論したくなった。ついこの間まで、ウィンゲート公爵の問題があったから保護していただけだ……と。
そう思って国王の方を見ると、目配せをしてきた。
(……なるほど、嫌な気配がある)
「かしこまりました。その縁談お受け致します」
詳細は後日。先方国に、承諾の返事をしてからの話になるとの事であった。
それにしても、捨て置いても構わないとまで言うとは……警戒してくれと言っているようなものである。
他国から来る姫君は『嫁ぎ先で、いつ死んでしまってもおかしくない』という覚悟で来るとは言うけれど。
多分、ここの姫もそういう覚悟を持たされているのだろうけど。
クリスは、そこまで考えて溜息を吐いてしまっていた。