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敦也は、10時を過ぎているのにまだ迷っていた。
先ほど、扉の鍵がガツンという音を立てたので何事かと見てみると、勝手に閂が掛かって開かないようになっているのを知った。
つまり、ここへ閉じ込められたわけなのだが、分かっていたことなので恐怖は感じられなかった。
敦也が迷っているのは、憲二、奈津美、そして、彰の誰を占うべきかという事だった。
奈津美は、もともと占おうと思っていた。最初はこれからを考えても彰をと思っていたのだが、奈津美の言動から確かめておいた方が良いと思ったからだ。
だが、憲二も彰にもらった情報から考えると、怪しいのだ。憲二を占えば、憲二を怪しいという彰の色も見えるのではないかと思っていたが、彰自身を占って、安心したいという気持ちもあった。
彰は、怪しいかといわれると目立ってここが怪しいと言う所がない。それなのに憲二や奈津美を押しのけて彰を占ったら、ただ脅威を感じて占ったヘタレな占い師だ、と思われるのではないか。
そこで黒が出たり、呪殺が出たりしたなら敦也の株も上がるだろうが、白が出るだけだとしたら、その結果を聞いた時の彰のこちらを蔑むような目が想像できた。
全く情報が無い時なら考えられたが、こうして情報が出て来た今、彰は今日、占う位置ではない。
敦也は、そう思って息をついた。普通に考えて、自分に情報を渡してくれた彰は白いと考えるのが今は妥当だろう。としたら、憲二。彰が疑っていた、憲二を占ってみた方がいい。
敦也は、そう決心すると、名簿を見てその番号を確認した。憲二は7…そして、0を三回。
すると、腕輪はピッピと音を立てて、液晶画面には、結果が表示された。
敦也はそれを見て、一瞬息を飲んだ。
そして、次の瞬間、ハッと我に返り、急いで机に歩み寄ると、その上にあるメモ帳にその結果を書いた。
液晶画面には、『7は人狼です』と表示されていたが、時計が11時になると同時にそれは消えて行った。
次の日の朝、すっかり寝入っていた敦也は、扉からのガツンという音で目が覚めた。
何の音だと慌てて起き上がって、部屋にある置時計が金色の振り子をくるくると回して6時を指しているのを見た瞬間、部屋の鍵が開いた音か、と悟った。
ハアと肩で息をついて再びベッドへと転がった敦也だったが、ハッと我に返った。そうだ、昨日の結果だ。
寝ぐせのついた髪のまま、敦也は広い室内を横切って机の前へと駆け寄り、そうしてそこに置いてあるメモに、まぎれもなく昨日書いたままの結果が残っているのを目にして、じっと考えた。憲二は、黒だった。あれは夢じゃなかった…憲二は、黒なのだ。
初日に黒を引いた占い師は、しっかり理由を話さないと狂人と間違えられて吊られてしまうことがある。
敦也は、思った。彰が黒いと言った場所が黒だったということは、彰は少なくとも今の時点で、敦也目線人狼ではないということだ。ここは彰を徹底的に白くして、自分の味方になってもらい、村を説得する方法を取るのがいいかもしれない、と思っていた。
彰が白なら、これほどやりやすいことは無いのだ。
敦也は善は急げと急いでバスルームへと飛び込むと、寝ぐせを直して歯を磨き、最低限の身なりは整えた。登は、話し合いは9時だと言っていた…それまでに、朝飯を食って、彰に話して、そして対策を練っておかないといけない。
もう一人の占い師の、目星はついているのだろうか。
敦也は、持って来た着替えに手を通しながら、考えていた。占い師は二人。敦也は自分が真占い師だと知っているが、あと一人も同じように仲間を探しているはずだった。彰は、昨日占い師の目星がついたと言っていた。一人は、恐らく敦也。だから、彰は昨日あんなことを言ったのだ。では、もう一人は?
考えながら進めていたので気が付くと結構な時間が経ってしまっていたが、敦也は急いで一階へと降りて行った。
リビングへと飛び込むように入って行くと、目を丸くした彰が、昨日座っていたソファに居てコーヒーカップを手にこちらを見ていた。その前には、イケメンの雄大とあの胡散臭い忠彦、登が座っていたのだが、その三人も驚いたように振り返っていた。
敦也は、急いでそちらへ駆け寄ると、言った。
「彰さん!あの…、」
「待て。」彰は、カップを持っていない方の手を上げて、それを制した。「君が何を言いたいのか予想は出来るが、しかし皆の前の方が良い。どんな情報を得たのか知らないが、一斉に開示する方が良いと私は思う。」
彰がそう言うと、登が、訳が分からないながらも、彰と敦也を代わる代わる見ながら言った。
「なんか知らんが彰さんが言う通り、なんか分かった事があるなら個別でなくみんな一緒の時の方がいい。変に仲間だとか言われて人狼に黒塗りされたら厄介だろ?9時にならなくてもみんな来たら言ってもいいからさ。お前も朝飯食って来い。」
敦也は、それはそうかもしれないが、しかし彰にだけは先に結果を知らせて、これからのことを話しておきたかった。だが、彰は口を閉じて、こちらをじっと見ているだけで話をしようという様子ではない。むしろ、迷惑だと言わんばかりの雰囲気を感じた。
敦也は、仕方なく登に頷いた。
「…分かったよ。じゃあここで四人で、何を話してたんだ?」
雄大が、パンを手にペットボトルの紅茶を飲んでいたのだとばかりに、それを持ち上げて見せた。
「朝飯。で、今日はどうやって進めるかなって。役職出してからか~って、緩く話してただけなんだけど。」
登が、頷いた。
「オレが生きてるからさ。パンのいい匂いがするだろうが。キッチンのテーブルの上に焼き立てのパンがクッキングペーパーとやらに乗せられたまま置いてあったんだよ。パン屋さんから焼き立てのパンが届きましたってメモが一緒にあった。」
言われてみたら、さっきからパンのいい匂いが辺りに漂っていた。敦也は彰に必死過ぎて、気が付かなかったのだ。
パン屋が生きていたらちゃんと焼き立てパンが供給されるなんて、演出が細かいな。
敦也は、そちらも気になったし、彰が嫌がるのに無理に話をしても、協力は得られないだろうと考えなおし、それ以上は何も言わずにキッチンの方へととぼとぼと歩いて行った。
キッチンでは、大人しい女子が一人、それに落ち着いた雰囲気の女子が一人の、二人が穏やかに微笑みながらパンを選んでいた。敦也が入って行くと、二人は敦也を見て少し、固まったが、おとなしい方の女子が、微笑んだ。
「あ、敦也さん、でしたよね?昨日三階まで上るのが面倒だって言ってた…。」
クスクスと笑う。そうか、あの時笑ってくれた数少ない子の一人か、と思ったが、生憎敦也は名前が思い浮かばなかった。すると、落ち着いた方の女子というか、女性といった方がしっくり来る子が微笑んで言った。
「ああ、あの人ね。覚えてる。敦也さんというのね。私は、覚えてらっしゃるかな?」
敦也は、正直ほんとに覚えていなかったので、ばつが悪そうに言った。
「すみません、まだ女性は全然覚えていなくて。騒がしい子は覚えてるんですけど。」
それでも二人は、気を悪くする様子もなく頷いた。
「たくさん居るもの。」と、おとなしい方の女子が言った。「私は、啓子です。こちらは美子さん。」
美子は、頷いた。
「私達もまだ男性の顔と名前が一致しなくて困っていたの。自己紹介で印象に残った人は覚えてるんですけど…ほら、忠彦さんとか。」
啓子が、頷き返した。
「ねえ、雄大さんとか。でも、さっきリビングを通りすぎる時、彰さんには普通に名前を呼ばれたわ。ビックリして、パン屋さんの登さんが覚えてるのか聞いたら、彰さんは自己紹介の時に覚えたって当然のように答えてらしたわ。あの人、とても頭の良い人みたい。」
敦也は、あの人ならそうだろうな、と思って苦笑した。
「医者だから、患者の顔とか名前を覚えるのに慣れてるんじゃないかな。」
「研究医って言ってたのに?」と、美子は笑った。「でも、あの人が同じ陣営だったら心強いわね。」
同感だったが、それでまたゲームのことを思い出し、敦也は落ち着かなくなった。早く結果を村に知らせて自分の真を説得したいのに。
「とにかく、パンを選んでいいかな?オレもあっちで話が聞きたいんだ。もうゲームは始まってるんだし、出遅れて発言出来なかったら悔しいと思って。」
美子は、それには急いで頷いて場所を空けた。
「ああ、ごめんなさい。そうね、私たちもゆっくりしていられないわね。もうそろそろみんな起きて来る頃だし、重要なことも知らない所で話してるかもしれない。パンを持って早く行きましょう。」
頷いた敦也は、急いで目についたクロワッサンを三つほど手に取ると、ペットボトルのミルクコーヒーを冷蔵庫から出して、リビングへと戻ったのだった。




