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考え込みながら二階へと上がって来ると、同じように部屋へと入ろうとしていた、7の憲二と、2の俊と目が合った。
二人とも、二階に部屋がある登と敦也と同じ、前半の番号なのだ。そういえば、さっきキッチンで本人そっちのけで彰のことで争っていた美津子は3、奈津美は6の部屋で同じ階だった。何も知らないとはいえ、敦也は明日からの彰が気の毒に思えた。
「よう。」登が、二人に声をかけた。「なんか食ったか?」
憲二が、首を振った。
「いや、騒がしいから部屋で食おうってさ。ハンバーガーがあったから、それを温めて来た。」
憲二は、困ったようにそう言った。相変わらずの好青年さで、悪口を言おうという感じではないらしい。しかし、向こう側の俊は顔をしかめて言った。
「…あれ、なんだってあんなに騒がしいんだろうな?オレ達はここにガチ人狼しに来たんじゃないのか。別に女でもいいんだが、真面目に考えてくれる子でないと面倒でうるさいだけだ。」
こちらも相変わらず目を合わせない感じだ。それでも、俊はハッキリと迷惑だと言っている。憲二が、庇うように言った。
「いや、そこまで言わなくても…みんな、まだ来たばかりで浮足立ってるだけだと思う。明日になったら、議論も始まってそれなりに考えてくれると思うよ。」
敦也は、大げさにため息をついた。
「だったらいいけどな。まずは10時の施錠時間、忘れず戻ってくれることだな。」
登が頷いた。
「だな。」と、二人を見た。「じゃあな。まだ出て来るかもしれないけど、疲れたし今日はもう寝るかもしれねぇ。ビール一本なら良いって言われて持って来たしよ…これ飲んだら、コロッと寝ちまうかも。」
憲二が、苦笑して頷いた。
「君が他の役職でなくて良かったな。パン屋だから寝てても許されるし。」
登は、何か他に言われない間にと、急いで自分の部屋の扉へと駆け寄った。
「パン屋の朝は早いんだろってね。じゃあな。」
そうして、部屋の中へと入って行く。敦也は、隣りなので自分も二人に手を振った。
「じゃあな。オレ登の隣りだから。何か用があったら訪ねて来てくれていいよ。」
憲二と俊の二人は、頷いて自分たちも、扉のノブに手を掛けた。
そうして、二階の男性は皆、部屋へと入ったのだった。
部屋は広いが寛いでいる場合でもない。
敦也はしおりを熟読して、ホッと息をついてそう思った。
整理すると、人狼3、狂人1、妖狐1、背徳者1、村人5、占い師2、霊能者1、狩人1、パン屋1、猫又1。初日襲撃は無し、初日占い有り。狩人の連続ガード有り。他に何か制限されているかというと、別に村騙りも制限はないし、役職の一斉出しも何の言及も無かった。
こうしていると、初日で呪殺も可能だったし、黒を探すことも出来る。占い師にとってこの初日は、とても重要な意味があるように思えた。だがよく考えたら、部屋に籠っていては今日の効果的な占い先が絞れなかい。
だが、うろうろしているのを見られて人狼だとか疑われはしないだろうか。
時計は夜の9時に近くなって来ていて、どうしたものかと敦也が悩んでいると、コンコンとドアがノックされたのを聞き取った。
「はい?」
敦也が思わずソファから立ち上がって応えると、扉が開いた。
「…良かった、寝てなかったか?少し立ち話でもいいので、話を聞かせてくれないか。」
そこに居たのは、彰だった。
敦也は願ってもない事だと頷いた。
「どうぞ。」
彰は、入って来て疲れたような顔をした。
「落ち着いたので一人一人話を聞くかと部屋を回っていたのだが、女性達とは話にならなくてな。幸い彼女達はまとめてまだ下に居たので話は聞けたが、部屋を訪ねずで良かったと思ったよ。いったい、彼女達は何をしにここへ来たのだ。まあ、遊びではあるが。」
敦也は、苦笑した。あの中に行ったのか。
「…大変でしたね。それで、何か分かりましたか?」
彰は、それには頷いた。
「ある程度は。しかしまだ確信はないがな。今夜の襲撃は無いが占いはある。見ていたら自然、占い師であるなしが分かろうというものだ。彼女達は何を勘違いしているのか知らないが、我々研究医はそれほど良いサラリーなど受け取っていないのだぞ?それなのに私の収入に興味があるようだった。あの中には、占い師は居ない。」
占い師を探しているのか。
敦也は、警戒心を持った。村陣営なら占い師に今夜、興味は無いだろう。もしかして彰は、狼か狐なのか。
しかし、彰は敦也の表情の変化を読み取ったのか、フッと表情を緩めた。
「勘違いしないで欲しいが、私は狼でも狐でもないぞ?もしそうなら、わざわざこんなことを君に言わないだろう。君の反応を見ていると、私は君は村陣営なのだと今の時点では思っている。だからこんな話をした。君の意見を聞きたいと思っているのだ。君は私より他の者達と話しているのではないかと思ってな。」
敦也は、それでも警戒気味に彰を見た。何を考えているのか分からないが、味方ならこれほど頼りになる男は居ないだろう。確かにこれほど頭の切れそうな男が、敵陣営でわざわざ占い師を探している、と明かすとは思えない。しかし、敵だとしたから厄介だ。
「…そうですね。現時点ではまだ怪しいと思える人が居ません。性格もよく分からないし、黙っているからと人狼置きも出来ないですし。」
彰は、腕を組んで壁にもたれ掛かった。
「そうか?君なら言動の端々に何か感じ取っているかと思ったのだがな。私は…奈津美という子と、玲という男を怪しんでいる。」
敦也は、思わず目を見開いた。奈津美…オレもそれは思った。
「…その二人は、何か怪しい事でも?」
彰は、頷いた。
「言葉のチョイスがおかしい。気が緩んでいる時、人は無意識に自分の立場の言葉を選んでしまうもの。あの奈津美という子は、村陣営ならば選ばないような使い方をする。玲という男は、のらりくらりとしているが、こちらを探るような物言いだ。何かあるのではないかと今は思っている。もちろん、もし玲が占い師で、あの中の人狼を探しているのだとしたら大したものだがな。しかし、人狼を探すのは占い師だけではない。」
敦也は、黙った。奈津美の事は同じ考えだ。しかし確かに、言われてみると玲はあの中の人狼を探している狂人か、狐の可能性もある。
彰と、全く同じ意見だった。同じ物の見方をしているのだ。
敦也は、ため息をついた。
「そうですね。奈津美のことは、オレも同じように思いました。彰さんを信じ切れてないので試しました、すみません。」
彰は、頷いた。
「分かっている。」敦也は、また驚いて顔を上げた。彰は続けた。「簡単に信じるような男なら私も話したりしなかった。君は思慮深いな。それに、このゲームは遊びだが真剣に向き合っている。私だって遊びであろうと何だろうと、参加するからには負けたくないと思うではないか。話す相手は選ぼうと思っている。お互いに知り得た情報は、なので共有したいと思っているのだ。あくまでも、お互いに信頼出来ている間だけではあるがな。」
敦也は、頷いた。確かに彰が集めた情報は、こちらも欲しいと思う。信じられないと思ったら、こちらの情報も全部出さなければいいだけで、利益はあると思った。
「わかりました。今は彰さんを信じておきましょう。それで、占い師の目星は着きましたか?」
彰は、それを聞いてニッと笑った。
「ついた。だが、それは私の主観的なことだから今ここでは言わずにおこう。明日の議論になれば、私が何を言っていたのか恐らく分かるだろうからな。ところで、君は他に私に渡せる情報はあるか?」
敦也は、そういえば自分から質問ばかりをしていて、彰に何も情報を渡していないと思った。このままでは、自分が思ったより役に立たない男だと思われるかもしれない。
そう思って、敦也は慌てて言った。
「渡せる情報と言っても、今彰さんが言っていた通りのことをオレも思っていましたということぐらいしかありませんね。他の男性でも、接したのは俊と憲二という同じ階の二人だけ。登はパン屋だし…」と、さっきの様子を考えた。憲二と俊は、どんな感じだっただろうか。「…憲二は、如何にも良い奴って感じで。俊は女性たちをうるさいとハッキリ言っていましたが、憲二はそれを庇うような言い方をしていました。そのことから、俊はあまり人付き合いには慣れていないけどゲームには前向きに向き合っている男、憲二は回りと歩幅を合わせてうまくやって行こうとする調整役のような男、と性格を見ていました。」
彰は、それを聞いてふーんと顎を反らして、視線を斜め上に向けた。そして、また敦也を見ると、言った。
「性格の把握は大切なことだ。それが単に本来持っているだけのものか、見せかけようとしているのかを見抜くことが重要だからだ。君からの情報をもらって思ったのだが、憲二という男、私が部屋を訪ねたら怪訝な顔をして扉を開いた。私は話を聞かせてくれないか、と言った。相手は、まだ何もわかっていないので議論は明日からではいけませんか、と話を終わらせようとした。では君は私がどんな人間なのかの情報は要らないのかと聞いたら、全ては明日からだと思っているので、今は今回の役職のルールを把握するのに時間を使いたいと断られた。なので、私は門前払いを食らった形だ。とはいえ、彼はとても紳士的だったぞ?私の方が休んでいる時に押し掛けた無粋な男のように思えたものだ。」
敦也は、意外だな、と思った。ああいう性格なら、わざわざ訪ねて来たのに追い返すなどしないだろうと思っていたからだ。気が進まなくてもとりあえず部屋へ入れて、話し相手をして帰すのが、無難と言えるだろう。
だが、憲二は断った。思っていたほど、社交的でもないのか。それとも気を遣わない性格なのに、あえて登と敦也、俊の前ではそれを演じていたのか。それとも、彰とは話したくなかったのか…彰は、見るからに頭が切れそうな男だ。彰に疑われたら、とことん追求されて逃げ道など無くなるのではないかと思わせる何かがある。ということは、隠したい何かの役職を持っているのか…。
「…彰さんが、怖かったのかもしれませんね。」
彰は、頷いた。
「だろうな。君が言った通りの男なら、警戒しない相手なら簡単に部屋へ招き入れて話しぐらいはするだろう。いくら忙しくてもな。」と、薄っすらと笑った。「ということは、何を隠したいと思ったのだろうな?」
まだ議論もしていないのに。
敦也は、思った。状況証拠だけだが、占い先に選ぶのはそれで充分だ。その結果を元に次の推理へと具体的に移して行くのだから、証拠はこれから積み重ねて行けばいいのだ。
敦也は、彰を見上げた。
「彰さん、他には?他の男性たちとは話しましたか?」
彰は、目の色が変わった敦也に困ったように笑ったが、言った。
「まだ三階には行けてないな。だが、全て回るには時間が足りない。女性は全て一階に居たし玲も居たので、私が話せていないのは後男性三人。だがまあ、初日はこれでいいかと思っているのだ。怪しむべき相手は数人見えて来たのだからな。」
敦也は、それでも言った。
「じゃあ、俊は?俊には会ったんですよね?」
彰は、それには肩をすくめた。
「彼はあまり社交的ではないな。彼なりに考えたい事があるからと言って、三階へ上がって行くところで行き会ったのだ。時間が惜しいらしく、私とは少し話しただけだった。人狼が仲間に会いに行くならあれほどあからさまではないから、彼は人狼ではないとは思うが…単に自分が何かしようとしている時に、邪魔をされるのは嫌いな性格のようだなと思った。ただ君が言ったように、ゲームには真面目に向き合っているようだったよ。」
敦也は、頷いた。だったら、今日占う相手は決まったようなものだ。それで彰の陣営も分かって来るし、今の時点では同じ思考の動きを感じるので村陣営だと置いておこう。明日から…何にしろ、明日からの動きで、また推理は組み立てて行ける。
彰がじっと黙ってこちらを見ているのに気づいて、敦也は急いで行った。
「じゃあ、明日ですね。あなたの今日の見立てが間違っていなければいいですね。」
占い師を誰だと思っているのか知らないが、あなたには間違ってもらったら困るからな。
敦也がそう心の中で付け足していると、彰はもたれていた壁から背を放して、扉へと足を向けながら笑って言った。
「恐らくは間違いないと思うがな。」と、ドアノブに手をかけて、言った。「私は今夜の役に立ったのではないかね?」
そうして、扉を開いて出て行く。
「え…、」
敦也は、その背にまだ問おうとしたが、彰は後ろ手に扉を閉めて去って行った。
彰は、恐らくは間違っていない。
敦也は、そう悟って愕然とした。




