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次の日の朝、起きて朝食の席へと向かっていると、窓の外の門の向こうに、あのマイクロバスが停まっているのが見えた。
もう迎えに来ているのに驚いた登が、皆にそれを指さして言った。
「バスが来てる!もう、帰るのかあ。」
終わってみたら、それなりに楽しかった気がする。
確かに、殺し合っていると思っていた時にはそれは恐ろしかったし、仲間の死体を運ぶのはつらかった。でも、本当に命が懸かっていると思ってやったゲームはこれが初めてで、振り返ってみたら本当に楽しかったのだと思う。そんな経験は、確かにもう、出来ないだろうからだ。
死んだと思っていた仲間が帰って来て、本当は死んでいなかった事実にはホッとしたと同時に腹が立ったものだったが、それでも過ごしているうちに、それも忘れた。本当に楽しかった…もう帰るのは、もったいない気がする。
キッチンへ入って行くと、彰がもう来ていて食事をしていた。急いで入って行った登と敦也を見て、彰は言った。
「ああ、早かったな。君達の迎えももう来ているから、いつでも帰れるぞ。私は恐らく君達より先に帰ることになりそうだ。ヘリが迎えに来次第、ここを発つ。私が一週間も留守にするのは初めてなので、あちらもやることが溜まって四苦八苦しているらしい。仕事に戻らなければならないのだ。」
二人は、彰の両側に分かれて座りながら、言った。
「もう?ここは彰さんの屋敷なんでしょう?もっとゆっくりしたらいいのに。」
彰は、苦笑した。
「時間が無くてな。心配しなくても、君達は好きな時間に帰っていいのだ。終日バスは待つように言ってあるから。まだ一日滞在して、夜にバスで帰ってもいいのだぞ?食べ物は見ての通り冷蔵庫にある。君達が帰ってからここを片付けるように言ってあるしな。」
それは魅力的な提案のような気がしたが、彰が帰るのにと思うと、なぜかそれがとても味気ないような気がした。
そう思っていると、キッチンの扉が開いて、バラバラと他の者たちも入って来て席へと座った。ここ数日ですっかり早起きになってしまっていて、全員が目覚ましが無くてもきっちり6時に目が覚めるようだ。そうやって、早朝のキッチンに皆が集まった所で、彰は食事を終えて、箸を置いた。
「全員が揃ったな。では、もう一度言おう。私は、ヘリが迎えに来次第ここを発つ。君達は、今日一日はバスが外で待機しているので、好きな時間に乗り込めばいい。まだ本日ここで滞在して、夜に発っても良いのだぞ?とりあえずは、皆で話し合って出発時刻を運転手に伝えてやってくれ。そうしたら、その時間に合わせて玄関前までバスを持って来る。」と、玲を見た。「玲。」
玲は、頷いて立ち上がると、キッチンを出て行った。彰はそれを見送りながら、続けた。
「この七日間、楽しく過ごさせてもらった。同じような考え方の者たちの中で生活していたら、経験することが無いような事をさせてもらったと思っている。君達一人一人の趣味の事や、生活水準、どんな考えで生きているのかも学べて良かったと思っている。私はこれから、君達のような一般市民も救うことが出来るものを開発して普及させて行けるように努力しよう。」
登が、隣りから名刺を渡した。
「昨日はオレの名刺を渡しましたけど、今日はこれ、オレが良く行く人狼の出来る店の名刺なんです。もし良かったら、来てください。酒も飲めますよ。」
彰は、それを受け取って微笑した。
「時間が出来たら考える。もらっておこう。」
敦也が、言った。
「彰さん、どうしても連絡先は教えてもらえませんか?また一緒にプレイしたいです。登の行きつけの店に集まってもいいし。」
彰は、困ったように首を振ると、言った。
「昨日も言ったように、私は自分の居場所を知らせることも出来ないし、仕事と関係の無い付き合いでは連絡を取り合うのも難しいのだ。だが、またその登が行きつけだという店で会う事もあるかもしれない。その時を待っていてくれ。」
すると、そこへ低いワゴンを押した、玲と要が入って来た。ワゴンの上には、たくさんの黒塗りの箱と、白い封筒などが乗っている。
彰は、言った。
「ああ、こちらへ。」玲と要が彰の隣りへとワゴンを押して行く。彰は言った。「では最初に、参加特典の人狼カードだ。これは製造するのに結構な金額を突っ込んだんだぞ?ダイアモンドの粉を使ったのは本当だ。絵具に金やルビー、サファイヤやエメラルドの粉を使っていて、如何にもというような輝きだろう?わざと派手にして高級感を出して、売ろうとしているとアピールしてみたのだ。非売品で結構な価値があると思うし、皆一組ずつ用意させたので持って帰ってくれ。」
玲と要がそれを一つずつ皆に渡して行く。皆は、それにそろそろと触れて、蓋を開いて中を覗いた。真っ新な、あのバスの中で見たままのカードがそこに、きっちりと収められてあった。
「綺麗…使うのがもったいないわね。」
美津子がため息と共に言う。奈津美が、ウキウキとそれを胸に抱いて言った。
「ああほんとにこれだけでも価値があったと思うわ!とっても嬉しい!友達に自慢しようっと!」
彰は苦笑してそれを聞いていたが、答える事はなく先を続けた。
「それから、約束の賞金だ。」と、ワゴンの上の封筒を手に取った。結構な厚みがあって、重そうだ。「いろいろ考えたんだが、結局賞金を獲得したのは敦也、登、純次の三人だけだった。これは運もあるしと思ったのだが、初戦でも頑張ってくれた者達だったしな。占い師で黒を引いていたのに疑われても最後まであきらめなかった敦也、パン屋で次々に人が死んで逝く中つらくても必死に村を動かして行こうとしていた登、私に初日から疑われ続けてそれでも挫けなかった純次。その一戦も考慮に入れてのMVPだと思ってくれたらいいだろう。では、賞金を進呈する。」
物欲しそうな顔をしている者も居たが、皆、満面の笑みで拍手をして祝福した。登と敦也は嬉しそうに彰からそれを受け取って握手をしていたが、純次は少しためらった。それでも、彰は笑って言った。
「まだ金の要る時期だろう?私に腹を立てたとしても、学んで見返すためにこれは受け取るべきだ。」
純次は、それを聞いて顔を上げると、彰からそれを受け取って、彰の手を握った。
「もう腹なんて立ててません。あなたと同列に並ぶことが間違いだった。でも、せめて人狼ゲームでぐらいやり込めて見せますから。また、下界へ降りて来てくださいよ。」
そう言って、やっと笑った純次に、彰は少し驚いた顔をしたが、微笑んだ。
「時間が取れたらまた、行こう。君とは同じ業界に居るのだから、いつかはお互いに名を見る事もあるかもしれないしな。」
無事に用意されたものが皆の手に渡ったのを確認してから、要が言った。
「では、何時ごろのご出発になさいますか?ここから皆さんをお送りする駅までは三時間ほど掛かります。終電は午後11時34分ですからそれまでには戻らないと駅舎で一泊になってしまいますよ。それぞれの町までそこから帰られることを考えても、少しお時間に余裕を持たせておいた方がいいかと。」
みんなは、顔を見合わせた。帰りの電車の事を考えても、あまりここで時間を過ごすのは良くないように思う。彰も帰るし、そうなると何やらつまらないような気がしてくるから不思議だ。
「もう…朝食が終わったら荷物をまとめない?」美津子が、誰にともなく言った。「そうしたら駅に着く頃にはお昼だし、そこから駅弁でも買って電車に揺られながら帰るって感じ。早めに帰れた方が焦らなくていいわ。彰さんも帰っちゃうし…もうお開きでいいんじゃない?」
それには、忠彦も頷いた。
「そうだなあ。なんだか、夢から覚めるみたいだ。連休はもうちょっと残ってるし、早めに帰って家で休んだ方が良さそうだ。みんなはどう思う?」
奈津美が、まだカードを胸に抱きながら言った。
「いいと思う。もう帰ろう?彰さんが帰っちゃったらつまんなーい。」
彰は、それにはまた少し、困ったように眉を寄せたが何も言わなかった。
要が、皆を見回した。
「じゃあ、皆さん準備が出来次第玄関ホールへお集りください。荷物を忘れずに。お忘れ物があってもお送りすることは出来ませんから確認は怠らないでくださいね。バスを門から入れて扉の前へ寄せさせましょう。」と、彰を見た。「彰さん、そろそろ時間です。あと5分ほどでヘリが到着します。」
彰は、頷いて皆を見回した。
「ではな。今回は私の戯れに付き合ってくれて感謝する。また何かを学びたくなったら君達の前に現れるかもしれない。その時は、よろしく頼む。今はこれまで。」
そう言うと、皆が何かを言う暇も与えず、サッと踵を返すとそこを出て行った。玲がそれに慌ててついて行く。要がそれを見てから、茫然と見送っていた皆に向けて言った。
「では、また高司がガイドに付きます。彼は外部のバス会社の人間なんで、こちらの事は何も知りません。何か聞き出したいと思われても無理ですのでそこはご了承ください。彰さんは、不思議な魅力を持つ人なんですけど…なにぶん、あまり表に出て来られない人なので。探しても見つかりません。また、気が向いたら彰さんから出て来られるでしょうから。」
遠くから、ヘリのバラバラバラという音が聞こえて来る。
急いでリビングへと出て行くと、その窓から広い庭に、小型のヘリが降りて来るのが見えた。彰と玲が、手前の場所でじっと見上げて待っている。
そうして、ヘリへと向かって行く二人に、全員が手を振った。
「彰さーん!玲!」
声は聞こえないだろう。だが、玲は気配を感じたのか、乗り込む時にふと、振り返った。
屋敷の大きな窓で、15人の男女が必死に手を振っているのが見える。びっくりしたように二度見した玲がくいくいと彰の袖を引いた。彰は振り返ると、同じように驚いた顔をして。
玲は満面の笑みで手を振り返したが、彰は、それを見てから、嬉しそうに、顔全体で微笑んだ。
そして、軽く手を上げると、玲と共に、ヘリへと乗り込んで行った。
一瞬だったが、彰は素直に嬉しいと感じていたように見えた。
ヘリが飛び立って、空へと消えて行くのを見ながら、登が、言った。
「さあ…帰るかあ。」
敦也も、隣で頷く。
「早めに帰って、時間あったら人狼の店に行こうかな。ちょっとでも強くなったら、また彰さんがオレと人狼でもって思うかもしれないじゃないか。」
登は、背伸びをした。
「そうだな、行くか!じゃ、早めに荷造りだ。急いで帰ろう!」
そうして、皆でテキパキと荷造りすると、また、行きと同じようにマイクロバスへと乗り込んで、あの郊外の駅へと送られて行ったのだった。




