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純次も彰も、昼の議論には降りて来る事も無かった。
午前中、キッチンではチラと見たが、二人とも誰かと言葉を交わすことも無く、また部屋へと帰って行った。純次は、村に狼だと思われている事から孤立してしまって出て来れないのは分かっていた。彰は、そんな純次の事も考えて、恐らくは議論に加わるチャンスを与えても居たのだろうが、純次はそれに応える事は無く、結局来たのは投票の、たった20分前だった。
20時からの投票に合わせて、毎日19時から議論するのは分かっていたはずだった。彰は、きちんと19時に来て、村の意見を聞いていた。
村は、結局は彰の意見を全面的に飲んだ。つまり、彰のグレーである雄大、彩芽、美津子から吊るという事になったのだ。
彩芽は、目に涙を溜めてブルブルと震えていた。さすがの美津子も、口元を震わせては居たが、それでも決然と顔を上げている。本当は、美津子が狩人だと登は言いたかったが、美津子も彰も、それは一日遅らせた方がいいと言った。なぜなら、今夜はまだ、人狼が襲撃出来るからだ。
美津子が生存するためには、美津子の白さに賭けて、今夜投票の場に立った方が良かった。
雄大も、青い顔をしては居たが、黙ってその瞬間を待っていた。純次が来たので、登は言った。
「…村の意見では、すまないが彰さんを信じて、そのグレーの三人から吊る事になった。この中から一人、誰か選んで入れてくれ。」
純次は、登と目を合わせる事もなく、ただ黙って頷いた。投票には参加しなければ、ルール違反とされて追放処分になってしまう。
なので、いくら純次がもう議論などしたくない、ゲームを投げたいと思っても、投票だけはしなければならないのだ。
そしてそれは、全員が同じだった。
なので、投票作業は、淡々と過ぎて行った。
1→5
3→5
4→12
5→12
9→5
11→12
12→5
13→5
登は、それを見て思った。ああ、今日はやっぱり彩芽か。
「いや!」彩芽は、必死に首を振って泣き叫んだ。「いやー!死にたくない!死にたくないー!!」
『№5は、追放されます。』
いつもの声と共に、彩芽はがっくりと椅子へと崩れた。
目はまだ涙を流していたが見開かれたまま、口もぽかんとしているように開いたままで、パイプ椅子にそっくり返るような形で背を預け、天井を仰いでいた。
「…死んだな。」純次は言った。「もういい。適当にやってろ。どうせお前らオレを信じてもないし、みんな死ぬんだ。村は負けるんだからな。」
そう投げやりな言葉を動かない彩芽に向かって吐くと、純次はサッサとそこを出て行った。彰が、立ち上がって仕方なく言った。
「やれやれ。では、私も手伝った方がいいか?三人で運べるならいいが。」
登は、首を振った。
「いえ、オレ達で運びます。それより今夜、狼はどこを噛むと思いますか?」
彰は、困ったように笑った。
「あの精神状態でどんな判断をするのか分からないな。ただ、私への敵対心は相当なものなので今夜は遂に私に来るかもしれないし、案外冷静になって登や忠彦辺りに来るかもしれない。私が心配しているのは、私にひと泡ふかせてやろうという気持ちが強すぎて、自殺することだ。ルール違反を冒せば、運営が彼を殺すだろう。わざと襲撃先を入力せずに、私が偽だと思わせようと、捨て身になること。なのであまり追い詰めてはと思ったのだがな。」
登の脇では、もはや慣れたように彩芽を持ち上げる準備をする雄大と忠彦が居た。彼らも、もうこの追放という人殺しに、慣れてしまっているようだ。それでもただ、無表情なのは変わらなかった。
「自暴自棄になるって事ですか。それでゲームが終わるなら、こちらは歓迎ですけどね。」
彰は、首を振った。
「同感だがまだ、本人を前になんだが雄大を占わない事には安心出来ないのだ。狼ではないと思うが…しかし、念のためだ。下手なゲームで終わったら、運営の連中だって我々をどう扱うか分からないだろう?それに、君達目線、純次が言うように私が真の確証がないはずだ。彩芽さんを吊ったように、君達は全ての可能性を追って、納得してゲームを終わらさねばならないと思うぞ。」
雄大が、うんざりしたように手を振った。
「またその事ですか。ここまで来たら、彰さんを信じていますよ。明日オレに黒を打ったらもう、偽物だったと愕然としますが、そんなはずはない。このまま粛々と明日を迎えて、純次を吊って終わりましょう。今夜さえ生き延びたら、きっと終わる。」
彰は苦笑しながらも、頷いた。
その前で、登と忠彦、雄大は彩芽の細い体を重そうに持ち上げながら、リビングを出て行った。
彰は、それを黙って見送って、長いため息をついた。
登は、雄大と忠彦と別れて、自分の部屋へと帰って来た。
彰は、やたらと皆によく考えろという。あまりにも皆が皆自分を頼るので、面倒になっているかもしれない。思えば、彰にしたら初日から皆に意見を求められっぱなしで、彰の言うことは議論しても結局は村に受け入れられ、気が付くと彰の言う通りに村が動いていた。何しろ、間違っているなどとは思えないのだ。全てが理路整然としていて、信じずにはいられない。自分に不利であろうと不利で無かろうと、お構いなしに平然と考えと可能性を述べる姿には、信頼せずにはいられなかったのだ。
彰にしたら、このゲームは面白くなかったのかもしれない。命が懸かっているという事で、皆も普通とは違って必死になり、自分より頭の切れる者に縋りたい気持ちにさせられていた。彰は、そんな皆が自分を妄信するのに手ごたえを感じなかったのかもしれない。彰一人で進んで来たような、印象になってしまっていたからだ。
登は、ハアとため息をついてベッドに横になった。純次はどうしているだろう。きっと純次が狼だ。もしかしたらパン屋を噛もうと今頃腕輪を見つめているのかもしれない。だが、登はとても疲れていた。強い眠気が来る…このまま、朝を迎えたら、明日はついに最終日だ。
登は、その抗えないほどに強い眠気に身を任せた。
「…登か。」彰は、登の枕元で、無表情に言った。「ここまで生き残ったのに。今日は焼き立てパンは食べられないな。」
雄大は、暗い表情で頷いた。
「ここまで生き残れたのも奇跡だったし。パン屋なんだもの…登は頑張っていたよ。」
忠彦が、横で頷いて、登にシーツを掛けてやりながら、言った。
「長い事一緒に戦った気がする。まだ、今日で六日目なのにな。」と、頭からすっぽりとシーツかけてから、彰を見た。「それで、彰さん。結果はどうでしたか。」
彰は、頷いた。
「雄大は白だ。」
「私は狩人です。」美津子は、言った。「彰さんと登さんだけが知っていました。なので、もうこの村には彰さんのグレーは居ない。純次さん、黒のあなただけです。」
純次は、廊下から登の部屋の中を伺っていたが、肩をすくめて見せた。
「ああ。今日はオレだろ?別にいいさ、好きにしたらいい。だが、村は勝てない。オレを殺したら分かる…みんな騙されてるんだ。だが、もしそれが怖いなら、彰さんを今日吊ってからオレを明日吊ればどうだ?まだ間に合うはずだ。絶対に彰さんは偽物だ!」
忠彦が、純次を睨んだ。
「お前は彰さんが偽物だとそればかり。じゃあお前に黒を打ったからという理由以外で、彰さんが偽物だという証拠を出せ。」
「偽物だという証拠はないが、本物だという証拠もないぞ。」純次は、彰を指さした。「何度も本人が言ってただろうが。あいつは忠告してるんだ。自分が悪いんじゃない、考えない村が悪いってな。自分の勝利を確信してるからこそあんなことが言えるんじゃないのか。お前たちは馬鹿にされて平気なのか!」
彰は、黙ってその言い合いを見ている。美津子は、怒ったように割り込んで、言った。
「もう、いいから!終わらせましょう、もうこんなことは。今日は話し合いはいいわ。それぞれ自分の信じることに従えばいいのよ。純次さんか、彰さん。自分の心に正直に入れてちょうだい。そして、それでもう、終わるように。」
純次が、それを聞いて唇をわなわなと震わせていたが、くるりと踵を返して、走り出て行った。彰が、フッとため息をついて、心無しが失望したように、廊下の方へと足を向ける。美津子が、急いで言った。
「彰さん?…あの、登は残念でしたわ。」
彰が、登の死に対してさすがに心に堪えているのだろうと、美津子はそう言った。彰は、それをチラと見てから、答えた。
「…そうだな。残念だ。」
そして、出て行った。
それを見送っていると、忠彦が美津子に並んで言った。
「何が起こっても顔色一つ変えないし、誰が死んでも悲しくないのかと思ってたんだが、そうでもないようでなんだかホッとした。彰さんって頭が良いのは認めるけど、なんか薄情な気がしてたから。オレも、登が最初から村をまとめてくれてたのを見て来たから、何か残念で。」
雄大も、それには同意した
「オレも。でも、純次はどうして登を噛んだんだろうな?もう、何をどうしたらいいのか分からなくなって、それで登を選んだのかもしれない。村に最後の精神的苦痛を与えるためだったら、成功してるよね。」と、ベッドを振り返った。「登には、休んでもらおう。今夜は、村が勝つよ。ほんとに、良かった。」
後ろで、啓子が所在なさげに立っていた。最初から、大人しすぎて会話になかなか入って来れなかったのに、唯一話していた美子は噛まれてしまい、孤立していたのだ。
美津子は、啓子を見た。
「あなたも。もう終わるんだから、そんな暗い顔しないで。生き残って、このことをみんなに知らせなきゃ。」
啓子は、頷こうとしたが、首を傾げた。そして、不安そうに美津子を見上げた。
「でも…こんなゲームに参加して、みんな死んじゃったのを見てるのに、私達、勝ったからって帰してもらえるのかしら…?私、ゲームが終わると思うとそれが、怖くて仕方が無くなって。私達に、これから先が、あるのかなって…。」
美津子も雄大も忠彦も、それにはあからさまに嫌な顔をした。何しろ、聞きたくないし、考えたくない事だったからだ。もし、勝ち残ったからとどうなるのか分からないなどと思ったら、今夜の投票すら怖くて仕方がないのだ。
啓子は、三人の表情を見て、口をつぐんだ。みんな、分かっていたのだ。それなのに、言わなかっただけなのだ。
気まずくなってしまった四人は、バラバラにその場を離れて、そうして、その日は夜の投票時間まで、ただぼうっと、部屋の壁や天井を見て過ごしたのだった。




