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昼の議論までの間、彰はいつもの定位置に座り、庭を見ながら考えに沈んでいた。皆、なんとなく一緒に居たくないのか、リビングはガランとしている。
美津子が、そこへ回りを見回しながら入って来た。彰が気配にそちらを見ると、美津子は寄って来て伺うように彰を見た。
「彰さん、他に誰も居ないですか?」
彰は、チラと見て美津子だと確認すると、頷いた。
「誰も。私も一人で考えたかったし、全員がギクシャクとしていただろう。疑われるのが怖いから個別に誰かと固まることもない。君はそんなリスクを冒してまで、何を私に言いに来たのだ。」
美津子は、頷くと立ったまま、後ろの扉をちらちらと気にしながら、小声で言った。
「…私の、役職です。」彰が眉を上げる。美津子は続けた。「狩人です。嘘だと思うなら、後でこっそり登さんに聞いてください。私はグレーでもそれほど疑われていない位置なので、登さんはギリギリまで私を守ろうと今日もCOしないように言って…でも、彰さんの占い先の事もあるし。私は彰さんを初日から守り続けています。それを知ってか知らずか人狼は襲撃して来ないので護衛成功が出ないだけ。今夜も、絶対守ります。あの様子だと襲撃して来るかもしれないから。」
彰は、驚いたように美津子を見ていたが、頷いた。
「後で登に確認しておこう。しかし君が嘘を言っているようには見えないので、君の事は信じている。ということは、希美さんと、忠彦、雄大…」彰は、遠い目をした。「…潜伏しているとしたら希美さんだな。狼であれ狐であれという事だが。忠彦も雄大も、それなりに意見を出していたし、昨日は忠彦は村の意見に逆らってでも自分の意見として呪殺と猫又噛みの両方を追った方が良いと発言していた。あれは、隠れたいとしたら出来ないことだ。グレーからなら私は希美さんにするが、君は?」
美津子は、頷いた。
「私も、彰さんに従います。あなたが真だと強く思うから。破綻もしていないし、全方向のルートを指摘し続けてくださっているし。」
彰は、それには当然のように頷いた。
「真だから破綻のしようがないからな。それでは、村の意見はどうなるのか分からないが、残ったグレーの中で君以外の誰かを占うことを念頭に午後の議論を見ておくことにする。」と、チラと扉の方を見た。「もう、行った方がいい。私は真占い師だが確証はと言われたらまだ無いのだ。君まで疑われることになるぞ。」
美津子は自分を気遣う言葉に一瞬頬を染めたが、頷いて慌てて足を扉に向けた。
「私はあなたを信じていますわ。」
そして、そこを出て行った。
彰は、それを見送ってから、庭へと目をやった。そして、ぽつりと言った。
「…確証の無いものをただ妄信するだけでは勝てないというのに。」
そうして、また考えに沈んだ。
結局は、議論はグレーからということになった。
とりあえず今日の時点では、彰と彩芽を偽とは思わない事になったのだ。
投票対象として挙げられたのは、美津子、希美、雄大、忠彦の四人だった。美津子は初日から議論にも積極的に参加していて、潜伏しようという空気は感じられない。
雄大、忠彦もそうだったが、忠彦は昨日、人狼だと言われていた純次と同じように、猫又噛みとしての方向も見た方がいいと村に発言していた。
彰はそれが、純次とは微妙に違った言い方で白いと言ったが、村からすると、それが見えていた人狼だった可能性もあると思ったらしい。
なので、発言の少ない希美と忠彦の、事実上の一騎打ちのような状態で投票へとなだれ込む事になった。
『投票してください』
相変わらずの、表情の無い機械的な声だ。
全員がもはや慣れたように黙々と打ち込み終わり、モニターには結果が映し出された。
1→8
3→8
4→13
5→13
8→13
9→8
11→8
12→8
13→8
14→13
画面には、大きく『8』と表示された。
「え…そんな!」希美が、慌てて立ち上がった。「私は村人なのに!」
『№8は追放されます。』
皆が顔を背けていたが、登と彰、それに純次はそのままじっと希美を見ていた。希美は、スイッチを切られたロボットのように、ガクンと膝を折ると、絨毯へと突っ伏した。
「…死亡確認、今回は彰さんがやってくださいよ。オレは朝玲のを確認したんだし。」
彰が、面倒そうに立ち上がると、希美の脈を探り、瞳孔を確認した。
「死んでいる。べつに医者が確認しなくても、分かっていることなのだからいいのではないのか。それより、生きている者たちのことだ。生かさねばならないのだ。」
登が、歩いて来て希美を真っ直ぐに上向きに寝かして運ぶ準備をしながら、言った。
「確かにそうですが、もし生きていたらって希望もあるじゃないですか。上に、運びます。」
彰は、むっつりと頷いた。とはいえ、今まで死体を運ぶ手伝いはして来なかった彰なので、手を出す事は無い。登、純次、雄大、忠彦が手分けして持って運び出して行く。
純次が、フンと小さく鼻を鳴らした。
「…案外、死体が怖かったりするんじゃないですか?ここへ来てから、全然運ぶの手伝わないじゃないですか。」
彰は、それを聞いて気を悪くした様子もなく、普通に答えた。
「それは私の仕事ではない。怖いと思った事は無いが、普段死体ばかり扱うから、見たらまた仕事かとうんざりはする。」
死体で研究…?
考えるとぞっとしたが、皆何も、純次でさえも何も言わず、そのまま希美を運んで上階へと上がって行った。
段々に不感症になって行く。
登は、自分に驚いていた。最初は、奈津美が倒れた瞬間まで詳細に覚えているほど衝撃的だった。それは、今夜の希美となると、それを見届けようと思った。自分たちが投票して死んで逝くその人を、その命の最後を、きちんと見て置かなければという意識に変わってしまっていた。
いつかは、自分もそうなるのだ。
登は、初日からそう思っていた。パン屋として露出してしまった以上、早晩殺されて居なくなる運命なのだと思っていたからだ。
だが、思いもかけず、狼には他に噛まねばならない所があったらしい。
自分は、相手にされていないのかと思うと面白くは無かったが、それでもよかったと思っていた。
しかし、今夜は…。
登が、思っていると、トントンと扉がノックされた。登が、ハッとして急いで扉を開くと、そこには彰が立っていた。
「登。ちょっといいか。」
登は、珍しいことだと急いで道を空けた。
「ええ。もちろんです。どうぞ。」
彰は、頷いて部屋の中へと入って来た。そして、登が扉を閉めると、いきなり言った。
「美津子さんが狩人だな?」
登は、突然の事に驚いた。彰は、狩人の位置まで分かるのか。
「それは…どうして?」
彰は、立ったままじっと登を見つめた。
「美津子さん自身が昼の議論の前に私に話に来たのだ。疑うなら登に確認してくれと。だから確認に来た。彼女が狩人で間違いないか。」
登は、仕方なく頷いた。
「はい。美津子さんが言ったなら仕方がない。美津子さんは彰さん守りでしょう。まして昼間あんな話になったんだ。村のためには、それが一番いい。」
しかし、彰は首を振った。
「今日の噛み先は限られる。吊り縄を使いたい狼は、疑われ始めた彩芽さんは噛まない。グレーを狭めたくないが、狩人は探したいとは思っているだろう。そこは悩みどころだ。私は恐らく狩人が鉄板で守っている。それに、私を噛めば真だと言っているようなものなので、黒を打たれた純次は噛めない。安全な噛み先は、私の白か、パン屋の君だ。登、今日は美津子さんには君を守らせる。彼女は私を信じているのだ…恐らく、従うだろう。確実に白である君は、生き残る義務があるのだ。私の白は私目線でしかないが、君は村目線の貴重な白だ。私は噛まれない。純次が黒である限り、絶対に。噛めないのだ。それでも私が噛まれたら、狐はもう居ないと判断したということだ。何を言おうと純次を吊れ。分かったな。」
登は、困惑したように彰を見上げた。
「ですが彰さん、もしもあなたが噛まれたら、村が路頭に迷うんですよ。オレが生き残っても、村をまともに導けるかどうか。」
彰は、じっと登を見た。
「生き残るのだ。私は噛まれない。言っただろう、噛まれるなら明日以降だ。とにかくは、君を守らせる。それだけ、言いに来た。」と、扉へと足を向けた。「ではな。明日は皆に疑われていた忠彦を占う。純次まで希美さんに入れていたのが気にかかる。単に狐だと思ったのか、忠彦を庇いたかったのか…明日知らせる。」
そして、一方的に言いたいことだけ言って、彰は出て行った。
登は、彰が自分を生かそうとしている事実に、少し胸が熱くなった。唯一の確定村人である自分。自覚して、もっとしっかりしなければならないのだ。
登はそう思いながら、その日は襲撃を心配することなく、ぐっすりと眠りについた。




