29
投票時間は、容赦なくやって来た。
あの機械的な女声が聞こえて来た瞬間、全員が息を飲んで黙り込み、そうして腕輪に向き合うことを余儀なくされた。
今日は、どんなに迷っても敦也か玲を吊るしかないのだ。
皆が緊張気味に腕輪へと向き合う中、敦也も緊張で冷たくなっている指先でキーに触れた。言えることは言った。後は、皆の判断だ…!
『投票してください。』
その色の無い声と共に、全員が一斉に腕輪に向かった。何も入力しないのはルール違反で自分まで追放されるので、誰もそんなことは出来ない。皆が青いのを通り越して白くなった顔で必死に震える指でキーを押しているのを後目に、敦也は玲の、16を押して、そして0を三回押した。
『投票が終わりました。』
全員が、モニターを凍り付いた顔で見上げる。
1→10
3→10
4→10
5→16
8→16
9→16
10→16
11→10
12→10
13→16
14→10
16→10
大きく、10という数字が表れた。
「お…オレか…?」と、彰を見た。「彰さん、どうして、オレに?」
彰は、息をついた。
「正直、どちらでも良かった。しかし、玲は出て来る必要は無かったと考えると、君でいいかと思った。なぜなら私は自分が真占い師だと知っているし、もし間違った判断であったとしても私が占えるからだ。明日以降、グレーを占ってから玲の正体については考えて行く。すまない。」
『№10は追放されます。』
声が聞こえたかと思うと、敦也は何か発言する暇も与えられず、一瞬にして目の前が真っ暗になって、何も分からなくなった。
最後に思ったのは、死ぬのはこんなに何の衝撃も無いものなのか、ということだけだった。
倒れた敦也を見て、登が苦痛に満ちた顔で、言った。
「…玲が残った。明日以降はどうしていきますか、彰さん。どこを占います?玲は残すんですか。」
彰は、首を振った。
「いいや。まずはグレーから狼を一匹探す。それを飼いながら、狐らしい場所を占いつつ吊る。呪殺が起こっていないとしたら、狐が居るからだ。もちろん、玲もその時占うか吊る対象とする。今は、ラストウルフにする狼を見つけることだ。明日霊能さえ生きていれば、敦也の色も見えるしな。そこから落ちる情報は多い。そうするより他、無いだろう。もはや、私しか真占い師は居ないのだから。」
彰目線、自分しか残っていないと判断出来るのだろう。
しかし、村からは違った。もし、彰が真占い師でなかったら、もう村は占い師を失って後がない状況のはずだった。
だが、彰は何も怪しい所は無かった。村の意見を聞き、求められる情報を落とし、考えられる筋道を全て開示して皆の判断を助けていた。
こうなってしまったからには、彰を最後まで信じるよりなかった。
登は、思い切って頷いた。
「はい。彰さんに任せます。あれが呪殺だったなら狼は二人、呪殺でなかったなら狼は一人。悪い方の可能性を追って行くんですね。」
彰は、頷いた。
「明日敦也の色を見て黒だったならすぐに私が見つけた黒を吊る。白だったなら…真か狂人だ。引き続き両方追わねばならないだろうな。狼がどこを噛むのか見物だな。狩人がどこを守るのかもだが。」
普通に考えたら彰を襲撃したいところだろう。だが、護衛が入っている確率がかなり高い。狩人は恐らくまだ、生きているだろう。霊能者はというと、襲撃したら結果が分からなくなる。敦也が黒だったとしたら、はっきりさせないために噛んだのだと判断されるだろう。白だったなら、わざと噛まずに置いておけば、白結果が出て狼でなかったことが分かるのでそれを選ぶように思う。だが、その反対を主張しようとわざと噛む可能性もある。そこが、狼の匙加減なのだ。
狩人との一騎打ちになるが、狩人の守り先は役職者だろうから、そこを避けてもっとも自分に利のあるところを噛むとしたら…。
一番噛みたいのは、狩人だろう。しかし、狩人はグレーに居るようでようとして分からない。グレーは、狼としても狭めたくない場所だった。噛むことで、村人の選択肢が狭まって自分が吊られる可能性が高まるからだ。
どちらにしても、明日は情報が落ちることは間違いなかった。
登は、倒れた敦也を見た。そして、言った。
「…敦也を部屋へ運ぼう。そして、夜時間に備えてそれぞれ準備を。明日犠牲が出てないことを祈ろう。」
純次と玲が、先に歩み出て敦也を真っ直ぐに寝かせた。ここ数人の遺体の時のことを思っても、彰は手を貸しそうになかったので、雄大と忠彦も手伝って、登も頭の辺りを支え、そうして二階の、敦也の部屋へと運んで行ったのだった。
かなり静かな夜が過ぎて行った。
傍目には穏やかだが、ここで繰り広げられているゲームは、殺人以外の何物でもなかった。
明らかな偽物でこちらを殺しにかかっているのだと思っていたら投票するのもまだ、心苦しくもないのだが、昨日の敦也は、真で必死に村のためと考えていたようにも見えた。
現に、村は真っ二つに意見が割れていたのだ。
彰は真であっても自分が占うから何とかなると判断したようだったが、そんな風に簡単に割り切れるものでもなかった。これは、ゲームであってゲームではなかったからだ。
早朝の廊下に、生き残っている者たちが出て来る儀式のようなものは、その日も粛々と行われた。
誰かが死んでいるのなら、出て来ないからそこへ確認に行くのだ。今日は、全員で行こうということになっていた。
二階の者たちは、全員生きて出て来た。彰、美津子、啓子、彩芽、希美、登と、昨日生き残っていた者たちの姿が見え、皆顔を見合わせてホッとした顔をしている。
彰が、三階を見上げた。
「ということは、犠牲者は三階に居るかもしれない。行くぞ!」
彰が、階段を一段飛ばしで凄い勢いで上がって行く。登が、それを見て皆に頷きかけて、そうして彰を追って階段を駆け上がった。
三階では、同じように生きている全員が出て来て点呼をしている最中だった。彰が上がって来たのを見て、雄大が飛びつくようにして言った。
「彰さん!玲が、玲が出て来ないんです!他はみんな居ます、二階は?!」
彰は、首を振った。
「二階は犠牲者は出て居ない。玲には声を掛けたか?」
雄大は、混乱しているようで、激しく首を振った。
「いいえ!昨日みんなで確認するって話をしていたので、今二階へ呼びに行こうかって言ってたとこです。」
彰は、頷いて後ろから来る登に言った。
「君が行け。一番現場をいじる可能性の無い立場だ。寝てるだけかもしれないが、とにかく、玲の部屋へ。」
登は、自体がまだ飲み込めていなかった。玲が死んだということが、いったいどういう状況なのか判断する余裕もなく、玲の16の部屋の前へと進み出た。そこに居る全員が、登のために道を空け、じっとその様子を固唾を飲んで見守っている。
登は、その緊張感に耐えられなくて、もういきなり玲の部屋の扉を大きく開いた。そしてずかずかと部屋へと入って行きながら、叫んだ。
「おい!玲、寝てる場合じゃないぞ!」
外からは、ベッドは見えない。
開いた扉の向こう、登がどんどんと奥へと入って行き、ベッドの方を見たのが見えた。そして、途端に険しい顔をしたと思うと、ベッドの方へと歩いて行って、皆の視界から消えた。
忠彦が、不安そうな顔でこちらから声を掛けた。
「登…?どうだ?」
しばらくすると、登が顔を覗かせた。
「彰さん、純次、来てください。オレから見ても、玲はもう…でも、ちゃんと医者に診てもらった方がいいから。」
二人は、お互いの顔を見ることも無く、中へと入って行った。
ベッドには、玲が眠っていた。
シーツの中で横向きに背を丸くして、一見すると寝ているだけにしか見えない。
だが、寄って行ってその首元に触れると、間違いなく脈はなく、呼吸も感じられなかった。そして、瞼を押し上げると瞳孔は朝の光の中で、全く反応しなかった。
「…死んでるな。」
先に診た、純次が言う。彰は頷いた。
「純次が言うならそうだろう。医者が二人掛かりで診断することもでもない。それで、他に犠牲者は三階に居ないのだな?」
彰が純次に言う。純次は、頷いた。
「居ない。二階にも居ないなら、今日は玲以外犠牲が出て居ないという事になる。」
彰は、頷いて登を見た。
「登、とにかくは結果を持ち寄って議論だ。一階へ行こう。」
登は、もはや無感動に頷くと、皆が居る廊下の方へと歩きながら、言った。
「さあ!朝の議論だ。トイレに行きたい者が居たらさっさと言って、水が欲しい者はペットボトルを手に、いつもの椅子へ!」
まるでどこかの軍隊の朝のようだ。
皆は追われるように登の声で自分の部屋へと飛んで帰り、それぞれの準備を整えて、一階へと駆け下りて行ったのだった。




