16
それからの施錠までの二時間は、お通夜のような雰囲気だった。
誰もが皆、口を開く様子もなく、険しい顔で自分の殻に閉じこもり、壁を向いて考え込んでいる。
彰だけは、最初から座っている隅のソファに座り込み、あの分厚い窓の外の真っ暗な世界をじっと見つめて、何かを考えているようだった。
このゲームには、負けるわけにはいかない。
敦也は、必死だった。いつもなら、自分が死んでも自分の陣営さえ勝てばと、犠牲になることも厭わなかった。だが、このゲームでは自分も生き残りたい。死にたくない。自分も生きて、そして陣営も勝つ方向で考えなければならないのだ。
ということは、狼も同じように考えているはずだった。
誰かが仲間に黒出しをして、その色を霊能者にわざと見せて真を取って勝ち残る、という戦略も絶対に出来ない。
命が懸かっていると、こうもゲームは変わって来るのか。
敦也は、そう思って愕然としていた。自分も生き残り、村人にも信じてもらって人狼と狐を処理しなければならないのだ。
そして、仲間の占い師は、まだ誰なのか分かっていなかった。
全員が白い。だが、間違いなくこの中に人外は混じっている。
敦也は、じっと考え込む彰の横顔を見て、信じたかった。彰が仲間なら、本当に一気に楽になるのだ。彰という後ろ盾があれば、と俊も言っていた。呪殺さえ、起こすことが出来たなら。
狐は、いったい誰なのだ。
敦也は、頭を抱えた。こうなってしまった以上、いっそう狐は隠れて出ては来ないだろう。この村で生き残るのが、一番難しいのは狐だと思われた。自分の命がその狐次第の背徳者も、生きた心地がしないだろう。みんながみんな、必死に生き残ろうと本気で考える、人狼ゲーム…。
悔しいが、確かにそれは、究極の人狼ゲームだともいえた。だからといって、こんなゲームに参加などしたくは無かった。どうしてこんなことになってしまったのだろう…。
敦也はまた、沈んだが、落ち込んでも事態は変わらない。
いつの間にか人がまばらになってしまっていたリビングから、敦也は重い体を引きずるようにして、自分の部屋へと帰って行った。
時間を違えれば、追放となってしまうのだ。
その日の占い先は、もう決めていた。
純次は目立ちすぎている…だから、美子だ。
緊張しながら数字を打ち込むと、そこに、結果が表れた。
『№17は、人狼ではありません』
液晶画面には、そう出ていた。
よし…!とりあえずは、明日美子が生きているかどうかだ…!
敦也は、この白がどうか狐でありますように、と祈りながら、結果を昨日と同じメモ帳に記して、そうしてその日は、ベッドに入った。
その瞬間は、襲撃の心配などすっかり忘れてしまっていたのだった。
午前6時、閂がガチンと開く音がする。
もう起きて待っていた敦也は、急いで扉を開いて廊下へと飛び出した。
すると、同じように数人が飛び出して来ていて、その中には、彰も居た。
「…この階には、今6の奈津美さん以外は居るはずだ。番号!1!」
…2が、聞こえない。
「…俊さんがまだみたいね。3!」
美津子が言う。
「4!」
と啓子。そして、彩芽、奈津美を飛ばして憲二、希美、登と来て敦也も叫んだ。
「10!」と、続けた。「俊を起こしましょう、彰さん。」
彰は頷いて、自分の隣りに部屋の扉をノックした。
「俊?皆起きているのだ、点呼を取っている。出て来てくれないか。」
…返事が無い。
「俊?」と、彰はノブに手を掛けた。そして、ハッとした顔をした。「開いている…確かに、自分たちで掛ける鍵は無かったものな。入るぞ。」
そして、彰が中へと足を踏み入れた。その後ろから、一番近かった美津子がそろそろと中を伺いながら入って行く。
敦也も、それに続こうと急いでそちらへ向かっていると、中から美津子の悲鳴が聞こえた。
「きゃああああ!俊さん!俊さんが襲撃されてる!」
それを聞いて、敦也は凍り付いた…そうだ、昨日、彰が言った襲撃先…。彰の真を、落とす方向の襲撃は、俊か敦也、彩芽と敦也は予想していたはずだった。
そう、自分も危なかったのだ。悠長に寝ている場合では無かったのに、自分はそんなことはすっかり忘れて、占い結果に満足して眠っていた…。
その声に、登が飛んで入って行った。
「彰さん?!確かに死んでるんですか?!」
登が彰に近付いて問う。彰は、俊の様子を見ていたが、振り返って頷いた。
「死んでいる。昨日の奈津美さんと同じだろう…外傷はない。人狼が腕輪に襲撃先を入れたら、狩人の護衛が入っていなかったら薬品が流されるのだろうな。俊は、人狼の襲撃に合ったのだろう。参考までに聞くが、昨日俊を占ってなどいないな?」
敦也は、入り口付近に棒立ちになっていたのだが、我に返って首を振った。
「占ってません。オレは…美子さんを占ったから。」
美津子が、涙を浮かべながらも、言った。
「上はどうだったのかしら…?呪殺、出来てる人は居るのかな?」
「確認に行くよりないな。」彰が言うと、部屋から出て来た。「私は千夏さんを占っている。白だったが…死んでいたら狐だが、彼女は私に単独指定されても焦る様子も無かったし、恐らくは違うだろう。」
敦也が、言った。
「オレも美子さん白でした。だから、確認したいんです。俊は誰を占ったのかな…あの様子だと、奈美さん?」
彰は、頷きながら階段を上がり始めた。
「予想はしていたのだ。この襲撃から分かる事もある。さあ、確認に行こう。」
すると、上から玲が慌てた様子で降りてきた。
「ねえ、今の声なに?美津子さんの悲鳴みたいな声が上まで聞こえてたよ!」
その後ろから、ぞろぞろと三階の部屋を振り分けられている人達が降りてきていた。それを見上げて、彰は息をついた。
「…全員居る、か。」と、玲を見た。「呪殺は起こらなかったようだな。君は俊を占ったりしていないな?」
玲は、戸惑いながら頷いた。
「うん…だって指定されてたもの。僕は昨日希美ちゃんを占って、白だった…。」
希美は、生きている。
そして、千夏も、美子も生きていた。つまりは、呪殺は起こらなかったのだ。
「俊が死んでるんだ。」登が、青い顔をして階段を見上げて説明した。「外傷はないから、ほんとに人狼が襲撃して殺したとかないがな。多分、昨日の奈津美さんと同じように殺されたんだろうって。人狼が襲撃先を入力したら、殺されるんじゃないかって。」
三階の皆が、息を飲んだ。やはり、襲撃でも死ぬ…。
純次が、眉を寄せて言った。
「だったら分かりやすいじゃないか。俊が本物だとどんな理由か分からないが人狼が思ったってことだろ。残り三人の内、二人が人外だ。だったら今夜はここから吊ればいいじゃないか。真占い師は一人居ればいいんだ。」
彰は、純次を見上げた。
「私は黒を出した敦也ではなく俊を襲撃していることから、人狼は護衛の入って無さそうな、自分がどっちか分からない所から闇雲に噛んだように見えるがな。そして…俊が指定していた先に人狼が居て、万が一真だった時に露出するのを避けるためだ。」
敦也は、ハラハラしながらそれを見守った。昨日、俊が指定したのは忠彦と奈美…。話の流れから、奈美が占われそうな感じだった。つまりは、奈美が人狼の可能性があると彰は言っているのだ。
忠彦が言った。
「オレは人狼じゃないぞ!俊は昨日奈美さんを占いそうな気配だったじゃないか。俊が真占い師だったとしたら、奈美さんが死んでない所を見ると狐じゃないから、狼の可能性があるんじゃないか!」
彰は、それには顔をしかめた。
「君は分からないが、奈美さんの正体もまだ分からない。俊が真だったかなど誰にも分からないので、狐であっても死ぬことはない。私はこう考えたが、もしかしたら狼が私にそう考えさせようとわざとこうした可能性もあるしな。ただ、素直に考えると現時点では私は奈美さんが人狼ではないかと思っている。」
奈美は希美に気遣われながらも、ガクガク震えて首を振った。
「私は人狼じゃありません!狼にはめられてるのよ!」
階段にその叫びは響き渡った。登が、幾分落ち着いて来て、息をついた。
「…ここで立ち話しても仕方ない。とにかく着替えて、下へ集まろう。命が懸かってるんだ、遊びじゃねえ。話し合おう。」
全員がバラバラに頷いて、そのまままた、部屋へと帰って行く。
敦也は、訳が分からなかった。俊は襲撃された…つまり、真か狂人か背徳者だったということだ。狐を探し、狼を攻めて行く彰はどこまでも真に見える。ということは、玲か。玲が偽物なのか。
敦也は、命が懸かっているというのに、考えをまとめられずにいた。