15
綺麗に丸く円を描いて座り、登がまたホワイトボードの前に立ち、議論の先導をした。
彰はじっと聞いているだけで、純次は黙って彰を睨んでいるような状態だ。
何を言われたのか玲と彰、純次以外には謎だが、そんなに知られたくない事だったんだろうか。
敦也は思ったが、表向きは議論に集中しているふりをしていた。
議論の内容は、変わり映えしなかった。
占い師の真贋の事は明日以降に持ち越し、占い師は狐目の場所を占う。護衛先は狩人に一任。ただ、役職の中でということにはなっていた。
なぜなら、猫又が居るからだ。
この村には、猫又が居る。人狼に襲撃されたら、その人狼を道連れにしてくれる村にとってはありがたい役職なのだが、人狼にとっては怖い役職だ。
うっかりグレーを噛んでしまって、それが猫又だったらアウトなのだ。
つまり、人狼は護衛成功の危険を冒してでも、役職を噛むのが安全策だと思われた。
狐と猫又が混在しているこの村では、ラストウルフになった時点で猫又が生きているのなら、出て来てもらい、狐をケア出来るまでは人狼にそれを噛ませないという方向で行くのが普通の道筋だった。
そこで人狼が猫又を噛んでしまったら、狐が勝ってしまうからなのだ。
できたら、序盤で猫又には噛まれて置いて欲しいというのが、村人の願いではあった。
そうして、今日の吊り先についての確認があり、奈津美はだんまりを通し、そこで投票10分前になった。
登が、自分の椅子へと戻って来て、腕輪を見た。
「…これって、20時になったら勝手に入力していいんだろうか。」
それには、彰が腕を組んだ状態で眉を寄せた。
「どうだかな。指示が無いなら、そうするよりないんじゃないか。」
すると、いきなりにこれまで何も映していなかった、暖炉の上の天井から吊り下げりている、この屋敷の雰囲気には不釣り合いな大きなテレビモニターが、パッと青い画面となって点灯した。
その真ん中には、白い文字で09:55:59と出ていて、一番右の数字は一秒ごとに減って行く。
それがカウントダウンをしているのだと、誰もが一瞬で気が付いた。
『投票、5分前です。時間になりましたら、1分以内に投票してください。投票しなかったかたは、棄権となり追放となります。』
まるでロボットのような女声がそう、告げた。機械で自動的に流れるようになっているらしい。
「…おいでなすった。投票はこうしてやれってか。」
登が、呟く。画面の数字は容赦なく減って行き、一分減るたびに、声は残り時間を告げた。シンと水を打ったように静まり返る中、遂に1分前に突入した。
『投票、1分前です。』
敦也は、にわかに緊張して来た。間違えたらそれで追放だ。奈津美は6番。6の次に、0を三つ…。
心の中で何度もデモンストレーションをする。間違えるはずはない…だから、大丈夫だ。
『投票時間です。投票してください。』
全員が、一斉に自分の腕輪に向かった。
指先が震えて、小さな腕輪のテンキーでは間違えそうになる。実際、あちこちでエラー音が鳴っては、『もう一度入力してください』と言われている。
敦也は、何とか無事に入力を終え、『投票を受け付けました』と言われてホッとした。顔を上げると、彰はとっくに終えて、モニターを睨んでいた。
モニターの青い画面には、投票時間の残りが示されている。あと10秒、9、8…。
『投票が終わりました。結果を表示します。』
1→6
2→6
3→6
4→6
5→6
6→5
7→6
8→6
9→6
10→6
11→6
12→6
13→6
14→6
15→6
16→6
17→6
奈津美は、対抗の彩芽に入れていた。
その他は、オール奈津美という結果だった。すると、横に大きく、6と表示された。
『№6が追放されます。』
声が、無機質に告げた。
「なに?遺言も無しかしら?」
奈津美が憎まれ口をたたこうと立ち上がった瞬間、その場にぐにゃりと、まるで人形のように倒れた。
「え?!」
隣りの彩芽が、突然のことに両足を跳ね上げて思わず声を上げる。反対側の隣りの憲二が、慌てて奈津美を助け起こそうと腕を掴んだ。
「おい、奈津美さん?なんだよ、嫌がらせか?」
憲二に掴まれて、前のめりになっていた奈津美の体が、変な方向へとねじれて、仰向けになった。
「え…!なんだ?!」
憲二は、思わず手を放す。
すると、奈津美はゴロンと仰向けのまま、目を開いて口を開いて、椅子の輪の中心に転がった。
「きゃああああああ!」
彩芽の横の、啓子が、叫んだ。
「目…目が動いてない…!何、何があったの…?!」
美津子が、ガクガクを震えながら言う。ロボトミックな声が、そんな騒ぎには構わず言った。
『№6は、追放されました。では、夜時間に備えてください。』
彰が、険しい顔で奈津美に近寄って行くと、その首筋に指を当てた。そして、下瞼をぐいと降ろして見ながら、言った。
「…死んでいる。目を閉じる暇も無かったような感じだ…恐らくは、即効性の薬品か。」
「そんな…!!」
美子も、希美も千夏も美奈も、全員が青い顔をして震えていた。玲と純次が寄って来て、同じように奈津美を調べていたが、それを見守る登や敦也に、首を振って見せる。
奈津美は、どんな方法なのかは知らないが、今皆の目の前で、その投票によって殺されたのだ。
「…多分、これだろう。」純次は、腕輪を見た。「外すなと言われたが、閉じ込められていると知った時に外そうとした。だが、ぴったりくっついていてずらす事もできなかった。これから何かやったんじゃないのか。」
玲が、そっと自分の腕輪に触れた。
「多分…そうだね。手首からの投薬でこんな一瞬ってことは、かなり強烈な薬だと思うけど…。」
彰は、険しい顔のまま頷いた。
「これが、最初から罠だったってことか。私達は手枷をはめられているのだ…そして、このゲームは、本当に死ぬ。命がけということだ。」
今度という今度は、さすがの美津子も涙を流していた。他の女性達は、もう顔を伏せてしまっていて現実から目を反らしたい一心で祈るように下を向いていた。
自分たちは、ここへ閉じ込められて、そうしてこのリアル人狼ゲームをさせられているのだ。自分の命を懸けて、そのゲームをカメラの向こうの誰かに見せるために。
彰は、じっと黙って考えていたが、顔を上げると、皆を見回した。
「…私が甘かった。だが、ここから出る術はない。こうなったら最小限の犠牲で済むように、やはり今夜呪殺、そして明日から確実に人狼を吊るしか方法はない。逃れることは出来ない…ならば、あのしおりに書いてあった通りに、勝ち残って生きて帰るのだ。」
あの、煽り文句。
敦也は、思い出していた。バスで最初に見た時、表紙にこう、書いてあった…『夢のリアル人狼ゲームへようこそ!勝ち残って100万円を手に生還するか!それとも、人狼の餌食になるのか?!これはシンプルだけど複雑な、夢のようなゲーム体験の世界です!』と。
「あれは、本当の事だったってことですか?」敦也は、必死に言った。「本当に勝たないと、生きて帰れないってことなんですか?」
彰は、敦也の方を見ると、重々しく頷いた。
「信じたくないが、目の前で奈津美さんが死んだ。我々が投票して殺したのだ。彼女が人外なのは私の推理でも間違いないと思うが、それでも100パーセントではない。明日の結果が気になるところだ…恐らくは白人外だろうが、明日からは確実に人狼を仕留めていかねば。」
「ちょっと待ってください!」美津子が、割り込んで叫んだ。「もしかして…もしかして人狼の襲撃も、本当に死ぬんですか?!」
それには、玲が言った。
「これを見たら…多分。ただ、なっちゃんは一瞬で、きっと自分が死んだことにすら気が付いてないと思う…。人狼の襲撃って、いったいどうなるのか分からないけど…。」
彰は、うつむきかけた顔を、上げた。
「…狩人が居る。」彰は、言った。「狩人には出来る限り頑張ってもらうしかない。私達も、明日は呪殺を、夜には人狼を必ず吊る方向で占おう。占い師は、責任重大だ。村人が一番多いのだ…犠牲を少なくするには、人外だけを処理して最速でゲームを終わらせるよりないのだ。これ以上悲しんでいる暇はない。皆、自分の命が懸かっているのだぞ。奈津美さんを部屋へと移動させよう。ここへ転がして置くのはさすがに気の毒だ。」
おずおずと男性達が進み出て来て、奈津美の手足を、腰を支えた。
そうして、奈津美は二階の6番の部屋へと収められ、それから誰も、そこへは足を踏み入れなかった。