10
敦也がコーヒーの缶を手に歩み寄って行くが、彰はこちらへ視線を向けなかった。それで、声をかけた。
「…彰さん?ちょっといいですか。」
彰は、ハッとこちらを見て、そして、頷いて正面の椅子へと手を振った。
「ああ、君か。いい、座るといい。」
敦也が座ると、彰は言った。
「…昨日は君が私の相方の真占い師だと思っていたが、今日は少し分からなくなった。憲二に黒は、確かに有りうるのだが私が昨日言った事で、私の信用を得ようと出した黒だとも思えて来てな。私は自分の真を知っているし、出来たら君に呪殺を出してもらって真ならそれを証明してもらいたいと思っているんだが。」
敦也がそれをじっと聞いている中、あちらから同じように登と玲、俊が寄って来ているのを感じていた。敦也は、答えた。
「オレは彰さんの自信が騙りのそれだとはどうしても思えないので、自分の相方は彰さんならいいなあと思っています。でも、まだ決定打が無い。だから、オレも同じ気持ちですね。呪殺が出ないと、信じられない。でも、狐は一匹ですし、お互いにそれを見せることも難しいです。」
彰は、頷いて息をついた。
「確かにな。」と、登達を見て、頷きかけた。「君たちも座ったらどうだ。」
言われて、占い師COしている四人全員と、登がそこに集まった。登は、言った。
「誰が真でもおかしくない状態ですよね。彰さん目線でも分かりませんか。」
彰は、ソファに背をもたせかけて、首を振った。
「分からないな。まだ初日だし、ここに誰が出ているのかも分からない。あのお粗末な霊能騙りの女性ですら、狂人なのか背徳者なのか判断がついていない状態だ。狂人なら人狼が、背徳者なら狐が占い師に出ていると推察できるからいいんだが。」
玲が、珍しくまじめな顔で頷いた。
「役職がとても多いですものねえ…。僕もちょっと分からないなあ。僕としては、きっと彰さんが相方なんだと思うから、たくさん話したいと思ってるんですけど。」
彰は、顔をしかめた。
「…確かに、玲は私から見たら真の確率が一番高いかもしれない。人狼も狂人も背徳者も狐ですら、私に白を打つメリットが無いからな。とにかくは今日からの指定占いで、呪殺を優先させたいと思う。出来たら、私以外の誰かで、と私は望んでいるのだが…それは恐らく他の真占い師も同じだろうな。」
俊は、しかし首を振った。
「いえ、オレは自分の真を見せたいので、自分が呪殺を起こしたいと思ってますよ。そうしたら、あなたが相方だとしたらとても強力な後ろ盾になるでしょう。」
敦也が、驚いたような顔をした。
「てことは、みんな彰さんを自分の相方だと思ってるのか?」
俊と玲が、顔を見合わせる。そして、敦也を見た。
「僕はね、占ってるから。だから知ってるんだよー彰さんが人狼でも妖狐でもないってこと。狂人とか背徳者だったらどうしようもないけど、君たちより信じる理由はあると思うよ。でも、君たちはどうなの?」
敦也は、顔をしかめた。
「それは…昨日、彰さんが怪しいって言った先を占ったら黒が出たから。少なくとも人狼じゃないと思うんだ。狂人でも、人狼を占われたらヤバイからそんなことは言わないだろうし…オレ目線じゃ、人外だったとしても背徳者か狐って事になるんだけど、彰さんは呪殺にこだわっているし、背徳者じゃないと思う。狐としたら…分からないな。でもあれだけ初日から目立ったら、占われると思ってもっと控えると思うんだよね。だから、初日から結構中心になって意見を出していた彰さんが狐って事はあり得ない。だから、オレ目線でも真の可能性が上がるんだよな。」
それを聞いて、俊は言った。
「オレだって昨日、発言がはっきりしてる彰さんを、怖いから占おうかと思ったんだよ。でも、オレって女性が苦手で…特に、結構発言が強そうな美津子さんがどっちなのか、先に調べておきたかったんだ。女性の意見には感情で流されやすいからさ。だからオレも、目立ってた彰さんは少なくても狐じゃないと思う。人狼かって言われたら…分からないな。強気な人狼ならあり得るかも。占われて黒が出ても、覆す自信があるからいいか、って。でも、奈津美さんへの攻撃の仕方を見ても、人狼じゃないかなって。だって、人狼は霊能者を確定させたくはないだろ?」
登が、うーんと唸った。
「そうなんだよなあ…。だからって、誰が怪しいってのが、占い師の中には全っ然なくてよ。オレも困ってるぐらい。今日は明らかに人外の、奈津美さんに行ってもっと情報が出るのを待つのが得策なんじゃないかって思ってるぐらいなんだが。」
それには、敦也が顔をしかめた。オレの黒が証明されないじゃないか。
「オレは憲二を吊って欲しいんだ。彩芽さんだっていつまで生きてるか分からないじゃないか。狩人だってあっちこっち悩んで守るだろうし。」
登が、それには同じように顔をしかめて返した。
「お前目線じゃそうだろうさ。だが、村目線じゃまだ憲二が黒だって分からねぇんだって。確かに他の占い師目線でも、憲二が黒の可能性はあるんだから今日吊ってもいいんだろうが、違った時のリスクを考えてるんだよ。奈津美さんが狂人だったとしたら、最終日まで処理されずに残ったらそれこそ面倒だ。初日にさっさと処理した方が、後々リスクが無くて済む。まだ彼女が真かもしれない可能性はあるが、あのあきらめようだ…いくら彰さんに言いくるめられたって、真なら最後まで抗うだろ。」
それでも、敦也は退かなかった。
「でも、あの子が背徳者だったら?狐を呪殺したらあの子も処理できるんだから、縄を消費しなくてもいいじゃないか。まだあの子が何なのか分からないんだから。」
彰が、口を開いた。
「…人狼ではないと思うだけで、可能性が無いわけではない。今の状況は、占い師の中ではなかなか人外がしっぽを掴ませない状態だ。少しでも可能性がある上、限りなく偽物に近いと思っている役職者が居るなら、そこを吊って置くのが確かに安全策だとは思う。それに敦也、君は勘違いしているぞ。縄を消費しないわけではない。一気に狐と背徳者が消えるということは、それで自動的に縄が無くなる可能性もあるのだ。その時点で人狼や狂人を処理し切れていなければ、我々は負ける。長く残すリスクはどちらにしろあるのだ。登は間違っていない。」
敦也は、歯ぎしりした。だから憲二は絶対に黒なのに!
だが、確かに自分を真占い師と知っている自分以外、それはリスクと映るのだろう。
俊が、ため息をついた。
「そうだな…彰さんが言うように、背徳者としても狂人としても、偽物だと分かっているなら吊るべきだ。特に、初日の縄に余裕がある時に。村の見通しが良くなるし、占い師の内訳だってそれで分かって来るかもしれないしな。」
彰は、また庭へと視線を移した。そうして、じっと考えてから、言った。
「…占い先を指定したい。」皆が驚いていると、彰はこちらを見て続けた。「私はグレーの中の、寡黙を占う。昨日は啓子さんだったが、今夜は美子さんと、千夏さんを指定する。君たちは?意義があったら譲り合って考えよう。」
敦也は、まだ今夜の占い先を考えていなかった。何しろ今日のことに必死で、まだ先の事まで頭に上らなかったのだ。
しかし、玲が頷いた。
「じゃあ僕も指定させてー?ええっとね、今日は僕は雄大と、希美ちゃんにする。噛まれそうにない所に行きたいから。」
俊は、サッとしおりをポケットから出して、何やら印をつけながら、頷いた。
「じゃあ、オレは忠彦と、奈美さんかな。奈美さん辺り、なんか狐が居そうな気がするし。」
敦也も、急いで俊に倣ってしおりを出した。結構取られたな…誰が残ってる?
「…ええっと、オレは残ってる所って事になるから、純次と…いや、純次だけか?」
純次は狐っぽくない。
敦也は、出遅れた事に顔をしかめた。真占い師をアピールするのは、もっと先までさっさと考えておくべきだった。
彰が、見かねたのか苦笑した。
「…じゃあ、私は千夏さんだけでいい。敦也は、美子さんか純次ってことでどうだ。」
美子…あの、落ち着いたあまり話さない人だ。
敦也は、頷いた。
「ありがとうございます。じゃあ、それで。」
美子は、あまり話していなかった。狐の可能性もある。
敦也は、少しホッとした。これで、自分が真だと証明出来たら、明日からの議論はしやすくなるだろうし、憲二を吊ることも出来るだろう。
登が言った。
「こうしてみると、明日以降は結構各々視点で狭まって来そうだな。誰が噛まれるかにもよるけど…占い師が二人も居たら、人狼も簡単には隠れていられないしな。」
彰は、それに頷いた。
「明日以降は、占い師を削って行くことを考えた方が良いかもしれない。縄に余裕がなくなって来るからな。人狼も悩ましい所だろう…占い師を生かして置いたらすぐに見つけられるが、狐は呪殺してもらわねばならないんだ。ましてもし人狼がこの中に居たら、占い師を襲撃したら自分の身が危ないしな。考えあぐねていることだろう。この村は、結構難しい。が、その分、面白い。」
そうして、フッと笑った。確かに面白いのだが、どこか不安が付きまとうのはなぜだろう。敦也は、ここまで運営の係が一人も姿を見せていないことが気になった。最初にバスに案内人として居た、高司という男だけなのだ。
そして、その高司もすぐに去った。姿が見えない運営委員が、不安なのだろうか。
いや、そうでは無い気がする。まるで、監視されながら飼われているような感覚になるのだ。
敦也がそう思って眉を寄せていると、憲二が血相を変えて駆け込んで来た。
「おい!ちょっと、みんな来てくれ!」
そこに居た全員が、リビングの出入り口を見た。登が、立ち上がって言った。
「どうした?何かあったのか。」
憲二は、玄関の方を指して言った。
「あっちだ!オレ、純次と気分転換に庭でも歩くかって扉を開けようとしたんだが、開かないんだよ!」
登が、目を丸くして敦也や俊、玲と目を合わせた。彰を見ると、彰は目を細めてじっと憲二を見ていた。
登は、歩き出した。
「すぐ行く。」
そう言って登が歩いて行くのを見て、敦也も、玲も俊も立ち上がった。
他の女性達も不安げにそちらへと向かう中、彰はそれを見送っていたが、ため息をついて立ちあがり、玄関へと皆の後を追って歩いて行った。