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敦也は、大きな古そうだが立派な屋敷の前で、バスを降りていた。
回りには、顔も知らない男女が入り乱れて同じように手持ち無沙汰な様子で立ち並んでいる。
皆、手に手にボストンバックやら、キャリーケースやらを持っていて、パッと見たところ旅行のツアーの一行のようだ。
だが、ここに来たのは、観光目的ではない。
敦也は、知らない面々の中緊張気味にしながら、ここまでのことを思い出していた。
野田敦也は、ごく普通の会社員だった。
普段はあまり表に出さないようにしているが、頭を使うような推理ゲームが大好きで、その中でも殊の外、人狼ゲームという、村に混じった人狼を見つけ出して吊って行くというゲームを好んでいた。
最初はネットで見ているだけだった敦也も、最近ではネット通信を使って見知らぬ誰かと人狼に興じたり、そしてそれが高じて人狼が出来る店などに出入りして対面で人狼を楽しんだりと、のめり込んでいた。
新しい店が出来たと聞いたら、そこへも足を運んだ。同じ店でもいいのだが、敦也のように毎日のように通っていると、どうしても見知った者とのゲームになり、新鮮さが無くなってしまう。
最初の方はそれも仲間が出来たようで楽しかったのだが、最近はもっと見知らぬ誰かと、予測のつかない中で推理して突き止めるという、スリルの或る中での達成感のあるゲームを楽しみたいと思うようになっていた。
そんな時に、SNSで検索していて、こんな記事を見つけた。
『人狼ゲームの猛者、募集中!ガチ人狼を極めたかた、そうでない方も、一度挑戦してみませんか?』
思わず、タップして中身を見ると、どこかの別荘地に集まって、対面人狼を朝から晩までリアルタイムに従って行うという、道楽だった。正確な場所は秘密という、ミステリアスな演出にもテーマパークのような高揚を感じた。
参加費無料、最寄り駅から専用送迎バスが出る。勝ち残った陣営には賞金100万円が一人ずつに渡される。なんでも、新しい人狼ゲーム用の、高級カードの発売を記念して、宣伝のための企画のようだ。
賞金には興味は無かったが、募集人員に達したら終了だと書かれてあったので、どんなものかと敦也はその主にDMを飛ばしてみた。
すると、相手からは、応募が殺到していて、選考のためにネットで人狼ゲームをしてもらい、運営側が認めた猛者を招待することにした、と返信が来た。
参加をご希望ならば、下記URLへ指定した時間に来て頂き、ネット通信を使って人狼ゲームに参加してください、とあった。
その際、ややこしいので実名で参加を、それが出来ないかたは参加はご辞退くださいとのことだ。
強気なところを見ると、本当に応募が多かったのだろう。
敦也は、迷わず参加した。
そうして、自分でもうまくやったとほくそ笑んでいたところに、敦也を招待するという連絡が届いたのだ。
大型連休の初日から、その終わりまで、みっちりとスケジュールは入っていたが、ゲームの状況により終了日時は変わります、と書かれてあった。
いったい、何人でどんな役職でやるんだろうと、敦也は本当に楽しみに指定された駅へと向かったのだ。
バス停で待っていると、観光バスが一台停まっていて、『人狼の館ツアー御一行様』と書かれた札が出ている。急いでそのバスへと乗り込もうとすると、入り口近くに居る若い男が言った。
「お名前をどうぞ。」
敦也は、慌てて答えた。
「ああ、野田敦也だ。」
男は、愛想よく微笑むと、リストにチェックを入れて、袋を一つ、手渡した。
「野田様。では、これが備品になります。後でご説明いたしますので、好きなお席にお座りください。」
敦也は、頷いて通路を奥へと進み、真ん中ぐらいの窓際へと、滑り込んだ。
敦也の他にも、もう数人が黙って座っているのが見える。後から後から人が増えて来て、敦也を除くと合計17人もの人がそこへと集まって来て、バスへと乗り込んだ。
バスへ乗り込むと同時に、若い制服姿の男性が、笑顔で言った。
「ようこそいらっしゃいました、私は案内役の高司と申します。と申しましても、私はこれより皆様を、人狼の館へとご案内するだけのガイドでございまして、ここからバスで二時間の間、ご説明を含めて進めさせて頂きます。まず、お手洗いは真ん中に一つございますので、ご必要な時はどうぞ。では、バスは出発致します。」
プーッというブザーの音と共に扉は閉じ、バスはゆっくりと駅のロータリーを出て、そうして皆を乗せて、走り出した。
高司は、言った。
「では、お手元の袋の中をご覧ください。」
高司に言われて、敦也は袋の中を覗いた。何やら変わった時計と、冊子が入っている。時計を見てみると、金属でシンプルなものだったが、デジタル表示の他に、テンキーのような数字のボタンがついていた。時計の脇には小さく、『№10』と刻まれてあった。
「まず、時計を左右どちらでも良いですので、装着してください。そちらで、皆様の健康チェックを致します。心拍数などをこちらで管理出来まして、異常を認めた時には直ちにゲームを休止し、治療に当たれるようになっております。時間は電波時計で皆、同じ時を刻んでおります。防水性ですので、お風呂など、人狼の館に滞在中は決して外されないようにお願い致します。外された場合、心拍が分からなくなりますので、異常を検知してゲームがストップすることになります。後は、投票や役職行使などもこの時計を使って行いますので、大変に重要です。今、ご装着くださいますようお願い致します。」
言われて、隣に座っていた男性が、急いで着けているのが目についた。
敦也も、遅れてはいけないと、急いで右腕にそれを着けた。
すると、そのバンドは腕に触れた途端、自動でキュッと縛るようにフィットし、ぴったりと違和感なくくっついた状態になった。
金属なのに、違和感がない。
敦也が驚いていると、高司は言った。
「…はい、皆様、無事に装着されたようですね。では、その時計の使い方のご説明を致します。まず、夕方の投票の際、こちらに数字を打ち込んでもらい、0を三回押すと、打ち込んだ数字の投票となります。また、役職に当たった時、例えば占い師は、役職行使の時間にこちらに番号を入力して0を三回で、結果が液晶画面に現れます。狩人の場合、守りたい番号を打ち込んで0を三回で護衛されます。霊能者の場合、役職行使の時間に、腕輪に0を三回入力すると結果が表示されます。人狼の場合、役職行使の時間に番号を入力した後0を三回でその番号の人物が襲撃されます。」
敦也は、投票はデジタル式なんだ、と感心してその時計を見つめた。一見、ただのデジタル時計にしか見えないが、確かに液晶画面が大きめで多機能だと言われたらそんな気もする。
女子達が、腕時計を見ながら、何やらウキウキとはしゃぐように隣同士で見せ合って、話していた。敦也はあいにく知り合いも居ないし、知り合いでない人とすぐに打ち解けて話せる方でもなかったので、ただ黙っていた。
高司が、しおりを持ち上げて皆に見えるようにして、言った。
「では、こちら。しおりをご覧ください。表紙を開いて。」
ゴソゴソと紙が擦れることがあちこちからした。袋からしおりを引っ張り出した敦也は、まず表紙を見た。そこには、こんな煽り文句が書かれてあった。
『夢のリアル人狼ゲームへようこそ!勝ち残って100万円を手に生還するか!それとも、人狼の餌食になるのか?!これはシンプルだけど複雑な、夢のようなゲーム体験の世界です!』
大層な文句に苦笑しながらも、言われた通りに表紙をめくり、一ページ目を見た。
そこには、たくさんの名前が並んでいた。
…名簿だ。
1.神原 彰
2.田辺 俊
3.高橋 美津子
4.真野 啓子
5.橘 彩芽
6.道野 奈津美
7.高原 憲二
8.崎原 希美
9.田原 登
10.野田 敦也
11.荒井 純次
12.渡部 雄大
13.内村 忠彦
14.野中 千夏
15.岡田 奈美
16.南 玲
17.泉田 美子
敦也は、思って自分の名前を探した。そこには、1から順に見慣れない名前が並んでいたが、10の番号と共に、敦也の名があった。
高司は、揺れる車内で皆の方を見て、立ち上がった状態の中で皆を見回し、全員がそれを見ているのを確認してから、言った。
「それが、それぞれの番号とお名前です。番号は腕時計にも刻まれておりますので、自分の番号は覚えておいてください。ゲームが終わるまで、皆様にはその番号で自分の投票も、役職行使も行います。館に着いたら分かりますが、皆様がお使いになるお部屋もその番号の部屋になります。では、次のページを開いてください。」
また、皆でガサガサとそれに従う。『館での過ごし方』と、書いてある。
「ゲームの進行上、必要なことが書いてあります。まず、夜時間のために、細かく時間が区切られてあります。これから館に着いて、自由時間となります。本日は0日目となりまして、夜に人狼の襲撃はありません。占い師の初日占いは有ります。本日から決められた時間には、必ず部屋へと入って頂きます。下の一日の流れをご覧ください。」
6:00 部屋の解錠
↓自由時間
20:00 投票時間
↓自由時間
22:00 部屋の施錠
↓役職行使(村役職)
23:00
↓役職行使(人狼)
5:00 人狼の部屋施錠
↓外出禁止
6:00 部屋の解錠
夜10時には部屋に入らなきゃならないのか。
敦也が思って見ていると、女子達がまたヒソヒソと何やら話しているのが聞こえた。高司は、そんなことは気にせず続けた。
「見ての通り、夜10時には部屋へ入って頂かなければなりません。役職行使の邪魔が入ってはいけないということと、その結果が次の日までに誰かに漏れるとゲームが違うゲームになってしまうためです。部屋は自動的に施錠されますが、その時までに各々の部屋へ入っていなければ、失格となりゲームを離脱することになりますのでご注意ください。」
女子の一人が、手を上げた。高司は、その女子を見た。
「どうぞ。」
「あの、ゲームを離脱するとどうなるんですか?」
高司は、顔をしかめた。
「詳しいことはお話いたしませんが、襲撃を受けたり、吊られた方々と同じ部屋でお待ちいただくことになります。ゲームの様子は見て頂く事が出来ないので、ご退屈ではないでしょうか。」
その女子は、頷いた。早く先へ進みたいとイライラしているような空気の男も中には居たからだ。
高司は、続けた。
「では、他に質問が無ければ続けます。人狼陣営は、書いてある通り23時から朝5時まで長い時間を取ってあります。人狼は、その時間に集まって話し合うことが出来ます。人狼陣営である狂人は、人狼が誰だか分からない役職ですのでこの時間帯に外へ出ることは出来ません。朝5時には部屋へと帰っておかないと、人狼の部屋も施錠されるので失格となりますのでご注意ください。他、各役職の詳しいことは、役職の説明のページをご参照ください。」
敦也が、言われて次のページからパラパラとめくると、そこにはいろいろな役職の内容が説明されてあった。
しかし、まだ自分の役職は決まっていない。
高司は、しおりを閉じた。
「食事など、生活に必要なものは全て備えられておりますし、新しい物も毎日順次補充されますのでご安心ください。何を食べて頂いてもよろしいですし、自由時間は好きに過ごして頂いて結構です。ただ、夜には必ず投票してください。投票をしないと、失格となります。ここまでで、何か質問はありませんか?」
皆、黙っている。これからしばらく、結構な大きなゲームをすることになるのだろう。そう思うと、武者震いのようなものが敦也を襲った。これで生き残ったら、かなり清々しく達成感を味わうことが出来そうだ。とにかく早く、役職が知りたい。
すると、高司は何やら重厚な造りの箱を取り出して、それをもったいぶって開くと、中から艶々と照りのある、真っ黒なカードを取り出した。
そのカードの背には、お決まりの真っ赤なオオカミの横顔のシルエットが描かれてあり、シンプルだがそれが逆に高級感を出しているようだ。
よく見ると、黒い部分は動かされる度に、まるで車のボディコーティングのように、キラキラと細かい虹色の粒が入っているように光っていた。
「これが、当社が今回発売することになりました、人狼カードです。役職は新しい物も含めますと20種類、これからも随時増やして行く予定です。カードの塗装にはダイアモンドの粉が使用されており、美しい黒を演出しております。お値段はこちらがひと箱で9800円税別ですが、今回ご参加頂きました方々には、最後にプレゼントさせて頂く予定です。ただ、今回は役職多めに設定しておりますが、使うのは10種類のみ。役職の内訳のご説明を致します。」
高司は、カードを慣れた手つきで繰りながら、言った。
「人狼3、狂人1、占い師2、霊能者1、狩人1、パン屋1、猫又1、村人5、そして第三陣営の妖狐1、背徳者1の、17人でのゲームになります。それでは、役職カードを配ります。こちらとこちら、四列で前から順にカードを選んで、そうしてカードの役職をご確認ください。そうして、また後ろから前へとカードを送って前へと戻してください。では、どうぞ。」
役職が決まる!
敦也は、久しぶりにワクワクしている自分を感じていた。
そうして、カードが回って来るのを、今か今かと待ち受けていた。