黄の章 第4話 大自然の驚異
黄の章 第4話 大自然の驚異
大自然パネェ……。
どうも、大自然の中で産み落とされて二週間。ピチピチプリティウルフボーイの風太郎です。
ただいま現実と言う理不尽にぶち当たってます。
朝早くにお父様に起こされ、一時間以上森の中の道なき道を歩きぬいた。俺を含む子供の狼を連れていた為かお父様は走る事も無く子供の歩調に合わせてくれていた。
生後数週間とは言え狼と人間では成長速度が違う。目も見えなかった頃とは違いそこそこ体の動かし方も覚えて来たので子供の体力でも何とか歩ききる事が出来たが、勾配の差が激しいく倒木や不意に現れる地面の窪みなどの障害が多い地形は容赦なく幼い身体の体力を奪った。
目的地である森の中で不自然に木々の無い開けた場所。俺達が住処としている岩場とは違い少し乾いた地面がむき出しになっている広場に辿り着く頃にはお父様以外へとへとだ。犬の様に舌を出しながら荒く息をしている。
帰りも同じ道のりを乗り越えなければいけないと思うとどうしようもなく憂鬱になるが、そんな辛い未来予想図は頭の隅にでも転がしておく。今考えなければいけないのは目の前に広がる地獄絵図だ。
目の前に積み上がるのは緑色の皮膚が張り付いた死体と、緑色の体液を流す死体、緑色のねばねばした物体X。全てお父様が広場に着いて十分前後で仕留めた死にたてほやほやである。
一見緑の多い食卓と言うのは健康志向っぽい。しかし目の前のこれらは健康とは無縁そのものと言うほかない。……正直異世界を甘く見ていた所はある。漠然と現代社会と比べれば食事の質は落ちるだろうと考えていた。学生時代から異世界に行ったら最初はただ焼いただけの肉を食べるしかない的な事を妄想していた時もあった。だが、これはあんまりじゃないだろうか?
火を通すどころか生の肉。それはまだいい方で、緑の体液が滴る……多分昆虫? バッタの背中に蝶の羽を生やした様な化け物―――しかも複眼が四つも付いていて生々しいピンク色と来たもんだ。物体Xは他が中々の異臭を放っているのに対しこれと言って匂いはしないが時折痙攣した様に跳ね上がる。
だったら生肉しか選択肢は無いと思うだろうし、俺も普通の動物の肉なら食っただろうさ……多分。
でも目の前にある生肉は皮膚こそ緑色だがどう見ても人型だ。多分頭身から察するに小学生程度の大きさの死体は昨日両親の会話に出て来た「ゴブリン」なのだろう。漫画とかでは醜悪な見た目が定番だがこの世界のゴブリンは普通の動物って感じだ。ややキツイ印象があるものの猿とかと共通点が多そうな容姿だ。まあ容姿も個体差とかあるのだろうから醜悪なゴブリンも探せば居るだろうが。
……いや、無理だって。無理無理。
そりゃ俺だって贅沢を言っている自覚はあるぜ? 大自然で肉食動物が狩りに成功し食事にありつける確率が低い事だってわかってる。今の俺は狼。人間の食事の様な調理は望めない。目の前の肉が人間に酷似していようと共食いにはならないのだから文句を言わずに食べるべきだ。
だけど、だけどよぉ。俺には無理だって。いや、自分を卑下するのは良くない。元が人間なら誰しもが躊躇う筈だ。竜や天馬だって躊躇なく平らげるであろう俺の親友倉井天月だって、流石に人型生物を喰うのは躊躇う筈だ。そうだ、俺はおかしくない!
「お前は変わっているな。他の子は先に食べていると言うのに。腹が減っていない訳でも、歯が生えそろっていない訳でもないのに、一口も食わん」
「おいしー」
「かたいー」
俺達に狩りの仕方を教える様に華麗に次々と得物を仕留める姿は映画のワンシーンの様に迫力満点だった。逆にすごすぎて参考にならなかった程だ。狩を教えると言うより自分の力を見せつけていると言った方が適切だろう。
俺以外の同行した兄弟二匹はお父様の活躍に大興奮だったし、お父様がそれぞれの獲物の一番美味しい所を食べた後俺達に食事の許可を与えるとこれまた大興奮で突撃していった。今は生えそろってばかりの牙を駆使して肉塊との格闘に夢中だ。当然肉の姿形がどうだと文句を言う事も無い。可愛い見た目なのにワイルドだこと。
俺は正直内臓やら骨やら体液やらを掻き分ける光景で食欲が家出して久しいが、ここで食べなきゃお父様の機嫌を損ねるだろう事は想像に難くない。
お父様の性格はどう考えても見栄っ張りだからな。自分の狩りを褒めたたえる兄弟の姿に相当ご満悦だったしな。
俺としては今後も群れでの生活を思うとお父様の心証は良くしておきたいが、目の前の地獄に突撃したくはない。せめて地獄は地獄でもマシな方へ行きたいのだ。
「お父様、お父様が今狩ってこられたあれらはどういった生き物でしょうか?」
「ん? ……妙な事を気にする奴だな。母親に似たのか? まあいい。右から『小鬼』『茜飛蝗』『緑泥』と呼ばれている。どれもこの時期この周辺ではよく見る」
「呼ばれている……と言う事はお父様が名付けた訳では無いので?」
「ああ、……この辺の獲物の呼び名は森に棲む森精霊等の奴等が呼んでいる物をとほぼ同じだ。まあ奴等が言うには全ての生物の名前は神々が決めたと言うが、詳しくは知らん。区別が楽だから俺やシュウイも覚えているだけだ」
「シュウイ?」
「お前の母の名だろうが」
呆れた様に嘆息するお父様。いやいや名乗られても居ないのに名前を知る筈も無いだろうよ。多分他の兄弟達も知らないと思うぞ? と言う言葉を比較的マイルドな言葉でお父様に伝えると「そうか」とあっさり納得して群れの仲間の名前を教えてくれた。
お父様の名前は「ノーガ」、俺や兄弟などの子供を産んだお母様は「シュウイ」。他にも「クツ」「スーズィー」と言ったお母様と同じ年代の雌二匹。最後に俺は会った事が無いが「パック」と言う名の雄が居るそうだ。
成程と名前を頭に刷り込んでいる俺に向かって「他の子供等にもお前から説明しろ。何度も説明を繰り返すのは好かん」と言い放つお父様。いや貴方、俺が言うのも何だがちょっとめんどくさがりだよな?
「俺……私や他の兄弟達に名前は無いのですか?」
「はぁ、いつ死ぬとも知れぬ子供にいちいち名前を付ける訳が無いだろう。面倒だ。せめて一度は冬を乗り越えれば名前を考えてやろうと言う気になるがな。俺も父に名前を貰ったのは二度の冬を乗り越えてからだった。どうしても直ぐに欲しいと思うなら自分で考えろ」
お、おう。随分とドライな考え方だが野生の動物からすれば普通、なのか? そしてエルフと言う魅力的なワードが出てきて興奮が収まらないが、それは後でも聞ける。先ずは目先の問題を片づける事が優先だ。
「それはそうとお父様。あれらの肉……肉? の中ではどれが一番美味でしょうか?」
「味か? そうだな……俺は正直どれも好きではないが、一番マシなのは茜蝗ではないか? アレは殻もそれほど硬くないし食いやすい。体液も少ないしな。小鬼は臭い」
「そ、そうですか。因みにドドとやらは?」
「緑泥は水気が多いだけで特に味は無い。アレは全く危険が無いので水場が近くに無い時は重宝する。匂いを覚えて置け役に立つ」
「は、はい」
「美味な獲物はこの時期少ない。それに美味な獲物とは味に見合った強さを併せ持つ。臭くとも硬くとも不味くとも、未だ弱いお前たちが目標に出来る様な獲物はそう居ない。『確実に力を付ける事を怠り生半な相手に挑むは愚物』と、これは俺の父の言葉だ」
そう言って遠くを見つめるお父様はどこか寂しげだ。お父様のお父様―――俺にとってのおじい様は多分もうこの世に居ないのだろう。何となく、お父様が見栄っ張りな性格の原因は彼の中に有る立派な父親の像なのではないかと思えた。少しめんどくさがりで抜けているお父様は、それでも立派な父親であろうとしているのだろう。そう思うと少しだけこのお父様の子供として生まれてきて良かったと思う。
「ほら、お前も食わねば強くなれんぞ。俺が狩って来てお前達に下げた獲物だ。気にする事無く喰らえ。食わず嫌い等していては骨と皮になってしまうだろう」
そう言って俺を促すお父様の言葉に負け、俺は既に満腹になって転がる兄弟の間を通り残骸とも呼べる物へ歩み寄る。
……。
…………。
………………。
結論。
一番マシと言う虫は見た目と比較して大分まともな味だった。薄めたホワイトソースに酸味をブレンドした感じ。まあ思ったよりは良かったが見た目の悪印象は大きい。正直表皮と体液の色が逆ならもっと食べやすい印象だったのだが、正直何度も食べたいとは思わなかった。
ドドと言うスライム風の生物の肉は意外に弾力があった。一口食べればきくらげの様なコリコリとした食感と共どんどん水分が溢れて来る。少し形容しがたい後味があるが、俺の中では随分とこの生物の評価が上がった。ずっと噛んで水分が無くなるとビニールの様に何とも言えない薄く半透明の物体になるが、兄弟達がそれらを飲み込まず辺りに吐き捨てていたので俺もそれに習って水気の抜けたドドを吐き出した。何となくクラゲとかに酷似した生物なのかもしれないと思う。あれも身体の九割以上が水分らしいしな。クラゲなんて食べた事無いけどな。
ゴブリン? 鼻の奥を殴りつける様な刺激臭を我慢して一口食べて見たのだが……正直最悪だった。えぐみが強くとても飲み込めた物では無い。飲み込もうとすると逆に胃の中身をぶちまけそうだったのでこっそりお父様に見えない様に吐き捨てた。
信じられない事に兄弟達はゴブリンの肉の半分を平らげていた。先入観とか人間だった頃の味覚などを持たない故の狼としての素直な味覚がそうさせるのだろうが、俺には一生掛けても生肉を普通に食える様になれる気がしない。
吐き気を堪えお父様に食事のお礼を言うとそのまま帰路に付く事になった。
食事の残骸は、お父様曰くそれを好む生物が平らげるから問題ないとの事だ。満腹になると動きが鈍るのでお父様も狩った得物は少し残すらしいのだ。正直お父様の豆知識よりあんな不味い物を好んで食べる生物が居ると言う事に今日一番驚いた。大自然パネェ。
食事(大自然の驚異)




