黄の章 第3話 父と母
黄の章 第3話 父と母
「……何を呆けている。お前は戯れぬのか?」
ふと巨大な影が俺に覆いかぶさったかと思えば、真上からダンディーなバリトンボイスが降って来た。ゆっくりと、そこには後ろを振り向けば母親狼よりも二割増し程いかつい面をした大きな狼が居た。コンビニ前のヤンキーの十倍はいかつい(当社比)。
目の前の彼こそがこの群れのボス。三匹の雌を侍らせ子沢山のうらやまけしからん俺のお父様だ。
生まれたばかりの頃は彼を前世の父親の呼び名と同じ親父と心の中で呼んでいたが、マジもんのハーレムを形成しこれでもかと言う程威厳のある強面の彼はお父様と呼ぶに相応しい。
……そんな事言ってもお父様と呼ぶどころか未だに話した事すらないのだけどな。だから今、生まれてから初めて話しかけられて滅茶苦茶びっくりしている。
いつもは母親達としか話さずしかも口数が少ないお父様は自分の子供とは話さない印象があった。
一週間ほど前、じゃれ合っていた兄弟が寝ているお父様に衝突して怒りに触れた事があった。
次の瞬間じゃれていた二匹の兄弟は上空に居た。翼を持たない狼の身で空を飛んでいた。その光景を見ていた他の兄弟達は口を半開きにしていた。俺? 口角の限界まで口を開いていたな。
まあ当然、狼に飛行能力も滑空能力も無いので重力に従い数秒で落ちて来た。他人事だったからコントを見ている様な心境だったが、当の本人達(人じゃなくて狼だが)は絶叫マシン並みの恐怖を感じたのだろう。短い尻尾を又に挟んで、更にくりくりおめめに涙を浮かべ、ぶるぶると震えている二匹を見ていると心底同情する
尚、イヌ科動物のくせして猫の様な身体能力を持ち合させているのか、二匹とも背中から落ちる様な事は無く当然怪我の類もない様だった。
日本で人間が同じ行為をすれば相手が動物だろうとあらゆる方向からバッシングを受ける事だろう。そりゃ群れの中で上下関係をはっきりさせる為にも、統率を円滑に進める為にも、後進を育て子孫を繁栄させる為にもそう言った躾の類は必要なのだろう。
まあ、だからと言って自分が躾けられる立場になりたい訳じゃない。つまり今お父様に話しかけられた俺が取れる行動は必然的にただ一つ! 絶対服従だ!(この間約二秒S)
そうと決まれば後は簡単だ。俺は犬派では無く猫派だが、それでもこの姿勢の意味は知っている。
括目して見よ! 「|服従の姿勢(腹を見せる)!」
「……声を掛けただけで服従の姿勢を取られる程俺は恐ろしいか?」
「あなたが先日子供を放ったから恐れているのでしょう」
「あれは俺の眠りを妨げた阿呆が悪いだろうに。これでも俺はこの群れの長だぞ」
「だったら自分の子供に恐れられた程度でグダグダ言わないでくれませんか? 見ていて情けないですよ「長」さん」
何だか随分と冷めたリアクションをされたが、一先ず危機は去った様だ。お父様は俺のお母様と何だか気の抜けた雰囲気で会話をしている。何となく人間だった頃の俺の家両親に雰囲気が似ている気がするな。
子供に尊敬を向けられたくて自分を大きく見せようとする感じとか、そんな父親に冷めた反応をする母親の感じとか。そう思えば今の俺のお父様もあんまり怖く……すみませんやっぱり怖いです。
お母様と話している時はそうでもないけど、真正面から目を合わせると腹の底から震える程の圧を感じる。
「……おいお前、俺の問に答えろ。お前は他の子供と遊ばぬのかと聞いている」
「はい! 自分は小休止中であります!」
「? そうか、つまり休んでいると。ふむ……ただ体力の無い無能かと思えば意外と流暢に話しおる。賢しいな。お前はどう思う?」
「確かに、動きは愚鈍そのものですが言葉はその子が一番早く話せる様になりましたね。頭の出来は良いのかもしれません。時たま意味の分からぬ奇声を発しはしますが」
お父様が声を投げかけたのは、遊ぶ子供たちとお父様を隔てる様に寝そべる雌の狼。顔すらお父様に向け無いお母様だ。微妙に持ち上げられながら最終的に落とされると言う会話を、当人の前で行っていた狼夫婦は揃って俺を見る。その視線から俺は嫌な予感を感じる。そしてその予感は父親の次の一言で肯定される事になる。
「では、次の狩りにはお前も連れて行こう。そうだな、明後日の朝お前と他に三匹。私の狩に付いてこい」
「あなた、この時期東には半獣共が多いですよ。あなたや私なら兎も角子供では無駄死にが関の山です」
「そのような事わざわざ言われずとも理解している。かと言って北の山付近では先日忌々しい竜が近頃飛び回っておる。暫くは近寄れぬ。西と南も論外だ」
「ではどこへ行くと言うのです?」
「南と東の間、少し前まで小鬼の集落があった所よ」
「ゴブリン」と言う単語に反応して身体が一瞬痙攣してしまうが、二匹とも俺の事等お構いなしに話しているので俺の様子に気付いては居ない様子だ。
お父様の発言に今まで気だるそうにしてばかりだったお母様は嫌そうに眉を顰める。初めて見るお母様の表情らしい表情だが、話の流れが不穏過ぎていまひとつ感動できない。
と言うか俺の意見は関係ないのな。既に俺が「狩り」とやらに随伴するのは決定事項何だな。流石は狼、ボスの決定は絶対と言う訳だ。
「小鬼を狩るのですか? 小鬼は骨ばかりだし肉も臭いじゃない」
「だが子供の狩りには良い相手だろう?」
「わたしは行きませんからね。小鬼は住処だけじゃなくて住んでいる土地まで臭いもの。ああ臭いと言えばあなたも最近臭いわよ? 雨が降った後なんかは特に。」
「!?」
「後で泥浴びでもしてらっしゃいな」
「……わかった」
お、お父様……。
震えた声音を残しゆっくりといつもの寝床へ帰って行くお父様の後姿は一回り小さく見えた。モフモフの尻尾も力なく垂れ、その哀愁はお父様の心境をそのまま反映したかの様だ。
俺は思わずお父様を慰めたくなる衝動に駆られる。
幸い人間時代の両親は普通に仲の良い夫婦だったので、面と向かって臭いだのと罵倒する様な光景は存在しなかった。しかし中学高校時代にはクラスに数人は父親が臭いだの不潔だのと罵る女子がいた。そんな女子から数回ではあるがその類の罵倒を受けた事がある。
まあ、今になって思い返せばああいう女子は普通以下の容姿、又はコミュニケーション能力の劣る男子には似たような罵倒をしていた。俺だけ特別貶されていた訳では無かったのだろうが、当時の俺には相当なダメージを与えた。植物系モンスターに対する炎魔法って感じで効果抜群だった。
まあ、どれだけ清潔にしようと対応が変わる事は無かったけどな。それに俺には一緒に馬鹿出来る親友達が居たのでそれで精神を病む様な事は無かったが、今の両親の会話は癒えた筈の心の古傷を疼かせるのに十分な威力を持っていた。
だが俺は何も行動しない。こう言う時に下手な慰めは逆効果だと知っているからな。
俺に出来るのはただ見なかった事にする―――お父様の無様な姿から目を反らし威厳を守ってやるだけだ。
「俺は臭いのか……」
……ごめんなさいお父様。確かに他の兄弟やお母様と比べると濡れた雑巾の様な匂いはします。
最近話題の稲作ゲームに心を奪われました。
お時間と根気のある方、農業に興味のある方には物凄くお勧めです。




