青の章 第65話 母と別れ 冒険へ
青の章 第65話 母と別れ 冒険へ
高校入試の試験後の気分だ。
具体的に表現を改めると、中学時代両親の存在しなかった為に家計を支えるためにアルバイトをしながら、更には家事をしながら、更には受験勉強をしながら、ついでにその時期でさえ馬鹿に振り回されて―――。俺の人生の中で五本の指に入る程騒々しく忙しい時期。
この数日は、そんな時期と重なる程この数日は色濃く激しい物だった。
毎日毎日、食事と睡眠の次回以外の全てを母の生み出した眷属との模擬戦またはこの世界の知識を頭に詰め込む時間だった。この世界に生まれたばかりの頃はこの様な修行をするなんて考えてもいなかったのだがな。
だがそんな辛く美味しい生活もこれで終わりだ。目まぐるしい忙しさがやっとひと段落した時の様な開放感が身体を包み、普段より身軽になったと錯覚する程だ。
ついに昨日、俺のレベルが50に達し俺は進化する事が出来た。
勿論そこまでレベルを上げるのは容易では無かった。数日の間に何度も死に掛けた。
母が生み出した魔蠍相手に両腕を切り落とされたり、腹部を切り裂かれ内臓が零れたりもした。
他にも大量の蟹に囲まれての持久戦もしたな。鱗が剥がれて皮膚が裂けようと、爪が折れて牙が砕けようと終わらない戦いは本当に死ぬかと思った。次々と無限に湧き出る様な蟹を相手に体力が尽きて袋叩きにされ気絶するまでに、母の部屋は脚の踏み場も無い程の死骸が転がっていた事からそれがどれだけ過酷な戦いだったか分かるだろう。貴重な経験が出来たとは思うが出来る事なら二度とあんな絶望的な持久戦はやりたくはないな。
まあ、結果的に大量の戦闘が経験出来たのでレベルだけでなくスキル―――特に【高速再生】と【蜥蜴の鱗】等の防御力・耐久力を上昇させるスキルが飛躍的にその性能を上昇させた。良い事なのだろうが、苦労に見合う程性能が上がったかと問われれば何とか頷ける程度だ。
進化したと言っても、見た目はそれほど変わっていない。少し鱗の青みが増したなぁと言った程度の変化だ。身長も全く変わっていない様に思える。
その名も「盾鱗蜥蜴人」。母によれば鱗が鉄の様に堅く、防御に特化した蜥蜴人らしい。似たような種族に「剣爪蜥蜴人」と言う者が居るらしいが、そちらの方が蜥蜴人の進化先ではポピュラーらしい。まあ、身体が頑丈になるならそれは生存率が上がる事と同意なので俺にとっては盾鱗蜥蜴人に進化できた事は好都合だ。
確かに軽く触れて見ても分かる程に……最早金属かと思える程に堅牢になっている鱗ではある。しかし、これだけ堅くなっても外に出ればこの程度の鱗、紙の様に切り裂く生物がうようよしているらしい。恐るべし異世界と言った所だな。
『ふむ、ようやく進化したか……と言いたいが、通常の何倍もの速度で進化しているな。これも私の教え方が優れている為でもあるだろうが、お前とて尋常ではない。アマツ、やはりお前は面白そうだ。……たまには帰ってこい』
「……ああ、本当に短い間だったが世話になったな。」
俺の母親は、俺が物心付いた頃に家を出て行ってしまったが、母親とは本来こう言う物なのかもな。「たまには帰ってこい」なんて、いかにも親子の会話と言う感じだ。悪くない。
『ああ、手土産を忘れるなよ。土産話も忘れるな。帰ってきたら私の遊びに付き合うのだぞ?』
……むぅ。親子の関係とはこう言う物なのか?
あまりよくわかないな。一般家庭の親について今度、まあ会えたら風太郎辺りに一般的な親子のやり取りを聞いてみよう。
「じゃあ、俺はそろそろ外に出て来るよ。女神の頼みもある。家族や友人とも出来れば合流したいしな。一先ずこの前聞いた、エルフとやらに合いに行ってみる」
『森精霊族の集落か。私の記憶の場所と変わっていなければ、先ほど伝えた場所にある筈だ。私の記憶では比較的温厚的だった筈だから、お前も友好的に振る舞えば話くらいは出来るだろう』
「ああ、ありがとう。さあ行こうかスフレ。」
俺は最後に母に一礼し、あっさりとした別れを済ませた。
スフレには母と共に暫く暮らすか、それともスフレだけで生きて行くか等選択肢があったが、どうしても俺に付いて来ると言って聞かなかったので一緒にエルフの集落まで行く事になった。
洞窟の外は危険らしいが、スフレ本人が行きたいと言っている以上俺も母もスフレの意見を尊重したのだ。
―――――
洞窟の出口に付いた俺は空を見上げる。それは眩しい程快晴で、出発にはいい日だ。心なしか前より暖かい空気だな。微かに吹くそよ風が木々の枝を揺らし、木の葉が舞う。そんな穏やかな雰囲気は母に教わった様に恐ろしい生物が跳梁跋扈する様な世界には見えないが、油断する訳には行かない。
一度短く息を吐き出して気合いを入れ、足を踏み出す。そんな矢先、背後から伸びた手が俺の腕を掴む。
「あーまーつー」
気の抜けた声と共に俺の腕を掴んだのは、数日で日常会話が可能なまでに言葉を習得したスフレだ。
母が言うにはスフレはかなり頭がよく理解が良かったらしい。「俺とは違って」と付け加えられた言葉は聞かなかった事にした。
それでもまだまだ言い間違いや分からない単語も多いらしいので、後は俺が教える。他にも色々と常識的な事も教えなければならないな。
「どうしたスフレ?」
「おなか、ない」
「むぅ、そこは「お腹減った」、だろ?」
「へった」
「良くできました」
スフレが空腹を訴える。上半身は小さな幼女のわりに、スフレの食事量は結構な量になる。その代り一度満腹になると数日食べなくても大丈夫らしい。
「何が食いたい?」
「にく、たべたい」
「気が合うな。俺も肉が食いたかった所だよ。最近は甲殻類ばかりだったからなぁ。じゃあ、狩りをしようか。先ずは獲物を探すところからだな」
正直、俺はこの世界に生まれてから今まで、獲物の大半は向こうから襲って来る者を返り討ちにしていたので、戦闘の経験が少ない。母の眷属を数に入れにとしてもな。
日本の春の様に暖かな風に吹かれながら鬱蒼とした森の中を進む。人間によって手入れのされた山と違い意外に丈の高い雑草や地面から飛び出た木の根に足を取られない様に気を付けなければならない。
俺が先頭、すぐ後ろをスフレが付いてくる。出来れば早いうちに狩っておきたい獲物が居る。母に教えて貰った、この辺りではよく見かけるらしいが……。
「……スフレ、止まれ」
「ん?」
三十分は歩いただろうか。視界の悪い木々の間に動く影を見つけた。背後に目をやれば指示通りに足を止めたスフレの姿が見えた。……気を付けの姿勢で止まっているのが気になるが、流石にスフレが賢いとはいえ俺の言葉に従う事は出来ても、俺の言葉の意図を察する事は出来ない様だ。まあ、今は指示に従ってくれるだけで十分だ。
木の影に身を隠しながら、視線の先―――数m離れた場所に居る獣を観察する。
……獣の正体は二頭の馬だった。自然で生息する馬など、確か地球では見る事が出来なかった筈。ここは多少感動出来そうなものだが、その姿形は俺の知っている馬とは異なる。
基本的な姿は普通の―――地球で見る馬と変わりない。違うのは足が六本と言う事だけ。まあ、骨の蛇などと比べれば些細な。
確か母の話では、「戦馬」と言う名称の生物だ。特徴は一致する。
戦馬は番なのか、一頭が気に寄りかかりながら目を閉じ―――恐らく眠っている―――もう一匹は草を食んでいる。
狙った獲物ではないが、食いではありそうな相手だ。今日の飯はコイツ等で決まりだ。
スフレを見ると、口を開けて涎を垂らしている。……分かりやすいな、そういう所が好ましい。
「スフレ合図したら、この前教えた通りだ。出来るな?」
「できる」
「じゃあ確認だ、俺が突っ込む。相手は二匹、どうする?」
「アマツのあいてー、ちがうー、あしどめー、アマツたすけるー」
「良くできました。頼むぞ」
小声での確認に満足な回答をスフレは答えた。相手が複数の時は「俺が狙った相手以外を対象に、糸を使って足止めをする」と教えた事をしっかり覚えている様だ。賢い賢い。
言うが早いが俺は木の影から飛び出して、寝ている方の戦馬に向かって姿勢を低く保ち、草むらに隠れ四つん這いで進む。
残り数mまで近づいた俺の存在に、起きていた戦馬が気付く。そして俺の姿を目にし次の瞬間には驚くほどの機敏な動きで、短い悲鳴の様な鳴き声を上げ明後日の方向へ走り出す。番と思われるもう一頭は置き去りだ。
仲間意識は無いのか、いや確かに自分の生存を優先するのは自然だが……仲間を見捨てるのはいい気分ではないな。
仲間の鳴き声に飛び起き、数舜遅れで走り出そうとする戦馬の首目掛けて、尻尾を振るう。スキル【尾の重撃】の威力重視、力任せの一撃。
吸い込まれるように滑らかな動きで尻尾が戦馬の首にめり込んだ。直後、戦馬の首はあっけなく砕け、皮膚を破って血と骨が飛び出す。口から血泡を吹きだしながら大地に崩れ落ちた戦馬は、それでも血走った瞳で俺を睨みつける。
だがそんなもので怯む事も、哀れに思う事も俺には無い。ただ今までに殺した生き物と同じように、止めを刺すだけだ。俺は怯え一つ感じさせぬ誇り高き瞳目掛けて爪を振るう。
寝起きの哀れな馬は鳴き声を挙げる暇も無く絶命した。返り血が酷いが、仕留めきれないよりは良い。べっとりと身体の前面に付着した血を拭いながら、ふとスフレを探して辺りを見渡す。ピンクの多い極彩色の姿は鬱蒼とした森の中ではことさら目立つ。
「【捕縛の糸】~」
気の抜ける掛け声と共にスフレの指から放たれた糸が、逃げた戦馬の脚の一本に巻き付いた。
スフレの種族である蜘蛛人は、普通の蜘蛛と異なり臀部と口以外にも指先からも糸を出せるそうだ。よく見れば指の指と爪の間に小さな穴の様な物があり、そこから糸を出しているらしい。
「足止め」を指示した筈だがスフレは「糸で縛る」事しか頭にないのか、逃げ出した戦馬を追いかけて森の中を疾駆していた。かなりの速度で逃げている戦馬の脚に糸を巻き付けるその技は見事だが、いかんせん糸を巻き付けた場所が悪い。相手は四足歩行ならぬ六足歩行相手に脚の一本を糸で縛った所で、戦馬は何の問題も無く森の中を逃走している。
「お、おお? おーーーーー!?」
逆に戦馬より体重の軽いスフレが引きずられてしまっている始末だ。スフレ自身俺の数倍体重がある筈だが流石馬、凄まじい馬力だ。
っと、のんきに考えている場合ではない。このままではスフレが怪我をしてしまう。
「スフレ! 糸を切り離せ! その馬は諦めよう!」
「やーーだーー!」
張り上げた俺の指示に否定の言葉を発しながら、しかしそのままズルズルと自分が縛った糸に引っ張られて行くスフレ。何度も身体を木々に打ち付けながら森の奥に消えて行ってしまう。
慌てて追いかけるが、少し走った場所に土塗れになったスフレが倒れていた。
「スフレ!」
「うぅー」
スフレに駆け寄ると、呻いているスフレの身体に怪我が無いか観察するが、一先ず出血は無い。
額を抑えているので、スフレの手をどけて見ると見事に真っ赤になった額が目に移る。どうやら引きずられて行く内に、木に額をぶつけ糸を切り離してしまったらしい。その上転んで泥だらけとは踏んだり蹴ったりだな。
スフレの身体を触診していくが、彼女は存外身体が頑丈の様で額以外は特に目立った傷は無かった。安心から思わずため息が出た。
「むぅ、離せって言った時に離せばよかったのにな」
「いたいー」
「はいはい。痛いの痛いの飛んでいけー」
本当、小さいころの七星を思い出すなぁ。本当は叱るべき所なのだろうが、妹と重ねて見てしまっては叱るに叱れない。甘やかしてしまうな。
「どうだ? まだ痛いか?」
「……いたい」
「飯にするか?」
「たべる……」
本当、保護者の気分だ。まあ、済んだことをあれこれ言っても仕方がない。スフレのこれからの成長に期待しよう。
アマツキは進化してほぼ全ての能力が上昇した。
スフレは母のお陰で一定の言葉を覚えた。
作者は一年と三カ月でやっと主人公を洞窟の外へ送り出せた。
まさか洞窟でのストーリーがここまで長くなるとは……。




