青の章 第58話 それは無い
青の章 第58話 それは無い
俺の【尾の瞬撃】が魔蠍の団扇上の鋏に直撃する。前回と違うのは、魔蠍は俺に向かって突進しており、更には俺に攻撃をしようと鋏が振るわれた瞬間にカウンターとして放った【尾の瞬撃】は前回甲殻にヒビを入れただけの結果に終わった。しかし今回は魔蠍の勢いも加算され、俺の尻尾は魔蠍の甲殻を砕くことに成功した。
砕くと言っても爪の先ほどの甲殻が幾つか飛び散り、魔蠍の傷口から僅かに体液が漏れただけ。
魔蠍の再生能力を持ってすれば十秒足らずで元通りに癒える事だろう。だが見た目に反して大分体重が軽い魔蠍は、半身を衝撃で浮かび下がらせたたらを踏んで後退する。
「ま、この程度では殆ど効果は無いか。だが今までで一番のダメージだな」
俺の言葉に反応したわけではないだろうが、魔蠍は俺からいったん距離を取る。
俺の方を向きながらバックしているのに動きが嫌にスムーズだ。
「むぅ?」
一瞬魔蠍の身体が歪んだ気がした。だが、あそこまで強固な甲殻がそう簡単に歪む筈がない―――等とは思わない。
もう固定観念に捕らわれるの愚は犯さん。フウタのやっていたゲームの様な魔法や特殊能力が普通に存在する世界だ。
ならば、目の前で起こっている事は素直に受け入れるべきだろう。
その方が小難しい事を気にする必要も無くなり、無駄に頭を使わずにすむ。
魔蠍は僅かに身震いしたかと思うと、団扇状の鋏がまるで粘度の様にグニャグニャと変形しだした。
一瞬にして団扇状だった鋏は、笏状になる。笏がどんなものか分からない? 平べったくて細長い板みたいなやつだ。何に使うのかは覚えていない。食い物ではないしな。確か歴史の教科書か何かで見た筈だ。
両の鋏を……いや、もう鋏ではないのだが。まあ、両腕を構える。
あの間合いの長い形状は恐らく防御ではなく攻撃に重きを置いた形なのだろう。俺が一応は魔蠍にダメージを与えたことで母の言っていた攻撃系統のスキルを使った訳か。
『それは【甲殻変形】というスキルだ。効果は見ての通り、甲殻を変形するスキルだ。魔蠍はそのスキルを使って器用な立ち回りをする』
【甲殻変形】ね。そのままと言ったネーミングだな、好ましい。
厄介なスキルだ。変形までの時間は短いし、あの笏状以外の変形も出来るという事か。
いや、甲殻を変形させるのだから鋏等以外も変形させるのか。
魔蠍は俺に再び俺に向かって突進してくる。
俺は直ぐに回避行動を取る。魔蠍の横をすり抜ける様に身体を屈めながら走るが、笏状の腕は団扇状の時よりも倍以上間合いが伸びており、魔蠍が軽く腕を振るうだけで魔蠍の横を通り過ぎた俺の背中を強打する。
「ギャウゥ!?」
息が詰まる程の衝撃で、俺は頭から地面に突っ込む様に転んでしまう。
直ぐに起き上がるが既に俺の鼻先に、既に魔蠍の腕が迫っている。回避するには姿勢が悪い。咄嗟に魔蠍の腕を掴む。
それでも構わず魔蠍はもう片方の腕で俺の胴体を薙ぎ払う。先ほどよりも強い衝撃だが来ると分かれば耐えられる。魔蠍の腕に刃でも付いて居れば俺の身体は両断されていただろうが、厚みのある上にそこまで重くも無い事が幸いし、僅かに息が詰まるだけで済んだ。
俺はハンマー投げの要領で魔蠍を振り回して投げる。
しかし魔蠍は器用に着地し、再び身体を震わす。また甲殻を変形させるつもりなのだろう。
ここで追撃をするのは得策ではないので、【硬質鱗】を発動させる。
俺の全身を硬質な鱗が覆われた。
魔蠍は再び腕を変形させていた。あれは……例えるならチェーンソー。笏状の腕の側面には細かな棘が生え、より凶悪な雰囲気を醸し出している。
まあ、見た目が似ていると言うだけで、チェーンソーの様に歯が高速で回っている訳でもないので、物を切断する事は出来ないだろう。ただ単に、殴られたらあの棘が身体を抉るのだろう。
……ここら辺で俺も新技を使うようにするか。出し惜しみをして余計な傷を増やす事も無い。
「【蜥蜴の触手】!」
俺の両掌から、一m程の触手が生えて来る。ちょうど握りやすい程の太さで、根元から先端までほぼ長さが変わらず先端数cmだけ緩やかに尖っている。
触手には鱗は生えておらず、青白いつるつるな見た目で柔らかそうだ。実際柔らかい。
触手の中には骨は存在せず、中身はほぼ筋肉だ。まるでタコなどの触手の様にうねうねと動かせるが、まだ自在に操作できるほどではない。恐らく練習が足りないのだろう。
だが、今はこれでも十分だ。俺はもう一度【硬質鱗】を発動する。
母が寝ている間、俺は自分のスキルを片っ端から発動させて自分が出来る事を検証していたのだが、この【硬質鱗】は一度発動した後に、更に鱗を生成する事は出来なかった。鱗を何重にも重ねればどんどん防御力が上がると考えていたのだが、その試みは失敗した。
しかし【硬質鱗】の面白い性質を見つける事が出来た。生み出した鱗を数枚剥がして再び発動すると、鱗の無い部分だけ鱗が生えたのだ。この時殆どエネルギーを消費する感覚が無かった為、生成する鱗の枚数によって消費するエネルギーの量が変わる事。自分の身体の【硬質鱗】製の鱗が無い場所に鱗を生み出すという事が分かった。
更に【蜥蜴の触手】を発動させた状態で【硬質鱗】を発動すると。
俺の腕から生える触手は、びっしりと生えた鱗に覆われる。
これを俺は【悪食】と名付けてみたら、ステータスに【悪食】と言うスキルが追加されていた。新たにスキルを生み出す事に成功した様だった。
しかもこの【悪食】、鱗が先端から根元に向かって鱗が生えており、つまりこの触手を鞭のようにして振るうと対象を鱗で「削る」と言う凶悪な仕様なのだ。
しかも、面白い事にこの【悪食】だが、尻尾と同じように【尾の重撃】や【尾の瞬撃】等のスキルを使う事が出来るのだ。
触手を振るう際に尻尾を振るう感覚でスキルを使うと問題なく発動したので、もしかしたらこの触手は尻尾と言う判定なのかもしれない。まあ、使える物をなぜ使えるのか考える必要は無いので、わざわざ考えてはいない。
因みに【悪食】と言う名前は俺が人間だった頃、傭兵の仕事で殺されかけたひも状の兵器から取ってみた。いや、正確には「グロスイーター」と言う小さな機会を利用した兵器で別の名前が付いていた筈だが、正しい名前を覚えていなかったので適当に名付けたと言うのが本音だ。
これが俺の新技だ。このスキルを使い、今回は魔蠍と戦おう。
今度は俺の方から走って距離を詰める。
間合いに入るや即座に魔蠍は凶悪な見た目の腕を振るい、俺も触手を振るい打ち合わせる。
ぶつかり合う腕と触手は、甲殻の破片と鱗をまき散らした。
どうやら変形しても甲殻の強度事態は変わらないらしい。俺は触手から痛みを感じる。触手にはちゃんと神経が通っているようで、痛覚もちゃんとある。つまり触手で攻撃をすると俺も痛い訳だが、しっかりと【硬質鱗】の鱗が触手を守っているため、だいぶ痛みは軽減されている。
魔蠍は毒針の付いた尻尾を突き出して来るが、俺はそれを半身を捻り尻尾で弾く。
魔蠍の両腕と尻尾の連撃が始まり、俺は触手と尻尾で迎え撃つ。甲殻と鱗が飛び散り、打撃音がこの部屋の中に響き渡る。
初めは硬質な物がぶつかり合う音が、時間を追うごとに湿り気を帯び次第にお互いの体液が飛び散る。
一分以上繰り広げられた攻防は、俺の触手の一本が千切れた事で終わりを迎える。
このままでは不利になると確信した俺は、【水泡流咆哮】で水と泡が混じった液体を口から吐き出し、魔蠍はそれを避けようと距離を取る。未知の液体を警戒するのは当然の反応だ。だが恐らく二度目は通じないだろう。
ギチギチと鋏状の牙を打ち合わせて不快な音を立てる魔蠍は、再び身体を震わせる。
まだ変形させるのか。俺はその隙に千切れた触手の先から新たな触手を生やし、鱗で覆う。
少し腹が減って来た事から、そう何度も触手を失う事は出来ない。早期決着を目指すのがベストだが……。
ギュィィィィィンと、何かが高速で動く機械音の様な音が俺の耳に届く。目を凝らして見ると、魔蠍の腕から生えた細かな棘が、高速で腕の側面を移動しているのだ。その姿はまさにチェーンソー。
「いやいや、いくらファンタジーとは言え、それは無しだろう」
驚きを通り越し、目の前の理不尽な現象に呆れと感心を抱く。だがそんな事お構いなしとばかりに牙を打ち鳴らし尻尾を振り回す。
チェーンソーの形をした腕……、もうチェーンソーでいいか。チェーンソーを構えた魔蠍は、今度はゆっくりと距離を詰めて来る。
あんな物と打ち合えば、一瞬で触手が断ち切られてしまう。
予想外過ぎる展開に追い詰められた状況で、俺は構えをとった。
※補足
「笏」とは平安時代の貴族などが持っているイメージのある細長く平たい棒の事です。用途は特になくただの飾りなのだそうです。




