青の章 第57話 食事の時間
青の章 第57話 食事の時間
『ふむ、正気か? ……と言いたいところだが、どうやら何か掴んだらしいな』
「まあ、前よりはマシになっていると思うぞ」
『手加減抜きと言うと、魔蠍に全てのスキルの使用を許可するという事だな』
「付け加えるなら、今度は俺が死にそうになっても止めに入らなくていい」
俺の言葉をどう捉えたかは分からないが、母は牙を剥き出しからからと笑った。母の背後ではメトロノームの様に尻尾が揺れている。どうやら寝起きにしては上機嫌の様だ。
『相当自信があるようだな』
「自信は無い。ただやっぱり死の危険が無いと緊張感に欠けるからな。……おかしいな、俺は本来こんなに戦闘狂の様な思考はしない筈なのだが。……この世界に順調に染まっているのかもな」
最後の一言は殆ど自らへの呟きに近く、それを聞き取れなかったのか母は俺の顔を覗き込むように見る。
ただの料理人がこんな化け物だらけの世界で生き残るのは、少し位正気を失う様で無いと駄目なのかもな。
せめてあの赤髪の馬鹿の様な脳筋思考にはならない様に気を付けなければな。
『馬鹿なのか?』
「俺はいつでも馬鹿だぜ? 頭が悪い」
『面白い―――ああ面白い。つまらない戦いをしたら私が止めを刺してやる』
「おお怖いな。ならば道化でも演じて楽しませてやるか。……と思ったが俺は料理人なんでね。余り期待しないでくれよ」
『ふん。【眷属生成・骨盾魔蠍】』
俺の目の前に魔蠍が現れる。むぅやっぱりカッコいいな。
『成長を見せてみろ』
「自分らしく戦うだけさ。始めてくれ」
俺の言葉から間を置かず、魔蠍は俺に向かって持ち前の素早さで距離を詰めてくる。初めから全力だ。
これから命のやり取りを行うと言うのに、俺の気持ちはとてもリラックスしたものだった。
皮肉なことに前回とは初手の攻防が逆の構図だ、
母と話を終えた後、俺は新たな戦い方。スキルの使い方について悩んだ。
悩んで、悩んで、悩んで。
考えて、考えて、考えた。
悩んで、考えて、俺は考えるのが苦手なことを思い出した。
思い出して、ついでに懐かしい思い出を思い返したしたのだ。
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「ぐぅ!?」
俺は地面に転がり、自分の腕が捻られ背中に付けられる痛みで苦悶の声が漏れる。
顔が土で汚れ、体操服であるジャージも汚れてしまった。後で洗濯しなくては。
「参った、降参だ」
「……ふぅ、やっと終わりで御座るか。アマツは相変わらずタフで御座るなぁ。拙者もう疲れたで御座るよ」
俺を地面に転がしたのは俺の友人である服部刃――俺がジンと呼ぶ青年だ。
ここはジンの家。大きな日本家屋でありジン曰く築八十年以上の歴史があるらしい。
とても大きな家で、更には庭も広い上に手入れが行き届いている。俺が転がっているのはその庭の中心だ。
庭の端には池まである。そこにジンの祖父が錦鯉を飼っている。そんな場所で高校生が拳を交える姿はさぞ奇妙だろう。時折チラリと家の使用人が様子を見に来るが、皆あまりいい顔はしないな。
「ああ、今日だけで十二連敗。冬休み中だけで……」
「今ので確か―――拙者の百七連勝、最初の三回だけはアマツ殿に敗北したで御座るが、それ以降は残念ながら拙者の大連勝で御座るなぁ」
ジンは俺の腕を離すと、俺に手を差し伸べてくる。俺はそれを黙って受け取る。もはや土を落とそうと服を手で払うが、あまりにも汚れた高校指定ジャージには意味が無かった。
「……所でジン、お前のその恰好はどうにかならないのか。」
ジンの姿は高校指定のジャージに真っ黒な包帯の様な布で顔面を覆っている。
控えめに言って変質者だ。
「無理無理、誰が言ったってジンはその覆面を外したりしないぜ~。てかいい加減ゲームしようぜ、ゲーム~。何のためにジンの家に集まったと思ってんだ。三人でゲームするためだろ~」
そういって縁側で唯一ジャージではなく私服でつまらなそうにしているのはもう一人の友人鎧塚風太郎――フウタだ。
「フウタも少しは運動をするで御座る。獣でもあるまいし、冬に脂肪を蓄える必要は無いで御座ろう。ただでさえジャンクフードばかり食べているのに、運動もしなければ肥えるばかりで御座るよ?」
「うるせぇ! 俺はお前らみたいにこの寒空の下殴り合う程馬鹿じゃねえんだよ! 今日何度だと思ってんだ!? 最高気温二℃だぞ!? 今晩雪降るらしいぞ!? 積もると良いな!」
「失礼な。鍛錬は大事で御座るよ。冬だから、寒いからと言って休んでいては駄目で御座ろうに。それに殴り合いでは無いで御座る。身を守る為の模擬戦で御座る」
「ああもう、分かった、分かった、今度からは俺も運動するよ」
「今度から、明日からと口にする奴は大抵いつまでも何もしないで御座る。真理で御座る」
「うるせぇよ!」
「はぁ」
ジンとフウタが言い争っている間に、俺は身体に付いた土を掃いながら俺は再び嘆息する
「どうしたで御座るアマツ?」
「俺弱いなぁと思ってな。これではいつまでもキョウカに勝てない筈だ」
俺の言葉にジンは顎に手を当てて考える仕草を見せる。これはジンの考えをまとめている時の癖だ。
「別に弱くは無いで御座る。事実三回は拙者に勝っているで御座る。アマツ殿は身体も大きく、トレーニングを欠かさないので力も弱くないで御座る。運動神経もいいで御座る」
ジンなりに俺を慰めてくれているのだろう。しかし流石に百回以上も連続で地面を転がされた俺は僅かながらにささくれ立っており、お世辞にしか聞こえない。
「じゃあ、何が足りないのだろうな?」
「……拙者の思う所、アマツ殿は……自分の身を犠牲にし過ぎなので御座るよ。多少殴られても向かってくるその姿勢は見事の一言で御座るが。アマツがそういう戦い方をすると分かれば、対応するのは難しくは無いで御座る」
「あ~。アレな。半ば癖みたいになっているのかもしれん」
「一時であればそれは「覚悟」と呼べるで御座ろう。しかし、常時であればそれは「自棄や」や「自殺志願」と変わらないで御座るよ? 歪な戦い方をする者は長生き出来ないで御座る」
「むぅ、そうかもな。だが俺はキョウカに喧嘩で勝つためにも鍛えているのだ。自分より圧倒的に強い相手に勝つには捨て身が一番ではないのか?」
「……アマツは身体を動かす事は嫌いで御座るか? スポーツは?」
「嫌いじゃないぞ? 身体を動かすのは気分がいい。健康にもいいしな」
そういってチラリとフウタの腹を見る。
高校入学当初はどちらかと言えば細身だったが、高校二年の冬休みである今では見事にポッコリと腹が出ている。腹以外は細いが。一日中ゲームをして菓子ばかり食っていればああなるのも当然だな。ジンの言葉ではないが、フウタも少しは運動した方がいい。勿論俺達の様な激しい物では無く、ウォーキングの様な軽い物でいいと俺は思う。
「では、拙者とする模擬戦は?」
「それも嫌いじゃない。痛いのは好きじゃないが、お前との模擬戦は楽しいよ。命が掛かってないからスポーツと同じ感覚だ」
「ではもっと楽しむで御座るよ。フウタがゲームをする様に、拙者が幼女を観察するように、自然体で楽しんで取り組むといいで御座る」
「いや、お前の性癖と一緒にしないでくれ。俺のゲームは人生そのものだ!」
「……むぅ~。なんだか戦いを楽しむってのは何だかキョウカの様で嫌なんだがな」
「人生楽しんだもの勝ちで御座る。嫌々やるのと楽しんでやるのでは自然と結果が変わってくるで御座る。そうでなくとも「取り組む姿勢」は往々にして辿り着く結果を左右するで御座るよ」
人生は楽しんだもの勝ちか。なかなかいい言葉だな。
「じゃあ、それも含めてもう一戦頼む。出来るだけ楽しんで戦って見る」
「うぇ? い、いや、拙者今日はもう……」
「あー、アマツ、ジン。俺は先にジンの部屋でゲーム始めてるぞ~」
寒さに耐えきれなかったのか、フウタはまるで自分の家の様に襖を開けて屋内へ歩き去った。
「フウタ! ちょっと待でござ――」
「さ、始めよう」
「あ、そうだアマツ! 戦うときに決め台詞を言うと楽しくなるかもだぜ?」
歩き去った筈のフウタが、襖の間から顔をのぞかせて何だかよく分からない提案をする。
「決め台詞?」
「そう! やっぱり熱いセリフはテンション上げるからな! 「さあ、ショウタイムだ!」とか、「ゲームを始めよう」とかな」
「それは確か、お前の好きなアニメの主人公のセリフだろう? ……だが面白いかもな」
「いや、まだ拙者やるとは―――」
「じゃあ……食べ物関係で何か―――」
「おお、お前らしくていいじゃん! よし、じゃあ「食事を始めよう」なんてどうだ?」
「むぅ」
「拙者の話を聞くで御座るーーーーー!」
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俺は過去を思い返し僅かに口元を緩めながら、いつものセリフを口にする。これを口にした直後は、何故か心が落ち着き無駄な力みが取れ、とても集中できる。まるで自分の中でスイッチが入ったかの様に、気持ちが切り替わる。
友人が考えた、俺のお気に入りの「決め台詞」を呟く。
「ま、楽しんで行くか。――食事を始めよう」




