青の章 第54話 鋏に続きまた鋏
前回のあらすじ
大きな蟹を仕留めて食べた
青の章 第54話 鋏に続きまた鋏
『アマツキよ、お前は馬鹿なのか? 自分の身が大事では無いのか? 自殺願望でもあるのか?』
俺の身長の数倍はある巨大な蟹、晶甲羅蟹を何とか倒しその身を半分以上喰らって満腹になった。そんな俺を見て母が最初に言った一言がこれだ。
呆れの混じった声音で失礼な発言が聞こえたが、残念ながら【自殺志願】等と言う大変不名誉なスキルを持っているので否定も出来んが。
『……私がスキルを使うなと言ったのは、お前にスキルの大切さ、使いどころを教えようと思っての事だったのだが……。まさか本当にスキルなしで倒すか』
ああ、なるほど。と思わず手を叩いて納得した。
母は俺が晶甲羅蟹に苦戦して倒しきれず、そこから俺にこの世界の戦い方を指導するつもりだったのか。
それなのに俺が晶甲羅蟹を倒してしまったから、母が思い描いていた計画が狂ってしまったのだろう。
『どちらかと言うと相打ち狙いに近い戦い方だな。私の見たところお前は格上相手に命を賭けすぎている』
「いや、格上相手なのだから命を賭ける覚悟は必要だろう?」
『お前の場合、覚悟だけでなく本当に命を賭けているだろう。お前は自分の命を軽く見ている……いや、死を軽く見ている? まあ、そのような気配を感じたのだ』
「いやいや、俺だってそんな簡単に命を賭けてりしないぞ? 先ほどの戦闘でも最悪腕の一本でも失う程度の気持ちだったしな」
俺だって人並みに命を尊く思っているし、死にだって若干の嫌悪を抱いている。死んだら美味い飯が食えないからな。
『いくら再生するとは言え、普通はもっと気負いする物だがな。まあいい。私の考えていた予定と違うが、問題ない。ああそうだ問題ないとも。犠牲を払って倒せる相手には迷わず犠牲を払うと言うお前の性格は理解した。ならば次はお前が命を賭けてもどうにもならない相手を用意しよう』
……はい? と
『私の【眷属生成】で生み出せる生物の中で、今倒した晶甲羅蟹は二番目の強さだ。次は最も強い者を生み出そう。ああ、スキルの使用を許そう。どうせスキルを使わねば戦いにもならん。……死にそうになったら止めてやるから存分に戦え』
「あー、まあ何事も経験だと思うのだが一つ聞いてもいいか? そいつはどの程度強いのだ?」
『晶甲羅蟹を捕食する程には強い。いやそれだとお前と同じ程度とも言えるか……。晶甲羅蟹を四匹まとめて相手にできる程強いと言えば分かりやすいか?』
うあぁ。と自分の口から声が出るのを抑えられなかった。
いやいや、晶甲羅蟹でも地球に居る肉食動物―――例えばライオンあたりでも文字通り歯が立たない強さがあると思うのだが? 銃でも使えば倒せるだろうが、それでも十分どころではない強さがある。
それを素の強さで十匹相手の出来るとは。最早それは生物兵器と言う類の物ではないか。俺は今からそんな化け物を相手にしなければいけないのか? 話を聞いただけで疲労感が身体にどっしりと覆いかぶさって来たような気分だ。
『前もって言って置くが、私の【眷属生成】で生み出された生物は本来より体の強度を半分以上失っている。これは私の持つ弱体化スキルに関連しているのだが、今は気にしなくともよい。つまりこの程度の相手に殺されるようでは外で長く持たないだろうと言う事だ。なぁ?』
挑発する様な口調で説明されてもやる気は起きない。正直、話自体は有益なのに母が明らかに状況を楽しんでいる事が分かってしまっているので更にやる気が出ない。更には洞窟外の世界が思っている以上に過酷である事を知り、更に気分が落ち込む。
『……因みに、そいつの肉はかなりの珍味だぞ? それに生息する数自体も少ないから、お前が外に出たとしてもその肉にありつけるかは……さてさてどうだか』
「おい、早く始めるぞ。何を長々と話をしている? すぐ始めよう、速やかに始めよう、迅速に始めよう」
『……分かりやす過ぎるぞお前……。』
何をブツブツ呟いているのか知らんが、早く相手を用意してほしい。俺は生唾を飲み込みながら母を睨む。
ああ、珍味……、珍味……何とも心躍る言葉だ。珍しい味等と言う言葉に魅力を感じない人間がこの世にいるだろうか? いや居る筈がない。ああ、今の俺は人間ではないがそれでもなお、高ぶる感情が抑えきれない。
早く口にしたい。味を、食感を、香りを楽しみたい!
『やる気が出たようで何よりだ。そちらの方が私も楽しめ……いや、……楽しめると言うものだ』
「とうとう言葉を繕う事も諦めたな」
『勝てるとは思わん。だが楽しませてくれることを期待する』
「見世物にすると堂々と宣言したな」
『では始めようか』
「おい、こっち見ろ。目を合わせろ」
『【眷属生成・盾骨乃魔蠍】』
半ば誤魔化すように母が生み出した生物は、一見俺の良く知る生物の様だった。
六本の脚に二本の鋏の付いた腕。
身体は見ただけで分かる硬質な甲殻に覆われている。
……っとここまで聞くと俺が先ほどまで戦っていた水晶蟹や晶甲羅蟹の様な蟹を想像してしまうかもしれない。だがそれらと決定的に違う点を挙げるならば、尻尾が存在するという点だろう。
尻尾と言っても俺の腰から生えている様な物ではなく、ごつごつとした数珠の様な見た目で先端には勾玉の様な突起が付いている。
もうお分かりだろう。そう、蠍だ。
大きさは俺の腰より少し高い位の高さで大体五十~六十cm、頭の先から尻尾までは二m半程だろうか?
蠍と言っても地球の蠍をそのまま大きくした物ではない。
地球の蠍は尻尾の先端や鋏以外つるりとした見た目だが、コイツは甲殻の至る所から棘が生え、鋏は異様に平べったく鋏と言うより団扇に切れ目を入れた様な見た目だ。
色は純白で母の体色と同じだが、見た目の凶悪性はこちらが断然上だ。晶甲羅蟹よりかなり小ぶりだが俺より大きい。
なんというか、他の生物を傷つけるために生まれて来ました、と言った風貌だ。
だが、正直少しカッコいいと感じるのは俺が男だろうか? ああ言う攻撃的なふぉるむはなかなか憧れる物がある。
「……軟毛蜥蜴は別にして、母が生み出す生物は甲殻や鋏を持つものが多いのだな。何故だ? 制限でもあるのか?」
『勿論【眷属生成】の制限は勿論あるが、私がこの様な姿の者を好んで使うのは理由がある』
「むぅ、理由とは?」
『恰好いいだろう?』
……やばい。母とすごい仲良くなれそうなのだが。美味い酒が飲めそうなのだが。
『この盾骨乃魔蠍は私のお気に入りでな。名が長いので私は魔蠍と呼んでいる。さあ、おしゃべりは終わりだ。始めようか』
俺を見つめながら牙を鳴らしている盾骨乃魔蠍……魔蠍を見ながら、俺は意識を切り替える。母の言葉が合図となったかの様に、魔蠍は鋏を広げ尻尾をしならせ威嚇する。
威嚇に対抗しこちらも洞窟内に響き渡る様に咆哮する。
どんな味がするのかは知らないが、どんなに強いかは知らないが、俺はお前の肉を味わいたいのだ! 貪りたいのだ!
さあ、食事を始めようか!
天月は基本的に食欲が最も強い本能です。
どんな極上のベットで眠るより、どんな美女を抱くよりも食事が優先されます。




