青の章 第41話 水晶の部屋
青の章 第41話 水晶の部屋
つい先ほど四足歩行から二足歩行になりました、アマツキだ。
正直四足歩行に馴染みすぎて、二足歩行が上手くできるのか最初は不安だったが、別段そこまで問題はなかった。
今の俺の脚の構造は人間の脚とかなり似ており、鱗などで覆われているため少し違和感があるものの、それは歩くという行動を阻害するものではない。ただ単になんか変な感じがするというだけの事だ。
緩やかな下り坂の通路を、躓いたり転んだりという事もなく普通に歩行している。
前世では洞窟の中を裸同然の格好で歩き回るなど不可能だったが、今の俺はスキル『暗視』を持っているお陰で真っ暗な洞窟内でも問題なく視界を確保できている。
洞窟を歩き回る上で厄介だった寒さも、今歩いている通路には存在しない。むしろ歩を進めるにつれ、地面や空気が熱を帯びている様だ。そろそろ熱気で汗の一つでもかきそうな物だが……、蜥蜴って汗はかかないような?
……むぅ、最近どうでもいいことを考える事が多くなって来た気がするなぁ。
それは元々か? かっはっはっは。
……ん?
やっと通路の終わりが見えてきた様だ。通路の先に開けた空間が広がっているような場所が見えてきた。
さてさて、俺を呼んだのは何者なのやら。頭の中に直接語り掛ける様に話しかけてきたという事は、また別の神様だったりするのか?
『ようやく来たか、私の近くに……? どうした、どこへ行く?』
俺は踵を返して来た道を戻る。 来た時の様に歩いてではない、全力で走った。
直感で分かった。アレは駄目だ。戦ってはいけない。流石に馬鹿な俺でも……馬鹿な俺だからこそ、本能で分かる。前世で赤い髪の馬鹿を相手にしているのと同じ、一矢報いるのも困難だ。それが分かってしまった。
勝てない相手に出会ったとき、取れる選択肢はそう多くない。それでも抵抗するか、降伏するか、逃げるか、そんなところだろう。
俺は逃げる事を選択した。
こんなところにホイホイ来てしまった俺が言えた事ではないが、こんな所で危険を冒して死ぬ様な事にはなりたくない。ならば相手の準備が整う前に逃げる。
しかし、現実とは残酷なものだ。
もう少しで、巨蟹の死体のある空間まで着く所で、突然目の前に壁が現れた。
いや、生えてきたのだ。文字通り、地面からにょきにょきと。
「ギャウゥ!?」
俺は全速力で走っていた勢いを殺しきれず、壁にぶつかってしまう。そのまま背中から転んではしまったが、幸い俺自身に怪我はない。だが……。
俺は目の前に生えてきた壁を見つける。壁は通路を一片の隙間もなく埋めている。白く濁った透明な壁は、よく見ると水晶の様だ。触って見るが冷たく堅い感触が手のひらから伝わってくる。
試しに爪で引掻いて見るが、水晶蟹の甲殻すら容易に切り裂ける俺の爪があっさりと弾かれる。その後も尻尾や拳で攻撃を加えるが、壁には傷一つ付かない。
頑丈すぎるだろ……。
どうしてこんな所に水晶の壁が現れたのか。それは分からない。もはやこの世界でなぜこんな事が起こるのか、考えるだけ馬鹿らしい。
大事なのは誰が何のためにこの壁をここに出したのか。流石に自然現象ではないだろう。
誰がやったかなど容易に想像できる。洞窟の奥に居たモノが、俺を逃がさない様にこれをやったのだ。俺はどうやら腹を括らなければならないらしい。
どう考えても希望的な未来が見えないが、相手の目的がはっきりしていない以上、生き残る可能性はあるのだろう。……ならば戻るしかない。
俺は最初に歩いて来た時よりも心なし遅い足取りで、今しがた走って来た通路を戻り始めた。やがて通路が終わり開けた空間が見える。
『ふん、ようやく戻って来たか。手間をかけさせおって。』
何となく怒っているのが伝わる声音で、ソレは俺の頭の中に語り掛ける。
『私の、近くへ、来い』
聞き間違いなど許さないとばかりに、はっきりとした口調でやはり女性のそれに近い高めの声が俺の頭に響く。俺は仕方なく、ソレの居る所へゆっくりと歩んでいく。
ソレに対する警戒は緩めず、慎重に先ずはこの場所を観察する。
一言で言えば、少し前に見た洞窟の外よりも幻想的な空間だ。
地面や壁、天井はここに来る前の通路や蟹と死闘を繰り広げたものと変わらない。堅い岩や僅かな砂利、砂があるだけだ。違いがあるとすれば、ここは俺の巣の様に地面から暖かさが伝ってくる。空気もかなり暖かいな。気温で言えば俺の巣よりも暖かいかもしれない。
たが最も大きな違いを挙げるとするなら、この空間の壁際の地面には大小様々な水晶が転がっている事だろう。
水晶……、俺の巣にも水晶蟹の背中産の水晶が戦利品の如く置いてあるが、アレでも相当な重量があった。
この空間の水晶は小さいものは俺の拳ほどだが、大きいものはまるで小さな家程もある。そんな巨大な水晶が少なくとも十個以上見られる。
当然そんな巨大なものが十個以上あるこの空間はかなり広い。適度な表現が思いつかないが、小中学校のグラウンド程に広いと思う。
水晶は完全に向こう側が見えるもの。半透明で曇っていたり、色の付いているもの。まるで熟練の匠により細工がされたような形をしているものまである。そのすべてが何故かうっすらと光を放っており、それだけでこの空間を幻想的な雰囲気にさせている。
俺なんかよりも学のある、語彙が豊富な芸術家でも連れてくれば、もっと適切な表現が出るのだろうが。
美術館に行っても食い物が書いてある作品しか記憶に残らない俺からすれば「綺麗」もしくは「美しい」しか思い浮かばない。
こんな場所で家族や仲間と飯でも食えたら、さぞ会話も弾み食い物が美味く感じる事だろう。
空間の奥に座する巨大な「蜥蜴」さえ居なければ、だけどな。
自身の褒め言葉に使う語彙の少なさに驚く今日この頃。




