青の章 第40話 小休止
青の章 第40話 小休止
「ゲップ」
おっと、行儀が悪い。調子に乗って水晶蟹を食べ過ぎたか?
気が付けば丸々二匹分の水晶蟹が俺の腹の中に納まっている。
……この小さな体の何処にそれだけの質量が入ったのか、疑問だな。
胃の内容量どころか、俺の身体の四倍以上の量を食った事に若干の不安が湧くが、現在俺の身体には何の以上も起こっていない上、別に大食いだからと言って困ることは……、まあ、食糧問題以外には無い。
たぶん成長期とやらなんだろう。進化とやらで身体も大きくなっているし、その分腹が減っているに違いない。
正直新たに得たスキルについて考えすぎて、俺の少ない脳みそが擦り切れて無くなりそうなので、正直小難しい事を考えたくない。なのである程度の事は無視しておかねば、精神衛生上良くないだろう。
まあ、腹の事は置いておいて、この後の事を考えねばな。
現状の整理をしよう。
まず一つ。
今回の戦闘により大量の食料を手に入れる事が出来た。通常の水晶蟹の死体が合計十二匹分……二匹食べたから十匹か。
そして通常の水晶蟹の倍以上の体格を誇る巨蟹の死体が丸々残っている。
甲殻類は足が速いので早め食べきらなければならないが、この世界に生まれて以降間違いなく最大の収穫だろう。
ほとんどの水晶蟹が、かなり破損していて持ち運びに苦労しそうだが、脚やら鋏やらを砕いてへし折ったのは俺なので文句を言ってもしょうがない。蟹の身を気にしていたら俺の方が食料になっていただろうしな。
二つ目。
俺自身の進化。
俺としてはこの世界に蜥蜴として生まれたからには一生四足歩行を覚悟していたのだが、現在俺は蜥蜴人とやらになり二足歩行が可能となった。
これはかなり嬉しい事だ。両手が使えると言うのは素晴らしい事だと改めて実感した。
四足歩行だとどうしても食事が不便だ。それに狩り……戦闘の面で見ても、両手が使える使えないは天と地の差だ。戦術の幅が広がるのは勿論の事、武具の使用が可能になるのが大きい。何故か進化前に追ったであろう傷も進化後は全くの無傷の状態まで回復していた。今は尻尾も胴体も牙も無事。進化と言うモノの仕組みは良く分からないが傷が治る事もあり難いな。
三つ目。
新たなスキル。
これについては未だに理解が追いついていないが、とんでもなく強力なものであると言う認識はある。
スキルの説明と水晶蟹を食べてスキルを得たという事から、食事によって相手の身体的特徴を俺の中にスキルとして取り込み、更には他の同系統のスキルと統合……つまりは合わせて更に強力なスキルに出来る、と言う認識を俺はしている。
水晶蟹を食った結果、水晶蟹の甲殻の堅さや爪の鋭さ、泡を吐く能力などを取り込んだ様だが、もしこれが以前に狩った蝙蝠なら? 超音波を出せたり、空を飛ぶ事も可能なのだろうか?
巣に残っている骨蛇の骨は? ゴブリンは? ハーピーは?
―――ハーピーを捕食していた、あの竜を食べる事が出来たら?
あんな化け物に敵う自分が想像できないが、新たなスキルの使い方次第では可能性もゼロではない様に思える。
いつかあの竜を喰らうと言うのはなかなかにロマンのある話に思えて、心が躍るな。
……竜とはどんな味がするのだろう? やはり爬虫類の様な淡白な味なのだろうか? それとも意外と高級な牛肉の如く赤身に適度な霜降りがあるかも知れない。 前世で俺の食ったどの肉とも違う、比べるもののない味の可能性だってある。
じゅるり……。
……はっ!? いつの間にか竜の肉の味を妄想して涎を垂らしていた。
腹が一杯だというのに、食欲が湧いてくる様だ。
我ながら食欲の一点に関しては、前世から人並み以上ある自信があるが、心なしかこの世界に来てから食欲が増している気がするな。
まあ結構激しく動き回っているから、新陳代謝が上がっているのかもな。
そして問題の四つ目。
これは食事を終えた直後、つい先ほど気が付いた事なのだが、どうやら俺の来た道とは別の通路が、この空間の奥、ちょうど巨蟹が初めに陣取っていた場所の後方に発見した。
どうやら長く緩やかな下り坂の様になっている通路の様で、覗き込んだ所でそれほど奥まで見る事は出来ない。つまり、行って見なければ分からないという事だ。
通路は大きく、巨蟹でも余裕を持って通る事が出来るほどだ。巨蟹はこの奥から来たと見て間違いないだろう。
もしかしたら巨蟹の巣と呼べるものが、この通路の奥にあるのかもしれない。
水晶蟹の巣かも知れないが……、その両方という事もあり得るか。少なくとも巨蟹は水晶蟹を従えていた。ある程度の協力関係にあるのは間違いないだろう。協力と言うか主従関係と言った方が正しいかもな。
もしかすると、水晶蟹が進化すると巨蟹になるのかも知れない。
巨蟹の背中には水晶が無かったので、何となく別々に考えていた。しかし俺自身が進化によって体の造りが大幅に変わるという事を経験している。ならば水晶蟹が進化して巨蟹になるというのは、あながち間違っていな気がする。
ならばこそ、この先が俺の戦った二種類の蟹が……、いやもしかすると巨蟹が進化したさらに強力な生物が居るかもしれない。
そう考えると、今はこの先に行くという選択肢は無い。
―――無いのだが、俺は何故かこの通路の先に進まなければならないような気がする。
別に何か考えがあって進まなければと思うのではない。完全に俺の勘だ。
むぅ。どうしたものか……。
まあ、どう考えても今危険を冒してまでこの通路の先に進む必要はない。
進むにしてももう少し準備を整えてからが望ましい。
せっかく両手が使える様になったのだから、ある程度工作も可能だろう。
ならば、わが友である芋虫も腹を空かせているだろうし、蟹たちの死体を持って一旦巣に―――
『そこに居る、小さき蜥蜴人よ、その道を歩み私の元に来い』
―――帰る訳には行かないらしい。
通路の先からではなく、頭の中に直接響くような声。
それは俺をこの世界に寄越した二人の女神とは違う、しかし女性の様な声だ。
……まったく、俺も随分と頭の中に声が響くという現象になれたものだ。
生まれたばかりのころは驚いて、ゴブリンと戦う羽目になった事もあったな。
そんなに昔の事でもないか?
『何をしている蜥蜴人、早く来い』
やれやれ、どうやら声の主は気が長くはない様だな。
俺は蟹達をそのままに、通路の奥へ歩を進める。鬼が出るか蛇が出るか、この世界は本当に退屈しないなぁ。
……はぁ。どうせ厄介事だろうけどな!!




