青の章 第26話 新スキルの威力
新章開幕!
青の章 第26話 新スキルの威力
口に咥えた大きなダンゴ虫が、ミシッ、パキパキ、と今にも砕けそうな音を立てる。
そして噛む力を最大まで上げると、乾いた音を立ててダンゴ虫はあっけなく砕け散り、その体液を俺の口の中にまき散らす。海老のような風味の、腹を満たすには十分な体液を飲み下す。残った甲殻と肉も十分に噛み砕いた後飲み込む。
俺こと倉井天月―――アマツキはかつて (かつてと言うほど昔ではないが)巨大な蝙蝠の番と戦い、勝利を収めた。今は小腹が減ったので、巣を出て蝙蝠を倒した場所の近くを探索中だ。その中で運悪く俺の視界に入ったダンゴ虫を捕食している最中でもある。
進化する前は何十発もスキル『尾の一撃』を当ててようやく仕留めていたダンゴ虫だが、今ではこうやって噛力だけで丸まった状態のダンゴ虫でも噛み砕く事が出来るようになった。
まあ、実際は噛む事でしかダンゴ虫を綺麗に捕食できないだけなのだがな。
現在俺には『尾の一撃』という、生れてから狩りでとても使い勝手がよく重宝していたスキルがない。いや、ないのではない、スキル自体が進化して別のスキルへと変わってしまっているのだ。
『尾の一撃』が進化したスキル、『尾の重撃』と『尾の瞬撃』、この二つ進化して前のスキルより使い勝手が悪くなった。いや、恐らく使い方によっては切り札にすらなりえる可能性は十分にある。あるのだが、このダンゴ虫の様な獲物をしとめる際には、はっきり言って使えない。
今から十数分前の事だ。俺はこの付近に来る前に偶然ダンゴ虫を見つけたのだ。その時、未だに実戦で使っていなかったこの二つのスキルを使ってみようと、手始めに『尾の瞬撃』を放ったのだ。「試し切り」ならぬ「試し打ち」だな。
幸いダンゴ虫は俺に気付いておらず、丸まる前の防御力の低い状態で攻撃を当てる事に成功した。
しかし、その名の通り『尾の一撃』とは比べ物にならないほどの速度で放たれた『尾の瞬撃』は、空気を切る鋭い音を立て、ダンゴ虫の甲殻に直撃した。
そしてパシィン! と言う音を立てて、ダンゴ虫の身体を浮かし、少しだけ吹き飛ばしただけだった。
「ギゥゥゥ?」
えぇぇぇ? と言うニュアンスの鳴き声を俺が発したのは、まあ無理もないだろう。
それほどまでに『尾の瞬撃』の威力は弱かった。
恐らくスキルが進化する前よりも半分、いやそれ以下の威力だ。
確かにスピードと言う面では、進化前とは比べ物にならない。だが幾らスピードがあっても威力がないのでは意味がない。
恐らく、相手がゴブリンや蝙蝠の様な生物であったら別なのだろう。
なぜなら体毛の有無や体の作りは違っていても基本的に奴らの体を覆っているのは表皮――皮膚なのだから。
おそらくこの『尾の瞬撃』の本来の使い道は、尻尾を鞭のように見立てて攻撃するのが正しいのだろう。昔、どんなに体を鍛えても皮膚のある生き物は鞭の痛みに耐えられないと言う話を聞いたことがある。何処かの国では未だに鞭打ちの刑の様な習慣があり、鞭で打たれると数回で皮膚が裂けるらしい。どこかの国の軍隊ではつい最近まで鞭打ちの体罰も行われていたと言う話も聞く。国を守る為に身体を鍛えぬいた屈強な男たちでも数回の内に失神するらしい。……怖いな。
まあ、とにかくスピード重視のこのスキルには甲殻で体を包み、痛覚の無いと言われる昆虫には効果が薄いのだろう。
因みに、鞭の痛み云々の話は高校生時代、数学の先生が授業の時間が余って暇な時に雑学として嬉しそうに話していた。クラス中ドン引きしていたが、まあ今こんな風に俺の知識として役に立っているから良いとするか。
その数学の先生だが、他にも昔の日本や外国の拷問だとか、尋問をする時の精神的な攻撃の仕方とかをよく話していたな。よくあれで教師になれたものだ。
まあ、そんな風に思考しながらダンゴ虫相手に『尾の瞬撃』は効果がないと判断し、ならばあの骨蛇の肋骨を僅か二発でへし折って見せた『尾の重撃』ならば確実にダンゴ虫の命を確実に刈り取る事が出来ると、気を取り直して『尾の重撃』をダンゴ虫に当てる為、少しだけ吹き飛んだダンゴ虫に近づいた。
ダンゴ虫は当然、俺の一撃のせいで丸くなってしまっていた。
ダンゴ虫が丸まっているという事はつまり、動けないということ。俺はゆっくりと狙いを定め、ダンゴ虫の上から叩き付ける様に『尾の重撃』を放った。
後から思えば、この時の俺は少しだけ動揺していたのだろう。頼れる能力が強化されたと思っていたら、使い勝手が思った以上に悪かったのだ。
その動揺で、少しだけ思考能力が落ちていたのだろう。よく考えてみれば簡単に分かった筈なのだ。
ダンゴ虫を単純に横から尻尾で殴りつけるのではなく、壁や地面と挟むようにして攻撃するのは以前このダンゴ虫を相手にした時に学んだ事だ。以前は『尾の一撃』を壁際に置いたダンゴ虫に一発放っただけで十分に砕くことが出来たのだ。
同じ様な事を、数倍も威力のある一撃で行ったらどうなるか? しかも衝撃が逃げにくい地面と挟む様にした攻撃だ。
―――もうお判りだろう。
ダンゴ虫は体液やら甲殻やら肉やら脚やらを思いっ切り四散させた。もうそれは盛大に。
おかげで攻撃を行った尻尾だけでなく、下半身全体をダンゴ虫の体液諸々で汚す羽目になった。
その惨状を目にした俺はしばらく思考停止し、呆然と四散したダンゴ虫と自身の尻尾を眺めていた。
暫くして思考が復帰した俺は、新しい獲物を探すと言う現実逃避をした。
そして新しい獲物のダンゴ虫を発見し、尻尾が駄目なら噛み砕けばいいのでは? と思い付き、早速実行したところ、上手くダンゴ虫を食べることに成功した訳だ。
……はぁ、おそらく相手によってはそれなりの効果を発揮できるのだろうが、進化したスキルはこの様なちょっとした事には向いていないらしい。
「速度」と「威力」が極端なこの二つのスキルは、少なくとも明らかな格下の相手には撃退目的でしか使わないだろうな。先程の様に、木端微塵に吹き飛ばしては食べる部位がなくなってもったいなすぎる。せめて俺と同等の体格の相手ならその効果を十分に発揮できると思うのだがなぁ。
まあ、スキルを使わなくてもこうしてダンゴ虫を食べる事が出来るほど、進化によって身体能力が上がっているのだ。そこに関して文句は無いさ。
先程の事故は、俺の不注意。確認不足から起こった結果なのだ。
今までの感覚ではなく、少し注意しながら行動すれば今の進化した身体の扱いにも慣れるだろう。
さて、腹ごしらえも済んだし、目的の洞窟の奥……恐らくは洞窟の外へ続いているのであろう場所へ行くか。
何が待ち受けているのかは分からんが、どうせ遠くない未来には出なければならない外界へ、あいさつでもして来るか。
俺は少しだけ足早に、少しだけ風の流れが感じられる洞窟の道を歩き出した。
歩いている途中で、「あれ? 別にスキル使わなくても進化したこの体なら、普通に尻尾を使って攻撃するだけでもダンゴ虫の甲殻ぐらいなら砕けるのでは?」と気付いたが、この辺はご愛嬌だろう。
自分が少しだけ抜けている事に何とも言えない感情を抱きながら、それでも俺は歩みを止めずに進み続けた。
むぅ、カッコが付かないなぁ。




