青の章 第18話 味は鶏肉
蝙蝠って近くで見ると結構刺激的な容姿をしていますよね。
筆者は正直怖いです。
青の章 第18話 味は鶏肉
ああ、疲れた。
正直、この世界に生まれてから一番の危険を乗り越えた気分だ。
蝙蝠との死闘を何とか乗り越えた俺は今、巣への帰路に着いていた。身体は疲労を訴えているが、心は反対に高揚している。
生まれてから何度も往復した道であるが、今は背中に担いだ二匹の蝙蝠のおかげで輝いて見える。
最初に仕留めた蝙蝠 (やはり二匹の蝙蝠は番だったようで、最初に仕留めた方が雌、最後に仕留めた方が雄だった。)の最後の抵抗で爪が何度か当たり、折角同じ巣で同居している芋虫の友人が俺の体に巻いてくれた糸が数か所切れてしまった。そのせいで体に巻いてある糸が解けかけてしまっている。体を保護すると同時に体温の低下を防ぎ、更に動くたびに糸同士が擦れ合い熱を生み出すため常に暖かく過ごすことが出来るという大変優秀な存在である糸だが、当然肌が晒されている状態ではその効果十分に発揮することはない。
つまり俺は今、洞窟の冷気に体力を蝕まれている状態なのだ。
まあそれも、以前に何も身に着けず食糧探しに巣を出て、寒さで死にかけた時よりは大分ましな状態だ。あの時は本当に危険な状態だったなぁと随分前の出来事かの様に思い出す。
今の状態でも少し急げば余裕を持って巣へ帰る事が出来るだろう。
それよりも、だ。
やっと、やっとまともな食糧を手に入れた!
ゴブリンという例外を除いて、生まれてから今まで食べてきた食糧の中で、特別まずいと思う物はなかった。
生まれてから初めて食べた卵の殻は、味はしなかったがまずいとは思わなかった。
苔は僅かに苦く茶葉をそのまま食べているかのような味だったが、慣れてしまえば気にならない。なにより水分で喉を潤せた。
ダンゴ虫は、……まあ俺は前世で虫を食った経験があったからな。抵抗はなかったし、味も悪くなかった。
しかし、蝙蝠は格が違うだろう。
前世でも蝙蝠は何度か食べたことがある。
初めて食べたのは、確か高校二年の夏休みだったか?
当時はレイヤがハワイの別荘に行くので、俺や風太郎、刃、狂歌、それに俺の兄弟である太陽と七星、それに俺たちと同じクラスであった同級生二人を加えた者たちで一週間ほど旅行に行ったのだ。
その時に仲良くなったクルージングの船の船長の家で出されたのが、蝙蝠をミルクで煮たものだった。
個人的にはかなり美味しく、何の抵抗もなく完食した俺たち兄弟と同級生の一人以外はほとんど手を付けていなかったなぁ。やはり姿そのまま丸ごとに詰められた蝙蝠を食べるのは抵抗があったのだろう。確か内臓は抜かれていたのだがなぁ。
まあ、あの時は他の奴の分まで俺が平らげたので、あの船長さん家族も気を悪くすることもなかった。
俺が旅行中また食べたいと言ったが、他の奴ら……特にレイヤに全力で止められたのだったなぁ。それも含めていい思い出だ。
次に食べたのはキョウカの仕事に付いて行って (連れて行かれて)、紛争が続く小国に行った時だ。
屋台に並べられた、虫かごの様な入れ物に入った蝙蝠を、その場で串に刺して焼いてもらったのだったな。塩を振っただけの単純な料理だったが、結構おいしく、日本のスーパーで売られている安い鶏肉よりも旨く感じられた。ハワイで食べたものと肉の風味が大分違う気がしたので屋台の店主に聞いてみると、おそらく蝙蝠の種類が違うのだろうとの回答が返ってきた。
その蝙蝠の肉が今自分の手元にあるのだ。少しの寒さなど気にならない。自然と足取りも軽くなる。
ああ、早く巣に帰って食べたいな。楽しみで仕方がない。
……それにしても幸運だったな。
まさか、ものは試しと思い付きで壁際に居た丸まっていたダンゴ虫を、尻尾から繰り出す『尾撃』で宛ら野球のバッティングの様に打ってみたのだ。その時は、空にいる蝙蝠に攻撃を当てる手段がそれ以外に思いつかなかったのだ。
しかしダメもとでやってみると、一発目でまさかの命中だ。
しかも衝撃で落ちてきた蝙蝠に抵抗されながらも首の骨を折って止めを刺した後、番の蝙蝠が急降下してきた。
流石に二発目は避けられてしまったが、おかげで体勢を崩した蝙蝠の首元に噛みつく事が出来た。……勢い良く噛みつきすぎて、蝙蝠の首が半ば千切れてしまっているが、まあ血抜きが出来たということで良しとしよう。
因みに、二度も空中に飛ばしてしまったダンゴ虫だが、蝙蝠を回収するついでにしっかり食べておいた。おやつ感覚だな。
大漁、大漁。
……さて、ようやく巣に帰って来る事ができた。流石に幅が一mもある蝙蝠二匹も担いでいると時間が掛かってしまったな。
巣の入り口付近に蝙蝠を下し、そのまま倒れこむ様に休む。
前世の砂風呂に似た、心地よい暖かさを持つ砂の地面に全身を押し付けるようにして暖をとる。
暫くすると、俺の帰宅に気付いたのか、目の前で砂を飛ばしながら芋虫が飛び出してきた。
ただいま。言葉は通じないだろうが、一応そう意味を込めて鳴き声を上げる。
芋虫の視線は俺ではなく、下したばかりの蝙蝠へ向けられている。
かっはっは、そうか。腹が減っているのだろう。一緒に食おうじゃないか、友よ。
念の為外敵が来る可能性を考え、入り口から最も離れた壁際まで蝙蝠を運ぶ。
運ぶ際に巣の中央にある卵の密集している場所を横切ったが、卵に変わりはない。
ここ暫く卵を観察しているが、一つも生まれる気配がない。いったい何時になったら俺の今生の兄弟は生まれるのだろうか?
まあ、時期が来たら勝手に卵は孵るだろうと結論を出し、あまり気にしない様にする。
さて、それよりも蝙蝠だ。
俺は蝙蝠の腹部を爪で破り、中の内臓は破れない様に丁寧に解体する。
次に頭部を爪で切り落とす……、むぅ、蝙蝠の首の骨は意外にも丈夫だな。一匹は首の皮一枚だった為、直ぐに切り落とせたのだが、もう一匹はなかなか難しい。
先の戦闘で蝙蝠の首を殆ど噛み千切ったのは一体何だったのだろうか? 今になって疑問に思う威力だった。
やっとの思いでもう一匹の蝙蝠の頭部を切り落とし、羽の部分、脚の部分と切り落としていく。
別に芋虫の分は解体しなくても、あの丈夫な顎で噛み砕くだろうから問題ないと思ったのだが、どうやら芋虫には大きな蝙蝠は食べ難いらしく、もの前に蝙蝠を丸々一匹置いても、俺の方に押し返して来る。仕方なく二匹分の蝙蝠を解体する事にしたのだ。
例によって内臓は余り食べたくないので全て芋虫にあげた。芋虫に寄生虫などの危険はないのだろうか? と考えたが、思えば初めて出会ったときにゴブリンの骨等も食べていたことから、骨まで消化できる胃酸を持っているなら寄生虫など問題ないだろうと考えた。
頭部は頭蓋骨を割るのが面倒なのと、正直脳みそは前世でも豚などのを何度か食べたが、あまり好きにはなれなかったのでこれも芋虫にあげる。別に脳みそが嫌いと言う訳では無いが、進んで食べようとは思えないのだ。
さてと、それではこのところ菜食や虫食が続いたので久しぶりの肉、いただきまーす。
ブチッ、もぐもぐ……ゴクン。
ブチッ、ブチッ、もぐもぐ……ゴクン。
……むぅ!
少し筋張っているが十分美味い!
肉自体の味は前世で食べた蝙蝠とあまり変わらない気がする。……いや、流石に生で蝙蝠を食うのは初めてなので、なんとなく同じかな? と思うだけだが。しかし美味い事に変わりない!
味付けは何もしていないが、蝙蝠の肉は意外にも多くの脂が乗っていたので美味しく感じるのかもしれない。
あっという間に蝙蝠を骨だけにしてしまった。
流石に食べすぎたな。比較的細い感じの胴体部分がパンパンに膨れている。美味し過ぎて腹十二分は食べてしまったな。正直今走ったら絶対吐くぞ。
残った骨は芋虫が平らげた。芋虫(お前)、まだまだ腹に余裕がありそうだな。
……。
…………むぅ、腹が膨れたからか、戦闘の疲れからか、瞼がだんだん重くなってきた……。
……むぅ、今日は……頑張ったし、もう……寝る、か。
……なんだ? 体がくすぐったい?
意識を手放そうとしているというのに、なぜか身体のあちこちがくすぐったい。
薄目を開けると芋虫が俺の体に巻いてある糸を鋭い顎で少しずつ噛み切っているところだった。
? ああ、そういえば先の戦闘で数か所切れていたな。もしかしたら糸を巻きなおしてくれるのだろうか?
だとすればありがたい、ある程度伸縮するとはいえ、全身がきつくなってきたところだったのだ。
……ん? 腹部だけでなく全身がきつい? ……おかしくないか? 蝙蝠と戦う前は別に何ともなかったのに。……むぅ、眠気で考えがまとまらん。
……成長期って、事でいいか。
起きたら、また食料を探しに行かなければ、な。
おやすみ。




