青の章 第11話 思わぬ出会い
皆さん蜥蜴は好きですか?
筆者は蜥蜴ならカナヘビ派ですね。
え? 聞いてない? それは失礼しました。
青の章 第11話 思わぬ出会い
ああ、体が痛い。
ヘルちゃんとの会話を終え、目を覚ました俺を襲ったのは全身の激痛だった。
ヘルちゃんと居たところでは痛み等は感じなかったが、今は普通に痛い。寝る前よりは多少痛みが和らいでいる気がするが、回復したというより、むしろ痛覚が多少麻痺しているのかもしれない。
捻った前足は動くがおそらく足首と呼ぶのであろう部分が紫色に腫れあがり、動かすと声が出てしまうぐらいに痛い。これではしばらく動けないな。
折れていた尻尾は意外にもそれほど痛まず、腫れてもいなかった。だが折れた先の感覚が全くないのでもう駄目だろう。……蜥蜴らしく尻尾を切れば生えてくるだろうか? いやいや、小さな蜥蜴ならともかく、少なくともこのサイズの蜥蜴が尻尾を切断して元通り生えてくるなんてことはないだろう。普通に出血多量で死にそうだ。
確かステータスとやらを見たときに『自切』というのがあったが、流石に試そうという気にはならない。
でも、そのまま放置していても、このままじゃ壊死して腐りそうなんだよなぁ。どうしたものか。
ヘルちゃんの話じゃ、他の生物を狩れば狩るほど強くなって進化するみたいな事を言っていたから、もしかすれば進化すれば俺の尻尾も元に戻るかも知れない。まあ、それまでに尻尾が腐り落ちないとも限らないけどな。
そもそもこの場所にいても狩りは出来ないだろう。確かにゴブリンがこの場所に来たのは確かだが、普通、卵を産み落とすならある程度安全な場所に産むはずだ。
鳥が高い木の上などに巣を作って卵を産んだり、魚が海藻に卵を産み付けるようなものだ。簡単に見つかったりするような場所に卵を産む生物なんていないだろう。
しかしそれは、逆に考えればここにいる限り他の生物が来ることは考えられない。多少迷い込む生物もいるだろう。だがそれ俺が安全に撃退もしくは狩れる外敵でない保障はない。つまりここに留まって迷い込んで来た獲物を狩るという方法は少しばかりリスクが大きい。
しかし現在、俺の体はボロボロだ。この洞窟の大きな空洞部屋のような場所の外がどうなっているかは知らないが、不用意に外に出て狩はできない。それは無謀と言えよう。
更には手元には二匹分のゴブリンの死体、寝る前に満腹になるまで食べて一匹の四分の一。
そして現在俺は朝食(朝かどうかは知らん)として、食べかけのゴブリンを齧っている。
寝る前は腹がはち切れそうなぐらい食べたというのに、起きたら空腹、また四分の一程食べてしまいそうだ。
今のペースで食べれば、残りは六食分。
一瞬節約して食べようとも思ったが、なぜかこの場所は地面が砂風呂のごとく温かく、長時間放置すれば確実に肉が傷んでしまうだろう。早めに食べ終える他無い。
よって俺はあと六回の食事が済む前に新たな獲物が来るか、動けるようにならなければ餓死するだろう。この体相当燃費悪いなぁ。身体は小さな癖にこれだけの量で六食って。
今後の食事計画を考えながら食事を終え、一息つく。
むぅ、厳しいな。せめて手……じゃなかった、前足が無事だったら外を探索するなりできるのだが。
まあ、早く治す為にもとりあえず飯をしっかり食べて、しっかりね……て……。
「グゥァ!?」
思わず大声を上げてしまった。傷口が傷む。しかし今は痛みに呻いている暇もない。
二匹分あった筈のゴブリンの死体、そのうちの一つ、それも全く口をつけていない方の死体がなくなっているのだ。
なるべく傷が痛まないように首だけで辺りを見回してみるが、死体は見当たらない。
何処に? 落ち着け、寝る前は確かにそこにあった、自分で部屋の端まで動かしたんだ。……起きてからも見た、もう一匹を食っている時は……見てなかった。つまり食事の間になくなったということか。
……いやいや、ありえないだろ。出入り口は一つ、今の俺は暗闇もはっきりと見えるから何かが入ってくれば、相当小さなものでもなければ見逃さないはず。しかも食事中もずっと入口の方を警戒していた。
まさか他の卵が孵って、別の蜥蜴に奪われたのかとも思い、卵が密集している部屋の中心に目を向けるが卵の数は減ってない。というか、出入り口から俺の居る場所の直線状に卵の密集地があるのだ。見逃すはずがない。他の卵が孵ってもすぐに分かるようにということも考えてこの場所を陣取ったのだから当然だ。
ではなぜ? ……上か?
上を見上げてもそこにあるのはあまり高くない岩の天井。そこに生物の気配はない。
そうして時間が経つうちに、俺の心に諦めの感情が生まれる。
何者かが自分の獲物を持ち去ったのは間違いないだろう。死体が勝手に動くはずもない。
ならば獲物を失ったのは警戒を怠り、少しの間とはいえ目を離した俺の過失だ。ならばいつまでも引きずっていても仕方がない、他に考え事とは沢山あるのだから。
少しでも情報を整理しなければ。
……
…………
………………
……ふぅ、少し落ち着いたか。
想定外の事態に少しばかりパニックになっていた。
冷静に考えればここは俺の居た世界ではない、異世界なのだ。ならば俺の思いつかない方法で死体がなくなったのかもしれない。
今考えるべき事は、獲物を探す事ではなく自分の身の安全を考える事なのだ。頭を冷やして居なければ、自分の身を危険に晒してしまう危険が増す。
何か、何か見落としていること、忘れている事はないか? よく考えろ……。
……スキル、そうスキルはどうだ?
この世界ではスキルと呼ばれる能力がある……らしい。ヘルちゃんに教えてもらったばかりだ。
例えば……透明、透明になるスキルというのは考えられないか?
ヘルちゃんは魔法でそんな事が出来る様なことを話していたじゃないか。魔法とスキル、あまり違いが判らんが、自分を透明にする能力を持っている奴が死体を持って行った? むぅ、その場合相手が死体まで透明にできる、というならあり得るか? 一先ず可能性として考えてられるだろう。
他には……、壁をすり抜けて死体を持って行った……とか?
むぅ、ここが異世界という事を考えればきりがない。とりあえずそういう能力を持った外敵がいるかもしれないと考えておこう。
他には、そうだな、フウタやジンのやっていたゲームにヒントはないだろうか?
思い出せ、こういうファンタジーのゲーム、その中に何か……。
そういえばいつだったかフウタの家でゲームをしているのを見ていたとき、モンスターの死体が自然と消えるのを見たな。確か……倒したモンスターは時間経過で消えるからすぐに剥ぎ取りをとかなんとか……。
もしかしてこの世界でも死体は自然と消えるのだろうか?
……いや、それはないな。
俺の手元に残っている死体は、まだ頭部を食べていない、そして首が折れていて鼻や顔にあまり傷が無いことから最初に倒した個体だということが分かる。時間経過で消えるのであれば、こちらが先に消えなければおかしいのではないだろうか?
むぅ……、とにかく、今俺の優先すべき事は傷を早く治す事。獲物をこれ以上奪われないように目を離さない事。今まで以上に様々な可能性に目を向ける事。この三つだ。
俺はあまり好ましく思えなかったが、それ以外獲物を奪われないようにする方法が思い浮かばず、ゴブリンの死体の上に抱き付くような形で休む事にした。
食べている時も思ったが、ゴブリンは野菜の腐ったような臭いがする。
……ああ、風呂が恋しいな。体に臭いが付かなければいいが……。
それからしばらく辺りを警戒していたが、死体を奪われる事も、死体が消えることもなかった。空腹になったので再びゴブリンの肉を喰う。警戒と食事、少しの睡眠を繰り返して行く内に残りは骨と内臓、頭部だけになってしまった。
内臓は食べる気はない。これでも飲食店を経営していたのだ。寄生虫の怖さは知っている。本当は肉にも血液にも寄生虫は居ない事もないが、内臓よりは危険は少ないはずだ。内臓がより危険とも言い換えられるな。
……というか本当に不味いなこの肉。
俺のいるこの洞窟、常に地面が温かい。前の世界で言う砂風呂に近い温かさがあるな。
俺の認識としては洞窟とはかなり気温が低いものと認識していたが、寒い洞窟と温かい洞窟、断然後者の方がありがたい。
ただ、その温かい地面のせいで、かなり微妙な温度の不味い肉を食べねばならないのだがな。
あまり贅沢を言うものではないが、せめて火を通したいものだ。できることならハーブや香辛料を使いたい。
半ば愚痴の様な願望を重いながら、それでも胃袋が限界を迎えるまで肉を食った。
心なしか少しだけ傷の痛みが薄れた気がする。
むぅ、もしかしたら温かい地面のおかげで代謝がよくなって治癒能力が上がっているとか?
だとしたらやはり食い物が生暖かいくらいで文句を垂れていてはいけないな。
俺は残った僅かな肉と骨を一か所にまとめる。
内臓はどうするか……、虫でも湧いたら嫌だし、埋めておくか?
内臓をどうするか考えながら、ゴブリンの各種内臓を眺める。
食道、胃、小腸、大腸……、肺に心臓、……これは肝臓、こっちは多分膵臓か? 脾臓?
人体の構造などあまり詳しくはないが、一応人間にある臓器とゴブリンの臓器はあまり違わないらしい。まあだから何だと言う話だが。人間と急所は違わないと考えられるか?
……むぅ、埋めるか。
正直、内臓に関しては食わないなら取っておくメリットはない。虫が湧くのもそうだし、悪臭や変な病気の元にもなりそうだ。
そう思い、穴を掘る。前足はあまり動かしたくないので、砂に頭を突っ込み、砂を掻き出す。頭をスコップ代わりに穴を掘る姿は、傍から見れば随分と間抜けな絵だろう。だが俺は至って真面目だ。
砂が目に入らないように目を瞑り、口に砂が入らないように口を閉じる。時折目を開けて穴の具合を確かめ、浅いと思えばまた掘る。
正直細かな砂は掘りやすい、これが踏み固められた普通の地面であればこうはいかない。体感で十分も掘れば俺の半身が入る程の穴が完成した。
そこに向かってゴブリンの内臓を咥え、放る。
ざばぁ。
「……」
「……」
カプ、ざばぁ
「……」
……。
はぁ?
……、いやいやいやいや!?
俺は自ら掘った穴に臓器、ゴブリンの心臓を投げ入れた。
さて次はと他の臓器を咥えようと心臓から視線を外そうとした瞬間、何やら馬鹿でかい芋虫のような生物が砂の中から顔を出した。
今の俺の頭程の大きさなら平気で頬張れそうな大きな顎を持った巨大芋虫は、一瞬俺と目が合い、僅かな沈黙の後に心臓を咥え素早く地中に戻った。
それを見て口を半開きにしてフリーズし、思考能力が回復すると、想定外すぎる状況に困惑した。
何と言うか、もう、真面目に考えるのやめようかな……。
野生の動物を食べる際には寄生虫に気を付けましょう。
とは言え、大抵の方は火を通して食べるとは思いますが。
動物の血液とお酒を混ぜて飲む手法は意外と多くの地域で行われています。筆者はスッポンの血液と焼酎を混ぜたものを飲んだ経験がありますが……正直一回で十分ですね。いい経験になりました。




