青の章 第6話 小鬼の災難 前編
この話はゴブリン視点で進みます。
第6話 小鬼の災難 前編
――ゴブリン視点――
そのゴブリンは口の中の肉を、噛み砕けないほどは固くない骨と共に咀嚼しながら思考する。
当りだ、と。
ゴブリンは頭のよい種族ではない。しかもそのゴブリンは、生まれてから暑い季節と寒い季節をに二周しかしていない子供だ。今は三回目の寒い季節の終わりなのだ。
いや、そのゴブリンだけではない。今自分とこの暗い洞窟を歩いている二匹も子供だ。
一匹は自分と同じ、生まれてから季節を二周したゴブリン。そしてもう一匹は季節を一周しかしていないゴブリンだ。
ゴブリンには生まれて間もない赤子に名前を付ける習慣はない。更には年を数えるのも季節が四周するまで、それまで生き残れたゴブリンは、一人前とみなされ子供を作る事を許される。
ゴブリンは多産ため、弱いゴブリンを養う事は出来ないし、弱いゴブリンの血を受け継いだ弱い子供ゴブリンはもっと不要だ。なので、ゴブリンは一人前になるまで数匹で狩りをして生活しなくてはならない。
名前を付けないのは、産まれたゴブリンが百匹いたとして、一人前になるのは三匹程度だからだ。いちいち子供に名前をつけても、大体は季節を二周したころまでに死んでしまう。まあ、仮に一人前になったとしても、大抵のゴブリンの生存率にさほど違いは無いのだけれども。
だがそのゴブリンは、既に自分の名前を決めていた。
ガーゴ、それが自分の名前だ。まだ生まれてから二周目の寒い季節の終わりの頃、狩りの途中で出会った強い獣が、そんな風に鳴いていた。だから強い自分には相応しい、今は無理だがいつかはあの強そうな獣を自分が狩って、今の集落で長になるのだ。
そして、今自分に付いてきているのは自分の子分。
今進んでいる洞窟の先には、とても旨いご馳走が待っている。
なぜガーゴがそれを知っているのかと言うと、ガーゴは以前にもここに来たことがあるのだ。
ガーゴが生まれて季節が一周すると、ガーゴの親はガーゴとその兄弟に餌をくれなくなった。そして小さな木の棒を持たせて狩に行けと言ったのだ。
仕方がなく集落を出たガーゴは、適当に同じ時期に生まれたゴブリンと狩に出た。
ガーゴを入れて五匹いたゴブリンは、暑い季節の終わり頃までに一匹を失うだけで狩りを何度も成功させた。
小さなウサギや猫でも、一匹食べれば二日は狩りができる。死んだ一匹は、ガーゴが餌を食べている時、その餌を奪った痩せたゴブリンだった。ガーゴの食べていた肉は、たしかそのゴブリンが仕留めた餌だったが、ガーゴはしっかり子分の事を考え、足の一本、しかも肉の多い後ろ足を与えたと言うのに。
そのゴブリンは怒ったガーゴが殺してしまい、その愚かで哀れなゴブリンの肉は他の子分に与えた。
ガーゴは腹が一杯だったし、痩せたゴブリンは骨ばかりであまり旨そうだとは思えなかったからだ。
そんな子分達との狩りも、暑い季節では終わり、寒い季節も新しい子分二匹を加えた。
しかし寒い季節は餌が少なく、腹が減ったので新しい子分はガーゴと子分の腹に収まってしまった。
そしてそろそろ寒さがなくなってきた寒い季節と暑い季節の間、それに出会った。
ガーゴ達は、集落の近くで狩りを行っていたが、寒い季節で餌が少なく、ガーゴはこれ以上子分が少なくするのも良く感じなかった。
だから集落から丸一日歩き続け、新しい狩場を探した。
すると、大きな獣を見付けたのだ。
ガーゴよりも大きな、親ゴブリンよりも大きい、四足の獣。毛が多く食べにくそうだったが、まあ毛は子分にむしらせればいい。どうせガーゴ一匹では食べきれないのだから、子分にも腹一杯食わせ、残りを集落へ持って帰れば、しばらく狩りをしなくてもいいだろう。多少獣が大きかった所で自分の敵ではない。
そう考えたガーゴは、子分達と獣を囲み、木の棒を頭に向かって降り下ろした。
しかし獣はウサギよりも猫よりも早く、強かった。
ガーゴの不意打ちは呆気なく避けられた。
鋭い爪で子分が一匹、腹を切り裂かれ死んだ。そして気付く、この獣は自分達よりも強いと。
ガーゴは逃げた。後ろから子分の足音と、獣の足音が聞こえた。
必死に集落まで走る中、子分の悲鳴が聞こえた。
このままではガーゴが獣の餌になってしまう。だからガーゴは、普段は絶対に入らない、集落から一日ほど歩いた場所にある近くの洞窟の存在を思い出し、そこに入った。暗いこの場所なら、獣も自分を見付けられないと思ったのだ。
そして洞窟の奥に、奥にと何度も転び、壁にぶつかりながら走り続けた。いつの間にか子分と獣の足音は聞こえなくなっていた。
そしてたどり着いたその場所、そこにはたくさんの餌があった。
弱々しい鳴き声を挙げるそれは、暗く姿があまり見えないが小さな餌だと思ったのだ。
そして鳴き声を便りにそれを掴み挙げると、食うのに丁度いい大きさの餌だった。
肉も柔らかく、骨ごと食べられるいい餌だった。しかもそれが片手の指より多い。
ガーゴは喜び、その餌を食いつくした。
食うのに邪魔な骨も、この餌は別に気にならない。いつの間にか鳴き声は全て聞こえなくなったが、大きな丸い石を割ると、中にまだ餌がある事に気が付いた。なんとガーゴが腰かけていた石の中から餌が出てきたのだ。
途中でこちらに来る足音が聞こえ、飛び上がってしまったが、来たのは獣ではなく子分だった。
どうやら一匹だけ生き残ったらしい。
ガーゴはその子分に、石の中に餌があることを教え、自分の分の餌も取らせた。
石は固く、なかなか割れないが木の棒で何度も叩けば割れる。子分の木の棒が折れたが、ガーゴは特別に自分の木の棒を貸し、たくさんの石を割らせた。
ガーゴと子分が餌を食べていると、子分が急に悲鳴を挙げた。
獣が追ってきたのかと思ったが、餌に指を食い千切られた様だ。ガーゴは馬鹿な奴だと笑い、自分は噛まれない様に、最初に頭を食べる様にした。
そしてガーゴは集落へ帰り、三周目の寒い季節の終わり、再びここに訪れたのだ。
新らしく加えた子分は、何匹か食べてしまったが、あの時共にここへ来た子分と更に一匹の子分がいた。
新しい子分は、力が弱く臆病者だが、ガーゴが持っている石の武器を作れる奴だった。
集落の一人前のゴブリンは皆持っていて、自分も一人前になったら持つはずだった武器。一部の大人ゴブリンが作れるこれをこの臆病者は作れたのだ。だからガーゴは、この臆病者が狩に参加しなくても怒らないし、肉の少ない餌の、その前足ぐらいは与えている。
この石の武器さえあれば、あの餌の入った石も簡単に割れるはずだ。
そして洞窟の奥に付くと、前にも感じたことのある匂いがする。あの石の匂いだ。
だが鳴き声は聞こえない。
もしかしたら自分が食いすぎて、あの餌が無くなってしまったのではと心配になる。
しかし、あの時の場所に近付くと、小さな鳴き声が聞こえた。良かった、やっぱりここには餌があったのだ。
するとあの時共にいた子分が走り出した。独り占めされては堪らないと自分も走る。
子分はガーゴよりも足が速く、すぐに鳴き声の場所までたどり着き、武器を放り下ろす。
しかし餌は逃げてしまったようで、武器は石の欠片を割っただけだった。
逃げた餌が自分の近くまで来た音がしたので、捕まえようとするが逃げてしまう。
まあいいか。ガーゴはそう考えた。
別に逃げ回る餌を追いかけなくても、石の中にはまだ餌があるだろう。
手探りで石を見付け、武器を降り下ろすと数回で石は割れる。ガーゴは中の餌を掴み挙げ、小さく抵抗するそれを、頭から食いちぎる。
あの時と同じで、餌は旨い。やはりここに来て当りだった。
ガーゴが餌のある洞窟を覚えたお陰でまたこの餌が食えるのだと、自分の賢さに感心した。来るときに洞窟の枝分かれた所で迷ったのは些細な問題だ。
隣で子分が騒ぎだす。臆病者と違い、力もあり一番に餌に突っ込んでいく優秀な子分だが、しかし頭が悪かった。前にも石を割らせた筈なのに、武器を投げ捨ててしまったようだ。やはりバカだな。そんな事だから指を一本失うのだ。
子分が武器を貸して欲しいと声をかけてくるが、それではガーゴが食うのが遅くなってしまう。だからガーゴは自分の武器を取ってこいと叱り付ける。
子分は不満げに声を挙げると、ガーゴの隣から離れていく。
ガーゴは手に持った餌の残りを口に放り込み、新しい石を割り始める。
臆病者は何故かガーゴの元に近付きたがらず、来た道の近くで震えているが、ガーゴは気にしない。臆病だからこの暗闇が怖いのかも知れない。
臆病者がガーゴと餌を食べれば、ガーゴの取り分が減るし、臆病者が出入り口付近から動かないなら、帰りは壁にぶつからず道の方へ行ける。ついさっきは、壁に頭をぶつけてしまった。
三つ目の餌を食べながら、先程から騒がしい子分の声に耳を傾ける。どうやら助けを求めている様だが、また指でも噛まれたのだろうか?
もしかしたらまた指が減っているかも知れないが、ガーゴは気にしない。
四本の指が三本になっても武器は持てるし、持てなくなって役にたたなくなっても、ガーゴと臆病者の腹に収まるだけだ。
そう言えば臆病者の立てる音が聞こえなくなっている。
どうやら暗闇に耐えられず、逃げ出したのだろう。まあいい。
あの臆病者に餌を分ける必要が無くなったのだ。取り分が無くなってもあの臆病者が自分に文句を言う筈がない。自分で餌を取って食べていればいいのだ。
子分のわめき声も無くなった。
おや? 餌を食う音が聞こえないのは、餌に逃げられてふて寝でもしたのだろうか?
まあいい、子分はガーゴが食べ終えて帰るまでに起きなければたたき起こせばいい。
腹が減って死んでも面倒だ。しょうがない、一個だけ石を割らずに残しておいてやろう。
ガーゴは暗闇の中、四個目の石を探し始めた。
自然界では同族を食べる生物は珍しくないですね。
肉食の昆虫等は普通に同族を食べます。カマキリとか蜘蛛とか。




