黄の章 第19話 ボディーガード
黄の章 第19話 ボディーガード
「「フウタ!!」」
「お! 流石は我が兄弟。森の中を結構走り回ったと思ったがもう追いついたのかぁ」
駆け寄る勢いをそのままに、俺の周りを嬉しそうにぐるぐると走り回りながら俺の身体の匂いを嗅ぐ二匹の狼。その正体は勿論俺の兄弟である黒毛狼と灰毛狼だ。
狼とは言え生後半年も経っていない二匹は、子供特有の無邪気そうな雰囲気も相まって犬と言われても納得してしまう程プリティだ。
大鬼と言う脅威から逃れる為に別れてからほぼ丸一日。狼の嗅覚を持ってすればもっと早く追いついていただろう。しかしここまで時間を必要とした理由は―――
「直ぐに追いかけようとする二匹を落ち着かせるのに苦労したよ。何のためにフウタ君が囮になったのか、直ぐに追いかけてはどんな危険があるのか。どれだけ噛み砕いて説明しても、彼らは理解してくれなかった。だから最終的には実力行使で押さえつけたよ。悪く思わないでくれ」
「……まあ、二匹とも怪我は無いみたいだし。大丈夫だろ」
プルプルと身体を振るわせて這いずるのは名状しがたい混沌―――では無く薄紫で不定形のアメーバ、桐香さんだ。
桐香さんが二匹をちゃんと保護していたからだろう。聞けば彼女の話に耳を傾けず俺の後を追おうとした二匹を、彼女は自身の触手で縛り上げて徹底的に上下関係を叩き込んだらしい。
道理で二匹が若干桐香さんから距離を取っている訳だ。
俺より数段強い程度じゃ今の桐香さんには手も足も出ない事だろう。何をされたか知らないが、二匹の精神衛生を考慮してこれ以上この話題を引っ張るのは止めよう。
「ああ、それでな―――」
「大鬼とやらを退けた事は知っている。それで、傷付いた天月君はどこだい? 怪我の程度は?」
「はぁ? え、いや……何で知っているんだ?」
「私の『分裂体』のスキルは知っているだろう? 君の体毛にも小さな分裂体を仕込んでいてね。君と別れて三時間ほどで分裂体は消滅したのでそれ以降の話を聞きたのだよ」
ああ、成程。彼女が知る筈の無い話を知っている理由。
それは彼女のアクティブスキルの一つ『分裂体』の恩恵と言う訳だ。
『分裂体』。前に聞いた説明では自身の複製を作り出すスキルで、自身の身体の一部を切り離しその分量次第でその分裂体の寿命と質が変化するとの事。アメーバらしいと言えばらしいスキルだよな。
最高で五十%の体積と引き換えに生み出した分裂体は本体とほぼ同じ性能で最低でも四十八時間活動可能だそうだ。つまり単純に桐香さんが二人に増えると言う訳だ。
これが二十五%だと十八時間、十%以下だと五時間で更に全くスキルが使えず、それ以下だと自力で移動も出来ず会話が出来る程度だとか。
……そこまで正確にスキルを調べ上げた桐香さんえげつないよな。俺もゲームでは色々と試行錯誤したもんだが、この世界でここまで正確にスキルを調べるのは簡単じゃない。一体何時間掛ければそこまで正確に分析できるのだろうか。聞くのが怖いぜ。
まあ、今聞く事でもないしそれは後にしよう。
なぜ分裂体に寿命があるのかと言うと、分裂体はどんどんと体内の水分が蒸発する特性があるらしく体内の水分が無くなると干からびて死んでしまうのだそうだ。それに本体と違い食事などでエネルギー回復も出来ずダメージを受ければ更に寿命が縮む等、弱点と呼べるものは意外と多い。
自信の体積を減らすと言う大きなデメリットを抱えている為に、決して無敵の能力と言う訳では無い。考えなしで乱用すれば逆に危険に陥りかねない諸刃の剣でもあるとの事。
『分裂体』はアメーバなら大抵持っているスキルらしく、主に逃げる時の囮等に使われるらしい。なんか蜥蜴の尻尾みたいだな。俺は桐香さん以外のアメーバは見た事は無いが、ここより離れた別の場所だとアメーバがうじゃうじゃ居る場所も存在するそうだ。あんまり想像したい光景じゃないな。
因みにどこぞの忍者が使う多重な影分身の様に、本体に分裂体が経験した内容がフィードバックされる事は無い。まあそりゃそうだよな。そこまで便利な能力が標準装備されているとしたらチート並みの能力になってしまうからな。
桐香さんは森の中での情報収集や索敵に分裂体を使っている内に様々な活用法を思い出したそうだが……。
「今回、君の身体に仕込んだ分裂体には聞こえた音をそのままモールス信号として発するようにしておいたのだよ。まあ、色々と不便はあった上に本体の方でも全ての音を拾いきれた訳では無い。それでも大鬼を退けた事とその過程で天月君が傷付いた事は分かったさ」
「無線の真似事まで出来るとか……、転生ガチャの結果でここまで性能に差が付くのかよ~」
出来れば俺もそんなSSR級の超絶スキル欲しかったよ! ……とは思わない。もし俺が桐香さんの様なスキルを持っていてもそこまで応用的に使えたかと言うと微妙だ。コピーを作る能力ってのは元となる本体に強さが無ければ意味が無いからな。スーパーヒーローなら二人に増えれば強烈なパワーアップだが、その辺の雑魚が増えても鎧袖一触で倒されるのがお約束ってもんだろ?
自分の分身と言う言葉にはロマンを感じるけどな?
……と言うか今更だけど、そもそも何でモールス信号とか覚えてるんだよ!? ―――なんてツッコミは無駄に決まっている。天才と言う人種はどいつもこいつも「やればできる子」だからなぁ!!
「アマツならそこの大木、その洞の中だ。ああ、気を付けろよ? 可愛いボディーガードがくっついているからよ」
「そうかい」
言葉少なに俺の横を通り過ぎる桐香さん。まあ、三カ月ぶりの再会だ。気が逸るのも無理はないか。
……おいおい二匹とも尻尾を股に挟むなって。みっともないぜ?
まあ怖がる気持ちは理解できるけどな。あの人、天月が関係する事以外は合理的に結果に対する最短の道を行こうとする。相手の感情とか、時には道徳とか無視してな。その辺のエピソードは天月から稀に聞く。
そのくせ天月に対するアプローチとか妙に恥ずかしがっているっぽいんだよな。
「二匹とも、ちょっとここで待っていてくれ。多分厄介な事になると思うからな~」
正直行きたくは無いのだが、多分俺が行かなければ物凄く面倒くさい状況になりそうなので、渋々と重い腰を上げて木の洞に向かって歩き出す。
案の定、木の洞に入った桐香さんがすぐさま飛び出してきた。それに数舜遅れる様に伸びて来たピンク色をした鎌を思わせる脚が空を切る。
地面を転げる様に着地した桐香さんに投網の形状をしたくも糸が覆いかぶさるが、桐香さんはそれを身体から生やした触手で薙ぎ払って防御。即座に糸が絡み付いた触手を切り離して更に後方に退く。動きがいちいちスタイリッシュでカッコいい。どいつもこいつも超人かよ。
「……アレは?」
「アマツのツレらしいぞ。ああして傷付いたアマツを守っているつもりなのか、昨日からべったりだ。一度も外へ出てこない」
「……だが近づくと攻撃をして来るのかい?」
少しずつ後退する桐香さんと木の洞から距離を取って洞の中の様子を窺う。
木の洞の中にはぐったりと横になっている青い鱗を纏ったリザードマンと、その身体を蜘蛛の下半身で守る様に覆いかぶさる少女が見える。
薄暗い洞の中にあっても少女の瞳は俺と桐香さんの姿を捉えて離さない。
「うーん、俺が近づいた時はもう少しソフトな対応だったけどな。洞に近づいても何も無くて、中に入ろうとすると脚を振り上げて威嚇して来た程度だったし。桐香さんみたいに攻撃はされなかった」
「ふむ、君への対応と私への対応。どちらが彼女にとっての通常かは分からないが……。恐らく君への対応が例外なのだろうね」
「俺もそう思う。多分昨日アマツが俺の事を友達だって言ったから、俺に対しては攻撃的じゃないんだろうよ」
「天月君の怪我はどの程度だい? これだけ騒いでも起きる様子が無い所を見るに、ゆっくりしていられない状況だと思うのだけどね」
俺は一度深呼吸をすると、なるべく言葉を選ぼうとする。ここで天月が重症だろうと言う事を教えて取り乱されても困るが、正確に伝えなければ天月が手遅れになったりする事も考えられる。
どの道、俺には知っている事をそのまま伝えるしかないのだ。
「昨日のこの位の時間までは辛うじて意識があったが、彼女―――アマツはスフレって呼んでいたけど、まああそこに居る蜘蛛少女があそこに運び入れてからは、多分一度も目を覚ましてない。血の匂いが薄れているから出血とかは止まっているだろうと言う事だけは分かるぜ」
「怪我の程度はどの位か分かるかい?」
「えーっと、出血は元からあんまりしてなかったな。肩の辺りにあった傷が一番大きかった。皮膚が薄く剥がれた感じだったと思う」
「骨折は?」
「外見じゃよく分からなかったけど、アレだけ強力な攻撃を受けてたからなぁ。多少の骨折をしていても不思議じゃないし、もしかしたら内臓とかも相当ヤバい事になっているかも知れないな」
「そうかい……。立っていられない程だったのかい?」
「いや、大鬼が逃げ出すまでは立っていた。でもアマツは骨折程度じゃ普通に戦闘を続行するらしいじゃないか。狂歌とかに聞いたぜ?」
俺の言葉に沈黙する桐香さん。多分考えをまとめているんだろう。邪魔をしない様に俺も黙る。
兄弟達に目を向けるが二匹ともお互いに身体を預ける様に眠っていた。俺を追いかける為に無理をしたのかもしれない。はぁ~、天月みたいに立派な兄貴になる為にはまだまだ修行が足りないぜ。
桐香さんは数分経って漸く口を開いた。まあ実際には彼女に口は無いのだけれど。
「……そうだね。実際に見て見ないと分からない事も多い。私は彼の様子をしっかり見ようと思う。その為にはフウタ君。君の協力が必要だ。実力行使で蜘蛛の少女をどかすのも選択肢ではあるが……。天月君の大切な人なら傷付けず話し合いで解決したい。……彼女は言葉を?」
「ああ、一応話は出来るっぽい。だけど、あんた医者じゃ無いだろう? 発明家とは言え、見た事も無い生物の治療とか出来るのかよ? しかも異世界の森の中で」
俺の疑問に対する彼女の答えは、自信に満ちていた。
「愛する人を助けるのだ。可能不可能では無い。不可能だろうと可能にするのだよ。なに、心配は無用だよ。私の彼はこの程度で死ぬ事は無いさ。それに―――もしもの時は一緒に墓に入るだけさ」
おお、カッコいい~。




