黄の章 第18話 俺にもプリーズ
黄の章 第18話 俺にもプリーズ
バッタリとうつぶせに倒れたリザードマン。それは生まれ変わった親友。
「あ……アマツ~?」
声を掛けても返事はない。
先程まで目にも止まらぬ勇姿は見る影も無く、血と土で汚れた姿は見るに堪えない程痛々しい。
「し、死んでは無いよな? 冗談じゃ済まないぜ? なあ、返事しろよ……返事してくれよ」
ピクリとも動かない倒れた身体。
脳裏に、お父様達の、家族の姿が浮かび上がる。―――漂う血の匂いが、記憶にある惨劇と重なり、嫌な予感があふれ出す。
汗を掻く事の無い狼の身体で、冷や汗と脂汗が全身を濡らしている幻覚すら覚える。
「……いや。いやいや。そんな筈ないだろ。ダメだろ。お前が死ぬとかダメだろう!?」
どうすればいい?
倒れている奴がいる時ってどうすればいいんだ!? こんな事なら高校の時の人命救助講座を真面目に受けて置けばよかったぜ!
人命救助って言うと人工呼吸とかか!? いや、別に溺れた訳じゃないしな……。
あとはAEDとかか? でもそんなモノこの世界にある筈はないし……。そもそもアレは心室細動とか心室頻拍を直すもので失血とか別の原因で死に掛けている場合にはあんまり意味が無いし、そもそも脈が―――。
「脈? ああ脈を見れば!!」
脈が有れば一先ず生きている事を確認できる!
倒れている天月の手首に前足の肉球を押し当てる……クソ! 鱗が邪魔で良く分かんねぇ! 手首が駄目なら首とか……こっちも鱗が邪魔で分かんねぇ! 何でお前は全身に鱗なんか生やしてんだよ!?
は!? 別に胸元に耳を当てるだけでいいじゃんか! 少しは冷静になれよ俺!
……お! 心音が聞こえる! 生きてる!
生きているって言っても、じゃあどうすればいいんだ?
手当とか出来ないだろ? だって消毒液とか絆創膏とか包帯なんてものは手元に無いし、そもそもそれで治療できる程度の怪我なのかも分からねえ。そもそも切り傷とか擦り傷なら兎も角、骨折とか内臓とかにダメージがあったら下手に俺が触ると余計に大事になる可能性もあるからなぁ。
だからって天月をこのまま置いておくにはこの森は危険すぎる。おいおい八方塞がりじゃないかコレ!?
一応周りを確認するがここは太い木々や茂み等の障害物があるから少しの間なら安全かも知れないが、逆に敵生物が身を隠す場所も豊富なのが厄介だ。
……天月と会った洞のある木なら身を隠せるか? でも結局天月を運ばないといけないのは変わりない。
「せめてアマツの意識が戻ればなぁ。本人なら自分の怪我の程度も具体的に分かるだろうからな。……だからって普通に呼びかけても起きないし、ひっぱたいて起こす訳にもいかないしな……あ!」
単なる思いつき。普通ならこんな方法を試す事すらしない。
だけどコイツと付き合いが長い俺なら分かる! 俺の知っている天月ならこれで反応しない訳が無い!
「アマツ! 飯の時間だぞ!」
「……!」
お! ちょっと動いたか? 流石は天月! 単純すぎるぜこの野郎!
「……むぅ?」
蚊が鳴く様な小さな声。だがうっすらと目を見開き焦点の合わない瞳が見える! 起きた!
「マジで起きたよ! 相変わらずの食い意地だなぁおい! ―――じゃなかった、大丈夫か! 俺の言っている事が分かるか?」
なるべく大きな声で話し掛けて見るがいまいち天月のリアクションが薄い。多分意識が朦朧としているのかもな。何か話そうとしているのか口を動かしているが、声が小さく聞き取りにくい。
「―――れ―――だ」
「は? 何て? どうしたんだよ?」
「スフ……レ、まて……だ」
何が? スフレ? ケーキがどうかしたのか? 甘い食い物が欲しいとか? 何が言いたいんだ?
そんな疑問を口にする前に、背後から突然声が聞こえた。
「はーい」
「あばばば!?」
嘘だろ!? 全く音がしなかった筈なのに、いつの間に俺の背後に居るんだよ! 狼の聴覚をもってしても全く気が付かなかっただと!?
思わずその場から飛び退きそうになって、背後から聞こえた声があまりにも可愛らしい事に気が付く。
何と言うか……声優とかの良い声を持った女性が舌足らずな女児を演じている時の様な? 何とも心地よい声じゃないか。
敵襲かも知れないと言う事をすっぽりと忘れ、ごく自然に後ろを振り向く。
「お、おお? 可愛……い? うん、まあこれはこれで悪くないかもな」
俺の背後に音も無く現れたモノの正体。
ぱっと見た感じ、蜘蛛の下半身に人間女性の上半身を乗せた様な外見。……これはギリシャ神話に出て来るアラクネ、日本ではアルケニーと呼ばれるモンスターだった。まあモンスターでは無く同じくギリシャ神話に出て来るアテナと言う女神に姿を変えられた貧農の娘と言う話だったが、まあ今はそんな話はどうでもいい。
アラクネと言えば、俺の好きなファンタジー作品だと大抵は見目麗しいお姉さまが上半身と言うのが定番なのだが……。うん、目の前のアラクネは頭身的にも体型的にもつるぺたの幼女だな。残念だ。ぼんきゅぼんなら良かったのに。
まあ、容姿は普通に可愛いな。髪の毛が普通ではありえない様なピンク色だったり、そのくせ碧眼だったりと言う部分はファンタジー好きとしてはかなりポイント高いな
人間ぽい目の他に蜘蛛っぽい目が六個あったりと顔立ちも人外と言えば人外だが、近代の何でもありなファンタジー作品で言うならかなりまともな容姿だし、これでおっぱいとかがD以上なら俺は普通に使えるな。何に使えるかは言わなくてもわかるだろ?
まじまじと目の前のアラクネを観察していると、アラクネは俺の事等眼中にないと言った感じで俺の後ろの天月に視線を注いでいる。
暫くゆらゆらと左右に頭を傾けていたアラクネ。どうやら見た目通り子供っぽい精神をお持ちの様で落ち着きが無い。
だが何の前触れも無くピタリと頭の動きを止めたかと思えば、妙に素早いカサカサとした擬音が尽きそうな動きで俺を避けながら天月に近づいた。うぁキモイ!? マジで蜘蛛の脚の動きじゃんか!? いや蜘蛛の脚を持っているから当たり前なんだろうけど目の前でその動きされるのは相当きついぞ!? 並みの女性なら発狂するって!
「あ~ま~つ~、あれたべたらだめ~?」
「……ああ」
「え? あれってもしかして俺の事? え? 食料認定ですか? 性的な意味とかじゃなく物理的な意味で?」
ちょっと冗談を交えて見たがツッコミが居ないので虚しい。ぐすん。
アラクネは倒れている天月の周囲を一周、二週とぐるぐる回ると胴体部分を地面すれすれまで倒して天月の顔を覗き込んだ。表情が変化しないから分かり難いが、天月を心配しているのか? てか、このアラクネは天月とどういう関係なんだ?
「あまつ、だいじょうぶ? いたい?」
「だい……だ。それ、は……俺の友……。食べ……な……」
「はーい」
元気な返事と共に律儀に手を上げて答えるアラクネ。そして彼女は不意に空を見上げた。
……静寂の時間が続く。
別に天月との様子を見る限り、彼女は普通の会話は出来るみたいだし、俺が話し掛けても何らかのレスポンスは帰ってくるだろうけど、何となく話し掛けるのが躊躇われる。
俺がコミュ障と言うだけじゃなく、このアラクネが下手な扱いをすると全く予測不能な行動を起こしそうな雰囲気があると言うのが主な原因だ。表情どころか声音も平坦でそれが底知れぬ不気味さを醸し出している。
「あまつ~。かえろ~」
「……」
「あまつ~? ……。んしょ。かえろ~」
アラクネは殆ど反応しなくなった天月に首を傾げたが、直ぐに天月の身体を持ちあげるとカサカサと歩きだす。
天月の尻尾に刺さった大鬼の眼球がプラプラと揺れていて微妙にシュールだ。
あの方向は……俺が天月と出会った場所へ行く気か? 帰ると言うのはあの木の洞とか?
……まあ、どの道俺には運べない体格の天月を運んでくれたのはいいんだが……。
え、もしかして天月ってあんな可愛いモンスター娘と暮らしているのか? 俺が厳つい狼やスライムと暮らしている間、ずっと?
は? 何この格差。キレそうなんだが? ブチギレなんだが!?
ちょっと女神様!? 俺にも俺だけのヒロインプリーズ!!
……ひとしきり心の中で恨み辛み僻みを吐き出すと俺はアラクネの後を付いて行く。
流石にこんな危ない森に一人で居るとかありえないからな。おいてかないでくれ~!




