黄の章 第15話 英雄
黄の章 第15話 英雄
考えて、では無い。
追われている事に対するストレス、兄弟の心配、現状への不安、目の前に突如として表れた脅威。全てが頭の中でぐちゃぐちゃに渦巻いているのに、身体が勝手に来た道を引き返そうとした。
引き返した先には大鬼が向かってきているなんて事はお構いなしだ。身体が、本能が目の前の脅威から逃れようと全力で行動を起こした。
「うぅううううあぁあああああ!? 無理無理無理!」
「フウタ、落ち着け、俺だ。天月だ」
数年ぶりかと言う程に聞く声音。
声を聞くだけで顔が思い浮かぶ程に親しい親友。それにピタリと一致する肉声に逃げ腰となった肉体が硬直した。
しかし突如として四足が地面を離れ、首元を掴まれて身体が宙を浮いていると認識した瞬間再びパニックになる。
「ぎゃあ!? つ、掴った!? 掴った! オワタ!? 俺の理想の異世界生活がオワコンになった! いやいや、まだワンチャンある筈! ネバーギブアップ俺!」
何を言っているのか自分でもわからない。でも今ここで無抵抗でいようものなら―――
「話を聞け、天月だと言っているだろうに」
「アマツキ!? AMATUKI!? ……はぁ!? 天月ってアマツか!?」
そっと地面に下ろされた俺は振り返ってリザードマンの姿形をまじまじと観察する。……うん、俺の知っている倉井天月の面影は全く無いな。ともすれば女に間違えられる容姿でも無ければ二m近い長身も料理人の癖に常に身に付けていた妙に似合った燕尾服も無い。
だが口から出る声は間違いなく俺の記憶にある天月のモノだった。それが妙な違和感を出していて少し気味が悪い。何と言うか目の前のリザードマンに天月がアテレコしている感じだな。
まあ思えば今の俺も姿形は人間だった頃とは全く違うのだから見た目で判断しても意味は無いのか。でも声は桐香さんと同じく人間だった頃と同じなんだな。
「久しぶりだなフウタ」
「……あ、おう。久しぶり雰囲気変わったね、髪切った―――じゃねぇ!? 逃げろ! 此処から直ぐに逃げるんだよ! やべぇ化け物が追いかけて来るんだ」
途端に背後から気配と音を感じ取ってその場を飛び退こうとする。しかしそれより早く天月の背後からぬるりと飛び出した尻尾が俺を腹の下からすくい上げる様に俺の身体を投げ飛ばす。そのあまりのスムーズな動きに俺は一切抵抗することなく天月の頭上を通り過ぎ数m離れた場所に着地した。
……正直あっという間過ぎて怖がる暇も無く投げ飛ばされたけど、随分乱暴なことするなぁ! おい!
「オォオオオオオオオオオオ!!!」
「下がれフウタ!」
大鬼の咆哮の中で微かに天月の声が聞こえた。「下がれ」、まあ言われるまでも無く俺は距離を取っていたが、木々の背に隠れ様子を窺う為にチラリと顔を覗かせればそこに見えたのは―――
二匹の化け物が戦っていた。
大鬼と互角に渡り合う天月。それはまるでアクション映画の格闘シーンの様だ。
圧倒的に大柄な大鬼の放つ猛攻をギリギリで躱しながら、小柄を生かしながら爪で蹴りで尻尾で大鬼の身体を傷付ける。何度も、何度も大鬼を翻弄しながら追いつめているように見える。
激しく動き回る天月の背中、そこに赤い物が流れている?
血、だよな? もしかしてそこまで余裕って訳でもないのか? 傍から見れば素早さで天月が圧倒する一方的な試合に見えるんだが?
いや、よく見れば大鬼の身体に付いた傷が次第になくなっていく? アイツ頑丈なだけじゃなくて再生能力まで持っているのかよ!?
こりゃ俺の方が素早いからと言って無理に戦わなくて本当に良かったな! もし単独で挑んでいたらスタミナ切れで脚が止まった所を狙われて殺されていただろう。
俺がもしもの世界線に思いを馳せていると、怒りに任せて地面の砂を天月に向かってばら撒いた!? 砂煙に飲み込まれ、足の止まった天月は大鬼の大きく振りかぶった一撃を受けて水平に吹っ飛んだ!? どんな腕力だよ!?
だが吹き飛ばされてから地面に衝突するほんの一瞬で天月は何らかの行動をしたのだろう。どうやったのか急激に速度を落とし爪を地面に突き立てながら着地した天月は表面上は無事だ。だが流石にあんな一撃を喰らって完全な無傷と言うのは希望的観測が過ぎるよな。
間髪入れずに完全に標的を天月に定めた大鬼が天月に襲い掛かる。それを迎え撃とうと爪を構える天月。
どうやら天月は逃げるつもりはないらしい。……いや、もしかしたら逃げる体力が残っていないのか?
先歩から続く戦闘、天月の攻撃は目にも止まらぬほど早い物だったが、移動速度は俺の目で終える程だった。天月は、もしかしたら俺より脚が遅いのか?
「今なら逃げられるか?」
自分の口から出た言葉に驚いた。確かに今大鬼は目の前の敵に集中している。あの理性が吹き飛んだような怒り様だ。俺を追いかけていた事等頭の片隅にも無いに違いない。
逃げようと思えば逃げれる。
「はぁーあ。これが知り合いじゃなきゃ逃げてたんだろうけどなぁ」
声が震えている。分かっているんだ。これが逃げる最後のチャンスだって。もう一度あの大鬼と鬼ごっこを始めたら最後死ぬ事でしか終わりが無いって事はよ。
「でもよ俺の英雄が戦っているんだぜ。……男ならせめて隣で戦ってやる程度にはカッコつけたいよなぁ」
行動を起こす前にいい訳ばっかり並べる。……こう言う所は天月も一緒だったよな。
「守られるだけの存在でも良かったんだけどよ。眺めるだけの存在も悪くないんだけどよ。やっぱり俺は主人公に憧れるんだよ」
脚は以前震えているが、声の震えはもう止まっている。決意は固まった。
「ああくそ。我ながらどうかしてると思うぜ。今まで馬鹿だとか狂っているって言っていた奴等と同じ事するんだぜ? だけどよ、俺はこの世界でなりたい自分に―――憧れた英雄の仲間入りしたいんだわ」
傷だらけの身体で戦う友達、足は既に走り出していた。
「さぁ、物語の開幕だぜぇ!」




