黄の章 第13話 再会
黄の章 第13話 再会
「ちょっと気になったんですけど」
「なんだい?」
目の前で小型犬程の体躯をしたネズミが桐香さんの触手で薙ぎ払われて転倒する。そしてそのまま二本の触手による振り下ろしが雨の如く大ネズミの身体を打ち付ける。多分これ程大きなネズミなら人間でも油断をすれば大怪我をする可能性もあるのに鳴き声一つ上げる事無く瀕死まで追い込まれている。
最早自力で立つ事すらできずただただ荒い呼吸をするだけのネズミの喉を狙って俺は爪を振り下ろす。
既にグリフォンの戦闘から六日程時間が経っており、今は特定の拠点を持たずそれほど強敵の居ない場所を転々としながら狩りをしている。
この場合の強敵が居ない場所と言うのは草食動物の餌となる果実や野草が少なく、木々は有るが水場が遠いと言う大型の草食動物は近寄らず故に肉食動物もそれほど近寄らない場所だ。そんな場所でも目の前に居る様な大きなネズミやリス、それに昆虫の類はそこそこ見かけるので危険は少なく獲物はそこそこと言う好条件の場所だ。
「桐香さんってアマツのどの辺が好きなんだ? ってか馴れ初めとかどうなってるだ? 正直料理人と科学者……ってか発明家? の二人にあんまり共通点が見られないって言うか、まあ単純な好奇心からの質問だけど」
「アマツ君は私の事を話していなかったのかい?」
「いや、桐香さんもメイドの心さんも話題に出る事もあったぜ? でもアイツが出す話題って基本食事関係か、最近こんな出来事があったとか、そう言う話題が殆どだしな。そもそもアイツは本人の許可も無く個人情報を漏らす真似はしないしな。俺やジンは他所で話されて困る情報をアイツに渡してないから基本的に自由に話題として出てるかも知らんがね」
地面を赤く染めて息絶えたネズミをそのまま放置し、ネズミの死骸が目視できるギリギリの距離まで離れ適当な茂みに隠れる。
初日こそグリフォンの件がトラウマとなり戦闘に尋常では無い恐怖を感じ情けなく取り乱したりもしていたが、数日間の手頃な獲物を狩る作業を経て昨日あたりから漸く平常心で戦闘が出来る様になったのだ。流石に生肉を食うのはまだ無理だが、生き物の命を奪うと言う行為に関しては完全になれたと言っても過言では無いだろう。……多分。
実際このネズミ程度の生物なら二人掛りであれば雑談しながらでも相手できる。肩の怪我も完全に治って絶好調だぜ。
「そうかい。馴れ初めは兎も角、アマツ君の素敵な所を君は理解していないのかい? 友達なのだろう?」
「あー、正直アマツってモテるモテないで言うと間違いなく前者だけどな。それでも俺から見ると微妙に天然な所もあるし変に自虐的な部分があるんだよ。偏見かも知れないけど多分アイツと付き合える女って高校生とかその辺の年頃に限れば相当少ないだろうな。学生時代は結構な頻度で気の強い女子とかと衝突してたし、アイツと一緒に居てイライラしない器の大きな奴なんて明らかに少数だったからなぁ」
「ふぅん? 彼は嫌われていたのかい?」
「いや、確かに致命的に相性が悪い女子も居たけどな。アマツはあれで結構面倒見がいいんだよ。多少空気の読めない発言とかしたところで笑って済ます奴の方が多かったよ。男子とは結構仲良い奴が多かったみたいだぜ? 俺は共通のゲームやってる奴とかしか関わってなかったが、それに比べてアイツ、運動部や文化部果ては一部先生とかと仲良くやっていたし、上級生よか後輩とかの方が仲が良い傾向っぽかったけど、人間関係で言えば俺よりよっぽど上手くやっていたぜ」
実際天月とトラブルを起こしていた女子生徒は俺や刃とも致命的に相性が悪い感じだった。
件の気の強い女子生徒はスクールカーストの上位陣だがやたら性格が悪く男子だけでなく女子とも頻繁に衝突していた。取り巻きも多かったし外見だけ見ればそこそこ真面目そうな優等生に見え、教師の前で猫を被るのが上手いのだから性質が悪い。
天月と衝突したのは件の女子が気の弱い下級生を脅し、罰ゲーム的な告白と言う奴を俺にさせた事がきっかけだった。
詳細は省くがその事件をきっかけに校内で徹底的にいじり倒された俺と件の下級生が一時的に不登校になり、それを面白がった件の女子生徒がある事無い事噂を流し(実際九割がたその女子生徒がねつ造したもの)、あろうことか天月と刃の目の前までわざわざ足を運んで俺の悪口を言ったらしい。よっぽど暇だったのだろうな。
だが教師の目を欺くのが得意だった女子生徒も、厄介な人物を見抜くのは苦手だったらしい。
根も葉もない言いがかりで友人を馬鹿にした女子生徒に対して二人が取った行動は学生がするとは思えない過激な物だった。
女子生徒が二人の逆鱗に触れてから一か月後、女子生徒と取り巻きが放課後に校長室に呼び出されたそうだ。そこには彼女たちの親も居た。そして天月と刃、そして二人とは違うクラスながらそこそこ交流のあった白石レイアと校長含む講師陣数名が揃っていたそうだ。
そこで天月達は女子生徒達に告白事件を悪質な事件として取り上げ、徹底的にそれはもう容赦なく彼女達を糾弾したそうだ。
居合わせた教師陣の話ではあれほど恐ろしい体験をした事は無かったと言う。
無論女子生徒達とその親は猛反発したそうだが、その矛先に居たのは最強の傭兵と並んで語られる英傑達だ。
レイアの母親は当時俺達の高校を含む複数の学校を運営し資金を惜しみなくつぎ込んでいた高校の会長だった。それだけで教師陣は不用意な発言を封じられた。まあ、当時から気品や風格を異常に備えていた彼女の前で発言をするなど普通は出来ない。
特にその時の彼女は不機嫌さを隠そうともしていなかったそうだしな。
そして案の定女子生徒に乗じてその親も騒ぎ出し、「娘達がそんな事する訳が無い」だのと主張し始めたそうだ。そこで天月の出番が来た。
当時から両親が居らず、アルバイト三昧だった奴だが、学校に居る間休み時間を利用してほぼ全校生徒に女子生徒の悪行を調べていたそうだ。意外に人徳のある天月がそんな事をしていると聞いて協力を申し出た生徒もかなりの数居たらしい。俺の顔も知らない生徒が多く居たらしいが、天月の性格は知っている彼は実に多く女子生徒の悪行を調べ上げた。
そして出来た分厚い資料をその場の全員に配った天月は淡々と悪行の証拠の一つ一つを説明し、被害者全員に頭を下げる様に諭したらしい。
余談だがそこで発狂した女子生徒が論点ずらしや責任転嫁を行ったそうだが、幸か不幸か俺が面白半分で天月に仕込んだ「煽り」が爆裂したらしい。俺はネット上なら兎も角現実では使う度胸も無い小心者だが天月は違った。天月の厄介な親戚の相手や戦場での経験を経て、無駄に進化し正論で塗り固めたその「煽り」の猛攻に女子生徒の取り巻きの中には反論も絶え絶えになり泣き崩れる者も居たらしいが、そんな事であいつが攻めを緩める事は無かった。まあ高校生の時点で傭兵として数回も戦場を経験した天月からすれば言葉で攻撃しているだけ優しいとも言えるけどな。
そこで彼女たちの親が天月達の行動を過激と主張し、その行為に対して罵詈雑言を浴びせるのだが最後の一人、刃が親達一人一人にとある資料の入った封筒を渡したそうだ。そしてその中身を見た親達は揃って表情を凍り付かせ、そこにレイアが「それは自由に使って構わない。しかしそれと同じものを私も持っている」と言う一言で事件は幕を下ろした。教師たちは刃の用意した資料の中身を見ていなかったので三人に質問をしたが誰一人口を割らなかったそうだ。
その資料とは彼女たちの親が務める会社で、彼女達の親若しくはその部下の行った不正の証拠だったそうだ。女子生徒の育ち方を見て分かる様にその親達もろくな物だは無かったらしく、家業としてそう言った情報を集める事を生業としている刃の家族が総出で親たちの会社を調べるとボロボロと大量に不正や隠ぺい、社内でのハラスメント行為が出て来たそうだ。
親達の会社の中にはレイアの父親が経営する会社の系列があったためレイアの父親は証拠を見るなり問答無用で会社の膿を吐き出し、家庭内でのレイアの評価はとても上がったそうだ。ご褒美にハワイの別荘を貰ったとかとち狂った事を言っていたがあの家庭の価値観は一般人には絶対に理解できないのでスルーした。
刃と刃の家族はレイアの父親からこれまた問答無用で支払われた膨大な報酬に加え、定期的な社内の不正情報を購入すると言う契約を得た事で定期的な、それも大口の取引先を得る事に成功した。
唯一これと言って得をしていない様に見える天月も、事件をきっかけに同級生からはやる時はやる男として見直され、下級生からは頼りになる先輩として度々天月の元に相談を持ち込む者が出て来た。元から人徳のあった天月はその人徳を更に厚くしたのだった。
対する件の女子生徒とその取り巻きは即日で転校し、親の転勤を理由に田舎に引っ越して行ったそうだ。
刃達によって調べら上げられた証拠を隠滅しようとした奴等は何故かそれが会社の上役達にバレて退職させられたらしいが、自らその証拠を会社に提出し頭を下げた者は地方の子会社への転勤で済んだらしい。
まあ件の女子生徒の親に関しては不正のレベルが他とは段違いだったために刑務所へ直行だったと聞いたが真相は分からない。そもそも俺は件の女子生徒の名前すら知らないのだからな。
そもそも事件まで殆ど顔を合わせる機会も無かったし、下級生の告白もうすうす罰ゲームか何かだとは思いながらも黒幕が誰かなんて俺には知りようが無かったのだしな。
そして教師陣の一部が女子生徒達の悪行を把握できなかった事で消沈し、その後校内で些細な生徒同士のトラブルにも積極的に介入するようになったり、いじめに関するアンケートや生徒相談室に力を入れるようになったと言う、件の女子生徒達以外は全員得をする結果になったのだ。
俺は俺で教師陣に諭され再び登校するようになってからはやけに周りに気を使われるとは思っていたが、担任教師に事件の顛末を聞かされるまで三人の活躍を知る事は無かった。
事件の原因となった女子生徒達以外全員が損をしない円満な結果で終わったと言うのもあって、校内の生徒はわざわざその事件を蒸し返したりしたがらなかったから俺の耳に入るのが遅くなったと言う経緯があったとの事だ。恐らく俺が自分から担任教師に事情を聴かなければそんな舞台裏の闘争とも言うべき彼らの努力を一生知らなかったのかもしれない。
まあ、三人の活躍を知った時は正直涙が止まらないほど感動したし、滅茶苦茶カッコいい奴等だと思った。
本人達はこの話持ち出すと揃ってはぐらかすが、この事件がきっかけで俺は自分の家族と同列に信用できる友人の存在を認識できた。だからあの三人は俺の中では特別だし、異性の好みだとかよほど親しくないとしない様な話もする程気安くなったのだ。実際三人が何の行動も起こさなければ俺は不登校から引きこもりにクラスチェンジし社会の歯車どころかドロップアウトしていた可能性すらあったのだ。
だからこの世界での家族が惨殺されると言う事件からも立ち直ったし、過酷な状況でもあいつらは割と平気に生き抜いていると言う確信も持てる。存外他の奴等と再開すると言う目標のお陰で俺は立ち直れたのかも知れないな。多分俺一人がこの世界に転生して同じ状況になっていたら精神的に壊れていた可能性も大いにあるのだから。
時折夢に家族達が現れる程、グリフォンの襲来は俺の心を抉っていたのだ。
そんな話を語っているとネズミの死骸を食い漁りに数匹の茜飛蝗が集まっている姿を確認した。そして素早く茜飛蝗の群れに音も無く忍び寄った薄紫の影。素早く伸ばされた無数の触手が飛蝗として特徴的な後ろ足を一斉に引きちぎり頭部を拘束、抵抗する隙も無く地面に押さえつけた。
その様子を観察しながら現場に遅れて駆け付けた俺が茜飛蝗の気持ち悪さに内心引きながら流れ作業的に止めを刺していく。
「成程ね。天月君にそんな過去があったとは知らなかったね。色々と彼の過去に付いては調べたのだけど、戦場と中学・高校時代の記録はあまり出てこなくてね」
「ああ、それは多分レイアとかが口止めしてるんだと思うぞ。狂歌とかは言わずもがな、アマツもジンもそこそこ人に恨まれる仕事をしているからな。変にその時代の友人とかに被害が出ない様に色々と手を回しているって言っていたのを聞いた覚えがある」
「ふむ。そうなのか。因みに天月君の学生時代に交際した相手などは分かるのかい?」
「少なくとも学校内で誰かと付き合ったって話は聞かなかったな。そもそも狂歌の奴がアマツは自分の彼氏だって公言してたからそれを信じてた奴が多かったし、それをアマツが否定しているって事を知ってる奴等も狂歌と張り合うって度胸のある奴は居なかったしな」
「そうか。確かに彼女の美貌には私も若干の嫉妬を抑えられないからね。天月君と狂歌君が両思いだとしたら私も自分の思いを諦めていたかもしれない」
「あ、いや。顔面偏差値云々じゃなくて気に食わないと平気で暴力を行使するその狂暴性に張り合えないって話だ」
正直学生時代の狂歌はもはや校内では禁忌扱いだった。場合によっては教師にすら暴力を振るう彼女は爆弾同然の扱いで周りは常に不干渉かご機嫌取りの態度を貫いていたからなぁ。
まあ、狂歌が不良やらなんやらをシメて回っていたから変に突かなければメリットもあったしな。お陰で一時期高校の周囲には不良や暴走族が一切寄り付かない、とても治安の良い場所になったのだからな。
「お、レベル上がってる」
「ふむ。では君の仮説は証明された形だね」
先程まで行っていた雑魚狩りとも言える行為。その目的は単純にこの世界のレベルアップの法則を確かめるためだ。
「俺が一撃与えてから桐香さんが倒しても俺のレベルは上がった。桐香さんが弱らせて俺が止めを刺しても俺のレベルは上がった。ってことはつまりこの世界では多少でも戦闘に貢献したら経験値を得られるって訳だ」
「そのようだね。と言う事はつまり、君が弱くても私がある程度強い生物を相手にしても君に初撃か止めを任せれば君の言うレベリングが成立する訳だ。次に検証する事は?」
「ぱっと思いつくのは罠だな。例えば俺が落とし穴を掘って、そこに落ちた獲物が死んでも俺が経験値を得られるのか。そんで仮にそれが成功したとして俺の作った落とし穴に落ちた獲物を桐香さんが仕留めてもいいのか」
「ふむ、それが可能なら君にあちこち罠を仕掛けて貰って、それを私が仕留めて回る事で君が強くなるのなら確実に君の手が空く訳だ。その間に君が魔法の練習でもしていれば……」
「一応俺達の戦力差は縮むし、そうなれば移動範囲を広げても安全に行動できる確率は上がるだろうな」
前世で好んでプレイしていたゲーム達とは異なり、この世界では一度命を落とせば次は無い。だからこそ安全マージンを取る事を重視しなければならないし、ゲームで廃人と呼ばれる人々が行う様な無理のあるレベリングは不可能だ。まあ一歩間違えれば命を落としかねない状況で集中力を維持する事を考えるなら、一日中動き回ると言うのは逆に非効率なのだ。
効率と安全の塩梅はどれだけ真剣に考えても足りない。出来るだけ安全に強くなれるならそれに越した事は無いが、速めに他のメンバーと合流した方が安全かつ効率的にレベリング出来るだろうと言う事も考えるとやはり出来るだけ早期に行動範囲を広げたい。
「フウタ!?」
何やら騒がしいと首を向ければやけに見覚えのある毛色の物体が何とか視認出来る程遠くから近づいて来るのが見える。数日ぶりと言うのに懐かしい声色に心臓が一瞬高鳴る。
みるみるうちに大きくなるその姿は紛れも無く一緒に狩りをしていた二匹の兄弟だった。
それだけなら感動の再会だったのだが、二匹の後ろから木々を器用に避けながら地鳴りの様な足音を立てて飛び出す巨体。恐らく三mは超えているであろう、巨体を揺らしながら近づいて来る生物はまさしく鬼と呼べるほど凶悪な姿形をした生物。それが地の底から響く様な雄叫びを上げ迫ってくる。
「なんか明らかに中ボスっぽいのが来てる!?」
「ふーむ。間違いなく厄介事だね」
っくっそ! せっかく再会できた兄弟を見捨てるなんて選択肢は無い! どうにかして助けてやる!!




