秋の遠足 動植物公園のモノガーン
誘拐事件から、数日が経過した。
あれから変わった事と言えば、事件後すぐに恵介が別の幼稚園に移った事ぐらいである。どうやら、父親の会社が現在進行形で大変な事になっているので、子供が巻き込まれないようにと母親・静と共に田舎(静の実家)に帰ったらしい。賢明な判断である。
それ以外は本当に何も変わっていない。相変わらず正義は、教室の中でぼけーっとしているし、目立たないようにひっそりしている。
そんなある日、多分ほとんどの子が楽しみにしているであろう行事が行われた。『秋の遠足』である。行き先は、ここから二つ隣の町にある『ヨル動植物公園』。勿論、一クラス一台バスを借りて行く。座る場所は予め先生によって決められており、基本教室と同じ並びで座っていく。
目的地に着くまでの間、『暇潰し』と言っては少し語弊があるかもしれないが、バスの中で童謡等の歌を皆で歌った。子供達の明るく元気な歌声に、バスの中が和やかな空気に包まれる。こういうのを『平和』というのだろう。社会人のイベントでは、基本色々とギスギスしているので、こうはならない。先生や運転手以外を除いた乗客が子供だからこそ、創り上げる事が出来る雰囲気(空気)である。
ところが一人だけ、そんな『明るく元気』とは真逆の子供がいた。正義である。さっきから周りの空気に反抗するかのように、じっと目の前のテーブルをロックしているレバー的なヤツを見ている。小賢しい事に、歌に合わせて口をパクパクさせて。
正義は昔こそこういった行事が好きだったのだが、歳を重ねるにつれて、次第に『面倒臭い』と思うようになっていったのだ。それは転生しても変わらない。寧ろ、『面倒臭い』のレベルが上がっている。
「(やれやれ・・・よくもまあ、そこまで元気に歌えるな。・・・ま、それも今だけか。中学ぐらいになると、行事や朝会で校歌を歌う事になっても、どいつもこいつも小声でボソボソと歌うようになるからな。少なくとも前世で通っていた学校の連中はそうだった。おまけに大声で歌った奴は、『異端児』扱いされるし。)」
ふと、前世の事を思い出し、溜め息を吐く正義。するとここで、彼の隣に座っていた女子が手を挙げてこう言った。
「せんせー、まさよしくんがうたってない。」
「!?」
突然の告発。それにより、バスの中が一気にざわつく。まさか告げ口されるとは思っていなかったので、正義は『このガキ、余計な事を言いやがって』と言いたげな顔で、隣の女子を睨んだ。しかし、隣の女子には全く通用せず、何でか知らないが笑顔で返された。恐らく彼の睨みには、『他人を怯えさせる効果』は無いのだろう。
「え~?・・・正義君、もしかして気分でも悪い?」
ここで前の席に座っていた先生が登場。正義の近くまで来ると、しゃがんで『体の具合』とかを聞いて来た。
「いや、元気ですけど・・・(わざわざこっちに来るな!!大人しく座ってろ。)」
「だったら、みんなと一緒に歌おう?ね?」
その言葉には、人を従わせる謎の『強制力』があった。
「は・・・はい・・・」
先生の持つ『強制力』によって、ローテンションながらも渋々歌い始める正義。もう一度、隣の女子を睨んだ。
「(クッソ~!!このガキャァ~・・・どうせあと10年もすれば、国歌や校歌を聞こえるか聞こえないかの音量でボソボソ歌うようになる癖によぉ~・・・)」
そう言うお前もガキである。尚、隣の女子は見られている事にすら気付いていない模様。
こうして彼等を乗せたバスは、内部に楽しい雰囲気を纏いながら目的地へと向かうのであった。
『ヨル動植物公園』ッ!!山を少し上った所にあるこの施設は、名前の通り動物園と植物園を合体させたようなものである。管理運営は、公益財団法人緑化銀月と言う財団法人。幅広い世代に自然について学んでもらう為に造られた施設であり、ここでは約180種類の動物と、およそ11700品種235000本の植物が園内で飼育及び栽培されている。
入園料は、大人600円、小人(中学生以上18歳未満)250円。ただし、65歳以上は小人と同じ250円で、乳児から小学生までのお子様は無料で入る事が出来る。年間パスポートも販売しており、価格は大人2000円、小人と65歳以上は800円。どちらも期間内に4回以上来園すれば、確実に元は取れる。
園内中央にある円形の建物は、資料館のようなもの。大昔の動物の骨格標本や剥製等々、博物館顔負けの展示品に加え、この動植物園がある地域の歴史を知る事が出来る。それ故に動物や植物ではなく、ココ目当てで来園する人も少なくない。
夏休みなどの長期休暇の時期になると、特に家族連れに向けてのイベント等を絶えず開催しており、中でも夏に行われる『ナイトサファリツアー』と称した夜の園内を巡るツアーイベントが毎年人気を博している。あまりにも人気の為、前述のイベントだけは完全予約制になったらしい。
園内のあちこちには『ヨル動植物公園オリジナルピンバッジ』のガチャポン台を数台設置しており、子供心やコレクター心をくすぐるような事もしている。価格は一回200円。種類は全部で11+シークレットの12種類。ガチャポン台は胴長でカプセルが入っている部分が丸いヤツ。胴長部分は透明なので、回すとカプセルがコロコロと転がって出て来る様子を見る事が出来る。因みにシークレットが中々出ないと、何気にSNSで話題となっている。シークレットが出たら、『超絶ラッキーな人間』と言えるだろう。フリマアプリとかで、高値で取り引きされている一品だ。
余談だが、来年の春には昆虫館が出来るらしい。虫が増えるからといっても、園の名前は変えずにそのまま行くという発表もあった。・・・なんかもう、海洋生物にまで手を出しそうな勢いだ。
今回の遠足は、ここの動物たちを観る事。先生たちによると、植物ばっかりのゾーンや博物館顔負けの資料館には立ち寄らないらしい。敷地内はその辺の動物園よりかなり広いので、全部回る時間が無いのだろう。
園内を巡る時は、園児たちの先頭と最後尾に先生を一人ずつ、園児たちを挟むようにして巡る。これなら、列から抜け出ようとする子もすぐに分かるので、『誰かいない』という状況になりにくい。オセロだと、挟まれた園児も先生になってしまうが、これはオセロではないので、園児は園児のままである。当たり前だが。
「さあ、はぐれないようにちゃんとついて来てね。」
「はーい。」
先頭の先生の言葉に、元気よく返事をする園児たち。すると、他の場所からも返事が聞こえて来た。他の幼稚園の園児たちである。どうやらこの日遠足で来たのは、正義たちが通っている幼稚園だけでは無いみたいだ。
正義たちが園内を巡り始めた時、 ライオンの飼育小屋では、『転生体』の反応をキャッチしたマハトロースがペンキで床に魔法陣を描いていた。またあの一つ目のモンスターを創る気なのだろう。因みにライオンは、全員外に出て日向ぼっこをしている。
マハトロースは、さっきスーパーで買った鶏もも肉100gと豚ミンチ100g、牛スネ肉100gを魔法陣の上に置くと、さっき毟って来たフラミンゴの羽根とライオンの鬣を散りばめた。そして最後に、魔法陣の中心に拳一個分くらいの量の粘土のような物質を置いて、準備は完了。呪文をブツブツ唱え始めた。それに合わせて、魔法陣がピカピカと点滅する。
「・・・出でよ、モノガーン!!」
その声と共に魔法陣が更に眩しく光る。そして、今回の材料で出来たモンスターは・・・
「モノグォァァアアアーーーーーーーーーーーオッ!!」
ピンクの翼が生えた一つ目のライオンだった。毛並みといい、迫力といい、本物のライオン以上の貫禄がある。マハトロースは、小屋の外の方を指差して命令した。
「行け、『モノガーン・レーベフリーゲン』ッ!!『転生体』を見つけて、教祖様の元に届けるのだ!!」
「モノグォァァアアアーーーーーーーーーーーオッ!!」
モノガーン・レーベフリーゲンは、返事をするように雄叫びを上げると、そのまま翼を羽ばたかせて外に出て行った。
因みに、その時ライオンを見ていた客は、
「な・・・何だあのライオンは!?フラミンゴみてぇな翼が生えて、飛んでいるぞ・・・」
「どうせ、作り物でしょ。」
「いや、作り物にしては何か『本物』って感じがするんだけど・・・」
モノガーンの登場に、かなりざわついていた。みんな本物のライオンそっちのけで、必死にモノガーンの方にカメラを向けている。
なので、彼等は気付かなかった。モノガーンが造られた直後から、ライオンたちが恐怖に支配されて動けなくなっていた事に・・・。
一方その頃、正義たちはフラミンゴの前を通っていた。
「わー!!ピンクのとりだー。」
「おれ、しってる。『フラミンゴ』っていうんだ。」
「フラミンゴー!!」
「フラメンコ―!!」
沢山のフラミンゴにテンションが上がる子供たち。ただし、正義は除く。
「(確かにこんなに沢山のフラミンゴを生で見るのは初めてだが・・・取り立てて騒ぐ程の事でもないな。鳥だけに。・・・・・・・・・ん?)」
他の園児たちに合わせて、ただ単にぼけーっとフラミンゴを見つめてそう思っていると、ある一匹のフラミンゴに目がいった。
「(何だ?あのフラミンゴ・・・お尻の方の毛・・・と、いうか羽根が無いぞ。ストレスか何かで抜け落ちたのか?)」
そのフラミンゴは、お尻の方の羽根が無くなっており、そこの部分だけハゲになっていた。正義は、ストレスによるものか、何かの病気ではないかと思ったが、鳥(というか動物全般)に詳しくないのでそれ以上は考えなかった。
「(まあ、こういった所で飼育されている動物は、体調管理や検査等をしっかり行っていると思うから、具合が悪くなっている奴をこうして客の前に出さないだろう。)」
勝手にそう思い、腕を組んで頷く正義。
ここで園児たちの先頭にいる先生が、声を掛けた。
「さあ、みんな。次の動物さんの所に行きましょうね。」
「はーい。」
元気よく返事をする園児たち。次はどんな動物がいるのか、そういう気持ちで胸がドキドキワクワクしていた時に・・・・・・奴が来た。
「モノグォァァアアアーーーーーーーーーーーオッ!!」
「!!?」
猛獣のような咆哮と同時に、いきなり正義たちの目の前に着地するモノガーン。
その瞬間、園内が阿鼻叫喚の大パニックになった。
「モノグォァァアアアーーーーーーーーーーーオッ!!」
正義たちに向かって、もう一度吠えるモノガーン。口の周りを舌で舐めながら、ズシンズシンと一歩ずつ園児たちに近付いていく。勿論、園児たちがこの状況に耐えられる筈がなく、ほとんどの子が泣き出してしまった。
「み、みんな!!早く入り口の所まで逃げて!!」
先頭に立っていた先生が、目の前のモノガーンに腰を抜かしながらも、後ろの園児たちに指示を出す。これにより、園児たちのほとんどがすぐに出入り口を目指して走り出した。残りの子は、『このまま先生を置いてってしまっても良いのか?』と、子供ながらに先生を気遣って動かなかったり、恐怖で完全に体が動けなくなってしまった子、そして・・・
「え!?」
出入り口がある方向とは、逆の方向に向かって走り出す子がいた。正義である。
「ま・・・正義君!?そっちは違・・・」
先生が最後まで言い終わる前に、正義の姿はパニックになって逃げ惑う人々の中に消えていった。
―――『ヨル動植物公園』・入り口近くの広場
「みんながちゃんといるか、今から確認取るからね。」
そう言って、自分のクラスの園児がいるかどうかを確認するのは、正義が通っている幼稚園ではない別の幼稚園に勤務している30代女性の先生。この先生が勤めている幼稚園も、今日この動植物公園に『遠足』で訪れていた。
名簿を見ながら、一人一人しっかりと確認していく先生。するとここで、列の後ろにいる一人の女の子が手を挙げて言った。
「せんせーい!!えいいちろうくんがいなーい!!」
「英一郎君が!?」
女の子の言葉に、先生は広場にいる全ての園児たちを見渡して、『英一郎』という子を探した。しかし、別のクラスの列を見ても、その子の姿は無かった。
「(まさか、まだ園内に!?)」
この瞬間、先生の脳裏に『最悪の結末』が過ぎり、青ざめた顔になった。
一方その頃、出入り口とは真逆の方向に走っていった正義はというと、
「モノグォァァアアアーーーーーーーーーーーオッ!!」
モノガーンに追いかけられていた。
実はあの後、モノガーンが向きを変えて、正義の後を追いかけて行ったのだ。恐らく、彼が『転生体』である事に気が付いたのだろう。まるで獲物のシマウマを追いかけるように、正義を走って追いかけている。
「(登場した時から、妙に目が合うな~と思ってたら・・・やっぱり俺を狙っていたか。まあ、これで他の園児や先生に被害が出るこたぁないだろ。後はこいつをどう倒すかだな。・・・それにしても、この前の奴も一つ目。今回のライオンみてぇーなのも一つ目。ここの世界のモンスターは、全部『一つ目』なのか?)」
そんな事を考えていると、急にモノガーンが天高く跳躍し、正義の目の前に着地した。
「な、何ィ!?」
急ブレーキを掛ける正義。向きを変えて、別の方向に逃げようとした時、
「よくやったぞ、『モノガーン・レーベフリーゲン』。」
モノガーンの製作者であるマハトロースが、正義の逃げ道を塞ぐように彼の目の前に現れた。見るからに怪しい恰好をしたマハトロースに、正義は叫んだ。
「だ、誰だお前は!?」
その言葉に、マハトロースはこう言った。
「私か?・・・私は、マハトロース・プーアスカンティー。『見習い』・・・いや、『職人』クラスの『クリエイター』だ。」




