正義の過去
神田正義は名前の通り、正義感の強い男の子だった。将来は警察官になって、人を助ける職業に就きたいと思っていたし、困っている人がいると手を差し伸べて助けてあげるといった、心優しい子供だった。その為、近所の人や先生からの評価はすごく高かった。
しかし、彼は割と早く現実社会の闇というものを目の当たりにしてしまう。
それは、彼がまだ小学二年生くらいの時だった。当時、ニュースで警官が人を殺して盗みを働いたという事件が話題になり、どこの局もその事件の事で持ちきりだった。正義はそのニュースを見て、衝撃を受けた。しかし、警官といっても全国で何万人といるので、一人や二人馬鹿な考えを起こすやつもいるだろう。正義はその時はまだ、『早く大人になって、僕が警察組織を変えてやる!!』という感じに意気込んでいた。
ここだけならまだ、現実社会の闇を・・・完全なる暗黒を見ないで済んだのだが、問題はそのニュースが話題になった一週間後の出来事だ。正義が夜中にトイレに行った後、リビングの電気が点いていたのだ。正義の家庭は両親が共に働いていて、その日は二人共遅くなると事前に聞いていたので、それ自体は何もおかしい事は無い。問題はリビングで二人が話している内容だった。サラリーマンの父親が泣きそうな声で言った。
「俺・・・遠いとこに飛ばされるかもしれない・・・」
「え!?」
その言葉に驚く母親。そんな母親の表情をちらっと見て、父親はこう続けた。
「うちの新入社員・・・まあ、新卒の女の子がいるんだけどね・・・この子が言葉遣いとか普段の態度が悪いから注意したんだよ。そしたら、その子が部長とかのお偉いさんに泣きついたんだよ。俺に『パワハラされた』だの『セクハラされた』だのってね・・・それで皆がカンカンになって、散々『お前みたいなクズは死んだ方が良い』だの何だの言われたんだよ。・・・なあ、俺、間違った事したのかなあ?」
その声はいつも堂々としている父親の声とは思えない程弱々しくて、今にも首を吊りそうな位追い詰められているようだった。母親はそんな父親を慰めるように隣に座って、優しく背中を撫でた。そして、母親も会社の愚痴をこぼした。
「私も似たような事が前にあった。会社の営業にそろそろ三十が来ようかっていう女の子がいるんだけど、あなたのとこのその新卒の子みたいに言葉遣いや態度が悪かったの。・・・でもその子、部長のお気に入りなものだから偉い人は誰一人注意しない。だから一回、私が注意した事があるんだけど、その後部長に呼び出されて、『あの子は必死に頑張っているんだから虐めるな!!』って煙草の煙を吹きかけられたわ。うちの会社、私のようなおばさんにはすごく厳しいのよ・・・あのクソエロジジィ・・・」
その時の事を思い出したのか、怒った表情になる母親。父親はそんな母親を見て、
「君も大変だったね・・・。」
と、言った。
「そう。だから、あなたの気持ちがとてもよく分かる。夫婦じゃなくても分かったと思う。」
同じ気持ちを分かり合える人がいた事で、父親は安心した顔になった。
「有り難う・・・気持ちが少し・・・楽になったよ。」
「ううん。いつも家族の為に有り難う。」
「こっちこそ、いつも有り難う。お互い、職場の理不尽に耐えながら頑張って生きていこう。正義の為にも・・・」
「そうね。これからどんどんお金が必要になってくるからね。・・・あんな職場でも給料は良い方だから、お金の為に耐え抜いてやるわ。」
そして、夫婦の会話が終わった。こっそり聞いていた正義は、自分がここで聞いていた事がバレないようにこっそり自分の部屋に戻って行った。
自室のベッドの中で正義は、両親が話していた内容を思い出しながら考えていた。
「(あんな父さん・・・初めてだ。話を聞く限り、悪いのは態度が悪かった人じゃないか・・・どうして父さんがあんな思いをしなければならなかったんだろう・・・)」
寝る事を忘れ、ずっとその事を考えていた正義は、ここである結論に達した。
「(そうか。今の世の中は、真面目な人間ほど損をする時代なんだな。父さんや母さんは、『真面目に生きていれば良い事がある』なんて言っていたけど、その考えはもう古いんだ。今の時代は、『真面目な奴は片っ端から利用されて、陥れられる時代』。真面目に生きてもあんな目に遭うんなら、もう真面目に生きるのはやめよう・・・)」
そして後日、正義の父親は遠い田舎町の会社に飛ばされた。父親が勤めていた会社も給料は良い方だったので、愛する家族の為・・・何より、正義の為にそれを受け入れて単身で田舎町に引っ越した。寂しそうな父親の背中を見送りながら正義は、
「(真面目に仕事してきた結果がコレか・・・やっぱり、世間は真面目な人間の味方はしないんだなあ・・・)」
と、思った。
そして、時間は現在に戻る。ゼロスによって、『物騒な世界』に転生する事になった正義は、不思議な感覚を味わっていた。
「(何だろうなあ・・・このあったかい感じ・・・)」
ぽかぽかと温かく、どこか懐かしい感じ。正義は、ここがどこか目を開けて見てみようとしたが、瞼が上がらないのか、目を開ける事が出来ない。
「(おかしい・・・何で上がらないんだ?)」
微動だにしない瞼に若干焦る正義。すると、周りの温かかった空気が少し冷たくなった。
「(おいおい・・・温かいと思ったら今度は少し冷えてきたぞ・・・マジでどこなんだここは・・・それにしても服とかの衣類を着ている感じがしないんだが・・・)」
体の妙な感覚に疑問を抱いた正義だったが、その疑問はすぐに解決した。
「おめでとうございます!!元気な男の子ですよ!!」
「(ん・・・!?)」
このセリフが何を意味しているのか、正義はすぐに理解した。
「(まさか・・・『転生』っつーのは、死んでそのまま別の世界で生きていくのではなくて・・・)」
正義は、ごくりと唾を飲み込んだ。
「(別の世界で『新しい生命体』として一からやり直すっつー意味かああああああああああッ!!)」
正義の心の叫びは、赤ん坊の産声となって出力された。
その頃、元の世界では正義の葬儀が執り行われていた。早すぎる息子の死に母親は涙を流しながら、葬儀に来てくれた人達に挨拶をしている。その横では、父親の写真が立てて置かれていた・・・。




