村への逃亡者 7
古びた小屋の戸を叩く。そうすると予想した返答が返ってきた。
「だれ?」
「やぁ、この声を忘れちゃったかい?」
僅かに間を置いた後、ゆっくりと扉が開く。
綺麗な赤毛の女性。ほっそりとしているがすらりと伸びた手足と身体の中で存在感を表しているその胸はとても魅惑的だ。
「急にどうしたの。」
「冷たいなぁ、なに、君の声が聞きたくてね。いやー先日の大雨は凄かったね。近くの村が土砂崩れの被害にあったらしいよ。ここは大丈夫だったかい?」
中の様子を見ようと部屋を覗くと、すかさず彼女が視線を遮るように目の前に立った。
「ん?どうしたんだい?」
「いや・・・、ちょっと今日は体調が悪いの。本当に、本当に申し訳ないのだけれど、また別の日に・・・。」
視線を合わせずにいう彼女はどこかおかしい。はて、何があったのか。にやりとした口元を隠しもせず、彼女の脇を通って部屋へ足を踏み入れる。
「まって・・・!。」
「どうしたんだい?いつもの君ではないみたいじゃないか。いいだろう?いつも来ているじゃないか。」
「あの・・・。」
「あ、そうだ、これ。」
「これ・・・。」
「いやね、前々から思ってたけど君にはもっと肉をつけてほしくてね。いくらか買ってきたから、それで料理を作ってくれないか。俺も仕事終わりでお腹を空いていてね。できるだろう?」
「・・・、まともなものは作れないわ。」
「なに、君が作ったものなら喜んで食べるさ。」
「・・・わかった、すこしだけ待ってて。」
「もちろん、楽しみにしているよ。」
彼女は小屋の外にある、申し訳程度に備え付けられている炊事場に向かった。
「あ、ワインはいつもの場所に置いておいてね」
俺はその後ろ姿を見ながら、思い出したように彼女に言った。
小屋の外で遅れたように返事が返ってくる、俺は楽しみにしながら棚から食器を用意して彼女が戻ってくるのを待った。
ドアの前に置かれた棚をずらすと、ノブを握って回す。
「うぃ・・・、棚が邪魔過ぎる。誰だ棚なんか置いたの。アンタか。」
「馬鹿でしょ、自分で棚ずらしたの忘れたわけ?あ、3歩歩いて忘れちゃったわけね。あんた鶏並みの知能しかないわけね。いえ、普通の鶏でそれなら仮にも人間もどきの性能を持つあんたは鶏以下の知能ってことね、・・・お可哀そうに。」
「おぃ、なんだい、やけに饒舌だな。てっきり俺をこの小屋から出さずに一緒に暮らしましょうっていう意味かと思ってたわ。照れ屋な奥さんだなぁっと萌えてたとこなのによ。」
「きもいわ。」
「けっ・・・。」
扉を開けるとやけに視線が泳いでいる女。本当に饒舌だな。なんでぇ、見られたくねぇもんでもあったんかい。
「ん、そういや誰か来てたんかい。」
「・・・なんでよ。」
「あ?んなの、気持ちよく寝てるとこに、話し声が聞こえりゃそう思うだろう。」
「はぁ・・・、あんたとうとう幻聴まで聞いたわけ?大丈夫?詰所紹介しましょうか?」
「おめぇそれじゃぁ俺ぁ捕まっちまうだろうが。何さらっと恐ろしいこと言ってんだ。」
「あわよくば捕まって2度と出てこないように首を跳ねて牢屋に入れてもらえればよかったのに。」
「・・・それ死んでんじゃねぇか。」
「あ、ごめんなさい、森に自然還元が良かった?大丈夫よ、あなたの善行で土葬くらいはしてくれるんじゃない。」
「けっ・・・、しょんべんしてくらぁ。」
俺は話を打ち切る様に外へ出ると、後ろでそのまま帰ってこなくていいわと女の声が矢のように背中に突き刺さる。
「なんで女ってやつはあんなに口がつえぇんだかな。まったくよぉ・・・けっ、けっ。」
用を済ませ、また小屋の中に戻ろうとする途中で、炊事場からいい匂いがする。木蓋を上げればそこには野菜や乳などで煮込まれたスープが残っていた。
「うへっ、いいねぇ、まだ残ってるじゃねぇか。俺に秘密で食おうとしてやがったな。そうしたら、器だ器。めっしめっし、うっへっへ。」
小屋に戻ると棚から小さな器を取り出し、また外へ飛び出す。あんたそれ持ってどこいくの、なんて声が聞こえるが、おめぇら俺に隠れて旨いもん食おうとしてんの知ってんぞと叫び返せば静かになった。
いいねぇ、いいねぇ。飯だ飯。
「かっー、もうちょっと煮込みゃ、とろとろじゃねぇか。かっ、いやぁずるいねぇ、うへっへっへ。」
盛り過ぎたスープをこぼさないようにおうおう言いながら、小屋へ戻る。そして扉は閉められていた。
「おいぃぃ、扉閉まってんぞ。なんだ、何かあったか!!。」
「外に盗人がいるの、いなくなるまで開けられないわ!!」
「なにぃぃいぃ、どこに居やがる、俺の住処に近づくたぁ血を見なくちゃいけねぇわな。ぁ」
「今扉の前にいるわ!」
「あん・・・、俺じゃねぇかぁぁぁぁぁ。」
「五月蠅いわね、セリカが起きちゃうわ。あんた少しは静かに出来ないの。私も眠いのよ。」
「おいぃ、早く開けろぃ。まだ外は冷えんだよぉ、芯まで冷え切っちまうよぉ。」
「嫌よ。」
両手が埋まっていてドアのロックを開けられない。
「うぃ・・・けっ、外で食っちまうからな、後で後悔しても許してやんねぇからな。」
「結構よ、それじゃさっさとどっか行ってね。」
音がだんだんと遠くへ離れていく。
「・・・あの女ほんとに行っちまいやがった。けっ。」
俺は軒下に座り込むとスープを啜る様に飲んでいく。スプーンも持ってくりゃ良かったわ、なんて思いながら。
紺色の空はまばらにきらめく星を引き立たせ、もやっとした雲が僅かにある程度。すんっと鼻を鳴らせば、明日は快晴か。泥に汚れた靴を見ながら、明日一度洗うかなと思える程度には日が強くなりそうだ。
予想ならあと三日四日はもつと思うが。そうしたら、しばらく荒れるか。
「うぅ・・・、食い過ぎた。あいつめ、よくも閉めやがったな。」
空になった器を濯ぎ、小屋の中へと戻れば、既に明かりも消えて静まり返っている。そのまま次のドアを開ければ、女はベッドに横たわっていた。
「けっ・・・。」
俺は女の顔を覗き込んだ後、足音静かに隣の部屋で椅子を二つ連なりにして寝転がった。
「やだねぇ、やだやだ。」
美女の顔を伝う透明な雫は、毒気が抜けちまう。はぁーやだやだ。




