村への逃亡者 6
「・・・うぇーい。」
雨が未だ降り続いている中、日が昇っているのだろう、雲でも遮れなかった淡い光が地表へと降り注いだ。雨が降るなか光の柱のように光が地へ突き刺さる様は天の使いが緊急を要したためだと言い伝えられている。俺は未だその光景を見たことがない。ってか、見たくない。
天の使い又は天使などという存在は実在してはいるが、それは教会や一部の国の上の方に鎮座しているのだ。あいつらの力たるや少し羽広げて光飛ばしただけで補助魔法を重ね掛けしたミスリルの盾を貫通しやがった。あの盾、ドラゴンのブレスも防いだってのに、あいつらの方がモンスターだろ。そのせいで盾の持ち主がもったいない精神で使いまわした挙句、穴から漏れ出た炎で半殺しにあってたぞ。そんなやつらが緊急ででてくるとかどんな化け物だ。
外へ視線を向ければ少しづつ明かりが差し込み、止まずに降り続ける雨粒が葉や水面へきらりきらりと弾かれ輝いた。
薄暗い小屋の中にも僅かな光の恩恵が差し込み、どこかこの部屋が神聖な場所のように感じるのが不思議だ。机の上には空になったコップが二つ。陽の光がコップの縁を彩る様に反射し、絵画を描く者だったらさぞや筆が進むことだろう。
「うぇーい。」
そして俺は一晩中踊り続けて、腕や脚が筋肉痛になっていた。筆一本、コップ一つを持ち上げるのも辛い。いやこれまじで。この小娘深夜泣き止んだと思って、揺りかごに戻したら数分後にまた泣き出しやがった。漏らしたかと思ったら漏らしてねぇし、飯かと思って女の乳に近づけてみても飲まなかったし。どうしたこうしたとしてる間に、また泣き止むし。
「あぁ・・・こいつぁ将来大物になるぜぇ。」
そして分かったこと、こいつ人肌が恋しいみてぇだ。そうに違いねぇ。
「こんなちっせぇのに人肌恋しがるたぁ二十年はえぇよ。俺も女の体が恋しのによぉ。おう?私がいるってか?こんなどこもかしこもぺったぺたの小娘が何言ってるんだが。」
俺の胸板を叩くようにして小娘が目を覚ました。
「おめぇは元気だなぁ。そんな元気あるならもっかい寝ろよ。寝る子は育つっていうだろ。一日中食っちゃ寝できる今が幸せだろうよ。しかも女の乳が飲めるたぁご褒美だご褒美。かぁー羨ましいねぇ。」
ぶぅぶぅ口を鳴らす赤子を見ながら、豚みてぇな鳴き声だなぁと思いながら椅子の背もたれに頭を乗っけ、瞼を下げる。
「あぁ・・・今なら寝れそうだ。秒だ秒。俺ぁ世界最速で寝れるぜ。こりゃ賞金五百枚だな、あぁ・・・。」
まるで魂が抜けるかのように身体の力が抜けていく、「あ、寝れるわ」なんて思った矢先だ。
「セリカ!!!」
奥のぼろっちぃ寝室もどきから女が飛び出して出てきた。
「おいおい静かにしろよぉ、あと少しで寝れそうだったのによぉ。」
「セリカはどこよ!!返して!!」
「そんな騒がなくても盗りゃしねぇよ。ほれ、おめぇの母様が角生やして出てきたぞ。鬼だわ鬼。」
膝の上で抱きかかえていた赤子を女に差し出すと、ひったくるかのように抱きかかえ、「大丈夫?食べられてない?あれ?なんか臭わない?あのクソ野郎、可愛いセリカにマーキングしたんじゃないでしょうね。」
ひでぇ言われようだ。
「おいおい奥さんよぉ、せっかく隈メイクを落としてやろうと寝かせてやったのになんつう言い草だよ。」
「寝かせたぁ?冗談言うんじゃないわよ、眠らせたの間違いでしょ!!」
「かぁー、頭が固いねぇ、寝たのも眠らせたのも意味はほとんど一緒じゃねぇか。」
「意味が分からない持論立てないでよ。あんた、私が寝てる間に変なことしてないでしょうね。起きたとき服が捲れてたんだけど。―――まさかっ。」
「はっ、てめぇみてぇなガリガリの女なんて興味ねぇよ。俺はよ、ほどよく肉がついた、触ったらやわらけぇ女が好きなんだよ。あんたみたいな胸だけやわらかいんじゃ、触るとこ少なすぎて萎えちまうわ。」
「・・・あんた胸、触ったのね。」
「おうよ、そりゃ―――ぐえっ。」
頬に強烈な衝撃が走り、椅子からころげ落ちた。おうおうおうと頬を抑えながら、蹲る。
痛みがだんだんと引いてくるまで蹲ると、ゆっくりと立ち上がった。
「おいおいおい、いきなりこれはないんじゃねぇか。びっくりして屁こいちまったじゃねぇか。糞我慢してたらどうする気だ。」
「あんたが糞漏らしたってどうもしないわよ。糞漏らしたらこの家から出て行ってね。糞漏らし野郎は家に置いときたくないの。あ、残念ながらあなたここから出て行ってもらうことになるわ。そういえば、屁こき野郎もお断りなの。」
「おめぇ、この家に男が入れねぇじゃねぇか。」
「そうよ、男子禁制、女の園。あんたみたいなクソ野郎は玉金とっても入れてやらないわ。」
こいつ玉金いいやがった。
「おめぇ恥ってもんはねぇのかよ。仮にも女だろ。そりゃ男ってもんはいい女に罵られれば、興奮してあれよあれよと猿になっちまうがよ、流石に時と場合を考えようぜ。」
「あんたもともと猿でしょ?あ、ごめんなさいね、糞だったわね。猿に悪いことを言ったわ。」
「おいおいせめて生き物にしろや。糞ってなんだよ。二文字しかあってねぇじゃねか。ってか猿でもねぇしよ。なんだぁ、俺の顔が猿顔にでも見えるってか。言われ慣れちゃいるが、それは慣れてるだけで気分は悪りぃんだぞ。」
「キーキー五月蠅いわね。」
俺はもう反抗するようにキーキー鳴きながら、猿踊りをする。おう、どうよ、本気だしゃ猿なんて下等生物、越えんぞ俺は。
「きゃっきゃっきゃ。」
室内に一際高い声が響き渡った。
「おう、お姫さんもお喜びだぜ。おめぇ俺が本気出せば、赤子も笑わせられんだぞ。」
「流石私の娘ね。あんたの無様な踊りを見て、嘲嗤っているわ。いいわ、もっと嗤いなさい、あのクソ野郎は子どもに嗤われると喜ぶみたいだから。ご褒美をあげなくちゃね。」
こいつ、ああ言えばこう言う。
「はっ、まだ子どもの方が純粋だぜ、こりゃ『私の王子様になってください』って喜んでんだ。」
「うわっ。」
「・・・けっ。」
その眼やめろその眼。はぁ・・・疲れた。
「寝るわ。」
「寝る場所違うわよ。」
「あん?」
「あんた猿なんでしょ?猿は木の上で寝なくちゃ。」
「はっ、今の猿は進化してんだよ、ベッドで寝ましょう猿だ。糞ったれ。」
「あ、ちょっと。」
後ろでブンブン五月蠅い女の騒ぎ声を、物理的に防ぐように扉を閉める。入ってこられても面倒だし、そのまま部屋にある棚を扉の前にずらした。
どんどんと一層喧しい音がするが、しばらくすれば止むだろう。
「あぁー疲れた。寝るわ。こりゃ夕方まで寝るわ。お昼過ぎても起きねぇわ。あー寝よ寝よ。」
隣の部屋まで聞こえるほどの独り言を呟くと、ベッドに横たわり瞼を閉じた。
「あぁーいい匂いだ。」
女の匂いがする。遠くで「匂いを嗅ぐなクソ野郎。」と叫ぶ声が聞こえるが気にしない。ってか、あいつ地獄耳かよ。
あぁ、ぐっすり寝れそうだ。
読んでくれている方がいて嬉しいです。
では今週もよろしくお願いします。