村への逃亡者 4
「おう!おばちゃん干し肉とパンと・・・実くれや。三日分だ。」
「あいよ、あんたなんかやらかしたんかい?すぐに噂になったよ。銀貨三枚ね。」
「まぁ、こんなだからな。なんもしなくても疑われるわな。」
そういうもんかねぇ。と、おばちゃんは言葉を切ると物が渡された。代金を支払うと、「あ、そうだ」と思い出したように話を続ける。
「なんか村はずれの方によ色っぺぇ女がいたけどよ、あれ何、訳あり?」
「・・・それ、下手に周りに訊くんじゃないよ。牢獄に入れられたくなかったらね。あれは、・・・」
と、おばちゃんが続けると殊更声量を下げて「騎士様に愛された女さ、あんたは近づくんじゃないよ。」と言って、野犬のように追い払われた。
「ふーん、愛された女ね。」
あんなとこで”愛された”ねぇ。面白い表現をするこって。
「あ、おばちゃん、すまね栄養がある食べ物幾らか追加でくれよ。」
銀貨五枚を先に渡すと、パンパンに膨れた袋を渡された。
袋を担いだ俺は商店から人ごみをすいすいと歩き家屋の隙間や屋根の上を歩き、視線を断ち切るように屋根の上で座り込む。ふと、ひゅう―――と冷たい風が流れた。
「けっ、どうすっか。」
その返事に灰色の雲は陽射しを遮り、呼吸をしているかのようにひゅうひゅうと風が吹き始めた。
けっ、けっ、っと口を鳴らすと俺はひょいと屋根から飛び降り森の中へと姿を消した。
サァァァァァァァ。葉が音を鳴らし雲が泣く。
ギィィっと俺は扉を押し開けると、小屋の主の視線を無視するかのようにどかりと椅子に座った。
「いやーすげー雨だ。あんたこりゃしばらく降るぞ。」
「・・・ここには来ないでって言ったはずよ。」
「あ?俺は馬鹿だからよ忘れちまったわ。」
「でていって、他に泊まるとこならあるでしょ。」
「あぁそりゃ、俺も泊まらないと不味いと思ってよぉ、宿に行ったわけよ。そしたらなんと天下の騎士様からの御言葉で小鬼みたいに汚れた者は泊まれないと。その横でクソ塗れの流浪の民が泊まっていく様を見たときはそりゃ腸煮えくり返ったわけよ。でもよ?ずっと外にいたら風邪ひいちまうわけだ。それでどうすっかと森を歩いていたらよ?なんとここに小屋があるってもんだ、こりゃー神様がここに泊まれと言っているようなもんだと思ったね。俺も敬虔な信徒だからよぉお?そりゃ神様の言葉を信じるしかないわな。」
長々とこれまでの辛い道筋を話した後、あぁ神様と手を合わせ、俺に祝福を騎士様に糞をと祈りを捧げる。
「ここは教会ではないわ。さっさとでていって。」
「おぉ流石神様の遣わした麗しの天使様だ。泊まってもよいと。ありがたやーありがたやー。」
俺はそのまま奥の部屋の扉を開けるとそのままドカリとベッドに腰を下ろす。女は扉を開けるとブンブンと俺の周りで騒ぎ鳴く。
「ねぇ私の話を聞いてる?さっさとでていって。」
「五月蠅い天使様だなぁ。ちゃんと隣の部屋から出て行ったじゃねぇか。」
「この家から出て行ってという意味よ。」
「まったく天使様だからってブンブンハエの物真似しなくていいんだぜ?―――いや、まてよ?そうか、最上の天使様だから最低のハエの気持ちを理解しようとしているわけだ。いやー流石は天使様お優しいこって。」
あっ、と俺は思い出したかように袋の中の物を棚に移していく。
「ちょっと、何よそれ、ここに居つくつもりじゃないわよね。」
「あ?んなわけねぇだろ、雨が続くまでの食料に決まってるだろ。あぁ、なるほどな大丈夫だ、これはお供えも兼ねているから天使様も食っていいぞ。」
「ほんと信じられない。あ、ねぇ、そこ寝ないで、汚い。」
「あんた口悪いな、いいだろ別に減るもんじゃあるまいし。」
綺麗な顔から想像できない口の汚さだ。
「清潔感が減るのよ。あと私の精神が汚染されるわ。だから出て行って。」
「ぐがっ」
「ぐがっ、じゃないわよ。」
腹部への凄まじい衝撃が俺を貫いた。俺は目を瞑りそれを我慢して寝る。雨で土がぬかるむ。綺麗好きな潔癖症はしばらく来ないだろう。まぁそれまでは、ここで雨宿りだ。