村への逃亡者 9
「おっデリスモア異端審問官が口唇の魔女を断罪だとよ。」
「そりゃすげぇな!最近じゃぁ悪食の魔女が北の王国食っちまったからなぁ。だいぶ、ぴりぴりしてんだろ。審問官一人殺して逃げたんだって?」
「だなぁ。なんでそんなことすんのかねぇ、どっかで静かに暮らしてりゃいいものを。」
今でこそ魔女狩り騒ぎは沈静化してきてはいるものの、五、六年前は酷かった。チープリカー片手にリバーサーモンのムニエルを口に放り込む。数年前に一人の魔女が帝国女帝ダリアを殺害したとして、魔女狩りが始まったのがきっかけだ。教会のやつら、これ幸いにと教会最高戦力である異端審問官を複数派遣して、手当たり次第に魔女を殺害して回った。
「おやじぃ、安酒ばっかで飽きちまったよぉ。もっと別の酒だしてくれよ。」
親父は眉間に皺を寄せると壁の棚から一本の酒瓶をカウンターへドンっと置いた。
「おほぉ!!こりゃ珍しいもんだすじゃねぇか。ウイスキーか。」
王都なんかだとよく見かけるが、こんな村で扱うことはほぼありえない。透き通った琥珀色の雫。これ一本で金貨一枚。一月分の食品を賄うのにお釣りが出る代物だ。それを取り寄せるのだ、ここではそれの五倍の値段は出るだろう。
「あー?開封済みかよ。なに、誰か面白半分で頼んだってか?」
既に一杯分ほど減っていた。
「チェイサーは?」
「いらん、これがあるからいい。」
ウイスキー片手にチープリカーを持ち上げる。
「酒に酒をちゃんぽんよぉ。うへっうへへ。」
ウイスキーのやけつくような感覚が舌を喉を胃を通り、血流がかっと燃え上がった。だがある時に治癒の魔女を殺してしまったことが不幸の始まり。これがきっかけで今日まで血生臭い争いが繰り広げられている。全てを治す魔女。ところ変われば聖女として祭り上げられる存在。王も、民も、同族である魔女も、幅広く癒し、数多の命を救った存在。そんな存在を殺したとあっちゃぁ後の祭りだ。今まで隠れ過ごしていた魔女が異端審問官を逆に狩り殺していったのだ。口唇の魔女、悪食の魔女、大言の魔女はその筆頭。穏健とも言える魔女を殺してしまった。炙る魔女に区別無しとまで噂されるほどの時世だ。穏健とは正反対に位置する彼女らは、当然、次狙われるのは私らだろうと疑心に満ちるのも必然といえよう。
「あ、なんかこじゃれた料理だしてくれよ。こんな男くさい料理以外によぉ。出せんだろ。」
「・・・肉、魚どっちだ。」
「肉だ肉。肉に決まってる。肉寄越せ。」
「あんた、肉は男臭くねぇのか。」
「なぁに言ってやがる。男臭いのに酒があうってもんよ。」
「じゃぁ、多少男臭い料理でもいいんだな。」
「ばっか野郎、おめぇ、男臭いけれど男臭くないこじゃれた料理ってもんを食いてぇんだよ。」
「・・・。」
親父が俺をゴミの視線で見ると、カウンターの奥へ消えた。
「そういえば、・・・五年位前にこの村に魔女がいなかったっけ。」
「そうだったか?魔女なんかいたら覚えてるもんだが。」
「ほら前の村長の家の。リカルドと夜逃げした。」
「あぁ、ってあれ審問官が違うって言ってたじゃねぇか。」
「いーや、ありゃ魔女だったね。あの美貌、普通じゃ手に入るわきゃない。きっと何か呪いかなんかをしたんだよ、ありゃ。」
「そりゃ、綺麗だったがよ。王都だとどこも別嬪さん揃いだって聞くぜ?」
「んぅ、まぁそうなんだがよ。それによ、聞いちまったんだ。ここにな、何かあるんだってよ。」
酔いどれのおっちゃんは心臓の位置に指を指して、つまみ話に興じる。
魔女の特徴はその突出したまじないだった。ただ薬草から作っただけでは得られない凄まじい効能をもった薬、熊や犬、牛といった動物から鳥、魚とまで会話が出来る力、欠損した腕や脚、さらには内臓といった物まで治す治癒のまじない。それらは太古から受け継がれ、または時代と共に新たに生まれていった。医術という存在が確立するまでは怪我や病は彼女らに頼めば安心とまで言われたほど。
しかし時代変わるとまじないは呪いと言葉を転じた。呪い。人を呪い、物を呪い、国を呪った。
狂った魔女は人を人形にした。イカれた魔女は地形を変えた。呪った魔女は国を滅ぼした。それら民に害意ある魔女を殺すのに、国は大多数の命を散らしたという。聞けば、一人の魔女を殺すのに小国の約半分の人口を犠牲にしたとかなんとか。まぁ、噂だ、本当と嘘が入り混じった思惑交じりの噂話だ。
そのなかで唯一事実があるとすれば、その大多数を犠牲にした末に、彼女らの左胸の位置に、宝石が埋め込んであるということを突き止めたことか。
それを砕くと彼女らは力が無くなるのだそうだ。
それからは魔女を少ない犠牲で殺すことができた。
そしていつしか魔女という運命に疲れた者の中に、争いから逃れる術に魔女の力の源泉たる宝石を捨てる者が現れたのだ。魔女の証である宝石が無くなれば、それはただの人であり、村人、町人となんら変わりないのだから。
「おらよ、これ食ったら帰れ。店じまいだ。おめぇらもそれ飲んだらさっさと帰れ。」
親父の言葉に返すように、丸テーブルで座っていた男性らは一息に酒を流し込むと席を立った。
帰り際に、
「ひゃー恐い恐い腕利きの料理人は覇気ってもんがあるんかね。俺も料理人になろうかね。」
「おめぇーにゃぁ無理無理、出来て豚小屋の飯くらいだ。」
と笑いながら、戸を開けて出て行った。
ディア―とレモンソースかけ。この酒場には似つかわしい料理が俺の目の前に置かれた。こじゃれた料理をだせっつったが、ガチもん出してきやがった。こりゃ、王都でもいいとこ行かんとそうそう出ねぇもんだぞ。
「あーうめぇ、なんだよ。こんなうめぇもん出せんならさっさとだせばいいのによぉ。」
「面倒だ。あんたも早く出ろよ。」
「けっ、はいよ。で、いくら。」
「銀貨五枚。」
「・・・おい、こりゃそれで済む代物じゃねぇぞ。」
酒しかり食い物しかり。
「既にそれの支払いは済んでいる。注文主はそれで満足している。食い物は残り物だ気にするな」
「―――けっ、残り物かよ。」
俺は金貨一枚を置くと酒場を後にした。
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