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ずいぶんと壊れてしまった日常をたて直していくの章

 八神の死体が発見されてから4日。

 学校はふたたび休業と成った。

 或いはもう再開しないんじゃないか。

 そういう雰囲気さえ在った。


 僕ら三人は街のエクセルでミーティング。

 八神の第一発見者、三條烏丸は、その時はさすがにショックを受けていたようだったが、今はさすがに回復したようだ。

 …少なくとも、僕らと話をしてくれるようにはなった。

 「全く、ウチの学校は一体何人、人が死ぬんだろうな」

 「病死、事故死ならまあ、他の学校でも間々あることだけどね。こう、他殺が続くとな…」

 「…他殺? やっぱり他殺なのか?」

 「まあ、自殺の可能性もなくはないですけどね」

 三條烏丸は飲み込めないものを飲み込もうとしているかのようだった。

 「まあ、そうだよな。あんな死体だったわけだし」

 あの後僕ら(というか、主になな美)は簡単に死体を調べた。

 死因はどうも窒息死で、何か柔らかい布で首をしめたらしかった。

 それと、手首、足首にも、何かで縛ったような後があった。

 薬物なんかを飲まされたかどうか、と言った科学的なことはわからないから、直接の死因になるかどうかは不明だが、八神矢吹は、とにかく、首を締められた。

 「となると問題は、だ。一体どうやってあそこに入ったかだな…」

 三條烏丸が聞こえる程度の小声でつぶやいた。

 「あ、そうか。屋上は…」

 「基本的に立ち入り禁止なんでしたね」 そう。前にも書いたが、屋上に立ち入ることができるのは、生徒会の面々と、先生方に限られるのだ。

 「これも密室と言うわけですか…」

 なな美は呟いた。

 「…いや、違うな」

 そう言った僕の言葉に反応し、二人が僕を見る。

 「今回は『先生』と『生徒会』なら入れるんだろ? これはトリックなんかじゃなく、僕らにとってヒントになることだ」 …と僕が言うと、三條烏丸がむっとした顔で僕に言った。

 「なんだよ。犯人が生徒会の人間だって言うのか?」

 おっと、前の発言は不適切、というか不十分だったようだ。相変わらず、生徒会は仲良し集団なんだから。他の生徒会員の腹を探られるのは、自分のを探られるのと同じってわけか。

 「あ、ごめん。言葉が足りなかったな。違うんだ。僕が気になっているのは『生徒会』ではなく、『先生』の方だ」

 これはこれで三條烏丸は吃驚したようだった。

 「この事件に、先生が絡んでいると」

 「ああ。それはもう前の事件からして間違いない。だから、この事件が前の事件の続きならば、やはり先生が深く絡んでいるんだ」

 今回僕らは、とりあえず事件は『連続している』と考えて話を進めることにした。八神と言う人間は、少なくとも第一事件の中心にいる一人であることには間違いないからだ。


 「さて、今回の事件の話は、とりあえずこれくらいにしておきましょう。それより、三條烏丸くんに聞きたいことがあるんですよ」

 「なんだよ。生徒会の内部事情とかならお断りだぜ」

 「残念ながら生徒会の内部事情とかには興味ないんだ。僕らが知りたいのは、以前三條烏丸が話してた、市ヶ谷の喧嘩のことだ」

 質問一

 「まずさ、どうやって知ったんだよ」

 「えっ?」

 「おまえは気づいていないのかもしれないが、あの喧嘩を知っている生徒、ほとんどいないんだぞ」

 「えっ、やっぱそうなのか。良かったあんま広めないで。あのこと言ったのは、おまえだけだからな」

 「で、何で知り得たんだよ」


 「いや、正直知ったってほどのもんじゃないんだよ。二学期の始めに、9月の3日くらいだったかな。職員室に行ったら市ヶ谷が指導室に連れて行かれるのみてな。で、違う先生方が、なんか、喧嘩らしいみたいなこと話してたからさ、まあ、そういうことなのかなと」

 「なるほど。じゃあ、直接誰かから聞いたとか、そういう訳じゃないんだな」

 「そうだな。実際あの後校内でそのことに関しては何も聞かないからさ、おれの聞き違いかな、とも思ってるんだが、どうなんだかな」

 「でも、市ヶ谷くんが指導室に連れていかれたのは確かなんですよね」

 「ああ、それは実際におれが見たからな」


  たぶん、教員たちの間でも話は錯綜してしまい、市ヶ谷が指導室に連れて行かれた時は、指導役以外の教員の中には、十之上同様ただの喧嘩だと思っていたやつがいたんだろう。

 だから、たまたま三條烏丸が職員室に入った時はまだガードが緩く、少なくとも職員室では、喧嘩の『事実』が流れていたのだ。

 …なぜ、その時情報が錯綜していたのか。それは…。

 その時はまだ事件が起きて間もなかったからだ。

 「9月3日の、何時頃だ? 三條烏丸が職員室に入ったのは」

 三條烏丸は想い出すように天井をみた。

 「んーと、あの日は結構生徒会の仕事してたからな…たぶん夕方の五時から六時の間ってところだな…」

 なるほどね。


 質問二

 「相手のことについては、何か聞いていないのか?」

 「さっきも言った通り、はっきり聞いたわけではないが、奥で話してた先生は確か銀龍学塾の話してたから、もしかしたらそこの生徒かもしれないけど…」

 銀龍学塾…。

 「あの、金持ちしか行かない高校か…」

 「定員の八割が推薦で決まり、推薦というのは実質、『お家柄』で決まると言われているところですね」

 「或いは、高額の『寄付金』を払う約束の下、推薦を有利に進めることもできるとか」

 表にある裏口入学ってわけだ。

 「だったら、もちろん親は『セレブリティ』でしょうね」

 「ああ、もちろん」

 「息子が喧嘩、まして凶器を持っていたりしたら…」

 「困るだろうな」

 だから、話は穏便に流された上で、『なかったことに』されて行ったんだ。

 まあ、そんなもんだよ世の中なんて。


 「でも、あの喧嘩の事件が今回のこれになんか関係があるのか?」

 「確証はまだだが、恐らくは…な」


 ただ、組み立てはまだ不十分だ。

 平凡な表現ではあるが、組み上がっていないパズルの状態。

 あるいは空間に点在してはいるが、線でつながっていない状態…。

 でも…。

 「第一、第二の事件は、あと一枚ピースがあれば、うまくいったら完成するかな」

 「そうですね。それにはあの子の回復を待つしかないでしょう」

 そう。あれ以来、いまだカウンセリングを受けている虹宮星沖。僕らと同じミス研で、しかも第二の事件の被害者の姉。

 あとは、彼女の話によって、或いは真相に近づけるだろう…。

 「あとは、八神矢吹の件だな」

 「『どっち』でしょうね」

 「さあ、『どっち』だろうな」

 僕らは、この最後の事件についても、大凡二つのシナリオを描いていた。

 まだ確証がないからここでその双方について語りはしないが。

 もう少し経過を見れば、或いは自動的に真相が見えてくるかもしれないが、それではあまりよろしくないだろう。

 ここまで死んだ人数は三人。いくらなんでも、これ以上被害者を増やさない方が無難だ。


 「まあ、最後に残ったやつが犯人っていう解法も、なくはないですが」

 僕が呟いた。


 「…でも、虹宮はまだ回復しないのか?」

 三條烏丸が僕らに問う。

 「そうですね。あの日よりは大分ましになりましたけど…この先もフラッシュバックなど精神的疾患には悩まされることになるでしょうね。元々、精神的にも身体的にも脆い子ですから…」

 「まあ、妹はあいつにとって一番身近かな存在だったからな。傷はかなり深いだろうな」

 虹宮の障害は先天的なものだった。元々脳に障害があり、言語能力が健常者に比べ劣っているのだ。

 また、それ故に感情を上手く表現できず、一時期人とのコミュニケーションが、家族も含め充分にとれなくなってしまったため、精神的にも、病みがちになってしまったのだ。

 それにつけても、どうにか普通の高校生活を送れるようにまでなったのは、妹の星美の助けによるものであった。

 星美は星沖の心の支えだったということだ。

 「それだけに、あいつの所には話、聞きにいけないんだよ」

 「恐らくは星見さんについて一番よく知っているのですが…」


 「しかし、どうしようか。このままじゃ本当に犯人以外の関係者が全員死ぬ流れに…」

 僕の言葉を、なな美が手を差し出して止めた。

 「もう一人、会うべき方がいますよね」

 そうだった。

 虹宮のことで頭がいっぱいになって、つい忘れていた。

 「謎の茶道部員だな」


 質問三

 「必ず最後まで学校に残っている謎の茶道部員て誰だ?」

 「ああ、九十九ヶ丘のことか?」

 これはあまり知られていないことだが、生徒会と言うのはやたらと遅くまで残っているのだ。

 だから彼が例の茶道部員を知っている期待値は、大いに高かった。

 「九十九ヶ丘?三年生か?」

 「ああ。もうすぐ引退するが、一応部長だ。茶道部ってのも、意外と遅くまで残っている部だからな。それで部長の九十九ヶ丘は、先生方とも仲がよくてね。必ず戸締まりを確認するのを手伝うようになったんだ。

まあ、少し几帳面すぎる感があるけど、優しいまじめな人だよ。この学年で言うと、八神に近いんじゃないかな」

 僕らは既に八神についていくつかの『実態』とでも呼ぶべき事実、あるいはそれに脚色された逸話を聞いたりしていたので、すでに、まじめ=八神という感覚は消滅していた。

 しかし、まあ死んだ人の実態を暴くと言うのも気が引けるし、八神についての話の全てが事実かどうかはわからないから、ここはとりあえず適当に同調して於いた。

 「それで、九十九ヶ丘さんがどうかしたのかい?」

 「九十九ヶ丘さんと市ヶ谷くんとは、なにか交流がありましたか?」

 三條烏丸の質問に答える代わりとして、さらになな美が質問する。

 「さあな、おれは知らないなあ。だいたいあいつと茶道部なんて全く接点ない気がするが… ま、それを言ってしまえば、八神と市ヶ谷だって、なにがきっかけで付き合ってたのかわからないけどな…」

 三條烏丸はその先に更に言葉を付け足そうかどうか一瞬悩んだ後止めた。そして、テーブルの上の、氷で薄くなったカラメルマキアァトのグラスに、意味もなく視線を落とした。

 「九十九ヶ丘さんですか、その方とも話がしたいのですがね…」

 三條烏丸は一瞬怪訝そうな顔をした。

 「…ああ、でも、今は学校休みだし、おれも連絡先とかは知らないんだよな…」

 「とりあえず、下の名前は何というのですか」

 「ん、ああ、亞希茄だよ。九十九ヶ丘亞希茄さん」

 漢字で八文字の名前の人なんて、はじめて聞いた。

 それを言えば三條烏丸もかなり珍しいか…。

 「でも、うーん、学校再開を待つしかないんじゃないか?」

 「そうはいかないんだよ」

 そう。それでは遅いのだ。もし学校が再開されたら、もう一人、死者がでてしまうだろう。

 僕らの中の(生存している)重要参考人は二人。

 第四の事件が仮に起きるとしたら、内一人が被害者。もう一人が加害者だろう。

 なんとしても、それは阻止したいところだ。

 正直言って、もう一人死なせてしまったら、僕らはなにも事件を解決に導けていない。

 ただ、犯人本人の行為によって、犯人があぶり出されただけだ。


 そう、事態は意外と僕らに分が悪い。

 まあ、僕らは自然といつも分が悪いのだけれど。


 僕らはそこまで、三條烏丸と別れ、そのままスタバでミーティングに入る。

 「さて、まだピースは少なくとも一つ足りないが、ここまででの僕らが掴んだ情報を整理してみようか」


 まず、市ヶ谷の喧嘩は実際にあった可能性がたかく、相手は銀龍学院の生徒と思われる。

 しかし、その事実は双方の学校や、恐らくは相手方の関係者によってもみ消され、多くの人は知らない。

 また、市ヶ谷には彼女がいて、その彼女もまた、この事件には関わっているかと思われるのだが、その彼女は、僕らは八神矢吹だと認識していたが、彼の妹によれば、『茶道部の子』だと言う。

 ちなみに八神はやはり茶道部に所属していなかったし、していたこともなかった。

 ちなみにその八神、真面目だと言う評判なのだが、実際はよく保健室へ行き、授業を休んでいた。学校関係者の大多数は、実際に体が弱いのだと信じている。

 しかし、少なくとも一度、市ヶ谷と八神が同日同時限に保健室に抜けている上、八神がなにものかと保健室でいかがわしい行為をしていたという証言もあり、単なる病弱、ではないようだ。

 9月2週目の水曜日から市ヶ谷は学校を欠席。ただ、二限の頃に目撃者があり、教室に顔を出さなかっただけで、学校には来ていたと思われる。

 翌日の放課後、僕らが市ヶ谷の死体を時計塔内部で見つける。時計の遅れ具合から推測して、彼が歯車に押し込まれたのは、前日の昼頃と思われる。

 さらに同日夕方、虹宮星沖が妹、星見の他殺体を発見する 。死亡推定時刻は調査により、前日夜九時頃とわかる。

 しかし、その時刻には、この校舎は完全に施錠されるので、これは一種の密室殺人というものである。

 後日、保健室の先生に確認したところ、冷凍室の中が全てなくなって、中が伽藍堂になっていたという。

 また、他のキーパーソンとして教師、十之上がいる。

 彼は、市ヶ谷の喧嘩に関して事情を知っている可能性がある。

 ちなみに9月3日当時、彼は喧嘩事件の全体像をあまり把握できておらず、市ヶ谷に厳しくあたってしまったが、その後、市ヶ谷の正当防衛性が見えたため、態度を変化させたとのこと。

 また、彼は星見に度が過ぎた好意を抱いていて、星見からはすこし嫌がられていたという話もある。

 また、彼は八神をよく知らない、と言う。

 僕らがここまで調べた、先週木曜日、八神の死体が発見。今回は柔らかい布で首をしめられた窒息死。発見場所の屋上は一般生徒は立ち入れず、入れるのは基本的に先生と生徒会だけだ。

 そして最後。この学校の窓や各ドアの施錠を確認するのは九十九ヶ丘亞希茄。三年の茶道部長である。

 ただ彼女は屋上の鍵は入手できるポジションにはいないと思われるので、屋上への侵入は通常不可能であると思われる。


 「とまあこんな所か」

 「いえ、一つ重要な噂話を削除してしまっています」

 そうだった。

 もう一つ。

 八神は、教師をゆすっていたか、あるいは教師とただならぬ関係にあったと言う噂がある。

 「これだろ?」

 「そう。それは非常に重要な鍵ですよね」

 「さて、これから調べたいことは…

 九十九ヶ丘亞希茄さんについて。

 9月3日の喧嘩について。(事実確認)

 星見について。

 …こんな所かな」

 「そうですね。容疑者が二人に絞られている今、他の謎や状況証拠は、そのままにしておいてもある程度差し支えないでしょう」


 さて、シナリオはもう少しで完成する。

 さっきも言った通り分は確かに悪いが、いずれにしても、この探偵ごっこももう少しで終焉ってわけだ。

 僕らはもうひと頑張りの気合いを入れ、スタバをあとにした。


 さらにその後、僕らは銀龍学院の近くのカフェに入る。

 もちろん銀龍学院の生徒を待つためだ。

 「どうせなかには入れないでしょうし、入っても先生からはなにも情報は得られないでしょうから、外を歩く生徒から話を聞いた方がいいでしょう」

 時間は午後2時。普通の生徒は下校し始める時間の筈だ。

 僕らは窓から銀龍学院へ伸びる道路を見ていた。

 人通りの多い通りで、僕らがいまいるようなカフェやファストフードなどの飲食店や雑貨屋など、学生向けの店がたちならぶおしゃれな感じのするところだ。

 「ま、銀龍にはふさわしいってところか」

 まだ、高校の制服を着ている人はいない。それでも、多くの人が行き来する。若い人が多い気がするけど、大学でもあるのだろうか。


 十分ほど経つと、ちらほらと制服を着た人が交差する人の流れに混じり始める。

 少しずつ、私服の人の流れを、制服が浸食していく。

 僕らはそれを眺めている。

 「そろそろいかないのか?」

 と、僕が聞いたちょうどその時、三人の男が店に入ってきた。

 三人とも髪を明るめに染め、なんだか、軽そうな感じ。

 夏服の上の方のボタンを開け、なんともだるそうにしていた。

 「あの人たちに聞いてみましょうか」

 そういうと彼女はつかつかと一人男の群れに近づいていく。て、おい、それは攻めすぎじゃないか?

 色々危険だったりするんじゃ……。


 僕の背では(その席は僕の位置からだと背後にある)なな美のかわいい子ぶった声が聞こえたのを皮きりに、なんだか盛り上がっていった。

 僕は怪しまれるのがイヤなので、知らないふりをしていた。

 意外とうまくいくもんだな…やっぱりこうゆうときは女の子なのかな…。

 しばらく盛り上がったかと思うと、今度はなんだか声のトーンが下がったかのように思える。

 決して敵対的な雰囲気には聞こえないが、楽しい話をしている風でもない。

 逆に、うまく聞き込みが進んでいるって事か。


 しばらく知らないふりをして、僕は窓の外を眺めていた。

 いまが下校のピークらしく、私服と制服は半々くらい。

 同じ高校生でも、僕の高校とはだいぶ雰囲気が違った。

 隣街に来ただけだって言うのに、こんなにも違うとは。

 まあ、銀龍学院は特別なのだろう…けど。


 五分ほどして、なな美は戻ってきた。

 喜々としたその表情からして、収穫はあったようだ。

 「どうだ。喧嘩のことはわかったか」

 なな美はすこしもったいぶってから、質問に応える。

 「いえ、喧嘩については彼らは何も知りませんでした。

 …ただ、9月3日にある男子生徒が『不慮の事故』で亡くなったそうですよ」

 ほう。

 不慮の事故、ね。

 「生徒の名前は十三田巳波。『みなみ』って言ってももちろん男の子ですよ。

 『不思議なことに』、曰く付きな芸能人よろしく、親族のみの完全な密葬だったため、学校関係者は全く葬儀に参列していないそうです」

 「まあ、葬儀に出たら、多少なり、遺体を見ることになるからな」

 確率が低いとはいえ、刺し傷が人目に触れることを危惧したのだろう。


 まあ、その巳波くんが、市ヶ谷を襲ったとみて、間違いないんだろう。

 「十三田くんは、学校内では多少悪ぶった生徒で、喧嘩なんかはよくやっていたようですよ。あくまで噂ですけど」

 「ま、火のないところにはなんとやら、だしな。よりによって9月3日だって言うんだから、間違いないだろうね」

 そして、なな美はまだ得意気顔。まだなにかあるようだ。

 「実は、もう一つ『気になる』話を聞いたんですよ」

 「というと?」

 「実は、十三田くんは二年生なんですが、私たちの高校に、年下の女の子の知り合いがいるらしいんです、

 ………………

 それも、

 その子には、

 双子の姉がいたとか」



 次に会う相手が決まった。

 しかし、その子と事件の話をするのにはさすがのなな美も気が引けるようで、その日の内に彼女の家に直行することはしなかった。


 そこからしばらく僕らは動きを止めた。

 ミーティングもせず、取り調べをすることもなかった。

 全てはあと一歩なのに。


 僕は秋の夜長を一つ、また一つと、もどかしさを感じながら渡った。

 学校が始まるまでは安心だが、安心なのは学校が始まるまでだ。 学校が始まるまでにシナリオを提出しなければ、僕らは敗北者だ。

 エンディングは迎えられるが、所詮は4人が犠牲になるバッドエンド。

 シナリオはあと一ページだけ。


 そんな中、遂に学校が再開されることになった。

 再開は10月5日から。そういえば、もう10月になっていたんだな。

 とりあえず何かしなくちゃ、と言う気持ちで、僕は市ヶ谷の妹に会いに行く。

 彼女にも確認事項が一つあるのだ。

 「どう? 犯人はわかりそうなの?」

 第一声、大月は僕に尋ねた。僕は、まあ、と微妙な返事をしておいた。

 それにしても、兄を亡くしたにしては、こちらは随分と普通だ。

 事件前にも会ったことは何度かあったが、その時と印象は殆ど変わらず。暗くもなければ、無駄に明るくもない。

 強いというか…ドライというか。

 「それで、聞きたい事って?」

 彼女は話を促す。

 「あのさ、葬式の時に、九十九ヶ丘って人いなかった?」

 変わった名前は、こう言うときには便利だ。

 いれば人の印象に残るから。

 「あ、いたいた。亞葵茄さんだよね。確か。直接話はしなかったけど、なんかキレイな人だったみたいよ」

 「やっぱりそうか。どうも、その子が本当の彼女のようだ」

 僕的にはなかなかのスクープのつもりだったが、大月はさほど驚かなかった。

 「へぇー。やっぱり茶道部の人?」

 「ああ」


 「でも、じゃあ八神さんは何だったの? 先日殺されちゃったんでしょ?」

 大月は、含みがあるのかないのかわからない調子で言う。

 そう。実際八神と市ヶ谷が一緒にいるところは目撃されている。

 最早事件のピースとして不要だから本腰で調べてはいなかったが、あいつらは一体…?

 その時、僕はもう一つ別の、より真実的で合理的なシナリオを組み上げた。


 事件に不要なピース?

 本当に?

 ひょっとしたら全く逆なんじゃないか?

 事件の核はそこにあるんじゃないか?

 八神は市ヶ谷に何かを要求していたって話しがあった。

 八神と市ヶ谷が会い始めたのが9月以降なら話は簡単だ。

 恐らく喧嘩のことでゆすったんだろう。この事件は学校ぐるみで隠してたわけだし、いくら正当防衛とは言え、人を殺したことを知られたくない、というのはあるだろうし…。

 ただ、実際に八神と市ヶ谷が付き合っているって噂は8月からあった。

 考えられるのは、ゆするネタは事件とは別のことで、もっと前の時点から市ヶ谷に関係することである。

 或いは、元々は八神は市ヶ谷をゆするつもりはなく、何らかの理由で二人はあっていたが、八神は事件のことを知り、ゆすり始めた。

 いずれにしても謎は残る。

 前者ならそのネタは一体何なのかって話になるし、後者なら何故二人は会っていたのか…。

 市ヶ谷の彼女は九十九ヶ丘に間違い無さそうだし、八神の彼氏も別にいると思われる。

 互いに二股だったんだろうか。

 八神は最早それ位のことはやりそうな感じがするが…市ヶ谷はちょっとそうは見えないが…。

 かといって、例の喧嘩以外のことで、市ヶ谷をゆするようなネタって何だ…?

 市ヶ谷は確かに、決して模範的学生と言うわけではなかったものの、それ程後ろめたい話も聞いたことがない。それは市ヶ谷本人に限らず、市ヶ谷の家族についてもだ。

 決して普通の家族の範疇に収まらない家族ではなく、やはり後ろめたいことは聞いたことがないが…。

 「こんなことはちょっと聞きづらいんだけど、夏休み頃に、家族でなにか変わったことってあった?」

 僕は目の前に大月がいるのを思い出し、彼女に尋ねる。

 「ええ?変わったことって…どんな?」

 「何でもいいんだけど」

 具体例はあげにくいんだけど…。

 「そうだなぁ…うーん、たぶん兄ちゃんに彼女できたことが、一番のニュースだったと思うよ。それ以上のことはないかな…」

 あ、そうか。なにも家族とは限らないんだ。

 丁度そのころ彼女が出来たんだとしたら…。

 …彼女、つまり九十九ヶ丘亞葵茄に関することで何か弱みを握られていたのか…?

 目の前では大月が首を傾げている。

 やっぱり九十九ヶ丘亞葵茄の話を聞かない訳には行かなそうだ。

 本人と、そして関係者をあたってみるか。

 僕はそのあともしばらく無駄話をしたあと、市ヶ谷家をあとにした。


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