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第二話:虹宮殺人事件

 セッション。

 一人が向い合い。

 構える。

 木曜日の光景。

 今日はいつにもまして本気だったけれど。

 僕はまずなな美に先ほどの話をできるだけ、会話に沿って―下手な要約を加えようとせず、下手に感情を交えようとせずに―つぶさに話した。

 「…なるほど。では、気になる點をピックアップする前に、私の話をしましょう」

 「なな美は一体誰と話したんだ?」 彼女はふふっ、と笑い、

 「市ヶ谷大月。彼の妹さんです」

 「…おまえ…」

 妹に伝えたのかよ…あの惨状を…そりゃあ確かに家族だから間も無く知らされるけどよ…。

 「…ご心配なく。その事実は彼女に伝えていません」

 「…そうか」

 良かった…のかはわからないが。

 「下手に身構えられるのもあれだったので…それで、私の質問はまず、兄がこのように消息を絶つのはよくあるのか、という所から始めました。

 これに対しては『一泊くらい勝手に外で泊まって来ることは珍しくはないかな。でも一日連続で、しかも学校を休んでってのはあまりなかったかな…』と答えました。

 次に、心配じゃ無いんですか?と、聞いた所、

 『別に。あたしの家は割と自由奔放で通ってるしね。特に気にはならないな。あまり仲がいい訳でもないし。あ、特に何かあったわけでもないけどね。この年になれば、異性の兄妹だし、多少距離はあくよね』と、素っ気ない返答がありました。

 そして、兄さんになにか最近変わったことはなかったでしょうか、とお聞きすると、

 『これと言ってないと思うけど…あ、そうだ、兄さん最近彼女ができたみたいね。なんて言ったっけ。あたしの友達と同じ茶道部の先パイだったかな。でも何だか付き合って早々うまく行ってない感じなんだよね。兄さんそう言うのあまりなかったしね。 …そうそう、あと最近十之上先生と仲が悪いみたいなんだよね。なんでかな。兄さん、喧嘩っ早いから生徒指導役なんかとはうまくいかないのはわかるんだけど。十之上先生は指導役じゃないし、あの先生温厚で有名じゃない』


 それだけですか?

 『…そうだな〜…そんな所かな。ま、早い話が大してきになることはないってことね』」

 まず気になる点。

 「…八神って…部活に入ってないんじゃなかったかな。そんな暇あるなら勉強するようなタイプだしよ」

 「でも、お相手は八神さんで間違いないんですよね」

 「…ああ、僕や麓郷屋たちの聞いた限りではね。実際一人でいるところも何度かみてるしな…」

 「では、『茶道部の女の子』とは誰なんでしょう」

 わからない。市ヶ谷大月が忘れている以上。

 「それからあとは十之上のことだな」

 「はい、妹さんは先日喧嘩のことは特に気にしている風でもなかったのにそちらの先生との関係は、やはり、市ヶ谷くんから聞いていたようですね」

 「喧嘩の話とは別に何か確執の理由がありそうだ」

 「ただ逆に、喧嘩のことを妹さんが全く話に出さなかったのは多少気になりますね。そう言うことはよくあったとは言え、やはり、ああいう風に聞いたならば、話の端くらいには出しそうなものですが…」


 「そういえば、喧嘩の話はおれも聞いたことなったかな…最近指導室にあいつが行っていたのと、十之上のことなんかは聞いた気がしたけど」

 そう、喧嘩のことを知っている人は、確かにあまりいないんだ。

 まあ妹さんが本当に知らなかったのか、興味がないのかは微妙なところだけど。

 「それに、あいつ喧嘩したにしては、最近ケガとか全然してなかったな。体育なんかで着替える時も、目立った痣なんか見覚えないし…」

 十之上との関係。

 八神との恋愛。

 茶道部の女の子。

 喧嘩の話。 …とりあえず気になるはこんなところか。

 まだ事件の真相は遠そうだ…。

 「ところで、虹宮は?」

 「そういえば、ここに戻る途中トイレに寄ると言って別れたっきりですね。よほど切羽詰まっていたみたいで、旧館のトイレに入っていきましたよ」

 …それにしても、遅いですね…。なな美は時計を見て言った。

 時計塔は時を止めている。市ヶ谷はもうあの狭い歯車のなかから出してもらえただろうか。

 彼を出す作業をする間は、当然時計は止められるだろうが、彼が出された後も、しばらくは止められたままなのだろうか。


 その時、虹宮が部屋に入って来た。

 見るからに様子がおかしかった。

 顔は青ざめて、躯はがたがたと震えていた。

 しばらくの間冷蔵庫で冷やされて、今出て来って感じだ。

 「ん? どうした?」

 返事がない。いや、返事をしようとしているが、うまく伝えられない…そんな様子だ。


 元来言語障害を持つ虹宮。不安定な状況下に置かれると、一層言葉を発するのが困難になる。

 震えている。

 恐れているように。 飲み込めない状況を恐れている。

 そんな感覚。

 現実が現実感を失う。

 真実が事実を否定する。

 事実が真実を裏切る。

 彼女がやっと発した言葉は…

 「旧館…トイレ…」


 その後虹宮が一寸前の光景を思い出し取り乱し混乱し泣きわめき崩れ落ち、我が妹を失ったことを否定し拒絶しながら恐れおののき取り乱し混乱し泣きわめき崩れ落ちたことは言うまでもなく。

 なな美は相変わらず冷静ながら、珍しく優しく虹宮を落ち着かせた。

 その間に、僕が件のトイレへ向かう。

 事態は非常に簡単だ。ただ非現実的で、悲劇的、悲惨的なだけ―

 女子トイレに入るとすぐ。

 目の前に、一人の少女がぶらさがっていた。

 首に縄がかかっていた。

 地に足がついていなかった。

 一人の少女が死んでいた。

 虹宮星見が死んでいた。



 遺体は先ほどの市ヶ谷のそれに比べれば、人の形を保っていた。

 だからこそその顔を見て取ることが出来たのが逆に辛い。

 そこには双子の姉虹宮星冲とまさに影鼬つの青ざめた顔があった。 自分と同じ顔の死体を見るのは如何なものなのだろうと、わかりもしないのに星冲の気持ちを想像した。


 事態は非常に面倒だ。 ただ、一人の人間が同日の内に死が確認されただけ。



 僕が死体を発見した後二時間後。

 僕となな美はエクセルで飲み物を頼んだ。

 勿論それを飲む気にはならず、ただ話す場所を確保すべく頼んだのだ。

 因みに星沖は既に帰している。星見を看取りに来た親と共に。

 「このように、捜査中に新たな事件が起こる場合、その為に話が振り出しに戻る場合と、かえって手掛かりが増える場合があります」

 「まだ、そのいずれになるかはわからないが、虹宮星見と市ヶ谷の関係性は非常に稀薄だと言うことは今のところ間違いなさそうだ。学年もクラスも性別も性格も生活も部活も違えば、接点もかなり薄い。もちろん同じ学校だから皆無ではないが。せいぜい市ヶ谷大月が星見と知り合いってだけだ。それだって別に仲がよかったんじゃなく、ただ同じ学年だから知っていた、と言うだけのことだ」

 

 「つまり、一人に何らかの共通項があり、それに関して怨みを持つ者が犯人…とはいかない訳ですね」

 「…いまのところはな。そもそもこの一つ、確かに近い時期の事件だが、所謂連続殺人って言うヤツなのかどうかもまだわからん」

 本当に共通項は『時期』だけの可能性があるんだ。

 「とりあえず、一つを完全に分けて考えて見てはどうだろう。その方が、本当に一つの事件に関連がないなら、話は進めやすいし、あるにしても、その内何らかの共通項が浮き出て来るはずだ」



 「まあ、何にしても、まだ情報が少な過ぎますね。この件は来週までの宿題にしましょう。それまでにお互い聞き込みをして、また木曜日にミーティングをしましょう。さて、もう時間も遅いですし、今日は解散です」


 次の日から数日間、学校は休みになる。

そういえばこういうときには学校が休みになることは何となく考えに入ってなかった。

 その間に、市ヶ谷、虹宮星見両者の葬儀はしめやかに営まれた。

 結局学校は翌週水曜日から始まることになるわけだ。その間にも僕ら(星冲はむりもないことながらショックから立ち直れず、事実上僕となな美の一人)は、捜査を続けた。その間僕ら(ミーティングがまだなのでなな美の方はわからないが)はそれぞれ収穫を得ていた。しかし、情報を掴めば掴むに従い、事件の奇妙さが浮き彫りになっていくのだった。


 まず、市ヶ谷の方だが、どうも八神との関係は『普通の恋人』ではない感じだったらしい。

 この件については僕も生前の市ヶ谷からあまり多くを聞いた訳ではなく、せいぜい時々一人きりで会っている…くらいのことしか解らなかった。しかし、八神のクラスメートの話に拠ると、一人の会話は恋人と言うよりは、契約関係、或いは主従関係に近いような、そんな様子だったらしい。実際保健室(当学校は保健室の先生がしばしば留守にする為、保健室は格好のサボリプレイスなのだが)で一人は何か金銭絡みの話をしていたと言うのだ。

 しかも驚くことに、金を巻き上げていたのは八神の方らしかったとのこと。そもそも八神が授業をサボること自体意外だったが、クラスメートに拠ると、彼女は体が弱いので、しばしば保健室に行っていたようなのだ。

 先生方は当然何度も彼女が保健室に行くことを知っていたが、優等生の八神のことだから、まさかサボりではないだろうと、彼女の体調不良というすっかり信じていたのだ。

 ただし、保健室で二人がサボって会ったのは一回か、せいぜい数回のことだろう。

 八神は確かに時々保健室に行くからと行って怪しまれはしないが、プラスで市ヶ谷が同時刻に何度も保健室に行っていたとしたら、それはさすがに怪しまれるに決まっている。そもそも市ヶ谷が授業を抜ければかなりの確率でサボリだと思われるのだから。

 実際、八神が保健室に行った日時を分かる限りで調べた所、その時市ヶ谷もクラスにいなかったのは、その噂される一回…正確に言うと、九月五日の一限だけだった。この日、確か市ヶ谷は遅刻して二限から来たことになっていた。 となると、ここで少し気になるのは、市ヶ谷と会った時以外、八神は授業を抜けて何をしていたのか…と言う話だ。

 実際に体調が悪いと言う可能性も現時点で捨て切れないが…一回が実は逢引(という表現が適切かはさておき)ならば、その他も単なる体調不良ではない可能性は当然、出て来るってわけだ。



 さて、さらに謎なのは十之上の方だ。

 十之上が市ヶ谷を気嫌いしているのは、やはり単なる印象や、噂ではなく、本当のことのようで、先生の間でも有名なことなんだそうだ。

 これが本当に『気』嫌いなのか、具体的な原因があるのかは今のところ不明だが、先生方は少なくとも思い当たる節はないと言っていた。

 更にわからないのは生徒指導の先生の話。丁度先日の喧嘩の件の時に十之上はやたらと市ヶ谷にキツくあたっていて、停学を主張していたので、一度生徒指導役と話し合いを持ったらしいのだが、その時、十之上は確かに市ヶ谷を嫌っていたのだが、ただ嫌っていたと言うよりは…。

 恐れていた。

 …そう言う印象を受けたとのこと。

 また、その嫌い方はあまりにも執拗で、生徒指導役が、生徒を穿った見方で判断すべきではないと諭したほどらしい。


 先ほども言ったように、この十之上の感情に何か具体的な根拠があるのかは今のところ不明だ。


 さて、人間関係はこんなところだ。

 あとは市ヶ谷の死亡推定時刻ってやつだけど、水曜日の一限の後半、十時頃に先生が彼を見たとのこと。彼が歯車に押し込められたのは12時頃だから、死んだのはこの間と見て良さそうだ。

 先生は、市ヶ谷になぜ教室をぬけたのか聞いた所、彼は保健室に行くと言って、保健室へ向かって行ったらしい。(その日彼は教室を訪れていないので、実際は登校して真っ直ぐ保健室に向かったようだ)

 どうも保健室と云うのはこの事件に置いて何か重要な鍵になりそうだ。

 市ヶ谷関連では次に話を聞くのは保健室の先生になるかもしれない。ミーティングの後に判断することではあるが。

 さてと、次は虹宮星見の方に焦点を当てて話を聞きに行くとするか。

 まだ親しい人物には話を聞いていないが、星見はなかなか評判の良い人物で、同学年の間では交流も広いとのことだ。市ヶ谷と比べれると、なかなか殺された理由は見えにくく、『なんであんな子が…』的なショックを受けている人間も少なくないみたいだ。

 まあ、被害者が星見でなくとも、殺されて当然の人間なんて、存在しないのだけど。

 始めは星見のクラスメートだ。星見はクラスでも人気者だったようなので、クラスメートは皆ある程度関係者なのだが、まずその中からとくに仲の良い2人から話を聞いた。


 ちなみにここ、学校近くのスタバ。

 「では、軽く自己紹介を。僕の名前は四恩寺朝顔。ご存じの通りブラウシュテヘン大附のミス研に所属しています」

 ミス研の名を出して置けば、僕の紹介はこれで充分だ。

 続いて、一人が挨拶する。僕から見て左側の子。カフェ=モカにクリームをトッピングする意味はよくわからない。髮は背中まであるロングで、緩めのウェーブ。髮の色は明るい茶。

 ちなみに服装は学校帰りの為全員制服だ。

 「えぇと、楠久須美と言います。バレー部で、部は違うけれど星見とは小さい時から友達でした」


 次、もう片方の女の子。髪はショートでうさぎの髪留めをしている。 「はい。栗原千…です。星見とは…高校からで付き合いは浅いですが…仲良かったです…」

 彼女は明らかに話すのが苦手そうだ。

 「あ、あたしと千は母親が知り合い同士だったから、学校は違ったけど友達だったんだ。そんで、高校入って星見とも仲良くなったわけ。まあ、よく三人でつるんでいたんだよね」

 と、となりから久須美がつけたす。


 さて、早速本題に入るとするか。

 「おわかりだとは思いますが、僕らミス研は虹宮星見さんが亡くなった事件について調べています。お一人に聞きたいのは虹宮さんの最近のことなんです。なにか彼女に変わったことはなかったでしょうか」

 僕の質問に楠が質問で返す。

 「あの、星見はやっぱり、誰かに殺されたのでしょうか」

 その質問には、彼女が殺されたと言う捜査結果を疑う気持ちが含まれていた。

 「…まだ100%とはいいきれません。さすがに事故ではありえないでしょうが、自殺の可能性はゼロではないでしょう。ただ、一方でやはり殺された可能性が濃厚、と見られているようですね」

 …その言葉は楠に改めてショックを与えるものだった。

 「…なんでだろうな…あんないい子が…何の怨みで…」


 捜査をする上で辛いのはやっぱりこの瞬間だ。

 遺った者の絶望を見る時。

 やりきれなさを感じる時。

 僕は声をかけようとする。

 実際に言葉を発してみる。

 僕の言葉なんかムダだと知りながら。

 「…もちろんいまとなってはわからないことですが…」

 終わってしまった今となっては。

 「ですが、虹宮の非によって、彼女が恨まれたとは限らない…。

 彼女は本当に誰からも恨まれないような女の子で、誰からも恨まれないよう生きていたかもしれない…」

 「…でも、実際に星見は死んだ」

 「そう。実際に、恐らくは殺された。何らかの兇悪によって。

 ここで世の中の理不尽を説くつもりはありませんが、世の中には恨む故の亡い怨みを抱き、それに駆られて兇動を起こす輩もいるということです。

 …少なくともいまはそう思うべきでしょう。彼女は非などなく、全くの理不尽な兇動が彼女を悲運にも襲ってしまった。

 何の救いもありませんが、そう思って、そう考えて、そう信じておくべきでしょう。特に友人のあなたはね」

 密やかに穏やかに、彼女は涙を流した。

 

 しばらく後に口を開いたのは、意外にも隣にいた栗原だった。

 「…一つだけ、『理不尽』に心当たりが…ある」

 控え目に、躊躇気味に、戸惑い気味に口を開く。

 「詳しく聞いてもいいですか?」

 「…十之上先生…の事…」

 またか。また十之上か。

 「…言ってもいいのかな…」

 栗原は楠に尋ねる。

 「…正確な事…私知らないし…やっぱ星見に悪い…かな…」

 楠も、十之上と言う名前を聞いただけで、栗原が躊躇している内容に心当たりはあるようだ。

 「…二人共に知っている話なんですか? 十之上と虹宮が何か関係でも?」

 二人ともかなり戸惑っていたが、楠が、決心したように、話始めた。


 「つい最近のことなんだけど…、十之上が星見に、やたら親しく接てくるなって思って…」

 「…それはセクハラってやつですか?」

 「…そうなるかな。最初はちょっと制服姿かわいい、とか何とか言われるだけだったらしいんだけど、少しずつエスカレートしてたみたいで…体に触ったりもするようになってて…

 でも、更に奇妙なのは、星見本人があんまり気にしてないみたいだったことなんですよ」

 「十之上に…職員室…呼ばれたりもしてた…」

 「そう。何やかや用事作ってね」

 …なるほど。訴えれば勝てそうな感じのセクハラだ。もちろ星見にその意志がないなら別だが。

 「それだけなら…いやそれだけってのもちょっと失礼な話だけどね、でも、それだけならただのセクハラ疑惑なんだけど、奇妙なのはその後なんだよ」

 …あれは一週間前だったかな…と彼女は続ける。

 「その日も何だか十之上に放課後呼ばれたみたいで、それでちょっとやりすぎだろってことで、一緒に帰るついで私と栗原が待ってて、あまり酷いようなら、何かしらの行動に出ようと思ったのよ。 他の先生に相談するとか…職員室乗り込むとかね。実際には何もしなかったんだけど。

 何故かって? その日星見、すぐ戻ってきたのよ。職員室…というか十之上のいた場所からね。それで、帰ろうって私たちを促すの。

 …でも、彼女に『何か』あったんじゃないかなって。もちろん十之上とね、何かあったんじゃないかって、その時感じたの。

 いや、具体的にはわからないし、思い過ごしかもしれないんだけどね。とにかく、何か感覚的に何かあった気がしたの。

 でも、彼女に聞いても、『何でもない。今日はプリント届けただけ』って言うの。

 ドラマやら小説とかならね。こういうとき、『明らかに彼女の顔色や挙動がおかしかった…』なんてなるのかも知れないけど、実際はそんな目に見える変化なんてなくて…普通って言えば言える感じ。でも、やっぱり何か、胸騒ぎって言うの?そう言う変な不安みたいのがよぎったのよ。

 だから私、結構しつこく星見に聞いたんだけどね、何でもないって言うだけだから。…腑に落ちなかったけど、一旦は、まあ何でもなかったんだろうって思うことにしたの。

 でもやっぱり、今考えるとちょっと妙な感じがするんだよね。あのとき十之上と何かあったか、何か言われたかしたんじゃないかって気が、ね」


 「なるほど。確かに気にならないと言えば嘘ですね」

 「…十之上って、一年生の受け持ち多かったから、よく噂にのぼるけど、あんまいい話聞かないよね」

 「へえ、例えば?」

 僕ら二年の間では彼はそれ程話題にのぼるような人ではなかった。なぜなら彼は、二年では僕らのクラスの生物を週一時限受け持っているだけだからだ。 二年は10クラスあるから、実に9割の二年生は、彼と現在交流がないのだ。

 僕らのクラスの間でも、温厚だというイメージがある程度だろう。少し事情通な僕でも、それプラス、市ヶ谷を嫌っている、というイメージがある程度だ。


 「…まずセクハラのことだけどね、別に星見だけが悩んでた訳じゃなくて、そう言う話は彼女以外にも結構している人いたみたい。だから十之上を気味悪がっている人は結構多かったな。

 他にも、色々あったな、学校のお金使うこんでるとか、生徒の弱み握って脅迫してるとか、あ、でも逆に貢いでるみたいな話もあったっけ。

 まあ、噂だからね。どこまでが本当かはよくわからないけど」

 「…逆に、全てが嘘とも限りませんよ」

 「そう、そう言うこと」

 教員、十之上…これだけ話に出て来るんだから、調べてみないわけにはいかないだろう。僕には彼が、10年間放置されたざぶとんのように思えて来た。


 「…本当に、星見、かわいそう…決して幸せじゃなかった筈なのに、性格は本当に良い子で…」 「…幸せじゃなかった?」

 「あれ、星冲さんとは同じ部なんだから知ってますよね。あの二人、今お父さんいないんだって」

 え? 完全に初耳だった。

 「…星冲はあまり、いや、全く自分の話しないからな…」

 「…そうか…そうだよね…とにかくね、何かお父さん二人が産まれる前に離婚届置いて失踪したらしくてね、お母さんだけで二人を育てたんだって。

 それに星冲さんの方は…こういう言い方は良くないけど、病院とか行かなきゃだから、より一層大変だったんじゃないかな。お母さんも、星見も、もちろん星冲さんもね」

 …そうだったんだ…。知らなかった。

 僕は感情の振れ幅の小ささには自信があるが、この時ばかりは胸が締め付けられるような想いって言う奴にかられた。

 星見は何を抱いて、何を思って死んだだろう?

 星冲は遺されて今何を思っているのだろう?



 しかし、刹那に冷静を取り戻そうとする。

 そうしなければ、現実を知ることが出来なくなるからだ。

 常に冷静沈着なれ。 「…そうですか。知りませんでした…」

 僕は、冷静だろうか。

 「…お話は以上ですか」

 「…そうだね。やっぱり彼女のことって言うとそれくらいかな」

 「…本当に、良い子だから…」

 栗原が最後に言った。



 人が二人ばかり殺されたところで世界には毛程の変化もなかった。

 事件が起きたこの学校ですら、昨日、つまり水曜日から学校から始まって。 木曜日の今日にはもう、普通どおりに退屈な授業が展開されている。

 それにしても、テレビの取材なんか来て騒ぎになると思ったんだけどな…それもないだなんてな…ま、余計に五月蠅くならなくて良いけど。


 僕はお経よりも退屈な授業をこなし、放課後ミス研室へ行く。

 入るなり、正面にはなな美がいた。

 「こんにちは。今日は占いの日ですが、ミーティングをすることにしましょう」

 「そうだな。ちょっと行き詰まってる感じだし、話を整理して二人で考えてみよう」

 「…予想通り、捜査は難航を極めていますね」

 「…ああ、お互い、な」

 そう、捜査は非常に非常に難航している。

 原因は二つ。

 一つは目撃者が稀薄ゆえ、肝心の事件前後の様子がつかめないこと。

 学校とは誠に奇妙な場所で、千人以上が一つの建物にいるというのに、授業時間中の教室外での出来事を目撃している人間は滅多にいないのだ。

 市ヶ谷は、水曜日の午前中に殺され、その後十二時十分に歯車に押し込められたらしい、ということ。

 最後の目撃者は彼が保健室に向かう所を見ているが、本当に保健室に行ったかは不明。仮に保健室に行ったのだとして、保健室に何があったのかも不明。

 以上が一人で得た市ヶ谷についての当日の情報だ。

 ただ、十二時十分に本当に犯行が行われたなら、生徒のほとんどは犯行不可能だ。もちろんみんな授業中だからな。

 何らかの方法で授業を抜けられれば可能だ。例えば保健室に行くと言ったりして。

 …ただ、そんなことをしたら、あとで真っ先に疑われるのは目に見えている。わざわざそこまでしたこの時間帯に犯行に及ぶメリットはあるだろうか…。

 やはり生徒の犯行とは考えにくい。

 ならば教員だろうか。教員も授業を受け持っていれば犯行は難しいが、授業を受け持っていない教員なら犯行は充分可能だろう。


 「…虹宮星見の方は、その後どうだった?」

 「…そうですね、先週時点では、水曜日の放課後に星冲が会いに行ったものの、いなくて、その後不明ということになっていましたね。市ヶ谷くんと違って、星見さんが夜間外出することは滅多になかったので、お母さんも星冲もかなり心配したようです。しかし、その晩彼女は帰って来ず、一切目撃されないまま、星冲がトイレで発見するに至っています」

 旧館のトイレって言うのは、千人以上出入りする建物の一部でありながら、一日以上人が出入りしない場所なのだ。星冲がたまたま利用したのだって奇跡みたいなものだ。

 …やっぱり双子だから何かつながるものがあったのだろうか。

 ちなみに彼女は今日さすがに学校を休んだ。学校は通常どおりでも、彼女はそうはいかなかったのだ。

 …恐らくは彼女と虹宮星見の母親も…。


 「その水曜はどうだ? 同じクラスの奴なら授業終わった時行き先位聞いてる奴いるんじゃないかな? …と言っても、僕が会った人達は知らなかったようだが。」

 あれから僕は、楠、栗原含めクラスメート7人に話を聞いたが、あれ以上の収穫は正直なかった。

 「私の方でも特にありませんでしたね。ホームルームが終わるやいなや、すぐ教室を出て行ったようです。不運なことに、あの日彼女のクラスはホームルームが早めに終わったらしく、他クラスはまだホームルーム中だった為に、その後の目撃者がおらず、どこへ消えたかも謎のままなんです」


 「殺されたのは水曜中ではあるみたいだがな…午後九時頃、遅くて十時、とのことだ」

 「…九時ですか?」

 「ああ…九時って学校開いてんのかな」

 「…いえ、今は部活もそれほど熱い時期ではなく、先生方もその日は比較的早く上がったようで、八時には学校は無人になっていたとのことです」

 「でも、学校って夜間完全に誰も入らないのか?」

 「入口にいる管理人さんは夜間もおられるようですが、校内は施錠してしまうみたいですね。あ、鍵は管理人さんの詰め所に保管されるみたいです。その日も、黒猫先生が最後に、管理人さんに鍵を渡していったそうです。八時頃にね」

 つまり、八時に殺された筈なのに、八時に犯行は不可能、と。

 「…まさか管理人が犯人て訳でもないだろうにな」

 「…誰かと接点があって実は犯人…なんて面白そうですが、残念ながらそんな話は今のところ全くないですね」


 「じゃあ、所謂一つの…」

 「密室って言うやつですね。『室』と言うのにはあまりにも大きいですが」

 学校全体が密室…。

 「ちなみに窓などもきっちり施錠されていたみたいです。茶道部に、きっちりしていないと許せない子がいるらしく、当日もきっちり施錠されているのを確認してから帰ったとのこと。ちなみにその子、いっつも施錠を確認して帰るのが趣味のようで、毎日帰るのは最後になる校長先生が帰る直前らしいです」

 「…変わった子だな」

 「ただ、茶道部は活動日は、部員が女ばかりということもあって、施錠直前までだべっていることが常だそうで、学校に遅くまで残っていること自体はそれほど奇異なことではないようです。

 よかった。施錠の為だけに遅くまで残るような子だったらどうしようかと思ったじゃないか。

 「あと、窓が破壊された形跡もないみたいです。…つまり、夜に外部から誰かが侵入したとは考えられないわけですね」

 となると死亡時刻を信じるなら、マジで容疑者は管理人さんってことになる…でも、関係ないだろうなきっと。…疑ってごめん、管理人さん。

 「管理人さんが犯人でないとしたら、何らかのトリックってことになりますね」

 「…そうだな。数世紀に渡ってブームになっていると言っても過言ではない密室殺人ってことになるな」

 「自殺の可能性も低いながらありますがね」

 「ああ。ただ、僕が見た時は、首を吊るのに必要な足場みたいなものがなかったからな。自分で自分の首吊るにしても何らかの凝った方法がいりそうだぞ。あれは」

 「自殺の為のトリックですか…それはそれで奇妙」


 「ま、奇妙って言えば、一両日中に一人の変死者が出たこと自体奇妙だけどな」

 「それは奇妙な話ですね」

 「そうだな。非常に。非常に」

 非常に。

 「可能性としてはやっぱり時間差トリックだと思うんだよな」

 「…というと?」

 「…つまりだ、死亡時刻が九時ってことは、言ってしまえば、『首が締まり始める時間』が九時頃ってことだ。だから、何らかの方法で施錠前に首に輪をかけておいて、しばらくしたら締まるみたいな方法を使えばいいわけだ」

 「…なるほど。具体的にその方法とは?」

 「…いや、まだそこまでは」

 …とは言ったものの、この時僕にもなな美にも、そして、この文章を読んでいる方々も、或いは『とり得る手段』を思いついていたのだろう。むしろ、『思い付く手段』が多過ぎて、実際どれが使われたまだわからないって言う段階かもしれないくらいのものだ。

 …だが、具体的な方法を今考えるのはまだ早いと思ったんだ。そっちの捜査はまだあまり進めてないからね。下手に先回って勘ぐると、ステレオタイプやプレジャディスが推理の邪魔をするってわけだ。(調子にのって英語を使ってみたが、果たして場面に合っているのだろうか。そもそもprejudiceってカタカナでかいたらこれでいいのか?)

 「さて、次に考えるのは人物関係ですね。私はあのあと、再度大月さんに話を聞くことが出来ました。『よく肉親に死んだばかりの兄について聞き回る事が出来たな、いい神経してやがる』って言われる前に一応言っておきますが、大月さんから、あの後気になったことが一つ出来たと、言って来たんですよ」

 相変わらず穿った考えを僕にぶつけながら話す女だ。『いい神経してやがる』なんて今更言う話でもないだろうが。

 「彼女に聞いた話をなるだけそのまま再現しますと、『まずは思い出したことから言うとね、一度だけ、お兄ちゃん彼女とは別の女の子のこと私に話しかけたときがあったの。

 〈話かけてやめた〉というのがこの場合ポイントなんだけど、夏休み始め頃だったかな、いつか正確には覚えてないんだけど晩ご飯の時にね、お盆の休み使って家族旅行しよう、みたいな話をしてたんだよ。

 うちそう言うこと今迄あまりなかったから、その話がでたのはよく覚えていたの。 だけどお兄ちゃんがたぶんお盆は無理って言うの。『何で?』ってあたしが聞いたんだよ。あ、その時はお兄ちゃんに彼女いることまだ知らなかったから、本当にお盆がダメな理由知らなかったし、思い当たらなかったのね。

 でも、お兄ちゃんその時『八神って友達と会う』みたいのこと言ってたのよ。

 その時、なんか怪しいな、本当に普通の友達かなってあたし思ったんだ。

 それで、そのあときいてみたら、案の定その後、彼女が出来たって話になったじゃない。だから、『ああ、ヤガミって本当は彼女だったんだな』って思ったのね。

 これは間違いない?』

 そう聞いてきたので、私はとりあえずうなづきました。彼の彼女についてはどこかで勘違いがありそうだと言うのは前言いましたが、ここでは敢えて流しました。それを言うことで大月さんが話す内容を変えるのを防ぐためです」

 そうだ。基本的に市ヶ谷の彼女は八神矢吹と言う認識を僕を始め多くの同級生は持っているが、大月は『お兄ちゃんの彼女は茶道部』と、この前話したのだ。

 ちなみにあの後確認した所、やはり八神は茶道部に所属していなかった。

 「で続きは?」

 「はい。そのあと大月さんはこう続けます。

 『それでね、あたし前あなたに会った時はそのヤガミって名前忘れてたでしょ? あのすぐ後思い出してね。ああ、言えばよかったなって思ってたの。何しろ、その後あまりお兄ちゃんとその子の話、しなかったから…前も言ったけれど、あたしとお兄ちゃん、普段からよく話するってわけじゃなかったからね。とにかく、茶道部のヤガミって子がお兄ちゃんの彼女だったんだって、あのあと思い出したのね。

 だけど、あたしのなかで解らなくなったのは葬式の時。

 彼女だったら、付き合ってたんだし、当然通夜位には来ると思ってたの。

 別に密葬ってわけじゃなく、高校の友達もクラスの人なんかも来てたみたいだから、来づらいってわけじゃな全くなかったしね。

 …だけど、ヤガミなんて人は来なかったのよ。

 それで気になって、ヤガミって人は茶道部じゃないの? って、あたしの友達に聞いたんだけど、違うって言うの。

 確かに茶道部だってお兄ちゃん言ってた気がしたんだけどな…』」

 …うーん、どうも妙な話だ。

 なぜ僕らの内と妹で情報が食い違っているんだ。

 「大月がまさか、帰宅部の奴を茶道部と勘違いしてるなんてことは…ないよな…。

 まさか、二股?」

 そんなやつに見えなかったけどな…。


 「もう一つの可能性は、私たちが勘違いしている…」

 「まさか、だって八神が彼女だと思っている奴は大勢いるし、第一僕なんかは市ヶ谷から直接聞いているわけだし…」 「確かにそうですが、可能性がないわけではないですし、それを言うなら、大月さんだって直接市ヶ谷くんから聞いているって言いますよ」

 確かにそうだ。

 可能性だけで言えば、僕らが間違っている可能性と、大月が間違っている可能性は同じくらいだ。

 「この結論はもう少し情報をつかまないとでないでしょう。現時点では保留というか、引き続き調べて行きましょう」

  「それじゃ次だ。僕としては、どうしても突っ込んで調べてみたい人物が浮かんだんだが」

 「誰ですか」

 「教師、十之上雁湯史だ。最初は市ヶ谷とやたら仲が悪かったってだけだったんだが、どうも星見ともいろいろあったらしい」

 「…偶然ですね。私も彼についてかなり気になる話を聞いたんですよ」

 「というと?」

 「校外でのこと何ですけどね、八神さんと十之上先生が会っているのを見たという人がいるんですよ。それも『一つの印象として』、非常に親密だったと」

 十之上と八神が…?

 「それと、こちらは一つの客観的事実ですが、ちょっと調べてみると、八神さんが保健室に行った時の内、少なくとも二回は、十之上先生は授業がありませんでした。彼女が今学期保健室に行った回数はわかっているだけで五回。内一回は市ヶ谷くんと会っている可能性が高く残り四回の内二回は、もしかすると…」

 十之上に会っていた可能性があるって訳か。

 「と、ここまででこの後調べるべきは…

・ 市ヶ谷の本当の彼女はどっちなのか

・ 大月さんの言う茶道部の子は誰なのか

・ 密室のトリック

・ 八神と十之上先生について

・ 保健室で何があったのか

 最後のがわかると話は早そうなんですが、目撃者が皆無なので、なかなか難しいでしょうね」

 保健室の先生がきちんといてくれれば話は解決だと言うのに。なんてことだ。

 「よし、まだわからないことは多いが、調べることは具体化してきたし、ここからは情報は量より質だろう。どうだ?ここからは一人一緒に行動しないか?」

 「そうですね、この先多過ぎる情報と判断は捜査の方向性をぼかしかねませんからね。

 十之上先生に行く前に今、この時間は珍しい人がいらっしゃいます」

 「え、誰?」

 「保健室の先生ですよ。やはり、今回は保健室で重要なやりとりがあったみたいですし、彼女の話は聞いておいてもいいでしょう?」

 なんと今日は保健室の先生がいると。

 そりゃあ行かない手はないよな。

 僕らはやっと腰をあげ、ミス研室を出て行く。


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